「京都会館第一ホールの改修及び岡崎地域の景観保全に関する意見書」(2012年5月17日)
2012年(平成24年)5月18日
京都市長 門 川 大 作 殿
京 都 弁 護 士 会
会長 吉 川 哲 朗
京都会館第一ホールの改修及び岡崎地域の景観保全に関する意見書
京都市は、平成23年秋、「京都会館の建物価値継承に係る検討委員会」(以下「価値検討委員会」という。)を立ち上げ、同年10月4日に第1回の会合を開いた。そして京都市は、価値検討委員会に対し、第一ホールについては建て替えるべしとして、基本設計案(以下「現在の建替案」という。)を提出した。
これに対し、価値検討委員会は、現在の建替案を含めて、京都会館の承継すべき価値について検討し、予定された4回の会合を超え、5回の会合を経て、本年4月23日、提言をまとめた。これを受けて京都市は、本年5月中に基本設計を決定し、年内には実施設計等を行う方針を明らかにしている。
そこで当会は、価値検討委員会の提言等を踏まえ、京都会館第一ホールの改修計画及び岡崎地域の景観保全について、以下のとおり意見を述べる。
意見の趣旨
1 京都会館第一ホールの改修に関する基本設計については、価値検討委員会が本年4月23日に提出した提言を実現し、京都市眺望景観創生条例及び岡崎文化・交流地区地区計画に適合する内容とすべきである。
2 基本設計を含め、京都会館第一ホールの改修については、拙速を慎み、徹底した市民参加と建築・景観・都市計画・法律等各分野の専門家の関与のもとで慎重に合意形成が図られるべきであって、少なくとも、当該合意形成が図られないままで解体工事に着手すべきでない。
3 岡崎地区の景観保全を十全あらしめるため、岡崎公園地区特別修景地域内の琵琶湖疏水右岸についても、景観地区として、岸辺型美観地区(一般地区)に指定すべきである。
意見の理由
1 京都会館の立地の法的状況
(1) 京都会館の立地(以下「本件敷地」という。)の用途地域は、第二種住居地域であり、容積率200%、建ぺい率60%であって、15メートルの高度地区に指定されている。
他方、本件敷地は、平成24年2月1日に計画決定された岡崎文化・交流地区地区計画区域内にある。この地区計画により、本件敷地部分は、建築物の高さの最高限度を31メートルとするように変更された。
(2) 本件敷地の景観保全に関しては、風致地区第5種地域であり、本年2月1日に規定された「岡崎公園地区特別修景地域」に指定されている。
(3) 本件敷地の眺望景観の保全については、琵琶湖疏水の疏水界からの水平距離が30メートルの範囲は「近景デザイン保全区域」、それ以外は「遠景デザイン保全区域」に指定されている(後掲⑭)。
2 京都会館の現状及び現在の建替案
(1) 京都会館の現状
京都会館第一ホールの現状は、建物の高さこそ約27メートルあるものの、最高部は建物の中心部分のみで壁面に近づくにしたがってなだらかな勾配を描いて低くなるとともに、幅も狭くなってボリュームが小さくなっていくことから、周りの建物や東山連峰の山並みともよく調和している。
(2) 現在の建替案
他方、現在の建替案は、建物西側(琵琶湖疏水側)に開口部が取られず、外壁面も垂直に屹立する舞台フライの設置を予定するものとなっている。
とりわけ、後掲○a①③⑤⑩⑪⑫の写真のとおり、現在の建替案における舞台フライは、幅35メートル、奥行き23メートル、高さ30メートルにも及ぶ巨大なものである(ちなみに、高さ30メートルは、10階建てのビルの大きさにも相当する。)。
3 価値検討委員会提言の内容
(1) 価値検討委員会はまず「基本的な考え方」として、「岡崎地域は景観上重要な位置づけをもつ地域であり、本年3月には「地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律(歴まち法)」の重点区域に指定されるとともに、「文化的景観」の指定も計画されるなど、京都会館の歴史的な建物価値はますます重視されることになるのは明らかである。したがって、機能の向上や利便性から計画される改修であっても、それが歴史的な建物価値を損なうことのないよう取り組まなければならない。」との認識を示した。
