普通地方公共団体の長等の損害賠償責任の一部免責に係る条例整備についての意見書(2020年9月25日)


2020年(令和2年)9月25日

(京都府と精華町を除く京都府下全自治体首長様あて)

京都弁護士会

会長  日 下 部  和  弘
  


普通地方公共団体の長等の損害賠償責任の一部免責に係る

条例整備についての意見書



第1  意見の趣旨
  地方自治法改正に係る条例の整備にあたっては、「住民」が有する普通地方公共団体に対するチェック機能を維持するため、住民訴訟制度の利用環境を悪化させないように配慮すべきである。具体的には、
(1)条例中に、住民訴訟係属中の議会による権利放棄議決は禁止する旨が明記されるべきである。
(2)条例において、損害賠償すべき長等の責任限度額を定める場合、給与額のみを基準とするのではなく、損害額も基準にした責任限度額が定められるべきである(例えば、長につき、年間給与等の6倍と損害の10分の1とを比較して高い方とすることなどが考えられる。)。

第2  意見の理由
1  地方自治法等の一部を改正する法律(平成29年法律第54号)により、普通地方公共団体の長等の当該普通地方公共団体に対する損害賠償責任の額については、地方自治法施行令等の一部を改正する政令(令和元年政令第156号)の範囲内で、条例においてその責任を制限することが可能となった。
2  これに対し、京都弁護士会は、2020年(令和2年)1月23日付で、京都府下の各普通地方公共団体の長に対し、「住民訴訟制度に係る地方自治法改正に基づく条例整備についての意見書」(以下「前回意見書」という。)を発出し、①地方自治法改正に係る条例の整備にあたっては、「住民」が有する地方公共団体に対するチェック機能を維持するため、住民訴訟制度の利用環境を悪化させないように配慮すべきであること、②条例中に、住民訴訟係属中の議会による権利放棄議決は禁止する旨が明記されるべきであること、及び③条例において、損害賠償すべき職員の責任下限額を定める場合、給与額のみを基準とするのではなく、損害額も基準にした責任下限額が定められるべきである(たとえば、年間給与等の6倍と損害の10分の1とを比較して高い方とすることなどが考えられる。)ことを求めた。
なお、同様の趣旨の意見が、大阪弁護士会から、2020年(令和2年)3月5日付で、「住民訴訟制度に係る地方自治法の一部改正に基づく条例整備についての意見書」として、大阪府下の各普通地方公共団体の長宛に発出されている。
3  ところで、2020年(令和2年)6月15日現在、京都府下では、京都府及び精華町において、普通地方公共団体の長等の損害賠償責任を一部免責する趣旨の条例が制定されたが、他の普通地方公共団体においては、条例は未整備の状況であった。
4  普通地方公共団体の行政実務の運用として、他の普通地方公共団体と共通する同種課題については、意見交換をするなどして、他の普通地方公共団体の状況を踏まえ、施策を講じることがある。
このような運用は、未知の事案に対する施策につき、広く考え方、取り組み方を収集するもので、有意義な運用方法であり、重要な取り組みである一面を有する。
もっとも、このような運用は、住民自治・住民福祉の向上と行財政の健全化のために行われるべきものであって、いわゆる右に倣えの結論を是とするものではない。今般の地方自治法の改正及びそれを受けた同法施行令の改正にかかる条例制定については、特にこのことについて留意しなければならない。
5  確かに、条例を制定することにより、長等の損害賠償責任の額が限定され、長等への萎縮効果の低減をもたらすことは否定しない。
しかし、訴訟係属中の議会による権利放棄議決や、基準給与年額のみをもとにした責任の軽減だけを認めるのであれば、次のような弊害が生じることも懸念される。
すなわち、普通地方公共団体の長等が行った財務会計上の行為の是非及び措置の要否について、当該普通地方公共団体の判断と住民の判断が対立し、当該普通地方公共団体がその回復の措置を講じない場合、住民がこれに代わって訴えを提起して裁判所の判断を求めたとしても、訴訟係属中に権利放棄議決がなされるのであれば、違法な財務会計行為を是正して適正な行財政と普通地方公共団体が被った損害の回復を目指そうという住民の意欲が低下させられるおそれがあり、住民訴訟が有する不適正な事務処理への抑止効果が維持されなくなる。
また、住民訴訟においては、長等による違法行為により普通地方公共団体が被ったとされる損害が1億円を超えると認定される事案もあり、事案によっては、数十億円の損害が認定される場合もある。
ところが、地方自治法施行令の参酌基準に従った条例が制定されると、仮に長の基準給与年額が1500万円であった場合は、長の責任の程度や普通地方公共団体に生じた損害の額にかかわらず、そのうちの9000万円が長の責任限度額とされ、住民訴訟を通じた被害回復に限界を来たすことになる。
そして、この限界を理由に、住民訴訟を通じ損害回復を図ろうという住民の意欲が低下させられてしまうと、住民訴訟が有する普通地方公共団体に対する事後的なチェック及び損害回復機能が、損害が大きい事案において発揮されないという危惧がある。
6  各普通地方公共団体におかれては、このような懸念にも十分留意され、住民の意見等も聴取されたうえで、条例制定の必要性、合理性をよく検討し、他の普通地方公共団体が条例を制定したという理由のみに基づき同旨の条例を定められることがないよう、慎重に条例整備をされるべきと考え、改めて、意見の趣旨記載のとおり、意見を申し上げる次第である。
以 上



意見書データ[ダウンロード](.pdf 形式)    

関連情報