「地域との調和」と更なる「質の向上」を目指した宿泊施設に関する取組素案についての意見(京都市長あて)(2020年9月25日)(本イベントは終了しました。)


2020年(令和2年)9月25日

京都市長   門  川  大  作  殿

京都弁護士会

会長  日 下 部  和  弘
  


「地域との調和」と更なる「質の向上」を目指した

宿泊施設に関する取組素案についての意見



意見の趣旨
1  単なる説明にとどまらず、協議、意見交換(以下「協議等」という。)をするものとすべきである。
2  協議等の対象は、ホテル、簡易宿所等に加え、中高層条例対象のマンション等も含むものとすべきである。
3  本制度が予定している「建築基準法に基づく建築確認申請の90日前」よりも早い段階で地域住民が事業概要を知ることが出来る制度、建築物の規模に応じた事前手続制度とすべきである。
4  「住民との協議」の結果を事業の実施に反映させるための制度の構築が必要である。
5  条例化を目指すべきである。
6  建築・稼働後の紛争についても、調整制度を設けるべきである。
7  この制度を有効に機能させるためにも、市が区ごとのまちづくりのあり方について住民と充分協議して明確なまちの将来像とこれを実現させるためのビジョンを持ち、これを事業者に示して理解を求めるような取組みが必要である。

意見の理由
0  本意見書作成の経緯
貴市は、「市民・事業者・観光客・未来  四方よしの観光地マネジメントの実践」により、市民の安心・安全、地域文化の継承を最重要視した市民生活と観光の調和に向けて取組み、持続可能な観光都市の実現に向けた取組みとして、今後新たに立地する宿泊施設の「地域との調和」と更なる「質の向上」を図るため、宿泊施設の構想段階から、事業者と地域がお互いに意見や考え方を伝え合う仕組みとして、新たなルール(京都市との事前協議、標識の設置、住民への説明)を取りまとめ、2020年(令和2年)10月12日までの間、市民の意見を募集している。
そこで、当会はこれに応じて、上記新たなルール(以下「本制度」という。)に関し、意見を述べるものである。

1  「住民への説明」にとどまらない「住民との協議」の必要性
(1) 本制度では、「地域との調和  事前説明手続の充実」として、①事業者が事業を実施するにあたり、京都市と協議して周辺への配慮事項、地域への貢献事項の提示を求め、地域の特徴等を共有する。②①の後に構想段階の時期に標識を設置する。③重点エリア、協議エリア、一般エリアに応じて、事業者が近隣住民・町内会・商店会への説明を行う。④京都市に説明状況等を報告することが想定されている。
この「地域との調和  事前説明手続の充実」は、「安心・安全と地域文化の継承に資する良質な宿泊施設の建築計画の誘導」が目的であるとされている。
このような「安心・安全と地域文化の継承」のためには、事業者において、地域住民からの意見を幅広く受け入れた上で、より良い関係を構築し、もって地域と調和する事業を行っていくことが不可欠である。そこで、単なる説明会にとどまらず、事業者と地域住民の双方が意見を出し合える協議・意見交換の場を設けることが求められる。
現に、「京都市市街地景観整備条例」においても、京都市内の地域景観づくり協議地区内において建築・開発行為を行う者に対して、予め当該地域景観づくり協議地区を活動区域とする協議会の意見聴取が義務付けられているところであって(第47条)、本制度においても同様の制度とすることが望まれる。
(2) そして、事業者と地域住民とが協議を行う際には、説明会の内容も踏まえて地域住民から事業者に対する意見書の提出、同意見書に対する事業者からの見解書の提出・公表などによる双方の意見の整理がなされることにより、充実した協議・意見交換が実施されることが期待される。

