「解約料の実態に関する研究会 議論の整理」に対する意見書


2025年(令和7年)12月23日


内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全)  黄川田  仁  志  殿
消費者庁長官  堀  井  奈津子  殿

京都弁護士会                

会長  池  上  哲  朗
  


「解約料の実態に関する研究会  議論の整理」に対する意見書



第1  意見の趣旨
1  「損失補填」を目的とする解約料については、事業者の「損失」の内容を具体化・類型化し、解約時期や代替契約の可能性等を考慮して、消費者が負担すべき正当な範囲を厳格に限定すべきである。
2  「価格差別」を目的とする解約料については、消費者は限られた範囲でしか合理的な判断ができないという「限定合理性による脆弱性」に鑑み、その正当性は慎重に判断されるべきである。航空券や宿泊予約など、消費者が取引経験等から認識しやすく、かつ対価と解約リスクの比較が一定程度可能な一部の類型を除き、安易にその正当性を認めるべきではない。
3  「解約抑止」及び「売上安定化」については、それ自体が独立して解約料を正当化する根拠となるものではない。「収益向上」目的の解約料は、消費者契約法第9条第1項第1号の趣旨に反し、許容されない。
4  解約料の設定目的を客観的に特定することは困難であることから、目的ごとの規律を検討するに当たっては、事業者が自己に都合の良い目的を恣意的に主張することで規制を潜脱することを許さない、実効性のある制度設計を行うべきである。
5  解約料に関する情報提供や手続が適切になされたとしても、それのみをもって内容的に不当な解約料条項が正当化されることのないよう、実体面での規律が必要である。
6  「平均的な損害の額」の立証責任については、情報の非対称性を踏まえ、原則として事業者側が負うべきであり、消費者側の立証負担を軽減するルール作りを求める。

