「海賊版サイト対策のためにブロッキングの導入及びダウンロード違法化の範囲拡大をすることに反対する意見書」(2019年8月21日)


2019年(令和元年)8月21日


内閣総理大臣       安  倍  晋  三  殿
内閣府特命担当大臣(知的財産戦略)  平  井  卓  也  殿
内閣官房長官       菅      義  偉  殿
総務大臣       石  田  真  敏  殿
文部科学大臣       柴  山  昌  彦  殿
経済産業大臣       世  耕  弘  成  殿

京  都  弁  護  士  会

会長  三  野  岳  彦



海賊版サイト対策のためにブロッキングの導入及び

ダウンロード違法化の範囲拡大をすることに反対する意見書



第1  意見の趣旨
  当会は、海賊版サイト対策のために、ブロッキングの導入及びダウンロード違法化の範囲拡大をすることに反対する。

第2  意見の理由
1  政府知財戦略本部の動向
政府の知的財産戦略本部は、2019年(令和元年)7月26日、検証・評価・企画委員会を開催し、漫画やアニメをインターネット上に無断掲載する「海賊版サイト」対策について、改めて検討に入った。報道によれば、海賊版サイト対策のための著作権法改正としてダウンロード違法化の範囲拡大を既定路線とするかのような議論がなされており、また、ブロッキングについても検討対象として復活させたとされている。
しかし、海賊版サイト対策が必要であることは言うまでもないが、ブロッキングもダウンロード違法化の範囲拡大も、かねてから憲法上の権利に対する重大な制約となる可能性が高いことが指摘されてきた手法である。

2  インターネット上の情報流通の特質とその憲法的意義
インターネットは、現代における情報流通の重要な基盤であって、個人の知的・文化的活動を支えるとともに、社会における経済活動、政治活動の基礎となっている。このようなインターネット上での情報発信と受信の自由は、現代においては、憲法21条の保障が及ぶ基本的な権利というべきであり、海賊版サイト対策を検討する場合においても、同条に抵触する方法を採ることは許されない。
そもそもインターネットは、情報が発信され、それを受信した利用者が受信した情報を踏まえて新たな情報を発信するという点で双方向性を有しており、かつ、そうした双方向性のある情報流通が連鎖的になされるという特徴がある。そうすると、情報の発信・受信がその一部でも阻害されれば、インターネット上の情報流通の双方向性と連鎖性が遮断され、インターネット上の情報流通全体に悪影響を与えてしまうことになる。
従って、海賊版サイト対策として、インターネットにおける情報の発信・受信を阻害する方法を導入することには極めて慎重であるべきであり、その合憲性が厳格に吟味・検討されなければならない。

3  ブロッキングの憲法21条適合性
海賊版対策におけるブロッキングについて、従前、政府は、ブロッキング対象となるウェブサイトへのアクセスを、民間のプロバイダ業者等(以下「プロバイダ」という。)による措置を通じて遮断する方法を想定していた。
しかし、これを実施するには、まず、政府においてプロバイダによるブロッキングの対象となる海賊版サイトを予め指定することになるが、これは、実質的に憲法21条2項前段が絶対的に禁止する「検閲」にあたるおそれが極めて高い。
次に、ブロッキングをするには、プロバイダにおいて、我が国におけるインターネット利用者の通信内容を、海賊版サイトの利用者であるか否かにかかわらず一般的に知得し、アクセスを遮断する目的でその情報を窃用することになるが、これは、憲法21条2項後段が定める「通信の秘密」を侵害する。
また、公開して差し支えない適法な情報の流通までも遮断してしまういわゆるオーバーブロッキングの問題も生じるが、これは、国民の「知る権利」に対する過度に広汎な制約となりうる。
このように、そもそもブロッキングという手法は、まさしくインターネットにおける情報の受信を強制的に阻害するものであり、憲法21条に違反する疑いが極めて強い。これが安易に認められるなら、今後、海賊版サイト以外の情報の受信に関してもブロッキングが適用される途を開くことになりかねない。よって、当会としては、海賊版サイト対策としてブロッキングを導入することに強く反対する。
なお、知的財産戦略本部は、2018年(平成30年)6月以降設置したタスクフォースにおいてもブロッキングの合憲的な法制化の可能性につき検討したが、最終的には、タスクフォースを構成する委員の半数からブロッキングを可能にする法律には強い憲法違反の疑いがあること等が指摘され、中間取りまとめ自体ができなかった。従って、ブロッキングについては既に合憲的な法制化が不可能であるとの結論がほぼ示されている状況であると言ってよく、今般改めて議論の俎上にあげること自体相当でないというべきである。

4  ダウンロード違法化範囲拡大の問題点
次に、ダウンロード違法化の範囲拡大について、従前、文化庁は、著作権法の改正案として、現在は音楽と映像だけに限って違法とされている著作権侵害物のダウンロードをすべての著作物に広げた上、違法にアップロードされた著作物について正規版が有償で提供されているものを継続的又は反復してダウンロードした場合には刑事罰の対象とすることを提案していた。
しかし、海賊版サイトの多くは、現状、プログレッシブ・ダウンロード(ストリーミング)の形式をとっているが、従前の文化庁案においても、この形式による著作権侵害物へのアクセスは、違法な「ダウンロード」にはあたらないと解されていた。そうすると、ダウンロード違法化の範囲を拡大したとしても、海賊版サイト対策としての実際的効果はほとんど期待できない。
その一方で、ダウンロード違法化の範囲拡大は、インターネット利用者による情報収集を萎縮させる弊害が大きい。
インターネット上には著作者に無許諾でアップロードされた情報が数多く存在しているが、許諾の有無は容易には判別できない。インターネットの利用者が日常的に行っているような行為、例えば、たまたま目にした資料を検討のためにダウンロードしたり、気に入った画像のスクリーンショットを撮ったりしたりする行為であっても、これらの行為が違法とされ、刑罰の対象となりうることとなる。そうすると、インターネット利用者に対する情報収集の萎縮効果が過度に大きいものとなることも十分に予想され、インターネットを利用した研究活動や二次創作活動が不当に抑制されるおそれがある。
結局のところ、ダウンロード違法化の範囲拡大は、海賊版サイトへの対策としての有効性が乏しいにもかかわらず、刑罰対象の拡大により、インターネット利用者の情報収集に対するいたずらな萎縮効果を不可避的に伴う。この萎縮効果により、インターネット上の情報受信を始めとする様々な活動が不当に阻害されるおそれが高く、憲法21条はもとより、他の憲法規定との関係でも重大な問題が生じうる。

5  当会の意見
このように、ブロッキングの導入及びダウンロード違法化の範囲拡大は、いずれも憲法上の権利に対する重大な制約となる可能性を伴う。
従って、当会は、海賊版サイト対策のために、ブロッキングの導入及びダウンロード違法化の範囲拡大をすることについては反対する。
そして、政府に対し、海賊版サイト対策として、まずはより謙抑的な方法(たとえば、プロバイダ責任制限法を改正し、著作権者による事後的な救済を容易にする方法等)について、個別具体的な検証を十分に行うよう求める。
以  上


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