京都都市計画高度地区の計画書の規定による特例許可の活用につき慎重な検討を求める意見書(京都市長あて)(2020年11月26日)


2020年(令和2年)11月26日

京都市長  門  川  大  作  殿


京都弁護士会

会長  日 下 部  和  弘
  


京都都市計画高度地区の計画書の規定による特例許可の活用につき

慎重な検討を求める意見書



第1  意見の趣旨
  京都市におかれては、特例許可制度の対象拡大を検討・実施するにあたり、
  1  「地域ごとのビジョン」が、地域住民・市民の十分な合意形成の基に策定されるよう支援を行うとともに、それが「まちづくりに貢献する建築物」の該当性の判断基準として明確なものとなるよう支援を行うべきである。
  2  特例許可制度の対象拡大の必要性(立法事実)・合理性・妥当性を示す根拠を示すべきである。
  3  拡大の対象となる「まちづくりに貢献する建築物」につき、より明確に要件・基準を設定すべきである。
  4  許可に向けた協議のプロセスについては、①構想段階からの十分な検討・協議期間を設定するとともに、②説明会や公聴会の開催により、住民や市民が十分に意見を表明できる機会を設けること、及び③住民・市民の申し立てがあれば、現行の景観審査会の審査に加え、景観審査会委員等による「調整会」を開催し、対象の建築物について、建築の必要性・合理性・妥当性を検証する仕組みを導入すべきである。

第2  意見の理由
1  はじめに
  2020年(令和2年)10月21日、京都市は、「新景観政策の更なる進化『地域のまちづくりの推進と特例制度の活用』について」と題して、〈地域のまちづくりの推進と特例許可制度の活用〉(以下「本件施策案」という。)について、5つの施策案を公表した。
  そのなかで京都市は、「京都を小さなまちの集合体と捉え、地域ごとのビジョンや特性に応じたまちづくりを展開し、地域の魅力を高めていく。そして、個性豊かな地域がネットワーク化した、全体として魅力的な京都の景観を形成する。」ことをもって「新景観政策の進化」であると位置づけている。
  そして、本件施策案として、「2.地域のまちづくりの推進」とともに「3.地域ごとのビジョンに応じた優れた計画の誘導」として高さ規制の特例許可制度の対象に、これまでの「優れたデザインの建築物」・「公共・公益施設」に加えて新たに「京都市のまちづくりの方針、地域ごとのビジョンに適合し、土地利用や景観等への配慮がなされ、まちづくりの推進に貢献する建築物」を「まちづくりに貢献する建築物」として、制度適用対象建築物を拡大すべきであるとしている。
  そこで、当会は本件施策案のうち上記2施策について、新景観政策の趣旨から検討を加え、意見を述べる。

2  特例許可制度
  京都市は、2007年(平成19年)9月に「新景観政策」を施行し、建築物の高さが都市景観に深刻な影響を与えるとして「高度地区」を大幅に改正し、職住共存地区においてそれまでの31mを15mに改めるなど大胆なダウンゾーニングを行うと共に、「高さ規制の特例許可手続を定める条例」を策定して、高度規制を超える建物を建築する例外を認める手続として、特例許可制度を定めている。
  このように特例許可制度は、大幅なダウンゾーニングという新景観政策の基本施策の例外措置を定めるものであることから、その適用にあたっては新景観政策の景観保護重視の趣旨との整合性から慎重な判断が求められる。
  まして、その改正、特に緩和型の改正には、十分な立法事実と目的達成のための必要性が認められるかについての慎重な判断が求められる。
  なお、京都市は、2018年(平成30年)11月15日にも特例許可制度を変更して、市長による認定制度に移行させ、景観審査会の審査を省略するなど手続を緩和させた上で、一部地域で建物の高さ規制を3mから11mの範囲で緩和する方針を打ち出したが、当会は同年12月19日付で反対する旨の会長声明を発しているところである。

