えん罪救済を困難にする法制審議会による再審法改正案に反対し、 国会において「えん罪救済のための再審法改正」を求める意見書
2026年(令和8年)2月16日
参議院議長 関 口 昌 一 殿
衆議院議長 殿
参議院法務委員会委員長 伊 藤 孝 江 殿
衆議院法務委員会委員長 殿
内閣総理大臣 高 市 早 苗 殿
法務大臣 平 口 洋 殿
えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟 会長 柴 山 昌 彦 殿
法制審議会 会長 佐 伯 仁 志 殿
自由民主党 総裁 高 市 早 苗 殿
立憲民主党 代表 水 岡 俊 一 殿
公明党 代表 竹 谷 とし子 殿
中道改革連合 代表 小 川 淳 也 殿
日本維新の会 代表 吉 村 洋 文 殿
国民民主党 代表 玉 木 雄一郎 殿
日本共産党 中央委員会幹部会委員長 田 村 智 子 殿
れいわ新選組 代表 山 本 太 郎 殿
参政党 代表 神 谷 宗 幣 殿
チームみらい 党首 安 野 貴 博 殿
日本保守党 代表 百 田 尚 樹 殿
社会民主党 党首 福 島 瑞 穂 殿
京都弁護士会
会長 池 上 哲 朗
えん罪救済を困難にする法制審議会による再審法改正案に反対し、
国会において「えん罪救済のための再審法改正」を求める意見書
国会において「えん罪救済のための再審法改正」を求める意見書
意見の趣旨
当会は、
1 法制審議会が刑事再審手続の在り方に関する諮問第129号に対する答申として取りまとめた要綱(骨子)が、実効的かつ迅速なえん罪救済を可能とするための法改正が求められてきたことに対して、極めて不十分であるにとどまらず、逆に、えん罪救済を困難にする危険性すら含むものとなったことを深く憂慮し、同答申案に基づく再審法改正がなされることに反対する。
2 あらためて、国会において、少なくとも①再審請求人に証拠開示請求権を認め、再審請求人が捜査機関の保有する証拠に円滑にアクセスすることのできる証拠開示制度と②再審開始決定に対する検察官の不服申し立てを禁止することを柱とする、真に実効的なえん罪被害者救済を可能とする再審法改正がなされることを求める。
意見の理由
第1 はじめに
法制審議会刑事法(再審関係)部会(以下「再審部会」という。)は、本年2月2日、同部会の審議のとりまとめとして、法務省事務当局が作成した要綱(骨子)案を多数決(賛成10人、反対3人)により採択し、これを法制審議会に報告した。これを受け、法制審議会は、本年2月12日の総会において「諮問第129号に対する答申」として、刑事再審手続について同要綱(骨子)記載の法整備を行うべきである旨法務大臣に答申した。
しかし、以下に述べるとおり、上記要綱(骨子)案の取りまとめに至るまでの再審部会における議論の経緯をみても、要綱(骨子)案として取りまとめられた内容をみても、「えん罪救済のための再審法改正」という目的から離れた消極的な議論がなされてきたことを指摘し、批判せざるを得ない。
その主たる要因は、本来、多くのえん罪被害を生み出してきた責任を厳しく問われなければならない立場にある検察官が要職を占める法務省刑事局が人選を行い、事務当局として再審部会の運営を主導し、議論の取りまとめに強い影響を与えてきた点にある。その結果として、再審部会の審議結果である要項(骨子)案は、再審部会の審議の結果は、法務・検察による法務・検察のための再審法改正案と言って過言ではないものとなった。
第2 再審関係部会の設置の経緯・委員の選任方法・議論経過の全てが問題である
1 法務大臣は、2025年(令和7年)3月、法制審議会に対し「近時の刑事再審手続をめぐる諸事情に鑑み、同手続が非常救済手続として適切に機能することを確保する観点から、再審請求審における検察官の保管する裁判所不提出記録の弁護人による閲覧及び謄写に関する規律、再審開始決定に対する不服申立てに関する規律、再審請求審における裁判官の除斥及び忌避に関する規律その他の刑事再審手続に関する規律の在り方について、御意見を賜りたい」との諮問(諮問第129号)を発した。
上記諮問にいう「近時の刑事再審手続をめぐる諸事情」とは、2024年(令和6年)10月に再審無罪判決が確定した静岡4人強盗殺人・放火事件(いわゆる袴田事件)や、同月に再審開始決定が確定した福井中学生殺害事件(2025年(令和7年)8月に再審無罪判決確定)など、再審によるえん罪救済が果たされたものの、えん罪被害者の人生を丸ごと費やすほどの膨大な歳月を要した実態や、新証拠に基づいて再審開始決定がなされていながら、これに対する検察官の抗告により未だ救済に至らず歳月が流れ続ける大崎事件、日野町事件、名張事件等の深刻な事例が存在することが注目され、現行の再審法がえん罪救済制度として十分機能しておらず、再審法の抜本的改正が必要であるとの認識が高まり、それまで再審法改正に消極的であった法務省も無視し得ないほど大きな社会的潮流となった状況を意味する。特に、国会においては2024年(令和6年)3月に超党派の議員連盟(えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟、以下「再審議連」という。)が発足し、2025年(令和7年)2月には同議連総会において刑事訴訟法改正骨子案が了承された。