(2) その上で、「外観意匠の継承」について、①現在の京都会館の外観意匠における特質は、大庇・手すり・バルコニーによって形成される立面が、日本建築における軒・縁・高欄による立面と似通うことから与えられることから、こうした立面構成の価値を維持継承すべき(以下「承継価値1」という。)。②第一ホールのフライタワーの形姿については、大庇で表現された大屋根の下に諸々の空間を抱込み、大屋根の上のマスは空や山並みに融け込むという原設計の外観意匠の全体的統一性の上からも十分な配慮を払うべき(以下「承継価値2」という。)としている。
(3) そして、「景観構成要素としての意義の継承」について、①フライタワーの高さ・形状については、岡崎地域、ひいては東山山麓の風致を損なわないよう最大限の配慮を払い、現在、進められている重要文化的景観の調査検討及び歴史的風致維持向上計画の策定との整合に留意しつつ、十分な検証をおこなうべき(以下「承継価値3」という。)。②景観シミュレーションを見ても、舞台内高さ27メートルを確保した現在の建替案のフライタワーが周辺の風致に与える影響に配慮することが必要であることは明らかである。いかにフライタワーの高さとボリュームを抑えていくかがデザインの要であり、慎重なデザイン処理を行うべき(以下「承継価値4」という。)。③新築される第一ホール部分の形状・色彩・素材についても、岡崎地域の風致を損なわないよう精緻な景観シミュレーションを行うなど最大限の配慮を払うべきである(以下「承継価値5」という。)としている。
4 価値検討委員会提言の評価(改修計画のあり方)
京都市は、京都会館第一ホールを改修する目的の一つとして、「世界水準の総合舞台芸術」の上演を掲げる(京都会館再整備基本計画)。また、京都市の説明においても、びわ湖ホール等に奪われてしまったオペラ等の公演を呼び戻したいとの意向が散見される(価値検討委員会の各回の摘録)。
しかし、現在の建替案は、奥舞台及び袖舞台がなく、日本でも数か所しかない四面舞台を備えたびわ湖ホールに到底及ばない。
他方、京都会館を設計した前川國男の設計説明書(別紙補足説明参照)には、「東山一帯に囲まれた平面的な岡崎公園と、その水平的性格を象徴するが如き疏水の流れ、それに既存の建物、公会堂、勧業館、美術館等の中層建物の高さなどを考え合わせ」た上でもたらされる「周辺地域環境との調和」の思想が示されていた。
とすれば、京都会館を規模や舞台機能の面から単純に他と比較し、その点で他と劣るから建て替えてしまおうという発想で本当に正しいのかどうか、他のホールにはない京都会館独自の価値が何であるのかを今一度冷静かつ慎重に見極める必要がある。
そうすると、価値検討員会が示した「基本的な考え方」は至当であって、京都会館の改修計画にあたっては、同委員会提言に基づく承継価値1ないし5を承継することが強く求められる。現に同委員会は、提言前文の締めくくりにおいて、「提言が実現された暁には、機能向上を図りつつ建物価値を継承するという近代建築再整備の観点に立って、近代建築を保存・継承する新たな道筋をつけることができると確信する」と述べているところである。
5 現在の建替案の不十分性
(1) ところが、以下に述べるとおり、現在の建替案は、承継価値1ないし5を承継しているとは言い難い上、京都市眺望景観創生条例との適合性、さらには岡崎文化・交流地区地区計画との適合性にも問題がある。
(2) 承継価値1ないし5について
現在の建替案の建屋形状の舞台フライは、日本建築における軒・縁・高欄による立面とは似通わず、立面構成の価値を維持するに至っていないことから、承継価値1を承継するものとは言い難い。
また、現在の京都会館第一ホールが、勾配屋根でかつ先すぼみの形状をしていることから東山連峰の形状と調和しているのに対して、現在の建替案は、巨大な建屋で空と山並みを無遠慮に断ち切ってしまう建造物であって、高さとボリュームのいずれもが巨大であることから、承継価値2ないし4を承継するものとも言い難い。
