各種指導を義務付ける自由刑の単一化に反対する意見書


2019年(令和元年)12月26日

法 務 大 臣      森  まさこ  殿
法制審議会 会長  岩原  紳作  殿
法制審議会少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会 部会長  佐伯  仁志  殿


京都弁護士会

会長  三  野  岳  彦



各種指導を義務付ける自由刑の単一化に反対する意見書

第1  意見の趣旨
      懲役刑と禁錮刑の一本化は、移動の自由を制約する自由刑として純化させる方向で行われるべきであり、法制審議会少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会の「検討のための素案」に示された作業その他の処遇の義務付けを前提とする「自由刑の単一化」には反対である。

第2  意見の理由
  1  「検討のための素案」における「自由刑の単一化」の概要
      法制審議会少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会(以下「法制審部会」という。)において、少年法対象年齢の引き下げの議論と並行して、「非行少年を含む犯罪者に対する処遇を一層充実させるための刑事の実体法及び手続法の整備の在り方並びに関連事項」の一つとして、「自由刑の単一化」が議論されている。
      法制審部会においては、分科会に分かれての議論を踏まえたものとして、2018年11月28日、「検討のための素案」が公表され、2019年12月25日、その改訂版が公表された。この中では、「自由刑の単一化」として考えられる「新自由刑」の概要として、「新自由刑は、刑事施設に拘置して、作業を行わせることその他の矯正に必要な処遇を行うものとする。」とされ、現行の懲役刑と禁錮刑とを「新自由刑」に一本化することが想定されている。すなわち、現行の刑法第12条第2項が「懲役は、刑事施設に拘置して所定の作業を行わせる。」と規定しているのに対して、破廉恥罪か否かという懲役と禁錮との区別は現在では重要といえないこと、「全ての受刑者に対して、その特性に応じた各種指導に服することを義務付けるべき」であることから、「矯正に必要な処遇」としては、「例示している作業を行わせることのほか、各種指導を含むものとして想定」されている。
      このように、法制審部会で提案されている「新自由刑」は懲役と禁錮を一本化して、作業のみならず各種指導を「矯正に必要な処遇」として義務付けることを主眼とするものである。
  2  「自由刑の純化論」について
      現行の自由刑は、家族等の外部との接触が大幅に制限され、仕事や学業も中断を余儀なくされ、生活のあらゆる面において画一的他律的に管理されるなど、移動の自由の制約以上の不利益を課している。これを放置するのは本来の自由刑が予定する刑以上の刑を課すことになるので、国家にはこれらの弊害を除去する義務があるという「自由刑の純化論」がある。これは、刑法の謙抑性からすれば刑罰は必要最小限であるべきであり、自由刑は移動の自由を制約する刑罰としての必要最小限の自由制約に純化すべきであるところからきている。
      かつては、国家と受刑者との基本関係はいわゆる特別権力関係理論、すなわち、特別の法律上の原因に基づき、公法上の特別の目的に必要な限度において、特定の者に包括的支配権が付与され、法治主義の原理の適用が排除される関係が法律の規定又は当事者の同意により発生するという考え方が取られていた。しかし、このような特別権力関係理論に対する反論として20世紀初頭にフロイデンタールが「自由刑の純化論」を主張し、その議論の成果は1955年の国連被拘禁者処遇最低基準規則第57条(2015年改訂後の同規則=マンデラ・ルールズ第3条)において「犯罪者を外界から隔離する拘禁刑その他の処分は、自由の剥奪によって自主決定の権利を奪うものであり、正にこの事実の故に、犯罪者に苦痛を与えるものである。それゆえ、正当な分離または規律維持に付随する場合を除いては、拘禁制度は、右状態に固有の苦痛を増大させてはならない。」と規定されるに至っており、自由刑を純化すべき方向性が指し示されている。
  3  作業や各種指導の義務付けは国際基準に逆行する