法務大臣が諮問129号を発したのは、まさにその直後の時期であった。最高検察庁が2024年(令和6年)12月26日に静岡4人強盗殺人・放火事件についての検証報告書を公表した時点でもなお、再審法改正の議論を開始しようとしていなかった法務省が、突如として姿勢を急転換し、法制審議会に再審法改正についての諮問を発したという経緯を見れば、再審法改正の議論自体は不可避である以上、再審議連が主導する国会での議論に委ねるのではなく、法務省自らが関与することができる法制審議会において議論の主導権を握ろうとした意図が顕著であったというべきである。
2 再審部会は、他の法制審議会の委員・幹事の選任と同様に、日本弁護士連合会に対して4名の委員・幹事の推薦が依頼され、裁判所、検察庁及び警察庁ら関係機関に委員・幹事の推薦が依頼されたほかは、全て、検察官が役職を占める法務省の事務当局により委員・幹事の推薦がなされた。いわゆる研究者枠では6名の委員・幹事が選任されたが、その人選において、再審法について専門の論文を発表したことがある研究者は皆無であり、これまで再審法につき研究を重ねてきた研究者は1名たりとも選任されなかった。
3 再審部会は2025年(令和7年)4月に議論を開始したが、他方、再審議連は、同年6月には、衆議院に「刑事訴訟法の一部を改正する法律案」(第217回国会衆法第61号、以下「議連法案」という。)を提出した。議連法案は、前年の発足以来の同議連内での議論の積み重ねを踏まえ、義務的な証拠開示制度の整備や、再審請求審における検察官抗告の全面的禁止を含む充実した内容を備えるものであった。
当初、発足したばかりの再審部会での審議では、過去の法制審議会の他の部会の審議の状況を踏まえて「年単位」の時間を要すると見込まれたことから、同部会での審議が国会による改革を遅らせることが懸念・批判されていた。こうした状況を踏まえてか、その後、法務省事務当局は、再審部会の開催頻度をそれまでの月1回から月2~3回へと大幅に加速させ、本年2月12日の法制審議会総会までに再審部会における議論の取りまとめを図った。
しかし、再審部会における審議は、事務当局が議題と進行をあらかじめ設定し、各委員の発言時間を指定するなどした上、実際のえん罪事件の被害当事者からの聴取を十分に行う機会もないなど、充実した議論というには程遠い状況であった。
特に、2025年(令和7年)12月16日に事務当局が再審部会に示した「今後の議論のための検討資料」は、当初「意見の集約に向けたたたき台(案)」との標題で作成され、再審部会の委員・幹事への事前提示や意見聴取を経ることもないまま報道機関に配布・説明されたものであった。その手続経過自体が極めて大きな問題であるが、さらにその内容は、再審部会の審議で意見の一致を見ていない論点や、十分に議論されていない論点について特定の方向性を示したり、再審部会で審議対象とされた論点の多くが検討項目として盛り込まれなかったりするなど、その整理が恣意的であって、再審部会での審議状況を忠実に整理・反映したものとは到底言えないものであり、事務当局が取りまとめの方向性を既成事実化・誘導しようとする姿勢が強く疑われるものであった。
かかる議事進行のあり方について、同部会の委員・幹事3名(鴨志田祐美弁護士、村山浩昭弁護士、田岡直博弁護士)は、2025年(令和7年)12月12日付の連名意見書において「結論を急ぐあまり拙速との批判を免れない」との意見を明らかにしている。また、日本弁護士連合会は、同年12月24日付「法制審議会刑事法(再審関係)部会の審議の進め方に深刻な懸念を表明する会長声明」において、同旨の批判を行っている。
その後の再審部会の審議を経て若干の修正が図られたものの、最終的に多数決で取りまとめられた要綱(骨子)案は、基本的には上記「今後の議論のための検討資料」をほぼ踏襲するものであり、結局において法務省事務当局の意向が色濃く反映されたものである。これに対し、日本弁護士連合会推薦の委員・幹事以外からは批判的意見が述べられることもないまま、これが再審部会の意見として採択された。
4 以下に、同案の主要な問題点として、再審の請求についての調査手続、証拠開示制度、再審開始決定に対する検察官の不服申立ての3点について各論する。
第3 答申案の内容に関する主な問題性(各論)
1 「再審の請求についての調査手続」では、救済されるべきえん罪被害者が除外されるおそれがある