3  「地域ごとのビジョン」の重要性
  京都市が、「京都を小さなまちの集合体と捉え、地域ごとのビジョンや特性に応じたまちづくりを展開し、地域の魅力を高めていく」べきとの認識を示していることは、首肯しうる。
  そして、この「地域ごとのビジョン」は、「まちづくりに貢献する建築物」の適合性判断の基準の一つとなる共に、特例許可に向けた協議のプロセスにおいては「構想段階」において「地域ごとのビジョンと事業構想に関する協議」が予定されていることから、住民・市民が事業者に自信を持って示しうる内実を持っている必要がある。
  この点、京都市が「地域のまちづくり」において「地域ごとのビジョンの策定と共有」ならびに「ビジョンの実現に向けた様々なアプローチ」において市民を支援するとしていることは評価しうる。
  しかし、その際には、「地域ごとのビジョン」が、住民・市民の十分な合意形成の基に策定されるとともに、それが「まちづくりに貢献する建築物」の該当性の判断基準として明確なものとなる詳細かつ内実のあるものでなければならない。
  特に「地域ごとのビジョン」は、住民・市民が主体となって策定されるべきであって、京都市はそのような住民・市民の活動を支援する形でかかわることが重要である。その点で、京都市が住民・市民の意向を十分に反映させることなく「地域ごとのビジョン」の策定を誘導することは許されない。
  「地域ごとのビジョン」の策定にあたっては、自治連合会会長等の地域代表者の意見を聞くといったレベルにとどまらず、町内会単位でのきめ細かな住民に対する説明会や意見交換を十分に行うこと、わかりやすい説明を付した全戸アンケート等を実施すること、広く市民にも情報を公開して意見聴取を行うこと等のきめ細かな方法を用いて、地域ビジョンの内実を深めながら、丁寧な合意形成を図る必要がある。
  当会は、京都市が本年9月、「『地域との調和』と更なる『質の向上』を目指した宿泊施設に関する取組素案について」について行った意見募集に対しても、「京都市は、本制度を実効性あるものとし、その目的を実現するためにも、明確なまちの将来像とこれを実現させるためのビジョンを持つよう務めるべきである。そして、まちの将来像は、区ごとの違い・特徴があることから、その策定に際しては、区に一定の権限を与えて、区がそのまちで暮らすひと・そのまちではたらくひと・そのまちで学ぶひとと粘り強い協議・意見交換を重ねつつ進めていくことが望ましい。これに加えて、まちづくりの専門家を派遣し、地域景観づくり協議会、建築協定、地区計画等の形成を援助することも検討されるべきである。」との意見を述べている。
  この点、京都市が「地域ごとのビジョン」として例示している「岡崎活性化ビジョン」は、策定の際の意見聴取などにおいて、住民から「自治連の会長のみなど、限られた人だけにしか話がきていない」などとの批判もあり(下記京都市主催の11月6日説明会)、意見聴取のあり方には根本的な改善が必要である。