2  本制度の対象範囲の拡充の必要性
本制度は、対象となる事業を「旅館業法に基づく宿泊施設(旅館・ホテル、簡易宿所)の建築等」及び「旅館業法に基づく宿泊施設への用途の変更」としている。
しかしながら、市民の安心・安全、地域文化の継承を最重要視した市民生活と観光の調和に向けた取組み、持続可能な観光都市の実現に向けた取組みは、ひとり宿泊施設のみを対象とするだけで実現できるものではない。都市の中に存する中規模以上の建築物一般を対象にしてはじめて実効あるものとすることができるというべきである。
特に、今般のインバウンド需要の減少・消滅により、従来事業者が主眼を置いていたホテル等の宿泊施設の建設需要が低下し、マンション等の居住用物件や事業用のオフィスビル等の建設需要が増加へと転じつつある現在の経済情勢に鑑みればなおさらである。
そこで、本制度の対象となる事業については、少なくとも「京都市中高層条例」が対象とする中高層建築物等をも含めた上で、充実した事前手続きが実施されることが望ましい。

3  早期の段階で、建物の規模に応じた事前手続きとすることの必要性
(1) 標識の設置時期
本制度では、京都市と事業者の協議がなされ、その後「建築基準法に基づく建築確認申請の90日前」までに事業者により標識が設置されることが想定されている。これによれば、地域住民が事業者の構想段階における事業概要を知ることが出来るのは、京都市との事前協議が終了した後建築基準法に基づく建築確認申請の90日前になってからということになる。
しかしながら、これでは「より早い段階で、地域と事業者の皆様が顔合わせを行い、良好な関係を構築する」ことによって、事業者に対して当該地域における伝統・文化の継承といった地域住民の意見を伝えるには十分であるとは言えまい。なぜなら、事業の計画は、事業者の土地購入段階からおもむろに開始され、構想段階に至り、その後計画・設計段階へと順次進んでいくところ、後になればなるほど計画が具体化・精緻化することから、後になるほど変更が困難になる。そうすると、地域住民の意見が事業の実施に実効的に影響を与え、事業内容の変更を促すものとなるためには、事業の計画・設計段階では遅きに失すると考えられる。
このことは、事業者側にとっても重要であって、事業者においても構想段階以前から地域住民の意向・意見がわかっていれば、それを事業計画に反映させることが容易となる。
そこで、本制度が予定している「建築基準法に基づく建築確認申請の90日前」よりも早い段階で、地域住民が事業概要を知り、事業者と協議することが出来る制度とすべきであって、たとえば、①事業者に事業の構想段階における事業概要を市に届出させた上で、標識の設置を義務付け、地域住民が事業の基本構想を知ることが出来るという制度や、②土地取引段階において事業者が開発事業を行う場合に標識の設置を義務付けるという制度(東京都武蔵野市のまちづくり条例)などが考えられる。
(2) 説明・協議の対象者の範囲
本制度によれば、事業者が説明をなすべき近隣住民の範囲は、計画敷地境界から15mの範囲の土地の所有者、建物の所有者、占有者であるとされている。
しかしながら、地域住民の生活環境等に与える影響の有無及び程度は、建築物の規模によって異なる。そうすると、建築物の規模に応じて、近隣住民の範囲も柔軟に設定するのが合理的である。
この点、国分寺市まちづくり条例は、事業者が開発事業を行う際に、近隣住民及び周辺住民の範囲について、開発区域の面積に応じてグラデーションが設けられている。そこで、本制度においても、説明義務の対象となる近隣住民の範囲について、宿泊施設の規模(具体的には、建物の敷地面積)に応じてグラデーションを設けることが望ましい。

4  「住民との協議」の結果を事業の実施に反映させるための制度の構築の必要性
事業者と地域住民との協議が、その後に予定されている事業計画及び開発事業に寄与するものとすること、すなわち協議の実効性を担保する制度とすることも併せて考える必要がある。さもないと、本制度は形式的・皮相的になりかねず、それでは本制度に対する市民の信頼が揺らぐことになり、また市としてもあるべきまちづくりの実現が阻害され妥当でない。
そこで、事業者と地域住民との協議がなされた結果、それがまとまらない場合には調整を図るための「調整会」の開催を義務付けるべきである。こうした調整の場においては、弁護士、学識経験者などの有識者による専門員を関与させることが重要であり、京都市で既に実施されている中高層建築物等の建築紛争調停制度と類似の制度の導入が考えられるところである。
また、協議や調整の実効性を確保するために、事業者による「事業の着手」は、事業者と地域住民との協議の終了を要件とする制度設計も考えられる。この点については、事業者と地域住民との協議につき、事業者が地域住民の意見に対する返答内容に合理的な根拠を有しない場合には、その不備が補正されるまで協議の継続を義務付けている長野県上伊那郡宮田村の環境保全条例(第15条の3第2項)が参考となる。

