「袴田事件」の再審無罪判決確定を受けて、改めて再審法の改正を求める会長声明(2024年10月11日)
1 最高検察庁は、2024年(令和6年)10月8日付で、いわゆる「袴田事件」の再審無罪判決(2024年(令和6年)9月26日付静岡地裁判決)について、控訴を断念する旨の検事総長談話を発表し、静岡地方検察庁検察官は、同月9日、本判決に対する上訴権を放棄した。これにより、本判決は確定し、逮捕から58年以上の長期間、殺人犯の名を押し付けられ、死刑執行の恐怖に曝されて、その人生の大半を奪われてきた袴田巌氏の雪冤が、ようやく、かつ完全に果たされることとなった。
2 当会は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とし、刑事事件における適正手続の保障及びえん罪の根絶を希求する法律専門家の団体として、えん罪による死刑という国家による最大の人権侵害からの救済が実現したことを、袴田巌氏、姉の袴田ひで子氏及びこれまで2人を支えて来られたすべての方々とともに深く喜び、かつ、これらの方々が、長年の壮絶な戦いを経て袴田巌氏の尊厳を回復されたことに、最大の敬意を表する。
また、この間、袴田事件をはじめとする、えん罪問題に関する報道の増加を契機として、えん罪の発生とその救済が重要な人権問題であることについて、市民的な関心がこれまでになく高まりを見せてきた。京都府下においても、京都府を含む27自治体のうち26の地方議会において、再審法の改正や、改正に向けた速やかな議論を求める意見書が採択されており、冤罪被害者を速やかに救済する再審法改正への動きは、着実に広がりを見せている。
3 もっとも、上記検事総長談話は、「被告人が犯人であることの立証は可能」であるとし、再審無罪判決には「大きな疑念」や「強い不満」を表明し、「到底承服できないものであり、控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容である」としながら、「再審請求審における司法判断が区々になったことなどにより、袴田さんが、結果として相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたこと」を考慮して控訴を断念すると述べるものであった。無罪判決が確定してもなお、その人を犯人と主張するかのような談話を公表すること自体、公益の代表者たる検察官の地位や刑事裁判制度の本質に反する深刻な疑念を抱かせる。その上、拷問にも等しい取調べにより獲得された「自白」に基づく公判立証の問題性や、再審請求段階では30年間に及び証拠開示を拒絶し続け、また、一旦は「不見当」と回答した証拠を後になって開示するといった証拠開示に関する対応の問題性など、再審開始決定・再審無罪判決に結びつくことになった検察側の要因には一切言及することもなく、当然ながらそれらの要因についての反省にも全く触れるところがない。僅かに、袴田氏が「結果として」相当な長期間にわたり、その法的地位が不安定な状況に置かれたことについて「刑事司法の一翼を担う検察としても申し訳なく思っております」と述べるものの、これは、えん罪を生み出したことについて検察の責任を自覚して謝罪する趣旨ではないことは明らかである。要するに、同談話には、えん罪救済の観点からする一片の反省も謝罪も含まれてはおらず、従前どおりの検察の立場・主張を正当化しようとする主張を述べるものに過ぎないというべきである。
他方、上記判決においても、捜査機関に対する厳しい批判はあるものの、裁判所自らが証拠の評価を誤ったことや、審理の停滞による長期化について裁判所の責任を自覚し反省を述べる点は見られなかった。
結局のところ、上記検事総長談話や再審無罪判決の姿勢は、現行の再審制度が、証拠開示や審理方法に関する規定の不備、再審開始決定に対する検察官抗告の繰り返しによって審理が長期化し、えん罪からの迅速な救済を妨げてきたという深刻な問題を、裁判所や検察官の自覚と運用によって改善を図ることは不可能であり、制度的・構造的な問題として立法的解決を必要とすることを改めて浮き彫りにしたものである。
4 よって、当会は、政府及び国会に対して、あらためて、再審請求手続において十分な証拠開示がなされるよう制度化すること、再審開始決定に対する検察官の上訴を禁止すること及び実効的なえん罪救済制度としての機能を果たすために必要な手続規定を整備することを骨子とする再審法の改正を早急に行うことを強く求めるとともに、引き続き、同法改正に向けた活動を含む、えん罪の根絶とえん罪からの救済のための活動に注力することを表明する。
2024年(令和6年)10月11日
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