法務大臣の私的懇談会による「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」の問題点を指摘し、国際公約に則り国際人権条約と難民条約に基礎をおく入管法制及び難民認定制度の創設を求める意見書


2020年(令和2年)10月22日


内閣総理大臣          菅      義  偉  殿
法務大臣              上  川  陽  子  殿
出入国在留管理庁長官  佐々木  聖  子  殿
衆議院議長            大  島  理  森  殿
参議院議長            山  東  昭  子  殿

京都弁護士会

会長  日 下 部  和  弘
  



法務大臣の私的懇談会による「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」の問題点を指摘し、国際公約に則り国際人権条約と難民条約に基礎をおく入管法制及び難民認定制度の創設を求める意見書




第1  意見の趣旨
  2020年(令和2年)6月、法務大臣の私的懇談会である第7次出入国管理政策懇談会の「収容・送還に関する専門部会」が発表した「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」(以下「本提言」という。)には、送還忌避罪の創設や難民条約の大原則を骨抜きにしかねない提言など、「送還忌避・長期収容問題」をむしろ悪化させ、人権侵害をさらに助長する結果となりかねない施策が含まれている。
  日本政府は、それらの施策を排斥し、「安全で秩序ある正規移住のためのグローバル・コンパクト」(以下「移住グローバル・コンパクト」という。)における国際公約を実現するために、①入管行政においては収容しないことを原則とし、収容について公正な第三者機関による審査を義務付けるなど、収容を適正なものとする措置を導入すること、②出国できない事情を抱える人たちには広く在留を許可し、日本社会内での人権保障を追求すること、③難民認定機関を法務省から独立させることも含めて難民認定制度を抜本的に見直すことなど、国際人権条約や難民条約等と整合する出入国管理制度及び難民認定制度の創設にこそ取り組むべきである。