要綱(骨子)は、「再審の請求についての調査手続」を設け、再審の請求を受けた裁判所が当該請求について調査した結果、「再審の請求の理由がないことが明らかである」と認めるときは、裁判所は事実の取調べや証拠の提出命令を行うことができず、直ちに再審請求を棄却することを義務付けるものとしている。
確かに、充実した審理を行うべき事件を選別するためには、およそ再審事由とはなり得ない内容を主張するなど、濫用的な再審請求を早期に手続から外すこと(いわゆるスクリーニング)自体は必要である。
しかし、再審請求の理由を当初から的確に構成することは極めて困難であって、再審請求前に裁判所不提出記録及び証拠物の閲覧・謄写ができる制度や国費により弁護人の援助を受ける制度が存在しないことも、その困難を大きなものにしている。過去の再審無罪事件では、再審請求後に裁判所が行う意見聴取や求釈明、裁判所の勧告を踏まえて行われる証拠開示等を通じて再審請求の理由が具体化・実質化され、再審開始・再審無罪に至る場合が多い。それにもかかわらず、要綱(骨子)の「再審の請求についての調査手続」が設けられた場合、調査手続の段階では、裁判所は証拠の提出命令を行うことが禁止され、再審請求人が無罪につながる証拠の開示を受けられないなど、再審請求人に対して十分な手続保障が与えられないまま、書面審査のみで再審請求が拙速に棄却されるおそれがある。
「諮問第129号に対する答申案」においては、「附帯事項」として「調査手続の運用に当たっては、個別の事案に応じ、再審請求者及び弁護人(以下「再審請求者等」という。)に再審請求の理由を記載した書面の補正を求めること、再審請求者等や検察官の意見を聴取することなど、適切な対応がなされることを期待する」「審判開始決定に係る運用に当たっては、当部会における議論も参考にしつつ 『再審の請求の理由がないことが明らかであると認めるとき』などの要件を不当に広く解釈して安易に請求を棄却することのないよう、適切な判断がなされることを期待する。」とされているが、このように「運用に期待する」旨の附帯事項を必要としたこと自体が、要綱(骨子)のとおりでは拙速な棄却決定がなされ、えん罪救済の可能性を狭めることになる危険を排除できないことを示している。
2 証拠開示の範囲が現状より狭められるおそれがある
要綱(骨子)は、証拠開示について、再審請求人に証拠開示請求権を認めた上で検察官から請求人に対して証拠の開示をさせる方法ではなく、裁判所に証拠を提出する方法によるものとし、その対象も「再審の請求の理由に関連すると認められる証拠」であって、「その関連性の程度その他の当該再審の請求についての裁判をするために提出を受けることの必要性の程度並びにその提出を受けた場合に生じるおそれのある弊害の内容及び程度を考慮し、相当と認める」ものに限定している。
過去の再審無罪事件から明らかなとおり、証拠開示が必要とされるのは、無罪につながる証拠が捜査機関の手元にあるためである。ただ、当該証拠が無罪につながる証拠であることが裁判所から見て、一見して明らかな場合は少なく、その判断のためには、再審請求人や弁護人による検討と、それを踏まえた主張が欠かせない。したがって、再審請求人や弁護人がその主張立証を準備するために必要な証拠については、幅広く開示されなければならないし、その前提として、証拠開示請求の手がかりが得られるよう、検察官が保管又は保存する証拠の一覧表も開示される必要がある。さらに、裁判所が事案解明を進めるために必要と認めるときは、職権での証拠開示命令制度も必要である。
しかし、要綱(骨子)によれば、裁判所が再審請求の判断をするために必要かつ相当と認めて証拠の提出を命じない限り、弁護人は、捜査機関が保管する証拠を閲覧・謄写することができない。また、再審請求人には、そもそも証拠を閲覧・謄写する権限が認められていないので(刑事訴訟法40条)、弁護人が選任されていない再審請求人は、証拠にアクセスすること自体ができない。これでは、無罪につながる証拠の発見は極めて困難となる。
「諮問第129号に対する答申案」においては、「証拠の提出命令の運用に当たっては、当部会における議論も参考にしつつ、関連性・必要性が認められる証拠の範囲が不当に狭くならないようその判断が適切に行われることを期待する」との「附帯事項」が付されているが、そもそもえん罪救済の鍵を握るといって過言ではない証拠開示の在り方について、裁判官によって対応・判断が区々となり「再審格差」として批判されてきたことに鑑みれば、「運用に期待する」旨の附帯事項を付したところで、再審法改正が必要とされた立法事実を踏まえた対応をしたことにならない。
3 証拠の目的外使用の禁止により、救済に向けた多様な支援が制約されかねない
また、要綱(骨子)は、弁護人が検察官から提出を受けた証拠を謄写したときは、その証拠に係る複製等を再審の請求の手続又はその準備等に使用する目的以外の目的で他に交付、提示又は提供することを、罰則をもって禁止している。
