イタリア・ナポリ紀行


1  初めまして、弁護士の秋重と申します。今回は、私が愛するイタリアのことについてお話したいと思います。

2  私は、今まで何度かイタリアを旅したことがあるのですが、私が初めてイタリアに行ったのは、司法試験に合格したあと、平成17年2月のことでした。このときは、ローマ、フィレンツェ、ベネチアの3都市を回りました。本当は、チェコやドイツを回る予定だったのですが、たまたまそのときドイツに行っていたいとこから、あり得ない寒さだと聞き、もっと南で暖かそうなイタリアに行くことにしたのです。
  このように、たまたま行くことになり、特に期待もせずに行ったイタリアですが、その後の私の人生に大きな影響を与える旅となりました。わずか1週間ほどの旅でしたが、予想を超える感動で、まさに夢のような日々でした。私は、買物にはあまり興味がないので、くる日もくる日もただひたすら、朝から晩まで街を歩きました。たまたま休憩のため入った、地図にも載っていないような教会でさえ、その荘厳さ、見事な天井画、美しい大理石の柱や壁に、心を打たれました。あのとき感じた感動は、いまでも克明に思い出すことができます。タクシーで2度ぼったくられるといった、イタリアならではの洗礼を受けることもありました。
  帰国後、ますますイタリアへの思いが募り、司法研修所に入所するとともにイタリア語のレッスンに通い始め、実務修習中に、今度はミラノへ渡りました。京都に定住した今も、レッスンには通っています。イタリア人留学生に家庭教師をしてもらっていた時期もありました。もっとも、週に1日勉強するだけなので、なかなか上達しません。
  最近では、観光だけでなく、もっとイタリアの歴史や文化を知りたいと思い、イタリアの歴史や美術等の本を読んだり、自分で本を見ながらパスタを作ったりしています。パスタと一口に言っても様々なものがあり、最近はフジッリのようなショートパスタにはまっています。もともとイタリアは、100年くらい前まではバラバラの国だったので、地方によってかなり文化に違いがあります。特に南の方は、ギリシャやイスラム文化が入り乱れたりしていて、一口にイタリアと言っても、本当にさまざまな表情があり、知れば知るほど奥の深さを実感します。

3  そして、今年3月にはナポリとカプリ島を訪問しました。前置きが長くなりましたが、今回はこのナポリ旅行についてご報告したいと思います。
今回は、2年ぶり6回目の渡伊です。ローマより南に行くのは初めてで、南部は北部に比べるとやや治安も悪く、かつ、今回はツアーではなく自分で飛行機やホテルを手配したので、少し不安もありました。
  夜中にナポリの空港に到着し、そこからタクシーでホテルに向かいました。今まで、ローマやミラノに着いたときは、都心部に向かうにつれ街並みが美しくなり、期待感も増したのですが、ナポリに関しては、夜中にも関わらず街中はものすごい交通量で、そこかしこでクラクションを鳴らす音が鳴り響き、街角にはゴミの山が散乱し、まるでスラム街のようなところもあって、まさしくカオス状態でした。これはえらいところに来てしまったぞと、しかも、タクシーのメーターが、ガイドブックで事前に調べたタクシー代をとっくに超えてどんどん上がっていることもあって、不安が募り、憂鬱な気持ちになりました。夜空に武骨にそびえるカステル・ヌオーヴォ(注  ナポリのお城)の姿が目に入り、無事帰れるのだろうかと、余計陰鬱な気持ちになりました。
  今回は、まずナポリで3泊し、その後カプリ島で2泊し、最後にナポリで2泊するというスケジュールでした。
  ナポリ初日は、到着時に感じた不安通り、結構きついものがありました。確かに、素晴らしい教会や建築物がたくさんあるのですが、とにかく汚くて危ないというのが印象でした。下町のスパッカ・ナポリを中心に回ったのですが、途中日本人に出会うことは一度もありませんでした。下町はスリがいると聞いていたうえ、錦通りのような細い通りを、車や原付が結構なスピードで飛ばしていて、まさに360度注意しながらの観光となりました。排気ガスのせいか、次第に顔や目が痒くなり、涙が止まらなくなってきました。夕方頃いったんホテルに戻ったのですが、時差ボケもあり、その日はそのまま寝てしまいました。
  二日目は、ナポリ郊外のポンペイに向かいました。ポンペイは、起源79年のヴェスビオス火山大噴火で灰に埋まった町がそのままの姿で残っており、静寂の中で、ローマ帝国の昔日の日々に思いを馳せました。日本では土器を作っていた頃、ポンペイではパン屋や洗濯屋があり、すでに闘技場や劇場まであったのかと、深く感銘を受けました。
  午後にはナポリに戻り、中央駅近くのレストランで食事をしたのですが、中央駅周辺がまた騒々しく、平日の昼間なのにふらふらしている方がたくさんおり、道端にはゴミが大量に散らかっていて、前日のスパッカ・ナポリ以上にデンジャラスな雰囲気が漂っていました。ほとんどわき目も振らずに町を駆け抜け、ホテルのあるサンタルチア周辺に戻り、そのあたりを散策して過ごしました。
  三日目はカプリ島に移動しました。カプリ島は、ナポリとは打って変わり、とても静かで穏やかな町でした。地上の楽園とはまさにこの島のことかもしれません。緩やかな時間の流れの中で日頃の喧騒を忘れ、本当に心安らぐ二日間でした。カプリ島といえば青の洞窟ですが、今の時期は波が高くてなかなか入れないそうで、私も初日は入れなかったのですが、幸運にも二日目に入ることができました。カプリ島には丸二日間滞在したのですが、カプリ島は青の洞窟以外にも見所がたくさんありますので、カプリ島へ行かれる方はぜひ島内で宿泊されることをお勧めします。なお、写真は、カプリ島の天然のアーチです。
  五日目にはカプリ島を離れ、やや憂鬱な気持ちで再びナポリに戻りました。チェックインを先に済ませ、カポディモンテ美術館に向かおうとバス乗り場を探したのですが、よく見ると、バスが全然走っていません。道を歩く人に尋ねると、早口のイタリア語で何かを話され、よく分からなかったのですが、どうもショーペロ、つまりストライキが起きているとのこと。ぼったくりが多いというタクシーに乗る気もしないので、予定を変更し、フニコラーレ(注  ケーブルカー)に乗って、ヴォメロの丘の上の、エルモ城とサン・マルティーノ修道院を目指すこととしました。丘の上は城と修道院があるだけかと思っていたのですが、駅を出ると、閑静で上品な住宅街が広がり、同じナポリとは思えませんでした。また丘の上からはナポリ湾やヴェスヴィオス火山を見渡すことができ、まさしく絶景でした。
  最終日は、少し遠出して、電車に乗ってカゼルタ宮殿に行ってきました。ここは、ヴェルサイユ宮殿を意識して作ったという巨大な宮殿と、片道約3キロの広大な庭園があります。宮殿から庭園を見渡すと、はるか先に滝が見え、あそこまで行くのかと少々辟易していたところ、ちょうどバスが来たので、行きはバスに乗って滝まで向かいました。宮殿は、約1000部屋(!)あるうちの、36部屋のみが公開されているということでしたが、それぞれがとても素晴らしいものでした。

