「京都市消費生活条例の改正等を求める意見書」(2019年6月27日)


2019年(令和元年)6月27日


京都市長  門  川  大  作  殿

京都弁護士会    
会長 三  野  岳  彦



京都市消費生活条例の改正等を求める意見書



第1  意見の趣旨

1  京都市は、消費者契約法の2016年(平成28年)及び2018年(平成30年)の改正によって新たに規定された、意思表示の取消事由及び契約条項の無効原因を、京都市消費生活条例上の「不適正な取引行為」と位置付けるよう同条例を改正すべきである。

2  京都市は、特定商取引法の近時の改正によって新たに規定された規制内容を含め、同法と比較して京都市消費生活条例の規制が不十分な部分について、同条例の見直しをすべきである。

3  京都市は、訪問勧誘について、消費者が玄関やマンションの入り口等に「セールスお断り」又は「訪問販売お断り」のステッカー(いわゆる「訪問販売お断りステッカー」)を貼付することが、京都市消費生活条例上の「拒絶」の意思表示に該当することを、同条例の文言上明らかにすべきである。

4  京都市は、電話勧誘について、電話勧誘を断る旨の自動応答装置による応答が、京都市消費生活条例上の「拒絶」の意思表示に該当することを、同条例の文言上明らかにすべきである。

第2  意見の理由

1  京都市消費生活条例(以下「本条例」という。)の改正等の必要性
本条例は、1975年(昭和50年)に制定された京都市消費者保護条例を全面的に改正したもので、2005年(平成17年)より施行された。2009年(平成21年)及び2016年(平成28年)に手続的規定の改正がなされているものの、実体法部分についての見直しはされていない。
本条例は、全面的改正による施行から約14年が経過しているが、この間には、消費者の権利・利益の擁護に関する重要な法律の改正や他の地方公共団体等で消費生活に関する条例の改正等がなされている。
本条例は、「消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差、社会経済情勢の変化等にかんがみ、消費生活施策の基本理念を定めるとともに、本市及び事業者の責務並びに事業者団体、消費者及び消費者団体の役割その他消費生活施策に関し必要な事項を定めることにより、第3条第1項に規定する消費者権の実現を図り、もって消費者の消費生活における自立並びに消費生活の安心、安全、安定及び向上に寄与すること」(本条例1条)を目的としており、2005年(平成17年)以降に改正された法律や他の地方公共団体等の新たな条例等が求める消費生活に関するルール等を取り込み、京都市民の消費生活の安心、安全等を実現することに、より寄与できる内容に改正する必要がある。

2  消費者契約法の改正への対応

(1)条例と法のずれ
本条例は、不当な取引行為を禁止規範として定め、これに対する違反について、行政指導や事業者名の公表等を規定している。そして、本条例の不当な取引行為の内容は、消費者契約法で規制されている行為等を含んでいる。
消費者契約法は、2016年(平成28年)に、消費者契約法の一部を改正する法律(平成28年法律第61号)によって改正され、平成29年(2017年)6月3日から施行されている。同法は、2018年(平成30年)に、消費者契約法の一部を改正する法律(平成30年法律第54号)によってさらに改正され、2019年(令和元年)6月15日から施行された。
これら改正により、意思表示の取消事由としては、過量な内容の契約(同法4条4項)、社会生活上の経験不足を不当に利用して不安をあおる告知によって意思表示をさせた場合(同法4条3項3号)、社会生活上の経験不足を不当に利用して恋愛感情等に乗じ、人間関係を濫用して意思表示をさせた場合(同4号)、加齢等による判断力の低下を不当に利用して意思表示をさせた場合(同5号)、霊感等による知見を用いて不安をあおる告知によって意思表示をさせた場合(同6号)、事業者が契約締結前に債務の内容を実施する等して意思表示をさせた場合(同7号及び8号)が新設された。また、不利益事実の不告知については、事業者が重要事項について消費者の不利益となる事実を故意に告げなかった場合のほか、重過失により告げなかった場合も含まれることとなった(同法4条2項)。
契約条項の無効原因には、消費者の解除権を放棄させ又は事業者に解除権の有無を決定できる権限を付与する条項(同法8条の2)、事業者に責任の有無を決定する権限を付与する条項(同法8条1号)、消費者が後見開始等の審判を受けたことのみを理由とする解除条項(同法8条の3)が規定された。
法改正が立て続けに行われたが、その後に本条例の見直しはなされていないため、本条例には、これらの法と平仄があっていない部分が少なからず存在する。
例えば、消費者契約法の不利益事実の不告知に相当する本条例20条(1)ウは「商品等に関する情報で消費者にとって不利益となるものその他の重要な情報について、消費者に故意に提供しないこと。」と規定しているが、消費者契約法では、故意だけなく重過失も含まれている。他にも、消費者契約法4条3項3号に相当する本条例施行規則別表(第2条関係)(1)ソは、恋愛感情について規定しているが、消費者契約法では恋愛感情だけに限定されておらず、「恋愛感情その他の好意の感情」も含まれている。さらに、消費者契約法4条3項6号乃至8号については、本条例に対応する規定が存在しない。