さらに、景観保全にとって建物の形状・色彩・素材は極めて重要であるところ、後掲○a①③⑤⑩⑪⑫の写真のとおり、現在の建替案に基づいて新築される第一ホール部分の形状・色彩・素材は判然とせず、岡崎地域の風致を損なわないよう精緻な景観シミュレーションを行ったとは認められないことから、承継価値5に述べられたような考察が十分なされたとは言い難い。
以上のとおり、現在の建替案は、承継価値1ないし5を承継しているとは言い難い。
(3) 京都市眺望景観創生条例適合性について
ア 本件敷地のうち、琵琶湖疏水の疏水境からの水平距離が30メートルの範囲は、京都市眺望景観創生条例に基づく眺望空間保全区域等の指定についての別表により、次のとおり定められている。
【種別】水辺の眺め
【対象地】23-1 琵琶湖疏水
【視点場の位置または範囲】川端通から疏水記念館前までの琵琶湖疏水に架かる橋(秋月橋、熊野橋、徳成橋、冷泉橋、二条橋、慶流橋及び広道橋)
【眺望景観保全地域の区域の種別】近景デザイン保全区域(約16.0ヘクタール)
【眺望景観保全地域の区域の範囲】川端通から疏水記念館までの琵琶湖疏水の疏水界又は当該疏水沿いの道路の境界線からの水平距離が20メートル又は30メートル以内の別図23(後掲⑭)に示す範囲
【基準】1 建築物等は、琵琶湖疏水及びその周辺の樹木、建築物等によって一体的に構成される良好な景観を阻害してはならない。
2 建築物等は、次の各号に掲げる基準に適合するものでなければならない。
(1) 建築物の屋根は、勾配屋根又は屋上緑化等により良好な屋上の景観に配慮されたものとすること。
(2) 塔屋を設けないこと。
(3) 建築物等の各部は、河川沿いの樹木等や東山の山並みと調和し、良好な水辺の眺めを形成するものとすること。
(4) 建築物等の外壁、屋根等の色彩は、禁止色を用いないこととし、河川沿いの樹木等や東山の山並みとの調和に配慮したものとすること。
(5) 良好な水辺の眺めの保全及び形成に支障となる建築設備、工作物等を設けないこと。
イ 上記基準1及び2(2)について
現在の建替案では、建物西側には開口部がなく、外壁面も垂直に屹立する舞台フライが設置されることになっており、後掲○a①③⑤⑩⑪⑫の写真のとおり、幅35メートル、奥行き23メートル、高さ30メートルにも及ぶ巨大なものである。
現在の建替案における舞台フライは、勾配屋根によって琵琶湖疏水及びその周辺の樹木等と調和していた現状の良好な景観を大きく変えるものであり、その大きさ、形状に照らせば、上記基準2(2)が禁じる「塔屋」に該当する可能性が極めて高いといわざるを得ない。
すなわち、現在の建替案は、上記基準1及び2(2)に適合しない可能性が高い。
ウ 上記基準2(1)について
現在の京都会館第一ホールは、当初よりホール部分の屋根が勾配屋根とされ、最高高さ(27.5メートル)のところが疎水側(西側)地上からは見えにくいように設計されており、圧迫感を感じさせにくい構造となっている。
しかも、庇に近づくにつれて屋根の幅を狭める巧みな設計により、連坦する第二ホールの屋根ともみごとな調和を見せており、京都会館の他の建物及び近隣の建物とも調和が保たれている(後掲○b及び⑥の写真)。
これに対し、現在の建替案は、現状の勾配屋根を陸屋根に変更するものであるうえ、上記イのとおり、高さ30メートルの突出した舞台フライの部分を有する長大な箱形建築物が立ち上がることになり、疎水沿いからの景観は一変する。
もちろん上記基準2(1)は、陸屋根であっても屋上緑化等によって良好な屋上の景観に配慮できる場合もあることを想定している。
しかしながら、現在の建替案は外観上極めて重大な変化をきたすものであることからすれば(後掲○a○b①ないし⑥の写真を比較参照)、現在の建替案は、上記基準2(1)に適合しない可能性が高い。
エ 上記基準2(3)(5)について