4  以上、駆け足でナポリ紀行をご報告させて頂きました。ナポリは、他の町に比べ、私のような異邦人にも親切にしてくれる人が多いような気がしました。街角やバスの中でも、困っていると向こうから声をかけてもらえることが何度もあって、ナポリ人の優しさを感じました。おみやげ屋でマラドーナのユニフォームを買ったときも、店のおやじがしきりに日本の地震のことを心配してくれていました。こんな騒々しいナポリにハマる人が多いのは、このあたりに理由があるのかなと思いました。
  それから、ナポリでは英語がほとんど通じませんでした。彼らは、こちらはイタリア語は分からないと言うと、なぜかゆっくりとしたイタリア語で話してくれ、決して英語は話そうとしませんでした。ゆっくり話されても結局イタリア語じゃないかと思いつつ、仕方なしに片言のイタリア語で対応すると、「お前はイタリア語ができるのか?」と嬉しそうになり、また早口でしゃべり出すということが何度もありました。
  とにかく、このナポリの旅は、いろいろな意味で衝撃の連続でした。ローマやフィレンツェ、ヴェネチア等もそれぞれ個性あふれる街だと思いますが、ナポリは際立って特異な街で、ある意味図抜けていました。帰国して2週間ほど経ちますが、まだ自分の中で消化しきれていない感じがします。今すぐナポリに戻りたいとは思いませんが、見逃したところもあるので、いずれまた行ってみたいと思います。
  ちなみに、帰りはナポリ→ローマ→成田→伊丹という経路で帰国する予定でしたが、当初乗る予定だった便が欠便となり、約5時間早い便に変更になった上、成田にガソリンが無いため関空で給油することとなり、朝6時に関空に着き、降ろしてもらえぬまま9時に成田、成田で8時間待機した後夕方6時に伊丹に着くという経路となりました。ホテルを出てから自宅に到着するまで約30時間かかるという長旅となって、本当に疲労困憊しました。

5  長くなりましたが、最後に、私の好きな京都のイタリアンのお店をご紹介します。実は京都はフィレンツェと姉妹都市で、そのせいか分かりませんが、京都にはおいしいイタリアンのお店がたくさんあります。中でも私のお勧めは、百万遍のカンティーナ・ロッシと、五条櫛笥通上ルのヴィア・トランジットです。前者は私の畏兄である遠山大輔弁護士に教えてもらった店です。どちらも路地裏のこぢんまりとしたお店ですが、味はもちろん、雰囲気も良く、しかも経済的で、とても幸せなひとときを過ごすことができます。イタリアのリストランテで食事をしているような気分を味わえます。ぜひ一度行ってみて下さい。
  ではまたお会いする日まで。Ciao!



秋重  実(2011年6月6日記)


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