しかし、禁止される行為の外延が明確ではないため、例えば新証拠の獲得に向けた活動において開示証拠を支援者に交付するなど、再審請求又はその準備に必要な活動であっても、目的外使用にあたる可能性を懸念し、これを躊躇するなど、再審請求人や弁護人の活動を萎縮させるおそれがあり、えん罪被害者の救済を困難にさせる。
そもそも再審請求手続以外の通常の刑事訴訟手続における目的外使用禁止(規定刑事訴訟法281条の4)自体について、罰則をもって一律かつ広範に規制する不当性に対し強い批判がある。関係者のプライバシー保護等の要請があることは当然であるが、個別の規制で充分対応可能であるから、罰則付きの一律禁止規定を公開の法廷での審理が義務付けられていない再審請求手続にまで拡大することは、さらに不当である。
かかる規定を導入することは、「刑事再審手続がえん罪救済制度として適切に機能すること」とは関連性がなく、通常手続に関する目的外使用禁止規定に関する法務省の立場を、再審部会の審議を機に拡大しようとするものでしかない。
4 再審開始決定に対する検察官の不服申立てが維持されることにより、えん罪被害者が長期間救済されないままとなる
過去の再審無罪事件から明らかなとおり、再審開始決定に対する検察官の不服申立てそれ自体が、再審請求人にとって防御の負担や手続の長期化などの多大な負担を強いるものとなっている。
そもそも、検察官は、再審請求手続の当事者ではなく、公益の代表者として裁判所が行う審理に協力すべき立場に過ぎないので、当然に不服申立てを行う資格を有しているわけではない。二重の危険を禁止する日本国憲法39条の下、不利益再審が許されず、再審請求手続はえん罪救済のみを目的とする制度として位置づけられる以上、同手続において、検察官の「公益の代表者」としての地位とは、有罪判決を墨守・維持する立場を意味しない。
しかし、検察官は、再審開始決定に対して、ほぼ全ての事件で不服申立てを行っている実情がある。しかも、福井事件の第1次再審請求では、検察官は、自らの主張と矛盾する重要な証拠を隠したまま、再審開始決定に対して不服申立てを行い、その結果、再審開始決定が誤って取り消されるという事態が生じている。今後、このような事態が生じるのを防ぐためにも、検察官に「公益の代表者」の名の下に有罪判決の墨守・維持を求める不服申立てを行う資格を認めるべきではない。
なお、再審開始決定は、再審公判の開始を決定するだけであって、有罪・無罪の実体判断は再審公判において行うことが予定されている。そして、検察官は、再審公判において確定判決の正当性を主張することが可能であるから、再審開始決定に対する不服申立てを認めなくても不都合は生じない。それにもかかわらず、要綱(骨子)は、これまでどおり、再審開始決定に対して検察官が不服申立てを行うことを無制限に認めている。これは、えん罪被害者の速やかな救済を阻害するものである。
この点についても、「諮問第129号に対する答申案」の附帯事項では、「再審開始決定に対する不服申立てについては、検察官において、もとより結論ありきではなく、慎重かつ十分な検討を確実に行った上で適切な対応がなされることが望まれる。」とするが、福井事件に顕著であるように、検察官による「結論ありき」の有罪追及の姿勢による不服申立がえん罪救済を遅らせてきた実態に鑑みれば、附帯事項によって「期待」を付言したところで、実効性があるとは考え難い。
第4 真に実効的なえん罪救済を可能とするための再審法改正が必要である
以上のとおり、法制審議会の答申にかかる要綱(骨子)は、改革を求められる「当事者」である法務省・検察官の影響の下、再審法改正案として極めて消極的なものであり、運用によってはえん罪救済の可能性を従来よりも狭める危険性すら含むものであるから、これに基づく法案が政府から提出されることには強く反対する。
当会は、現行の再審法について、少なくとも①義務的証拠開示命令制度の創設、②再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止、③再審請求審等における裁判官の除斥及び忌避の規定、④再審請求審における手続規定の整備の4点において改正が必要であることを指摘し、既に再審議連が法案として取りまとめ、衆議院に提出した議連法案はこれらの内容を備えたものとして高く評価してきた。同法案は継続審議中であったところ、2026年(令和8年)1月23日に衆議院が解散されたことに伴い一旦廃案となっているが、再度速やかに議員立法として同内容の法案が提出され可決されることが、真にえん罪被害者を救済可能とする再審法改正として必要である。
以上
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