(2)問題性
消費者契約法は、民事ルールであり、消費者契約法に違反する勧誘及び契約条項を用いている事業者に対し、京都市が消費者契約法違反を理由に行政的措置をすることはできない。
他方、本条例に違反する行為については、行政指導等が行える。現状、消費者契約法違反の行為の多くは、本条例によって捕捉できているが、消費者契約法が改正されたために、本条例が追いついていない部分がある。京都市は、このような部分については、消費者契約法違反であるにもかかわらず、監督的役割を果たせないこととなり、妥当ではない。
従って、本条例は改正された消費者契約法の規範に合うように早期に見直される必要がある。

3  特定商取引法の改正等への対応
特定商取引に関する法律(以下「特定商取引法」という。)は、2016年(平成28年)に、特定商取引に関する法律の一部を改正する法律(平成28年法律第60号)によって改正され、これは2017年(平成29年)12月1日から施行されている。
この改正により、アポイントメントセールスの来訪要請手段の追加(同法2条1項2号、同法施行規則11条の2)、指定権利制を廃して特定権利制に改めることによる同法の規制対象の拡大(同法2条4項)、取消権の行使期間の伸長(同法9条の3第4項、24条の3第2項等)、承諾のない消費者に対するファクシミリ広告の禁止(同法12条の5第1項)、電話勧誘販売における過量販売規制の導入(同法24条の2)等が新設された。
特定商取引法と本条例を比較した場合、例えば、アポイントメントセールスの来訪要請手段にいわゆるSNSのメッセージ機能等が含まれていることは明確とはいえず(本条例施行規則別表(第2条関係)ス参照)、承諾のない消費者に対するファクシミリ広告の禁止の規定、近時の改正による規定ではないが、訪問購入に関する不招請勧誘禁止規定、承諾無しの電子メール広告の禁止規定はない。
特定商取引法についても消費者契約法と同様、本条例は特定商取引法の規範に合うように早期に見直される必要がある。

  4  不招請勧誘規制の必要性

(1)不招請勧誘と消費者被害
ア  不招請勧誘とは、消費者からの要請がないにもかかわらず、事業者が一方的に行う勧誘(訪問、電話の両方を含む)のことを言う。不招請勧誘は、以下に述べるような、特殊詐欺、消費者被害の温床となっている。