第2  意見の理由
1  本提言以前の状況
(1)今回の提言をまとめた専門部会が設置されたきっかけは、2019年(令和元年)6月24日、3年7カ月もの長きにわたり入管施設に収容されていた40代のナイジェリア人男性が、退去強制に応じない限り続く無期限の収容に対してハンガーストライキを行い、餓死したことであった。この男性は、「日本で子どもが生活しており、子どものためにも自ら帰国することを選ぶことはできません」などと語っていたという(出入国在留管理庁「大村入国管理センター被収容者死亡事案に関する調査報告書」2頁)。
(2)日本の入管施設における長期収容の人権侵害性が問題となったのは今回が初めてではない。1998年(平成10年)以降、日本政府は自由権規約委員会等の国連人権機関から、収容期限の上限が定められていないことや収容の可否が行政に任されており司法による審査がほとんど機能していないこと、そして「ノン・ルフールマン原則」(「締約国は、難民を、いかなる方法によっても、人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見のためにその生命又は自由が脅威にさらされるおそれのある領域の国境へ追放し又は送還してはならない。」、難民の地位に関する条約(以下「難民条約」という。)33条1項)に反する送還を行っていることなどについて、繰り返し是正と改善を求められてきた(自由権規約委員会(1998年、2008年、2014年)、人種差別撤廃委員会(2014年、2018年)、拷問等禁止委員会(2007年、2013年)の日本定期報告に関する総括所見)。しかし、これらの問題の解消は遅遅として進まなかった。
(3)ナイジェリア人男性が餓死するおよそ半年前の2018年12月、国連総会で移住グローバル・コンパクトが採択された。
  移住グローバル・コンパクトは、移民がグローバル化した世界にとって繁栄や革新そして持続的発展に資するものであることを認識し、移民の保護と積極的影響の促進を目指すもので(8項ほか)、国連憲章の原則、世界人権宣言、自由権規約、社会権規約、拷問等禁止条約、人種差別撤廃条約等の主要な人権条約に基礎を置くものである(前文1項、2項)。
日本政府はその採択に賛成し、入管収容が「適正手続」に従い「恣意的でなく、法律、必要性、比例性と個別の評価に基づき、権限ある当局により、可能な限り最も短期間に行われることを確保すること」及び「国際法に沿って非拘束的な収容代替措置を優先し、移住者のいかなる収容に対しても人権に基礎を置いたアプローチをとり、収容を最終手段としてのみ用いること」を国際社会に「約束」した(移住グローバル・コンパクト29項柱書)。
  そして、そのための具体的な行動として、日本政府は下記に挙げた行動等をなすことを約束した。
①  「入管収容の独立した監視を改善」すること、「人権侵害が起きないようにすること」や「特に家族と子どものケースでは非拘束的措置と一般社会に根差したケアの調整を尊重して国が収容代替措置を実施し、拡大すること」などを「保証すること」(29項a)
②  「移住者が恣意的に収容されず、収容の決定が法律に基づき、比例的であり、正当な目的を持って、個人毎になされ、適正手続や手続的保護措置を完全に遵守して、入管収容が抑止力として推進されず、移住者に対する残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱いとして用いられず、国際人権法に従うことを確保するよう、入管収容に関連する法律、政策、実務を見直し、改訂すること」(同c)
③  収容の対象であるすべての人に「資格ある独立した弁護士に対する無償ないし支払可能な法的助言や援助へのアクセス」「情報や収容命令の定期的検証の権利」を含む「司法アクセスを提供すること」(同d)
④  「適正手続と比例原則を保障すること」によって、「収容が与える否定的で潜在的な持続的影響を減少させること」(同f)
⑤  「入管収容の運営を担当する全ての行政当局と民間関係者」が、「恣意的拘束及び収容の防止について訓練」され、「人権侵害や軽視について責任を負うこと」(同g)
  入管収容に関してこのような行動をなすべきとされた前提には、自由権規約委員会の一般的意見35(2014年)において、入管収容はたとえ法定の手続に則っていても「諸事情に照らして合理性、必要性及び相当性があるとして正当性が認められなければ」恣意的収容であって許されないと明示されたこと、そして、収容「期間の延長の際には再評価されなければならない」として、一回の収容期間に明確な時間的限界が設けられることが当然の前提とされていることがある。(自由権規約委員会の一般的意見は、「(自由権)規約の適用を監視するために特別に設立された独立機関によって採用された解釈」であり「重大な重き」を与えられるべきものである(国際司法裁判所2010年11月30日Diallo事件判決)。)
また、拷問等禁止委員会が日本政府に対して入管収容の期間に上限を設けるべきと勧告している前提にも、入管業務において無期限(終身)の収容など想定できず、無期限の入管収容は合理性も必要性も相当性もない恣意的収容であって許されないという、上記一般的意見から導かれる帰結がある。
(4)もし日本政府が、自由権規約委員会等の勧告に迅速に応じて長期収容問題の解決に取り組み、あるいは、移住グローバル・コンパクトの国際公約を直ちに実践して、収容を最終手段とし、入管収容の期間に上限が設けられ、その延長に際しては司法審査など公平な第三者機関による審査が適切に行われるような制度が実現していたなら、ナイジェリア人男性が先の見えない無期限の長期収容に苦しめられて抗議のハンガーストライキに及ぶことはなく、餓死することもなかったに違いない。

