「デジタル社会における消費者取引研究会」報告書に関する意見書(2025年11月17日)


2025年(令和7年)11月17日


内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全)  黄川田  仁  志  殿
消費者庁長官  堀  井  奈津子  殿

京都弁護士会                

会長  池  上  哲  朗


「デジタル社会における消費者取引研究会」報告書に関する意見書


第1  はじめに
2024年(令和6年)6月、消費者庁において「デジタル社会における消費取引研究会」(以下「本研究会」という。)が設置され、2025年(令和7年)6月19日付で報告書(以下「本報告書」という。)が取りまとめられた。
もっとも、本研究会の委員構成や内容には消費者保護の観点等から意見の理由記載の問題があるため当会として意見の趣旨を提言する。

第2  意見の趣旨
1  本研究会の委員には、消費者法の研究者や消費者被害の現状の実態を知る人物はおらず、消費者保護の観点からの検討が十分されていないため、消費者法の研究者や消費者被害の実態に精通している弁護士等を新たに委員に選任し、消費者取引におけるデジタル化への対応について、再度検討を行うべきである。なお、当該再検討は、消費者取引におけるデジタル化への対応については、内閣総理大臣の諮問に基づいて、内閣府消費者委員会に設置された「消費者法制度のパラダイムシフトに関する専門調査会」での検討を経て報告書が取りまとめられ、消費者委員会の答申がなされたことから、これらを踏まえて行うべきである。
2  消費者庁は、いわゆるダークパターンやターゲティング広告等を用いたアグレッシブな通信販売による消費者被害に迅速に対応するため、特定商取引法等の改正又は新法の成立のいずれかであるかを問わず、不公正な取引方法に対する一般的・横断的な行為規制の導入を含む検討を速やかに行うべきである。

第3  意見の理由
1  構成委員の問題
本研究会は、EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング。証拠に基づく政策立案)の専門家、経済学者、実業家、コンサルタント、AI等先進技術の専門家、弁護士、消費者関連団体、福祉・介護団体など幅広い分野、年齢層の有識者により構成し、広い視野と高い視点に基づき、自由闊達な議論を行い、その議論の整理によって一定の方向感を得ることを目的に開催したとされている。もっとも、研究会の委員には消費者法の研究者や消費者の利益を保護する立場で消費者問題に取り組む者は含まれておらず、著しく偏った編成になっている。デジタル社会の消費取引の環境について、消費者保護の観点から消費者被害の実態を踏まえた十分な検討がされていないといえる。

