教育基本法改正に反対する会長声明(2006年9月15日)

  政府は,教育基本法改正法案を閣議決定し,すでに前国会においては衆議院での審議が開始された。同法案は継続審議となっているが,当会は,以下のとおり,教育基本法の改正には反対である。

文部科学省の説明資料は,教育基本法の改正理由を,「近年,子どものモラルや学ぶ意欲の低下,家庭や地域の教育力の低下などが指摘されており,若者の雇用問題なども深刻化しています。このような中で,教育の根本にさかのぼった改革が求められており,・・・国民全体で教育改革を進め,我が国の未来を切り拓く教育を実現していくため,教育基本法を改める必要があります。」と説明している。

しかし,そもそも子どもを取り巻く種々の問題があるとしても,それが現行教育基本法の不備によるものであるとは考えがたく,教育基本法「改正」の前提となる立法事実の検証は不十分である。例えば,国際連合子どもの権利委員会は,1998年には,日本政府の報告書に対し,「児童が,高度に競争的な教育制度のストレス及びその結果として余暇,運動,休息の時間が欠如していることにより,発達障害にさらされている」と指摘して,適切な措置をとることを勧告し,2004年には,この勧告について,「十分なフォローアップが行われなかった」と再度指摘している。しかし,こうした現状は,現行教育基本法の改正によって解決されるものではなく,むしろ,現行教育基本法の理念が十分に生かされることによって解決されるべき課題であって,あえて今,これを改正しなければならない必要性は認められない。

加えて,教育基本法改正法案は,次のとおり,様々な問題点を有している。

改正法案の前文は,現行法の前文にはない「公共の精神を尊び」「伝統を継承し」との文言を新たに加えている。また,改正法案は,教育の目的を定めた現行法第1条から「個人の価値をたつとび」の文言をはずし,「必要な資質を備えた」の文言を新たに加えている。このように,憲法の基本理念たる個人の尊厳を教育制度においてあらためて確認した現行法の「個人の価値をたつとび」の文言を,教育の目的からはずし,逆に,解釈・運用によっては個人の尊厳と対峙する場面もあり得る「公共の精神」や「伝統」を前面に押し出していることから,改正法案が,教育における個人の尊厳の理念を大きく後退させ,国家にとって都合のよい人材育成の手段としての教育を推進しようとするものではないかと懸念される。

次に,改正法案の第2条は,その第5号において,「伝統と文化を尊重し,それらをはぐくんできたわが国と郷土を愛する・・・態度を養うこと」としている。しかし,「伝統」「文化」という本来多義的な概念について,これらを尊重する態度の養成を法律上の教育目標と定めることは,教育の現場においては,その意味を一義的なものとして指導しその達成度を評価するということにならざるを得ない。「国と郷土を愛する・・・態度を養うこと」についても同様であり,改正法案によれば,価値的な概念・多義的な概念を,国の定める一義的な内容として教え込むことになりかねない。すなわち,本来多義的概念である「愛国心」が,改正法案のもとでは,国の定める一義的な概念に収斂されていくおそれが強い。
したがって,かかる規定は,「愛国心」の強制にもつながりかねないものであり,憲法第19条が保障した思想及び良心の自由を侵害するおそれがある。例えば、国旗及び国歌に関する法律については、当時政府が強制しないと説明していたにもかかわらず、現在東京都の学校で、起立・礼・斉唱などが一律に強制される事態となっている。教育基本法が制定された場合、同様に、「愛国心」などの強制が全国に広がるのではないかとの懸念を払拭できない。
また,「わが国」を愛する態度を養うことを目指す教育は,在日外国人の思想・良心の自由を侵害するおそれもある。

さらに,改正法案の第16条第1項は,現行法第10条第1項の「教育は・・・国民全体に対し直接に責任を負って行われるべき」の部分及び同条第2項を削除して,「この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべき」との文言を加え,第17条において,政府が教育振興基本計画を定めるものとしている。しかし,そもそも現行法第10条は,戦前の国家統制教育に対する深い反省から,教育の自主性を尊重し,教育に対する不当な支配・介入を抑止すべく規定されたものであって,だからこそ,同条2項において,教育行政の目標を,教育目的の遂行に必要な諸条件の整備確立に限定している。改正法案は,「不当な支配に服することなく」という文言を残しつつも,上記現行法の規定を削除することによって,教育に関する国の国民に対する責任を曖昧にし,法律の規定や政府の教育振興基本計画の定めによる教育現場への国家介入・国家統制を容易にするものであり,現行法第10条の趣旨を没却しかねない。

このように,教育基本法改正法案は,そもそも立法事実の検討が不十分である上,その内容も,日本国憲法の掲げる個人の尊厳の理念を覆滅しかねない様々な問題点を有するものである。
よって当会は,同法案に反対し,これを廃案にするよう求めるものである。

2006年(平成18年)9月15日

京都弁護士会            

会長    浅  岡  美  恵




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