現在の建替案における建物西側の建物フライの大部分は、琵琶湖疏水の疏水界からの水平距離が30メートル(ただしどの範囲が該当するかについては、価値検討委員会に提出された建物平面図にも明示されていないことから、詳細は不明である)以内の近景デザイン保全区域内にあるところ、後掲○a○b及び①ないし⑥の写真のとおり、「河川沿いの樹木等や東山の山並みと調和」し「良好な水辺の眺めを形成するもの」であるか疑問がある上、「良好な水辺の眺めの保全及び形成に支障となる」可能性がある。
したがって、本件建替案は、上記基準2(3)(5)に適合しない可能性が高い。
オ 今後の景観政策に与える影響について
上述のように、京都市眺望景観創生条例に基づく眺望空間保全区域等の指定についての別表23-1 琵琶湖疏水についての【基準】1では「建築物等は、琵琶湖疏水及びその周辺の樹木、建築物等によって一体的に構成される良好な景観を阻害してはならない。」とされ、【基準】2の(3)では、「河川沿いの樹木等や東山の山並みと調和し、良好な水辺の眺めを形成するものとすること」、(4)では「河川沿いの樹木等や東山の山並みとの調和に配慮したものとすること。」、(5)では「良好な水辺の眺めの保全及び形成」というように、「良好」や「調和」の概念が基準として多数用いられている。
しかるに、京都市は基本設計の決定にあたっては、上記各基準適合性について自ら重要な先例を示すことになるところ、現在の建替案について上記各基準適合性に関し疑義があることは既に述べたとおりである。
また、後記のとおり、現在の建替案が提示されるまでの市民参加ないし市民意見の聴取は決して十分とはいえない。
とすれば、今後の景観政策に与える影響の大きさに鑑みても、基本設計の決定を含む改修計画にあたり、拙速は厳に慎まなければならない。
(4) 岡崎文化・交流地区地区計画適合性について
ア 岡崎文化・交流地区地区計画においては、本件敷地の建築物等の形態または色彩その他意匠の制限として、「京都会館の近代性と伝統の融合を感じさせる風格と魅力ある建築物と調和すること」と規定されている。
イ そうであれば、京都会館第一ホールを建て替えるにあたっては、第二ホール及び議場その他の従前の京都会館の建築物と調和しなければならない。
別紙補足説明3で述べたとおり、京都会館の近代性と伝統は、建物の水平基調、すなわち「建物全体を中層の建物の高さに収め水平に延びた屋根面から大ホールの屋根、小ホールの舞台フライの部分のみを突出せしめる水平線的な構成」にある。
これに対し、現在の建替案は、後掲写真○aその他から明らかなように、舞台フライが、幅35メートル、奥行き23メートル、高さ30メートルにも及ぶ巨大なものであって、上記水平基調とは異質のものを含む。
ウ したがって、現在の建替案は岡崎文化・交流地区地区計画との適合性にも大きな疑問がある。
(5) 以上のとおり、現在の建替案には数々の問題点が指摘できるものであって、京都会館の改修に関する基本設計については、価値検討委員会の提言を実現し、京都市眺望景観創生条例及び岡崎文化・交流地区地区計画に適合する内容とするべきである。
6 徹底した市民への情報提供、市民参加と慎重な合意形成の必要性
(1) 市民に対する情報提供
ア 京都市は、価値検討委員会に対して、現在の建替案の内容を説明する資料を提出した。
しかし、その資料には以下のような問題点があり、市民が本件建替案の内容を正しく把握できるものとは言い難い。
イ 第2回価値検討委員会における資料の問題点
価値検討委員会には建築の専門家が多数委員として参加しているにもかかわらず、そこに提供された図面は、建物の平面図、立面図ばかりで、断面図がわずか1面しか示されておらず(後掲⑨参照)、具体的な数値もほとんど示されていない(第2回資料4)。
京都会館の現況に関しては、第1回価値検討委員会で6面の断面図(第1回資料4)が示されているのと比べても、圧倒的に乏しい情報のもとでの検討を余儀なくされており、これでは、いくら専門家といえども現在の建替案の全体像を正確に把握することは困難であり、一般市民であれば尚更である。
ウ 第3回価値検討委員会における資料の問題点
京都市は、第3回価値検討委員会において、現在の建替案の詳細な立面図(第3回資料6)を提出するとともに、模型写真(第3回資料7)を提出した。