2  特定商取引に関する法律(以下「特定商取引法」という)の規制手法の問題
   (1) 特定商取引法の通信販売規制について
本報告書によると、特定商取引法の通信販売については、1976年(昭和51年)の制定当初からの取引概念が維持されているとされている。しかし、通信販売に関する規定の制定当初は、通信販売には不意打ち的要素がなく、広告に関する規制を行えば消費者は自由な意思形成を行えるものと整理されていた。そのため、当然のことながら、消費者が気付かない間に不利な判断・意思決定をするよう誘導する、いわゆるダークパターンやターゲティング広告等を用いたアグレッシブな通信販売 を想定した規制内容とはなっていない。
よって、上記のような問題を特定商取引法の通信販売に関する規定で対処しようとすると、後追い的かつ継ぎ接ぎ的な規制内容となってしまうため、現行の特定商取引法の通信販売に関する規制で上記問題に対処しようとすること自体が困難であると言わざるを得ない。
   (2) 通信販売分野の消費者被害の推移
実際、消費者庁が2025年(令和7年)1月16日に公表している「特定商取引法の通信販売分野における執行状況 」によれば、2014年(平成26年)から2023年(令和5年)に至るまで通信販売分野の相談件数は常に30万件前後であり、相談件数は一向に減っていない。また、令和7年版消費者白書44頁によれば、定期購入に関する消費者被害の相談件数は、2020年(令和2年)に5万9578件であったところ、2021年(令和3年)の法改正にもかかわらず2024年(令和6年)には8万9893件と大幅に増加している。また、令和7年版消費者白書45頁によれば、SNS関連の消費者被害の相談件数も、2020年(令和2年)には4万0496件であったところ、2024年(令和6年)には8万6396件と増加し続けている。このように、度重なる法改正にもかかわらず、いわゆる通信販売分野の消費者被害は増加・高止まりが続いている。
   (3) 通信販売分野の法執行状況
消費者庁における法執行について、「特定商取引法の通信販売分野における執行状況」5頁によれば、消費者庁は「通販事案の執行を強化し、悪質事業者に対して、…迅速かつ適切な対応を着実に実施している」としている。しかし、通信販売分野における法執行(行政処分)は、2021年度(令和3年度)は2件、2022年度(令和4年度)は0件、2023年(令和5年)4月から同年8月までで1件、同年9月から2024年(令和6年)4月までで3件、同年5月から同年12月までで4件と、わずか数回程度の執行しか行えていない。これだけの消費者被害件数がありながらわずか数件しか行えていないという現状からすると、執行人員の問題や事実認定及び証拠取得のための調査の長期化、複雑な事案の増加などの諸要素を踏まえても、消費者被害の実態に即した適切な法執行の現状とは評価できない。なお、注意喚起については年1000件以上行っているとされているが、強制力はなく、注意喚起後の改善状況も不明であること、実際に消費者被害件数は減少していないことからすれば、やはり注意喚起でも足りないと評価できる。
よって、特に悪質事業者に対して法執行による牽制力及び萎縮効果を生じせしめるためにも、現状の消費者被害の実態に即した法執行を行えるような法内容とする必要がある。
   (4) 2021年(令和3年)法改正について
商品購入時の最終確認画面においても、消費者庁は2021年(令和3年)の法改正と平仄を合わせてか、「『取消権を使いたいけど、最終確認画面に何が書いてあったか覚えていない』などといった事態に陥らないためにも、ぜひ、最終確認画面の表示内容をスクリーンショットなどを活用し、証拠として残すようにしましょう。」と消費者に対してスクリーンショット(証拠)の保存を呼び掛けている(「特定商取引法の通信販売分野における執行状況」5頁など)。そのような呼び掛けを行う必要性自体を否定するものではないものの、被害に遭う消費者は詐欺的・欺瞞的な勧誘に遭っているのであるから、トラブルになることを想定して最終確認画面のスクリーンショットの保存を行うことを期待するのは困難である。むしろスクリーンショットの保存を行えず被害に遭ってしまったような消費者をどのように救済すべきかという観点での検討が必要なはずであり、このような呼び掛けを行わざるを得ないこと自体が法の不十分さを示していると評価できる。
   (5) あるべき規制手法について
上記問題点を踏まえて、あるべき規制手法について検討すると、報告書4頁では、「海外事業者に対してもイコールフッティングを果たせるのかどうか」、同6頁では「グローバルな視点が重要」等と報告されている。また、報告書6頁及び報告書参考資料5頁では、米国、EU及びイギリスにおいて、「取引類型を問わない抽象的・一般的規定…による規制がベース」とされている。そして、当然のことながら、これらの規制を行っている諸外国においても企業は成長し続けており、日本のみがそのような規制を導入すると「成長を阻害する」といったことは想定し難い。また、取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律についても、同じ通信販売に関する規制でありながら、特定商取引法とは別の法律で規制されることとなっている。
以上より、報告書22頁にも記載されているように、特定商取引法を後追いで改正していく手法では消費者被害は減らず、適切な法執行もままならない現状に鑑み、消費者庁は、いわゆるダークパターンやターゲティング広告等を用いたアグレッシブな通信販売による消費者被害に迅速に対応するため、特定商取引法等の改正又は新法の成立のいずれかであるかを問わず、不公正な取引方法に対する一般的・横断的な行為規制の導入を含む検討を速やかに行うべきである。

