基本的人権の堅持・尊重を求める立場から、国家情報会議設置法制定に抗議し、その廃止を求める会長声明
基本的人権の堅持・尊重を求める立場から、
国家情報会議設置法制定に抗議し、その廃止を求める会長声明
国家情報会議設置法制定に抗議し、その廃止を求める会長声明
1.2026年(令和8年)3月26日、当会は「治安維持法が初めて適用された京都の地から、基本的人権の堅持・尊重を求める会長声明」を発し、国家情報会議設置法案についてその立法の必要性に対する疑問、治安維持法の下で「国体護持」概念に基づき、安易かつ恣意的に思想信条の自由を始めとする基本的人権が侵害された歴史が繰り返される懸念を表明した。
2.その後、同年4月2日から衆議院において同法案の審議が開始されたが、上記の当会の疑問や懸念は顧みられることはなく、同月23日に可決されてしまった。同年5月8日から参議院での審議が始まり、「良識の府」と呼ばれる参議院にて当会の疑問や懸念が改めて審議されることを期待したが、一定の反対討論が行われたものの、同月27日に可決、制定されてしまった。
3.国家情報会議設置法は、インテリジェンス(情報収集・分析)の司令塔の強化を目的として、首相が議長を務め、関係閣僚等で構成される「国家情報会議」と、その事務局を担う「国家情報局」を設置し、従来は各情報部門の連絡調整の権限しか持たなかった内閣官房内閣情報調査室(以下「内調」という。)を国家情報局に格上げして、各省庁の情報を集約して分析するための「総合調整権」を付与するほか、各省庁に国家情報会議の求めに応じて資料や情報を提供する義務を課することを内容としている。
4.国家情報会議は「重要情報活動」と「外国情報活動への対処」について調査審議を行うものとされている(同法2条)。前者は時の政府が「安全保障の確保」その他「我が国の重要な国政の運営」に資する情報と考えれば収集することを認めるものであり、情報の範囲や取得態様を制限する文言は法文に盛り込まれていない。後者は時の政府が「公になっていない情報のうちその漏えいが重要国政運営に支障を与えるおそれがあるもの」と考えた情報を収集することを認めるものであり、これもまた情報の範囲や取得態様を制限する文言は法文に盛り込まれておらず、ありとあらゆる情報を取得することが許される法的枠組みが設けられたのである。
5.国家情報会議の事務局たる国家情報局を務めるのはこの法律により格上げされた内調である。内調は、内閣情報調査室組織規則により、「内閣の重要政策に関する国内の情報の収集及び分析その他の調査に関すること。」等を事務とすると定められていたが、歴史的にも、日ソ交渉を進めていた鳩山一郎首相(1956(昭和31)~1958(昭和33)年)の邸宅に東京ガスの工事人を仮装して侵入し、盗聴器を仕掛けたという、極めて驚くべき、スパイ行為的態様の人権侵害的諜報活動を行った組織である。この国家情報局の下で情報提供を求められる防衛省情報本部、警察庁警備局(公安課、外事課、国際テロリズム対策課)、各道府県警・警視庁の警備局・公安部、公安調査庁及び自衛隊情報保全隊等の「インテリジェンス機関」もまた、その歴史上人権侵害的諜報活動を行ってきた組織である。その例としては、神奈川県警による日本共産党幹部宅盗聴事件(最高裁平成元年3月14日決定)、公安調査庁による元公安調査庁職員に対する監視・尾行(東京高裁平成16年2月25日判決)、自衛隊情報保全隊市民監視事件(仙台高裁平成28年2月2日判決)、大垣警察署による市民運動に関わる市民の情報を民間企業等に提供した事件(名古屋高裁令和6年9月13日判決)が挙げられる。一般市民から時の総理大臣にまでわたって行われた、これらの組織による人権侵害的諜報活動の歴史を学べば、これらのインテリジェンス機関の情報取得・利用活動には重大な危険性が孕んでいることは論を俟たない。そしてまた、それらの活動を監視する、時の政府から独立した第三者的監督機関の設置が必要である。この点、ドイツでは、連邦情報局に厳格な法的制約が定められており、警察権限の不保持、他手段で得られない情報に限る収集、私生活の核心領域の絶対保護、弁護士・ジャーナリスト等からの情報収集禁止、誤取得情報の削除義務などのルールが存在する。その上、独立の監督機関やデータ保護の仕組みも存在している。その他、オランダの情報機関に関する統制、韓国の国家情報院に対する規制等に鑑みれば、今般制定された国家情報会議設置法には日本国憲法の定める基本的人権保障のための「歯止め」が一切ないことが浮き彫りになっている。「国家安全保障と情報への権利に関する国際原則(ツワネ原則)」に鑑みて、最低限、国会による監視機関の設置とこの監視機関に対する国家情報会議の活動報告を義務づけるような規定が設けられない限り、個人のプライバシーの権利(憲法13条)や思想・信条の自由(同19条)を根底から侵害する違憲な法律として存在を許されないと言わなければならない。
6.国家情報会議設置法が制定されたことを受け、今後政府は「重要情報活動」と「外国情報活動への対処」について罰則も含めた具体的な法制を国会に提出することを予定しているようであるが、これにより、先の敗戦以前の、基本的人権が蹂躙される社会が復活する危険が高い。我が国を先の大戦に導いた情報統制やスパイ規制は一朝一夕に実現したものではない。治安維持法制定・改定(1925年(大正14年)~)、軍機保護法改定(1937年(昭和12年))、国家総動員法制定(1938年(昭和13年))などの監視・治安法制の誕生・拡大により形成され、参戦時には市民もマスメディアも「戦争反対」の声を上げられない状態に置かれていた。当会はその一里塚となる国家情報会議設置法が制定されたことに強く抗議し、上記の危険が現実のものとならないよう、街頭宣伝やシンポジウム等をはじめとする、ありとあらゆる運動を強め、この法律の廃止を求める。
2026年(令和8年)6月11日
京都弁護士会会長 谷 口 直 大
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