2  本提言の問題点
(1)本提言が、退去強制令書発付から退去まで原則として収容すべきとする「全件収容主義」による運用を改めて収容代替措置の導入を検討すべきとしたこと、長期収容の可能な限りの解消を図ること、一定期間を超えて収容を継続する場合にはその要否を吟味する仕組みを設けることを検討すること、等を挙げた点は、移住グルーバル・コンパクト及び国際人権法との関係で評価できる。
しかし、本提言は、自由権規約委員会や拷問等禁止委員会、人種差別撤廃委員会が繰り返し日本政府に勧告し求めてきた、入管収容の期間に上限を設けることや、収容について司法審査など公平な第三者機関による審査を義務付けることなど、長期収容自体を効果的に防ぐ措置を見送った(自由権規約委員会(2008年、2014年)、人種差別撤廃委員会(2018年)、拷問等禁止委員会(2007年、2013年)の日本定期報告に対する最終見解)。
収容期間に法定の上限がなく収容に関する行政庁の判断についてその都度の第三者機関による審査が保障されないままであれば、長期収容自体を抑止する効果はなく、長期収容とそれに伴う人権侵害からの迅速な救済も期待できない。
(2)しかも、本提言には、下記のとおり、「送還忌避・長期収容問題」をむしろ悪化させ、人権侵害をさらに助長する結果となりかねない施策が含まれており、移住グルーバル・コンパクト及び国際人権法との関係でとうてい看過できない。
ア  送還忌避罪及び仮放免逃亡罪の創設
送還忌避罪は、日本社会に家族や子どもがいたり生活の基盤が日本にあったりするため日本を離れることができない人たちや、国籍国での迫害から逃れてきた難民申請者など、出国できない事情を抱えた人々を、刑罰の威嚇をもって出国に追い込もうとするものである。しかし、このような事情を抱えた人が刑罰をおそれて出国を決意することは考えにくい。刑罰を設けても刑務所と入管施設を往復することになるだけで、出国促進につながるとは期待できない。
仮放免逃亡罪は、仮放免者に罰則を科すことで出頭を確保しようとするものである。しかし、出頭確保のためには保証金の没収という制裁がすでに存在しているし、出頭すれば無期限の収容にさらされるのではないかとおそれる人に対しては、無期限収容のおそれが排除できない以上、出頭確保の効果は期待できない。
加えて、これらの行為が刑事罰の対象となれば、出国できない事情を抱えた人たちや退去強制を拒む限りはてしなく続く長期収容に対するごく当たり前の恐怖を抱える人たちを支援する家族や市民、弁護士等に共犯が成立しかねず、支援をためらわせ、人権侵害を深刻化させるおそれがある。そのような事態が、「その地位に関わらずすべての移住者の人権を尊重し、保護し、完全な享有を実現すること」を国連加盟各国の「何よりも重要な義務」であるとする移住グローバル・コンパクト(11項)の目指すところでないことは、明らかである。
イ  「ノン・ルフールマンの原則」を骨抜きにしかねない送還停止効の例外の設定
本提言は、難民申請の誤用・濫用が長期収容者の増加につながっているとして、難民申請2回目以降の人については難民条約の大原則である「ノン・ルフールマンの原則」を骨抜きにしかねない例外を送還停止効力に設けることを提言している。これは、初回の難民申請に対する審査が有効に機能しており2回目以降の申請は濫用的な申請であるという認識を前提とする提言である。
しかし、日本では初回の難民認定制度がほとんど有効に機能していない。このことは、難民認定率の異常な低さ(2011年(平成23年)以降、難民認定率は1%未満である(全国難民弁護団連絡会議作成「難民認定数等の推移」(2020年(令和2年)3月30日))。)、そして複数回の申請や難民訴訟をして初めて難民として認定されるケースが少なくないことから(2010年(平成22年)から2018年(平成30年)までの期間において、難民認定された者の約20%、人道配慮を理由に在留を許可された者の約41%が、退去強制令書の発付後に認定又は許可を受けている(日弁連会長声明2020年(令和2年)7月3日)。)、明らかである。初回の難民認定申請で日本政府の審査能力の不十分さのために誤って認定されなかった人たちを送還停止効の例外にあたるとして送還する道を開きかねない法改正は、ノン・ルフールマンの原則を骨抜きにしかねないものであり、絶対に許されない。
そもそも、ノン・ルフールマンの原則に反する送還が日本政府により繰り返し行われていることは、自由権規約委員会や拷問等禁止委員会から繰り返し指摘され、是正を求められてきた(自由権規約委員会(2008年、2014年)、拷問等禁止委員会(2013年)の日本定期報告に対する最終見解)。本提言をテコにこの問題について開き直り、難民条約の大原則を骨抜きにする例外を国内法で制定しようとするなど、言語道断である。