3  「消費者法制度のパラダイムシフトに関する専門調査会」での検討を踏まえるべきであること
   (1) 専門調査会及び答申の基本的な考え方
2023年(令和5年)11月7日に、内閣総理大臣は、消費者委員会に対して、消費者法のパラダイムシフトに関する諮問(消制度第319号)を行った。その諮問内容は、「超高齢化やデジタル化の進展等消費者を取り巻く取引環境の変化に対応するため、消費者の脆弱性への対策を基軸とし、生活者としての消費者が関わる取引を幅広く規律する消費者法制度のパラダイムシフトについて検討すること」である。
  これを受けて、消費者委員会では、「消費者法制度のパラダイムシフトに関する専門調査会」(以下「専門調査会」という。)が組織され、本年7月に報告書(以下「専門調査会報告書」という。)が取りまとめられ、消費者委員会から答申がなされた(以下「答申」という。)。その内容は、専門調査会報告書の内容を踏まえて、「消費者ならば誰しもが多様な脆弱性を有するという認識を消費者法制度の基礎に置き、既存の枠組みに捉われない抜本的かつ網羅的なルール設定に向けて、種々の規律手法を目的に応じ有効かつ適切に組み合わせて実効性の高い消費者法制度を整備すべく更なる具体的な検討を行うなど、必要な取組を進めることが適当である」とするものである 。
   (2) 本報告書は専門調査会報告書及び答申の内容との相容れないものになっていること
専門調査会報告書が取りまとめられて消費者委員会で報告されて答申がなされたのは同年7月9日であるが、同年6月13日に行われた第25回専門調査会(最終回)において専門調査会報告書(案)が審議されている。本報告書は2025年(令和7年)6月19日付けで取りまとめられているが、専門調査会の議論及び報告書(案)を踏まえたものとなっていない。その結果、本報告書の後に取りまとめられた専門調査会報告書及び答申の内容とも大きく齟齬をきたし、あるいは相反するものとなっており、デジタル社会における消費者取引における対応の方向性として、根本的な問題を抱えている。
具体的には、本報告書は、施策の基礎に、「取組思想」なるものとして、「自由主義国家における原則と例外措置に基づく考え方に立って、極力私人間の契約・取引に対して国家が干渉せず、個人の意思を尊重する原則の下での制度設計とすべきであり、引き続き当分野における政策を検討するに際しては常にこの点を認識すべきである。」とする(本報告書18頁)。このような指摘は、契約自由の原則を過度に協調しており、取引の公正を確保することの重要性についての認識が不足している。また、消費者利益の確保を例外的なものとして位置付けるかのような点で、消費者基本法の基本理念に則った消費者政策に据える視座として不適切なものである。現代社会にあっては、消費者と事業者との間の情報・交渉力の格差(さらには専門調査会報告書が繰り返し指摘する「消費者の脆弱性」)を抜きにして、「契約自由の原則」や「個人の意思の尊重」を論ずべきではない。
  本報告書は、規制があたかも経済の発展を阻害するかのような「角を矯めて牛を殺さず」などという指摘をする(同3頁)。しかし、規制は、必ずしも経済の発展を阻害するものではなく、悪質事業者を排除し、安全安心な市場を形成することで、経済が健全に発展することを促すものである。
  また、本報告書は、規制を遵守することについて「守り損」(同6頁)などという表現を用いている。このような指摘は、消費者施策としての法規制(以下「規制」という。)により守られている利益や価値の存在を無視するものである。
  さらに、本報告書には、規制のコンプライアンス・コストと生産性に関する資料の指摘があるが(同6頁注5)、コンプライアンスにより守られる利益のことを考慮することなく、コンプライアンスをまるで単なる削減すべき対象であるかのように示す点において、きわめて軽率かつ不適切な記述である。
  本報告書は、エビデンスを重視すべきであるとの指摘とは裏腹に、このような非実証的な情緒的指摘が目立つ。このような考えの背後には、事業者の利益と消費者の利益とを対立したものとしてとらえ、規制が企業に損失を与えているとの発想があると考えられるところ、この発想は前記消費者委員会答申とは真逆のものである。
   (3) 専門調査会と本研究会との関係について
デジタル化への対応を含めて、今後の消費者法制のあり方については、2022年(令和4年)の消費者契約法第3次改正及び第4次改正時における「既存の枠組に捉われない抜本的かつ網羅的なルール設定の在り方」について検討を求める国会の附帯決議に基づき、まずは消費者庁内において「消費者法の現状を検証し将来の在り方を考える有識者懇談会」において検討がなされ、2023年(令和5年)7月に公表された同有識者懇談会の議論の整理も踏まえた上で内閣総理大臣から消費者委員会に諮問がなされ専門調査会が設置されたという経緯がある 。それにもかかわらず、消費者庁は、これとは別に、消費者庁内部に、「取引対策課長による懇談会」「行政運営上の会合」として本研究会を組織した。本研究会の議論の方向性が専門調査会と軌を一にするならばまだしも、上記のとおり委員構成の問題のみならず考え方そのものに問題が多々ある検討を行うことは、内閣総理大臣から消費者委員会に対して諮問をすることと相容れない態様である。しかも、消費者委員会における専門調査会の議論を踏まえた検討を行うこともなく本報告書を取りまとめており、専門調査会の議論を軽視している。
  加えて、消費者委員会の専門調査会は、各分野の専門家によるヒアリングや適切な構成メンバーによる充実した議論が行われ、全25回にもわたる検討を重ねていたのに対し、デジタル社会における消費取引研究会は、わずか9回しか開催されておらず、拙速であると言わざるを得ない。
  この度、消費者委員会からの答申が示されたことから、デジタル社会における消費取引についての対応のあり方や方向性については、新たに委員を選任し直し、改めて検討を行うにあたっては、専門調査会報告書の内容を踏まえた形で議論を行うべきである。
   (4) 最後に
消費者庁及び消費者委員会設置法3条は、消費者庁の任務は、消費者基本法2条の基本理念に基づき、消費者が安心して安全で豊かな消費生活を営むことができる社会の実現に向けて、消費者の利益の擁護及び増進、商品及び役務の消費者による自主的かつ合理的な選択の確保並びに消費生活に密接に関連する物資の品質に関する表示に関する事務を行うことであると明示している。
研究会の構成・運営、及び報告書の内容は、これらの国の責務及び消費者庁の任務を蔑ろにするものであり、消費者庁の存在意義を根底から揺るがしかねないものである。消費者庁におかれては、今一度、消費者庁の使命を確認し、消費者庁全職員が、その行動指針に則った行動を行うよう徹底すべきである。
その上で、消費者取引におけるデジタル化への対応について、新たに委員を選任し直し、消費者庁の任務・使命に適合した形で、改めて検討を行うべきである。

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