イ  特殊詐欺被害
警察庁の最新の統計資料によれば、振り込め詐欺をはじめとする特殊詐  欺の認知件数は、2010年(平成22年)以降、2017年(平成29年)まで7年連続で増加している。被害額は2014年(平成26年)の565.5億円が最大で、その後は徐々に減少はしているものの、2017年(平成29年)の被害額は、394.7億円であり、依然として高い水準で推移している。また、2017年(平成29年)の特殊詐欺全体での高齢者(65歳以上)被害の割合は、72.5% である。手口別にみても、オレオレ詐欺(96.2%)、還付金等詐欺(93.8%)では、認知件数のうち、高齢者被害の件数が占める割合(高齢者率)が9割以上に上っている。

ウ  訪問販売・電話勧誘販売の消費者被害
PIO-NET(パイオネット:国民生活センターと全国の消費生活センター等をオンラインネットワークで結び、消費生活に関する情報を蓄積しているデータベースのこと。)の統計によれば、家庭訪販・電話勧誘販売の消費生活相談件数は依然多くの件数で推移しており、また、これらの相談者には高齢者が多い。

エ  不招請勧誘による消費者の平穏な生活への侵害
消費者庁の調査(「消費者の訪問勧誘・電話勧誘・FAX勧誘に関する意識調査」(2015年3月))によれば、訪問販売・電話勧誘販売につき、「必要ない・来てほしくない」とする消費者の割合はいずれも96%を超えている。

(2)訪問勧誘に関する他の地方公共団体の先進的な取り組み(消費生活に関する条例等の改正等)と京都市においてとるべき対応

ア  他の地方公共団体の先進的な取組
他の地方公共団体では、奈良県消費生活条例14条第1項の規定による不当な取引行為の指定(奈良県告示第694号)の一1(二)は、「消費者がはり紙による表示その他の方法により訪問販売等に係る勧誘を拒絶する意思を表明しているにもかかわらず、又はその意思表示の機会を与えることなく、消費者の住居、勤務先その他の場所を訪問……(中略)……すること」を不当な取引行為に指定している。
堺市消費生活安全条例26条1号、同法施行規則別表(第10条関係)12号(1)も、「消費者が住居等に貼り紙その他の方法をもって拒絶の意思を表示しているにもかかわらず、契約の締結を勧誘し、又は契約を締結させる行為」を不当な取引行為に指定している。
大阪府では、大阪府消費者保護条例逐条解説別冊(第17条「不当な取引行為の禁止」)において、条例上の「拒絶の意思を表明している」に、事業者が訪問または電話をした際に、「セールスはお断りします」と表明する場合や、訪問者から見える場所に「訪問販売お断り」と明示したステッカーを貼ってある場合などを指すことを明らかにしている。
また、熊本市消費生活条例12条は、「事業者は、消費者との間で行う取引に関し、法令並びに県条例及びこれに基づく規則(以下「関係法令等」という。)に定めのある事項を遵守するほか、消費者の意思を尊重し、次に掲げる行為を行わないよう努めなければならない。(1)消費者が住居等への貼り紙等によりあらかじめ勧誘を拒絶する旨の意思を表示しているにもかかわらず、契約の締結を勧誘し、又は契約を締結させること。」として、努力義務の形ではあるが、訪問販売お断りステッカーを条例に明記している。
このように、既に、他の地方公共団体では、訪問販売お断りステッカーを消費生活に関する条例に位置付け、より効果的な不招請勧誘規制を行っている。

イ  京都市においてとるべき対応
本条例20条、同法施行規則別表(第2条関係)(1)ヒは、「拒絶後の勧誘(消費者が契約の締結の勧誘を受けず、又は契約を締結しない旨の意思表示をしているにもかかわらず、当該契約の締結の勧誘を行うことをいう。)」を不適正な取引行為として規定している。
「訪問販売お断りステッカー」を門扉に貼付しているにもかかわらず、勧誘をすることは、本条例上の拒絶後の勧誘に解釈上含まれていると考えるべきであるものの、このことは、条文の文言上は必ずしも明らかではなく、また、この内容を記載した事例集等も存在せず、その解釈が周知されているとは言えない。
従って、京都市は、訪問勧誘について、消費者が玄関やマンションの入り口等にいわゆる「訪問販売お断りステッカー」を貼付することが、本条例上の「拒絶」の意思表示に該当することを、条例の文言上明らかにすべきであり、少なくとも、その解釈を事例集などで周知すべきである。

