死刑執行に対する会長声明


死刑執行に対する会長声明


1  政府は、2026年(令和8年)8月21日、大阪拘置所において1名に対し、死刑を執行した。この事件は、2009年(平成21年)に大阪市此花区のパチンコ店に放火して5名を殺害したなどとして殺人・現住建造物放火等の罪に問われた事件である。裁判員裁判で審理され、精神疾患や妄想の影響下で犯行に至ったとされ、犯行時の責任能力が最大の問題とされたほか、死刑の執行方法である絞首刑が憲法第36条の禁止する「残虐な刑罰」に該当するのではないかという点から絞首刑の違憲性も大きく争われた事案であるが、一審、二審及び最高裁はいずれも完全責任能力を認めるとともに、絞首刑を合憲とし、2016年(平成28年)に死刑判決が確定していた。

2  わが国の死刑制度に対しては、国連人権(自由権)規約委員会が2008年(平成20年)、2014年(平成26年)、2022年(令和4年)の総括所見において、日本政府に対し死刑廃止の検討や世論喚起を繰り返し勧告している。さらに2024年(令和6年)12月17日、国連総会は130か国の賛成多数で、全ての死刑存置国に対し、死刑の廃止を視野に入れた死刑執行の停止を求める決議を採択している。また、2024年(令和6年)9月には、国連人権理事会に任命された「特別報告者」が日本政府に対し、日本が死刑の執行方法を絞首刑としていることに懸念を示し、死刑の執行停止の検討を求める書簡を送付した。
  国内においても、国会議員、学識経験者、元警察庁長官、元検事総長、元日本弁護士連合会会長、経済界、労働界、被害者団体、報道関係者、宗教家及び文化人ら有識者による「日本の死刑制度について考える懇話会」が、2024年(令和6年)11月に発表した報告書で、多様な立場の委員16名全員の一致で、「現行の日本の死刑制度とその現在の運用の在り方は、放置することの許されない数多くの問題を伴っており、現状のままに存続させてはならない」、「早急に、国会及び内閣の下に死刑制度に関する根本的な検討を任務とする公的な会議体を設置すること」を提言している。
  日本弁護士連合会においても、2016年(平成28年)10月7日に「2020年までに死刑制度の廃止を目指すべきである」旨を人権擁護大会において宣言し、当会も2015年(平成27年)3月26日に「死刑執行に関する情報公開と議論の活発化を求める会長声明」を発し、その後も死刑の執行がなされる都度、執行に抗議するとともに、広く情報を公開して社会的議論を進めるとともに、死刑の執行停止を求めてきた。
  そうした国内外の動きがある中で、政府は、死刑に関する情報をほとんど公開せず、前記懇話会報告書で提言された公的な会議体を設置するなど死刑制度とその運用の在り方についても何ら検討や改善を行うこともしないという現状のまま、漫然と執行を続けたものであり、極めて遺憾である。

3  今回の執行後、平口洋法務大臣は、記者会見において、本件を執行した理由について、「裁判において十分な審理の上で死刑判決が下ったものであり、慎重に慎重な検討をした上で死刑の執行を決めた」と述べるにとどまり、「凶悪犯罪が後を絶たない現状を考えると、死刑を科することもやむを得ないと考えている。」旨説明した。また、本件の審理で絞首刑の違憲性が問われたことに関して、「絞首刑による死刑執行については、現在法律で、絞首して執行すると定められたもの。裁判では、最高裁が特に人道上残虐であるとはいえないと判示しており、見直しをすることは特段考えていない。」と説明した。
  しかしながら、どのような基準や検討過程を経て執行に至ったのかという具体的情報や根拠は一切開示されておらず、単に「結果の重大性」や「慎重な検討」という定型的な文言を繰り返すのみである。国連特別報告者からの懸念表明や国際社会からの勧告に対しても形式的な反論に終始しており、大臣の説明は執行の正当性を担保するものとしては甚だ不十分と言わざるを得ない。

4  また、特に今回の死刑執行については、次の点において問題がある。
  第一に、精神障害・責任能力をめぐる誤判の可能性および執行時の精神状態の不透明さである。本件は動機形成の過程に精神障害による妄想が介在しており、責任能力の判断において誤判が生じていた懸念が拭えない。また、刑事訴訟法第479条第1項は「心神喪失の状態にあるときは、法務大臣の命令によって執行を停止する」旨を規定しているが、長期間の収容による精神状態の悪化も懸念される中、執行時における精神障害の状態や「受刑能力」の有無についての情報や検討過程は一切明らかにされていない。
  第二に、本件判決では絞首刑は合憲とはされたものの、一審判決では「絞首刑が死刑の執行方法の中で最善のものといえるかは議論のあるところ」と指摘され、控訴審判決でも「生命を奪う究極の刑である死刑の執行方法について、今もなお、140年も前の明治6年に太政官布告として制定され、執行の現状とも細部とはいえ数多くの点で食い違いが生じている明治6年太政官布告に依拠し、新たな法整備をしないまま放置し続けていることは、昭和36年最高裁判決が、死刑の執行方法は法律事項であると判示した趣旨にも鑑みると、立法政策として決して望ましいものではない。」との意見が述べられている。また、死刑制度を存置する諸外国には、絞首刑が残虐な刑罰に該当するとして、他の執行方法に変更された国もある。
  しかし、本件判決後、現在に至るまで、政府において執行方法についての情報公開や検討がなされたことはなく、法律で絞首して執行すると定められている、最高裁が特に人道上残虐であるとはいえないとしているとして、検討することすら否定している。太政官布告という不確かな法的根拠しかないこと、1961年(昭和36年)から社会状況・人権意識に大きな変化がみられることなどからすれば、絞首刑という執行方法、さらには死刑制度そのものの在り方について真摯な議論がなされなければならないはずである。

5  死刑制度は、人の生命を奪うような凶悪な罪を犯した場合に犯人の生命を奪う、つまり、正しい理由があれば生命を奪うことを許す制度である。そのような死刑制度が、現在の日本社会においてなお刑罰制度として維持されるべきなのか、もはや絞首刑は残虐な刑罰になっているのではないか、今まさに、死刑制度に関する十分な情報を公開した上で、政府こそがリードして全社会的議論を喚起していかなければならない。
  よって、当会は、政府に対し、死刑制度に関する情報を十分に公開した上、前記懇話会が提言したように国会及び内閣の下に死刑制度に関する根本的な検討を任務とする公的な会議体を早急に設置して死刑制度の廃止も含めた議論を進めるとともに、これらの取り組みがなされるまでの間、死刑執行を停止することを求める。そして、そうした取り組みがないままになされた本件死刑執行に対して強く抗議する。

      2026年(令和8年)9月25日


京都弁護士会    
会長 谷  口  直  大

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