住民訴訟制度に係る地方自治法改正に基づく条例整備についての意見書(2020年1月23日)


2020年(令和2年)1月23日


京都府下自治体  首長  殿

京都弁護士会

会長  三  野  岳  彦  


住民訴訟制度に係る地方自治法改正に基づく条例整備についての意見書



第1  意見の趣旨
1  地方自治法改正に係る条例の整備にあたっては、「住民」が有する地方公共団体に対するチェック機能を維持するため、住民訴訟制度の利用環境を悪化させないように配慮すべきである。
2  条例中に、住民訴訟係属中の議会による権利放棄議決は禁止する旨が明記されるべきである。
3  条例において、損害賠償すべき職員の責任下限額を定める場合、給与額のみを基準とするのではなく、損害額も基準にした責任下限額が定められるべきである(例えば、年間給与等の6倍と損害の10分の1とを比較して高い方とすることなどが考えられる。)。

第2  意見の理由
1  今般、住民訴訟制度に係る地方自治法の規定が改正され、地方公共団体の長や職員の損害賠償責任について、これまでは、長等に過失がある限り、裁判所は判決で地方公共団体に生じた損害額の全額を長等に負担させることができたところ、それでは長等の責任が重くなりすぎ、長等の職務の萎縮を招きかねないとの配慮から、長等が善意で重大な過失がないときは、地方公共団体の条例で、賠償責任額を限定してそれ以上の額を免責することを定めることが可能となり、政令では、条例で定める責任の一部免責の基準は長等の給与年額を基準とすることとされた(例えば、長の場合は給与年額の6倍)。この法改正を受けて、今年度中に、各地方公共団体において条例の整備が行われる見込みである。しかしながら、一律に長等の給与年額のみを基準とするときは、長等の違法な財務会計行為により地方公共団体が被った損害を補填するという住民訴訟制度の意義を没却させ、住民の直接請求を認めた住民訴訟制度を封殺し、ひいては地方自治における住民自治のあり方に大きな影響を与えるものとなりかねない。そこで、本意見書では、住民の直接請求に配慮した条例整備がなされるよう、地方公共団体の条例整備にあたり配慮されるべき内容につき当会の意見を申し述べる次第である。
2  第31次地方制度調査会答申について
  平成28年3月16日、第31次地方制度調査会は、内閣総理大臣に対し、「人口減少社会に的確に対応する地方行政体制及びガバナンスのあり方に関する答申」を手交した。
  同答申では、「住民訴訟制度等の見直し」について触れられており、①長や職員の損害賠償責任については、長や職員への萎縮効果を低減させるため、軽過失の場合における損害賠償責任の長や職員個人への追及のあり方を見直すことが必要であるとされると同時に、②不適正な事務処理の抑止効果を維持するため、裁判所により財務会計行為の違法性や注意義務違反の有無が確認されるための工夫や、4号訴訟の対象となる損害賠償請求権の訴訟係属中の放棄を禁止することが必要であるとされた。
3  答申に基づく地方自治法及び同法施行令の改正について
  その後、地方自治法等の一部を改正する法律(平成29年法律第54号)が成立し、条例において、地方公共団体の長等にその職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないときは、賠償責任額から、地方公共団体の長等の職責その他の事情を考慮して政令で定める基準を参酌して、政令で定める額以上で当該条例で定める額を控除して得た額を免責する旨を定めることができることとされた。
  すなわち、答申の①をうけ、長等の責任については、同法施行令で定められる額を下限額として、軽過失の場合に条例による制限を可能にする制度変更が行われたものである。
4  住民訴訟制度の機能の封殺
  ところで、同答申では、地方自治に関わる主体の一つである「住民」に、地方公共団体の事務が適切に行われているかをチェックする役割が期待されている。
  地方自治法242条(住民監査請求)及び同242条の2(住民訴訟)は、住民が担うべき地方公共団体に対するチェック機能の具体化であり、最も重要な手段である。
  しかし、上記地方自治法及び同法施行令の改正では、答申の②の内容は無視され、4号訴訟の対象となる損害賠償請求権等の訴訟係属中の放棄について特段の立法上の手当てがなされず、議会の議決による放棄が可能となっている。
  住民訴訟制度が、地方公共団体の不適正な事務処理に対する抑止効果を有することは疑いがないが、制度利用をする住民がいなくなればその機能が発揮されることはなく、答申の②を無視した上記改正は、住民訴訟制度の意義を失わせるものである。
5  改正地方自治法、改正同法施行令を受けて定められる条例に関する提言
  改正地方自治法においては、権利放棄議決をする際、一定の場合に監査委員の関与が予定されているが、それだけでは不十分である。
  そこで、京都府下の各地方公共団体に対して、地方自治法及び同法施行令改正に伴う条例整備にあたり、住民訴訟制度の意義を没却させることのないよう、意見の趣旨記載のとおり、住民訴訟係属中の議会による権利放棄議決を禁止し、損害額も基準に責任下限額の定めを限定することなどを求めて、意見を提出する。
以 上


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