3  提言:難民条約や人権諸条約と整合する出入国管理制度及び難民認定制度の創設
日本が批准している人権諸条約や難民条約に違反する出入国管理及び難民認定法改正は、それら条約の目的との関係で許されない。また、移住グローバル・コンパクトにおける国際公約を破り、日本の国際的信用を著しく損なうものでもある点で、厳に避けるべきである。
日本政府は、本提言内容に捉われることなく、国際公約を遵守して人権条約や難民条約と整合する出入国管理制度及び難民認定制度をこそ創設すべきである。本提言との関連では、とりわけ下記を早急に行うべきである。
(1)収容は、身体の自由を侵害する点で人権侵害性が極めて強度なものであるから、収容しないことを原則として、下記の制度・施策を実現すること。
①  入管収容は必要不可欠な場合の最終手段として最短期間でのみ行える例外措置であると法律に定めること。例えば、退去強制のための収容は、送還の予定がある場合に最小限の期間でのみ許されるとすること。また、収容代替措置も例外であって、原則は収容も収容代替措置もない状態であることを法律に定めること。
②  収容期間がいたずらに長期化するのを確実に防ぐため、入管収容の期限の上限を設けること。また、収容令書に基づく収容期間に上限を設けること。刑事手続における逮捕・勾留・勾留延長の場面と同様、収容開始、収容延長のそれぞれの場面で、厳格な司法審査など公平な第三者機関による厳格な審査を義務付けること。
③  入管収容の対象とされた者について、刑事手続における国選弁護人と同様、適時の法的支援を提供するための被収容者国選弁護士、退去強制令書被発付者国選弁護士のような制度を創設すること。
(2)出国できない事情を抱えた人たちに対するアムネスティ(在留特別許可など)を広く実施し、その人たちやその家族の日本社会内での人権保障を追求すること。
(3)出国できない事情を抱えた人たちのうち難民申請者については、ノン・ルフールマンの原則を遵守するとともに、難民が確実に難民として認定される制度を確立すること。そのために、下記の制度・施策を実現すること。
①  出入国在留管理庁とは別個独立の難民認定機関を設立すること。
日本の難民認定率の驚異的な低さは、もともと国境管理の組織である出入国管理機関に人権保障を目的とする難民認定を担当させていることに根本的な要因がある。外国人の入国・在留を認めるかどうかは各国の自由裁量であるとの認識から出発する法務省及び出入国在留管理庁が、その自由裁量を制約する難民条約に則った難民認定を誤りなく行うのは難しい。
また、2014年(平成26年)12月には第6次出入国管理政策懇談会・難民認定制度に関する専門部会による「難民認定制度の見直しの方向性に関する検討結果(報告)」の提言がなされたにもかかわらず、未だ日本における難民認定率は1%未満という国際水準から乖離した異常な低さに留まっている。上記提言から5年余の歳月が経過しても難民認定制度を改善する施策が遅遅として進んでいない現実は、法務省及び出入国在留管理庁にとって難民保護は取り組み難い分野であることを如実に表すものと言える。
そのため、人権擁護のための省庁を法務省とは別に創設し、難民認定機関をその下部組織とすることも併せて検討すべきである。
②  難民申請に対する公的支援制度等を導入すること。
多くの難民申請者は、難民申請手続の要所や勘所を知らないまま、徒手空拳で難民申請を行なわざるを得ず、そのことが難民として認定されるべき人が難民でないとされてしまう結果につながっている。そこで、弁護士が難民申請を代理したり難民審査のインタビューに立ち会ったりできるような法整備を行うほか、難民申請に対する公的支援制度を創設すべきである。
③  難民認定に適した訴訟手続を実現するための法改正等を行うこと。
難民申請者が十分な証拠を持って出国できないケースがほとんどであることを踏まえて、難民を難民ではないと誤認定しないための訴訟手続、換言すれば難民を難民であると確実に認定するための訴訟手続を実現するために、たとえば難民訴訟における難民該当性に関する事実の認定方法や立証基準を一般的な民事訴訟や行政訴訟とは異なるものとするなどの法改正等、必要な対応を行うべきである。

4  結び
入管収容に抗議して被収容者が餓死する事態など、二度と決して起こしてはならない。国際的な人権保障を目指す国際人権条約及び難民条約そして移住グローバル・コンパクトにおける国際公約を遵守してこそ、それは可能となる。
日本政府は、さらなる人権侵害を引き起こしかねない本提言内容を排斥し、自由権規約委員会等の国連人権機関から勧告された内容を実現し、国際人権条約及び難民条約そして移住グローバル・コンパクトにおける国際公約を遵守する制度及び法改正を進めるべきである。

以  上



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