5  条例化の必要性
今回の素案は、条例の制定ではなく、要綱の制定によるものとされている。条例の制定を目指す第一歩として早期に要綱化することはよかろうが、事業の中止勧告やそれに従わなかった場合の制裁を盛り込むなど政策の実効性を担保するためには条例化を目指すべきである。
手続的にも、市議会での審議・可決を要する条例として制定することにより、制度の民主性や住民・関係者への制度周知がより担保されるとともに、住民の意見表明の機会を実効的に確保することができる。
本意見書で提案している構想段階等での説明・協議・意見交換等を定めている地方自治体(武蔵野市、国分寺市、狛江市、宮田村)は、いずれも条例として制定している。また、京都市においても、構想段階での事前協議・意見交換を義務づける地域景観づくり協議会制度が市街地景観整備条例に規定されており、2018年(平成30年)10月より実施されている世界遺産周辺等(500m以内)における事前協議制度や歴史的景観アドバイサーを交えた協議制度は眺望景観創生条例に基礎をおいている。これらと同様に、本制度も条例に基礎を持つ制度とすべきである。

6  建築計画・着工・稼働後の調整制度の必要性
現在、中高層条例においては、建築計画に関することは工事着工前まで、工事中の措置に関することは工事完了までに調整・調停制度を利用することが出来る。しかし、本制度の適用対象は宿泊施設であるため、このような調整制度を利用することができない。
そのため、前述の本制度の適用対象を宿泊施設から拡大していくことのみならず、建築計画・着工後の措置に関しての調整制度の導入をする必要がある。
また、宿泊施設は建築され事業を開始した後の段階で、営業時間や利用客のマナー等の問題で地域との紛争を生じる場合も多い。建物の所有者や宿泊施設の経営者が、本制度の事前協議や住民説明を実施していない者に変更されることもあり、このような場合に、前所有者・経営者と現所有者・経営者との間で、市との協議事項である宿泊客のマナー問題が必ず共有されるとは限らない。
市民生活と観光の調和という本制度の趣旨を全うするためにも、事後的な調整制度の導入が必要である。

7  市が明確なまちの将来像とこれを実現させるためのビジョンを持つことの必要性
本制度は、①市が事業者と協議して、周辺への配慮事項、地域への貢献事項の提示を求め、地域の特徴等を共有すること、②事業者が近隣住民等に説明をすることが想定されている。②については、当意見書では住民との協議を義務づけ、調整会の設置も求めているが、市の想定している説明会でも、住民から事業者に対して要望が提出されるのは当然予想されるところである。
かかる①②の手続では、事業者に対して市や住民の要望が自発的に受け容れられることが重要となるところ、事業者が「地域性」の存在を認識し、その価値を尊重すべきであると考える動機付けができれば、上記受容は実現されよう。
そこで重要なのが、まちの将来像が明快であることである。まちの将来像が明確であれば、市や住民の要望はこれに添えば説得力を増し、また事業者にとってもそれを尊重することはメリットとなり、住民の安心・安全ならびに文化の継承が持続的に可能となる。
そこで、京都市は、本制度を実効性あるものとし、その目的を実現するためにも、明確なまちの将来像とこれを実現させるためのビジョンを持つよう務めるべきである。
そして、まちの将来像は、区ごとの違い・特徴があることから、その策定に際しては、区に一定の権限を与えて、区がそのまちで暮らすひと・そのまちではたらくひと・そのまちで学ぶひとと粘り強い協議・意見交換を重ねつつ進めていくことが望ましい。
これに加えて、まちづくりの専門家を派遣し、地域景観づくり協議会、建築協定、地区計画等の形成を援助することも検討されるべきである。
以 上


添付資料
まちづくり条例の検討
  資料1  狛江市
  資料2  国分寺市
  資料3  武蔵野市


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