第2  意見の理由
1  はじめに
消費者庁に設置された「解約料の実態に関する研究会」(以下「本研究会」という。)は、2024年(令和6年)12月、「議論の整理」(以下「本報告書」という。)を公表した。本報告書は、解約料の実態を検証し、今後のルールの在り方を検討する素材を提供するものである。
今後、消費者庁においては、「現代社会における消費者取引の在り方を踏まえた消費者契約法検討会」が開催される運びとされており、本報告書の内容についても、同検討会において引き続き検討がなされるものと思われる。
消費者契約法(以下「法」という。)第9条第1項第1号における「平均的な損害の額」の解釈や立証の困難性が長年の課題とされてきた中、今後の消費者庁における検討においては、消費者の利益擁護の観点から、以下の点に留意して議論がなされるべきである。
2  目的ごとの検討
(1)損失補填について(意見の趣旨1について)
本報告書は、損失補填目的の解約料について、業界ごとに異なる「損失」の考え方を明確化する必要性に言及している(本報告書2頁、8頁)。この点については、取引類型ごとの特性に応じ、解約料規制の内容をより類型化・精緻化していくべきである。
第一に、結婚式や宿泊予約等の取引類型においては、解約時期に事業者の債務履行期が切迫しておらず別の消費者との代替契約の可能性が十分にある場合には、事業者に現実的な損害が発生しているとは言い難い。したがって、このような場合において、抽象的な逸失利益をも消費者に負担させることは合理性を欠くものであり、履行期直前で代替可能性がない場合に限り、準備に要した実費等を考慮した請求が認められるべきである(以下「A類型」という。)。
第二に、賃貸借契約等の継続的契約の取引類型においては、中途解約の際に、残存契約期間の対価を解約料として請求する事例が見受けられる。しかし、このような契約においても、他の消費者との代替契約の締結は可能であるから、残存期間の対価全てを損害とみなすことは不当である。合理性が認められるのは、次の消費者を見つけるために通常必要とされる一定期間の対価相当額に限られるべきであり、それを超える高額な解約料条項については、法第9条第1項第1号の趣旨に照らし、無効と評価されるべきである(以下「B類型」という。)。
なお、上記のA類型及びB類型はあくまで代表的な類型に過ぎず、これらに当てはまらない取引類型も存在することから、今後の検討においては、さらに多様な取引実態を踏まえた類型の精緻化が必要である。
(2)価格差別について(意見の趣旨2について)
本報告書は、消費者が解約料の有無や金額の多寡を自ら選択できる場合には、自身の選択に不満を帰属させることで支払への不満が低減される可能性があるとして、価格差別(多様な価格プランの提示)を目的とした解約料の設定が、消費者に比較的受け入れられる可能性があるとしている(本報告書9頁)。
しかし、内閣府消費者委員会消費者法制度のパラダイムシフトに関する専門調査会の「報告書」(2025年(令和7年)7月9日)が、消費者は限られた範囲でしか合理的な判断ができないという「限定合理性による脆弱性」を有していると指摘しているように(同報告書9頁)、消費者は契約締結時において将来の解約リスクを正確に予測し、解約料の多寡と価格差(割引額)を合理的に比較衡量できないのが通常である(また、仮に事業者が事前の緻密な計算に基づいて設定した解約料であっても、消費者にはその妥当性を検証する術がない。)。
確かに、航空券や宿泊予約のように、消費者が日常的に利用し、かつ「早割」などの仕組みが社会的に浸透している特定の分野においては、消費者が解約リスクと価格メリットを比較して選択することが、一定程度可能な例外的ケースも存在すると思われる。
しかし、これらを根拠に、価格差別目的であることを理由として安易に高額な解約料を正当化することは、消費者の利益を損なうおそれが強く、認めるべきではない。また、当該目的が、なし崩し的に他のあらゆる分野へ適用拡大されることに対し、当会は強い懸念を表明する。
(3)解約抑止及び売上安定化について(意見の趣旨3について)
本報告書では、「解約抑止」や「売上安定化」も解約料設定の目的として挙げられている(本報告書3頁、4頁)。しかし、「解約抑止」というのは、あくまで別途正当な目的(損失補填等)で相当な金額の解約料が設定された場合に、その効果ないしは機能として現れるものにすぎない。したがって、解約抑止の目的だけが独立して正当性を有するものではない。
また、「売上安定化」についても、その実質は、損失補填において逸失利益(得べかりし利益)をどのように扱うかという従来の論点を言い換えたものにすぎない。すなわち、別の消費者との代替契約の締結可能性の有無等によって損害に含まれるか否かが左右されるべき問題であり、これを損失補填とは別の、新たに正当化が許容される独立した目的であるかのように整理することは妥当ではない。
(4)収益向上について(意見の趣旨3について)
本報告書においては、「解約料」による収益向上について、「双方の利潤の増大ではなく、一方から他方への利益移転だけを目的とした行為は、社会全体の利益を向上しないものである」として、「許容しがたい」と結論付けている(本報告書10頁)。
当会も、この本報告書の結論に強く賛同するものである。解約料そのものによって収益を上げることは、契約の解除に伴う損害賠償の額の予定を定める法第9条の趣旨を潜脱するものであり、断じて正当化できない。
(5)目的による区別の困難さと潜脱の防止(意見の趣旨4について)
本報告書も指摘するとおり、事業者が複数の目的で解約料を設定する場合があり、当該解約料がいかなる目的で設定されているのかを客観的に特定することは困難である(本報告書2頁、6頁)。仮に、目的ごとに異なる規律を設け、例えば「価格差別」目的であれば緩やかな規律に服するといった制度設計にした場合、事業者が自己に都合の良い目的を恣意的に主張・選択することで、本来規制されるべき不当な解約料が温存されるリスクがある。
したがって、今後のルール作りにあたっては、目的の偽装や恣意的な選択による法の潜脱を許さず、かつ、事業者による解約料の目的の設定次第で消費者の利益が害されることのないよう、実効的な制度設計が必要である。
3  手続面・情報提供の在り方の考慮(意見の趣旨5について)
本報告書は、手続面の問題(情報提供の有無等)を解約料の正当性の判断において考慮することを示唆しているところ(本報告書6頁)、消費者の予見可能性を高めるために丁寧な情報提供が行われることの重要性は否定しない。
しかし、内容的に過大で不当な解約料条項が、単に「説明があった」「同意した」という手続的な事情のみをもって正当化されるようなことがあってはならない。消費者の脆弱性や情報の非対称性を踏まえれば、手続的保障はあくまでも前提条件に過ぎず、解約料の実質的な妥当性が確保されなければならない。
4  立証責任の在り方について(意見の趣旨6について)
解約料条項は、法的性質としては損害賠償額の予定である。そして、その損害の予定額が「平均的な損害の額」を超えているか否かについて基礎となるデータは、全て事業者側に偏在している。それにもかかわらず、現行法においては、無効を主張する消費者側が、事業者に生ずべき「平均的な損害の額」を立証しなければならないという非常に重い負担を負っている。
今後の検討においては、損害賠償額の予定という性質や証拠の偏在に鑑み、事業者側がその合理性を立証すべきであるという原則に立ち返り、消費者及び適格消費者団体の立証負担を軽減するルール作りを強く求める。
以上


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