      法制審部会で議論されている「自由刑の単一化」は、この「自由刑の純化論」とは似て非なるものであり、むしろ相反するものである。「自由刑の純化論」からすれば、移動の自由以外の自由制約はできる限り取り除かれるべきであるのに、「自由刑の単一化」は、逆に各種指導を受ける義務という新たな自由制約を加えるものだからである。
      これは、国際基準にも逆行するものである。たとえば、マンデラ・ルールズによれば、拘禁刑の目的は再犯減少にあるが、そのためには犯罪をした人が社会に再統合されるようにすることが必要であり、そのために、「刑務所その他の権限ある当局は、治療的、道徳的、精神的、社会的、及び健康及びスポーツを基礎とする性質のものを含め、適切かつ利用可能な教育、職業訓練、作業その他の援助を提供しなければならない。」と当局の側に義務を課している(第4条)。他方で、「受刑者は、…身体的及び精神的な適合性の判断に従い、作業及び/又は社会復帰に積極的に参加する機会を有するものとする。」(第96条第1項)と作業等に参加することを受刑者の権利として保障されているが、義務としては規定されていない。
      マンデラ・ルールズは、2015年5月の国連犯罪防止刑事司法会議(コングレス)において採択され、さらに同年12月の国連総会において満場一致で採択されたが、これは1955年の国連被拘禁者処遇最低基準規則を改訂したものであり、被拘禁者に対する国際的な最低基準を定めたものである。
      また、作業の強制については、強制労働禁止との関係で社会権規約委員会から、「委員会は、締約国の刑法典が、本規約の強制労働の禁止に違反して、刑の一つとして刑務作業を伴う懲役を規定していることに懸念を持って留意する。(第6条)」「委員会は、締約国に対して、矯正の手段又は刑としての強制労働を廃止し、本規約第6条の義務に沿った形で関係規定を修正又は廃棄することを要求する。」と勧告されている(2013年5月17日第3回定期報告に関する総括所見のパラグラフ14)。
      このように、作業や各種指導の義務付けは国際基準に逆行するものであり、「検討のための素案」において提案されている「自由刑の単一化」は誤った方向のものである。
  4  各種指導は義務付けられるべきものではない
      「矯正に必要な処遇」として想定されている各種指導には、思考のパターンや考え方を変えさせるような指導が含まれている。しかし、強制力をもって人の内心に干渉し変容させることは許されるものではない。
      各種指導の義務付けは、すでに刑事収容施設被収容者処遇法に規定されており、拒否した場合には懲罰のペナルティも規定されている。しかし、内心への干渉は却って反発を招いて受け付けないこともあり、やる気のない者に強制しても意味がない(効果がない)ことから、実際には懲罰は科されることはないといわれており、このこと自体が各種指導の義務化に意味がないことを示している。
      また、各種指導の多くはグループワークの形で実施されているが、やる気のない人が加わるとグループ全体の雰囲気を悪くすることになり、他の受刑者に対しても悪影響である。
      しかも、現状では、各種指導について、必要と考えられる者に十分に行き渡るだけの処遇プログラムの実施体制が提供できているとはいいがたい。
      むしろ、マンデラ・ルールズが規定するように、刑務所に拘禁されている間に、社会への再包摂のために意味のある処遇を提供すべきである。そして、社会内で自律的な生活ができるようにするためには主体的に受けることが必要であり、そのためには自発的に選択しようと思えるようなインセンティブのある選択肢が必要である。たとえば、現在のような平均月4000円程度の作業報奨金しか得られない作業の強制ではなく、労働の対価として見合う金額が支払われる作業が提供されるべきである。職業訓練、教育課程、各種の改善指導(処遇プログラム)などは、受ける意欲が持てるような有意義で様々な種類のものが提供されるべきである。これらは、義務としてではなく、マンデラ・ルールズのいう「援助」として提供されるべきであり、それを受けた場合の優遇措置はあり得るとしても、受けなかった場合に懲罰を科すようなやり方で強制しても無意味であり、社会内での生活再建には役立たない。
  5  まとめ
      よって、懲役刑と禁錮刑の一本化は自由刑として純化させる方向で行われるべきであり、作業その他の処遇の義務付けを前提とする自由刑の単一化には反対である。

以 上


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