ICCに対するアメリカ合衆国政府による不当な圧力に抗議し、日本国政府に対し法の支配を堅持するための対応を求める会長声明
ICCに対するアメリカ合衆国政府による不当な圧力に抗議し、日本国政府に対し法の支配を堅持するための対応を求める会長声明
1 アメリカ合衆国による制裁
2026年(令和8年)8月18日、アメリカ合衆国は、国際刑事裁判所(International Criminal Court。以下「ICC」という。)の赤根智子所長及びアブドゥライエ・セエ上級裁判弁護士を制裁対象にすると発表した(以下「本件制裁措置」という。)。これにより米国内の資産が凍結され銀行口座が使えなくなる、米国資本のウェブサイトで航空券や宿泊の予約を取れなくなる、米国企業発行のクレジットカードが使用できなくなるなど米企業が提供するサービスが受けられなくなるにとどまらず、米国による二次的制裁を恐れる各国の金融機関が制裁対象者との取引を事実上控えたり、米国と取引のある国内信販会社が発行するクレジットカードも使えなくなる可能性があると言われている。そうなると、制裁対象者は、給与の受領や日常の通信販売取引等に支障を来すことととなり、個人の活動や生活に重大な影響が生じる。これにより、制裁対象者は、日常生活への影響を恐れてICCの職務を遂行することが著しく困難となる可能性がある。
2 制裁の「理由」
上記制裁の理由につき、アメリカ合衆国(ICC非締約国)は、ICCがアフガニスタンに駐留した米兵を捜査対象にしたことやパレスチナ・ガザ地区での戦闘における戦争犯罪及び人道に対する犯罪への関与の疑いによりイスラエルのネタニヤフ首相などに対する逮捕状を発付したことを上げている。本件制裁措置に関し、アメリカ合衆国のルビオ国務長官は、ICCが「悪意をもって権限を乱用し、与えられた任務の域を超えている」、「ICCの管轄権に同意していない政府の職員に対する捜査、逮捕、拘束、起訴を進めようとするICCの取り組みに直接関与してきた」と主張し、ICCの職務が非締約国の主権を侵害するものと主張している。そして、アメリカ合衆国は、これまでも、ICC締約国に対し分担金の拠出停止や脱退を呼びかけ、ICCの解体を企図してきたものであるが、上記制裁は、このような動きに加えて、ICC職員に直接的な圧力をかけるものであり、その職務に対する影響力は一層深刻である。
3 「主権侵害」との主張について
しかしながら、米国の主張する非締約国の主権侵害との主張は一面的である。
そもそも、ICCは、「国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪」(集団殺害犯罪、人道に対する犯罪、戦争犯罪、侵略犯罪)に問われる「個人」を訴追・処罰するために設立された国際刑事法廷であり、国家の主権を直接的に侵害するものとは言えない。また、非締約国の国民に逮捕状を出したり刑事裁判を行うことができるのは、犯罪が行われた「場所」がICC締約国内である場合等に限られているのであり、その権限の行使は、各締約国等の主権に由来するものと理解されている。すなわち、各国は、各国の主権に基づき、領域内で発生した上記「重大犯罪」を訴追する権限を有するものであり、ICCの職務権限は各締約国から委託された権限に基づくものであり(国際刑事裁判所に関するローマ規程第12条、第13条参照)、ICCの職務権限行使に対し、非締約国が制裁を加えることは締約国の主権を侵害することにもなりかねない。まさに、ICCが、2026年(令和8年)8月19日発表の声明において述べたように、「司法関係者が法を適用したことを理由に脅威にさらされるなら、国際法の秩序そのものが危険にさらされる」のである。
4 司法の独立について
また、ICCは司法的機能を果たす国際機関であり、ICCが外部から圧力を受けることなく独立性を貫くことは、その機能を果たすうえで核心的に重要である。本件制裁措置が講じられたことで、制裁の対象とされたICCの裁判官は18名のうち半数にのぼることになるが、裁判官個人に対する直接的な制裁という圧力は、裁判官に米国の意向に沿った行動を取ることを強制しようとする姿勢にほかならないのであり、ICCの職務執行の独立性を侵害し、ひいては法の支配そのものを脅かす暴挙にほかならない。このような措置が黙認されることになれば、力による支配が横行し、国際法秩序が破壊されかねない。上記ICCの声明は、「あらゆる手段を尽くした末に裁判所に助けを求める被害者にとって、正義を追求する機会が損なわれる」と述べているが、まさしくそのとおりである。
5 結論
以上を踏まえ、当会は、2025年(令和7年)9月25日に「国際刑事裁判所(ICC)の独立性を堅守し、法の支配の貫徹を求める会長声明」を発出したところであるが、「今後もひるむことなく、独立性と公平性を保ちながら任務を全うする」とのICCの声明とこれを支持する欧州連合(EU)及び国際連合等を強く支持する。
また、アメリカ合衆国政府による本件制裁措置に抗議し、これを直ちに撤回することを求める。
さらに、日本国政府に対し、日本国憲法の掲げる国際協調主義及び全世界国民の平和的生存権(前文)、国際法規の遵守(第98条)に基づく実効性のある行動として、本件制裁措置に対して断固として反対の意思を表明し、本件制裁措置による国内外での直接・間接の不利益が制裁対象者に及ばないようにするための措置を積極的に取ること及びICCに対する支援の継続を求めるものである。
2026年(令和8年)9月25日
京都弁護士会会長 谷 口 直 大
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