しかし、模型写真に写っている模型(後掲⑩⑪⑫参照)は、全体が真っ白で現実にどのような色調になるか判然としない上に、疏水側からの景観に直截大きな影響を与えるとみられるトラックからの荷物の搬入口上の巨大な庇に取り付けられる予定の合計24本のステー(第4回資料3・2枚目と3枚目の立面図。後掲⑦⑧参照)が取り付けられておらず、再現性が不十分である。
模型は本来、建物の実際を容易にイメージできる媒体なのであるから、写真で特定の方向から撮影したものだけを提供するのではなく、精緻に再現した上で、模型そのものを価値検討委員会に提出するとともに、市民にも公開すべきであった。
エ 第4回価値検討委員会における資料の問題点
京都市は、第4回価値検討委員会において、12葉の景観検討写真(第4回資料6)を提出した。
しかし、これら12葉の景観検討写真(後掲○a①③⑤参照)は、前記模型写真同様ステーが描かれていないばかりか、建替えによって従前と景観上変化する部分が半透明に描かれており、これでは実際にどのような外観に変化するのか具体的なイメージを持つことは困難である。
とりわけ、前述のように、京都会館の西側側面付近は、京都市眺望景観創生条例に基づく眺望空間保全区域に指定されており、前記基準1ないし2の適合性が厳正に審査されなければならないところ、前提となる資料としては不十分といわざるを得ない。
オ 以上のとおり、現在の建替案に関して、これまでの市民に対する情報提供は、正確性を欠く不十分なものである。
(2) 市民意見の聴取状況
ア 京都会館は京都市の資産であるが、その建替等の変更については、実質的所有者ともいいうる市民に対し、広く意見を聴取してそれを提案に反映させなければならないのは当然である。
京都市は、従前の再整備検討委員会では、京都会館の改修について、最低限の修復案(A案)も含めて検討していた。
しかし、その後の市民への説明においては、修復案については何ら触れられず、京都会館の建築物としての歴史的、文化的価値や、建替による東山を背景とする景観への影響等についても、ほとんど説明することなく、価値検討委員会発足前に作成された現在の建替案を価値検討委員会に諮るに留まった。
イ また、京都市では、2007年にいわゆる新景観政策を施行し、高さ規制の例外手続は、「特例許可制度」(「京都都市計画(京都国際文化観光都市建設計画)高度地区の計画書の規定による特例許可の手続に関する条例」)によるものとした。
この手続においては、高さ制限を超える建物の建設については、周辺住民に周知させる説明会の開催(7条)や景観審査会への意見聴取(13条)の手続等が義務づけられていることから、今回のように、京都市が単独で建替案を策定することはできなかった。
今回、京都市は、京都会館の建替えのために、地域住民のいない自らの所有地において「地区計画」制度を使って高さ規制を緩和するという手法をとり、住民の意見に耳を傾けることもなく、また景観の観点から景観審査会の検証を受ける機会をも自ら放棄してしまった。
特例許可制度利用を敢えて避けたともいうべきこの京都市の対応は、市民に対する背信ともいうべき所為であり、厳しく反省されなければならない。
(3) 慎重な合意形成の必要性
京都市では、琵琶湖疏水の開削によって形成された岡崎地区の優れた景観 を次の世代に継承することを目的として、同地区の文化財保護法に基づく重要文化的景観への選定を目指した調査検討事業を、平成22年度から実施している。
上述のように、京都会館第一ホールは、東山一帯に囲まれた平面的な岡崎公園と、その水平的な性格を象徴するが如き疏水の流れ、それに既存の建物、公会堂、勧業館、美術館等の中層建物の高さなどを考慮して、建物全体を中層の建物の高さに収め水平に延びた屋根面から大ホールの屋根、小ホールの舞台フライの部分のみを突出せしめる水平線的な構成をとられており、これによって、永きに亘って岡崎地区の優れた景観を形成してきたことは、疑う余地がない。