(3)電話勧誘に関する他の地方公共団体の先進的な取り組み(消費生活に関する条例等の改正等)と京都市においてとるべき対応

ア  自動応答装置とその条例上への位置付けの必要性
電話機の自動応答機能とは、電話機乃至これに附属させた機器によって、着信時に「この通話は振り込め詐欺等の犯罪被害防止のため、会話内容が自動的に録音されます。」などの自動応答をする機能をいう。
自動応答装置の効果について、名古屋市消費生活センターの調査によると、自動応答機能により1ヶ月あたり10.2件の電話切断をしていると報告されている 。また、東京都足立区が2016年(平成28年)に行ったモニター調査では、「迷惑電話が減った」という回答が約90%であると報告されている。
当該消費者が、自動応答装置による応答によって、通常よりも防犯意識が高いことを相手方にアピールするだけでも、切電効果が認められるものであるから、自動応答装置は、特殊詐欺犯にも効果がある。
このように、自動応答装置の応答を消費生活に関する条例上、消費者の事前の勧誘拒絶と位置づけることは消費者被害の防止につき極めて効果的である。

イ  他の地方公共団体の先進的な取り組み
条例の文言上、自動応答装置が明記されているものには、熊本市消費生活条例12条「事業者は、消費者との間で行う取引に関し、法令並びに県条例及びこれに基づく規則(以下「関係法令等」という。)に定めのある事項を遵守するほか、消費者の意思を尊重し、次に掲げる行為を行わないよう努めなければならない。(2)消費者が電話機等の通信機器への事業者からの着信に対し、当該機器に附属する録音その他の機能を利用して、勧誘を拒絶する旨の意思を表示したにもかかわらず、契約の締結を勧誘し、又は契約を締結させること。」がある。
また、「大阪市消費者保護条例に基づく不当な取引行為の指定(平成2年大阪市告示第472号)解説」は、同条例18条1項1号に該当する行為の解説において、「「契約を締結する意思がない旨の表示をしている」には、事業者に対して「いりません。」「お断わりします。」などと伝える場合に加え、……(中略)……電話機その他の通信機器に附属する録音の機能その他の機能を利用して、当該通信機器への事業者からの着信に対し、自動的に応答する方法等によりあらかじめ表示している場合が含まれる。」としている。

ウ  京都市においてとるべき対応
本条例において、「セールス電話を断っている」旨の自動応答装置による応答が、「拒絶」の意思表示に該当するかどうかは、条文上明らかではなく、これが明らかになれば、効果的な不招請勧誘規制となり、また、自動応答装置が、現在よりも京都市内の家庭に普及することが期待される。
従って、電話勧誘について、電話勧誘を断る旨の自動応答装置による応答が、京都市消費生活条例上の「拒絶」の意思表示に該当することを、条例の文言上明らかにすべきである。

(4)これまでの当会等の意見
当会は、これまで不招請勧誘に関し、「不招請勧誘規制への取組に関する意見書」(2011年(平成23年1月27日)、「特定架電適正化法(仮称)の制定を求める意見書」(2014年(平成26年)8月28日)、「特定商取引法に事前拒否者への勧誘禁止制度の導入を求める意見書」(2015年(平成27年)7月23日)によって、不招請勧誘禁止規定の導入を提言してきたところである。
また、当会が所属する近畿弁護士会連合会は、第26回近畿弁護士会連合会大会シンポジウム(2003年(平成15年)11月28日)において、不招請勧誘規制の導入を提言している。
本意見書の提言は、これまでの当会等の意見の趣旨にも沿うものであり、速やかな条例改正が望まれる。

以  上


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