そうであるとすると、京都市が拙速に現在の建替案どおりの改修計画を断行することは、岡崎地区を文化財保護法に基づく重要文化的景観に選定することとも整合せず、自己矛盾の行動であるとの誹りを免れない。
京都市は既に本年4月1日から京都会館の市民の利用を中止しており、基本計画の決定を経て、近く京都市議会で京都会館の解体工事に伴う予算の議決を受け、同工事への着手を計画している。しかしながら、京都会館の景観は失われてしまえば二度と戻らない。ましてや、京都会館と岡崎疏水の景観は、市民・国民の共有財産であり、これを、行政自らが破壊することに拙速であることは、厳につつしむべきである。
とすれば尚更京都市は、拙速に現在の建替案どおりの改修計画を断行するのではなく、徹底した住民・市民参加と建築・景観・都市計画・法律等各分野の専門家の関与のもとに、慎重に合意形成を図るべきである。
7 景観地区の指定について
(1) 岡崎地域を流れる琵琶湖疏水については、基本的にその両岸が景観地区のうち岸辺型美観地区に指定されている(後掲⑬の水色部分参照)。
そして、岸辺型美観地区に指定されると、建築物等のデザイン基準が適用される。同基準は、「形態意匠の制限に係る共通の基準」と「別表」に定められる地区ごとの基準の2つの基準によって形態等が制限される。
(2) 岸辺型美観地区において、高層建築物(高さが15メートルを超えるもの)を建築する場合には、以下のとおりのデザイン基準が適用される。
【屋根】
・ 勾配屋根(原則として軒の出は60センチメートル以上、けらばの出は30センチメートル以上)とすること。ただし、屋上緑化等により良好な屋上の景観に配慮されたものについては、この限りでない。
・ 原則として、塔屋等を設けないこと。
【屋根材等】
・ 日本瓦、金属板又はその他の材料で当該地区の風情と調和したものとすること。
【外壁等】
・ 岸辺の風情を維持するため、圧迫感を低減し、水平方向を強調する形態意匠とすること。
・ 河川に面する3階以上の外壁面は、1階の外壁面より原則として90センチメートル以上後退すること。ただし、河川に面する外壁面を河川から十分に後退させ、かつ、河川に沿って門、塀又は生垣等を設置することにより岸辺の景観に配慮された場合は、この限りでない。
【屋根以外の色彩】
・ 自然景観と調和する色彩とすること。
【その他】
・ 道路に面し、駐車場等の開放された空地を設ける場合は、周囲の景観と調和した門、塀又は生垣等を設置すること。
(3) ところで、岸辺の美観は、基本的に両岸について同様の規制をなすことによりはじめて実現される。
このことは、琵琶湖疏水について基本的に両岸が指定されていること、琵琶湖疏水から分流する白川についても両岸が指定(歴史的町並み地区型)されていることからも明らかである(後掲⑬参照)。
これに対し、岡崎公園地区特別修景地域内の琵琶湖疏水右岸についてのみ岸辺型美観地区の指定がなされていないのは、いかにも不合理である。
これは、景観地区の変更時に、既に京都市勧業館、国立近代美術館が存在したため、いわゆる「既存不適格」の出現を避けたものとも考えられる。
しかし、景観の保全には、長い時間を要する。「既存不適格」の出現を恐れて規制を現状にあわせると、いつまでたっても良好な景観は実現しない。
京都市は、市の中心部のいわゆる田の字地区において、「既存不適格」の出現を恐れず、大幅なダウンゾーニングを行った。つまり京都市は、良好な住環境と景観を導くために、市民に対して「既存不適格」の受け入れを求めたのである。これは、英断と評価されてよい。しかし、それと同時に京都市は、市民に対し、自らも「良好な住環境と景観」を積極的に実現すべき責務をより強固に負ったというべきである。
京都には、自らが率先して、良好な景観を実現し、市民に範を垂れる姿勢がなければならない。
(4) 以上より、京都市は、岡崎地域の他の区域と同様に、岡崎公園地区特別修景地域内の琵琶湖疏水右岸についても、景観地区として、岸辺型美観地区(一般地区)に指定すべきである。
添付資料1:京都会館 図面1.pdf
添付資料2:京都会館 図面2.pdf
添付資料3:京都会館 別紙.pdf
以 上