4  特例許可制度の対象拡大の必要性(立法事実)・合理性・妥当性
  2020年(令和2年)11月6日に景観・まちづくりセンターで開催された、新景観政策の更なる進化「地域のまちづくりの推進と特例許可制度の活用」についての説明会において、京都市は、特例許可制度の対象拡大の必要性(立法事実)についての問いに「これからも魅力的な京都市であるために」と回答した。
  京都がこれからも魅力的なまちを目指すこと、そのために地域のビジョンに合うまちづくりの推進が必要であることは、そのとおりである。
  しかしながら、その具体的な方策として特例許可制度の対象拡大を行う必要性(立法事実)が明確にされているとは言えない。すなわち、①特例許可制度の対象を拡大するという方針を決定するにあたり、京都市の考える現状の問題意識(現状どのような問題点があるのか)が不明確であること、②特例許可制度の対象を拡大し高さ規制が緩和された建築物が建設される結果として、まちが魅力的になるという効果の因果関係(関係性)が不明確であることを指摘することができる。
  特に②の点について、魅力的なまちづくりは、建築物の高さ・意匠形態もさることながら、経済的側面、子育て、福祉、高齢化問題等様々な要素が横断的にかかわる問題である。地域のビジョンに貢献するという抽象的概念によって特例許可を行い、高さ規制以上の建築物が建設されることによって、なぜ「魅力的な京都市」であり続けるのか、更なる検証及び市民に対する説明が必要である。
  仮に一部報道でもあるように、京都市の問題意識が、京都市内において住居やオフィスが不足しているという現状と、この現状を是正する施策が必要であるというものであれば、現時点においてもその問題意識が妥当するかについては、なお検討が必要である。
  すなわち、2020年(令和2年)当初までの京都市の地価は、京都市により「京都市宿泊施設拡充・誘致方針」が策定された2016年(平成28年)以降顕著な上昇傾向が続いてきたが、その原因は京都市の商業地に全国のホテル事業者が参入していることによると指摘されており 、ホテル事業者と競合するマンション・ビル事業者が事業用地の確保ができなくなっていたことが伺われる。そうであれば、まずは宿泊施設の総量規制などの手段を利用することが検討される必要があろう。
  しかも、2020年(令和2年)になって、新型コロナウイルスの感染拡大によりインバウンド需要が消滅したため、ホテルや簡易宿所及び民泊の相当数が、営業を廃止したりオフィスや住居に転用されたりしており、住居やオフィスが不足しているとの状況自体に大きな変化が生じている。
  そうすると、オフィス需要、住宅需要への対応の必要性から特例許可制度の適用拡大を図るべきであるというためには、①そもそもオフィス需要、住宅需要が逼迫しているか、②仮にそうであるとして、宿泊施設の総量規制などの手段はとり得ないのか、③特例許可制度の適用拡大が手段として相当であるかが慎重に判断されなければならないというべきである。
  しかし、今回の制度改革提案においては、その具体的な検討がなされた事情は説明されておらず、明らかでない。京都市においては、本件施策案を検討する前提として、特例許可制度の対象拡大という手法の必要性・合理性・妥当性を示す根拠を示す必要があろう。

5  対象となる建築物の意義
  仮に特例許可制度の対象拡大による高さ規制の緩和が認められる場合においても、特例許可制度の趣旨からすれば、その対象は必要最小限のものでなければならない。しかし、本件施策案3.においては、「まちづくりに貢献する建築物」をその対象とすることとされ、その「考え方」も併せ示されているが、これでは必要最小限度の拡大であるとは言い難く、適切であるとは言えない。
  すなわち、「考え方」においては、「多面的な視点から建築計画を評価し、まちづくりの推進に貢献する建築物を許可の対象と」するとして、あたかも特例許可をするにあたり京都市に広範な裁量を与えるかのように見える。しかし、上述のとおり、新景観政策において高さ規制の強化は根幹をなすものであり、特例許可制度は例外である以上、それは必要最小限度の範囲でのみ許容される余地があるにとどまるというべきである。そして、必要最小限度を維持するためには、例外要件はできるだけ具体的であることが必要である。
  そのため、単に考慮要素を列挙した総合考慮ではなく、「京都市のまちづくりの方針に高度に適合すること」「詳細かつ内実のある地域ごとのビジョンが住民参加の下に策定されており、かつ、そのビジョンに適合すること」「建築物が立地する地域や隣接する地域のビジョンに応じて良好な景観形成に資するものであること」「適切な都市機能の誘導のために重要な意義を有すると認められること」などの諸要件を満たすことを要件とすべきである。
  「まちづくりに貢献する建築物」に当たるか否かの判断基準の一つに「地域ごとのビジョンに適合」することを要件とすることそれ自体は否定されることではない。しかし、上述のとおり「地域ごとのビジョン」の策定に住民・市民の意見が反映されることが大切なのである。
  既に述べたように、2011年(平成23年)に策定された「岡崎地域活性化ビジョン」に関しては、「自治連合会の会長など限られた人の意見しか聴かれておらず、地域住民の多くはビジョンのことを知らなかった」と批判の声があることは重要であって、過去に策定されたビジョンや将来構想に関しては、十分に地域住民の合意や市民参加の手続を経て定められたとは言い難いものも存在すると言わざるを得ない。
  過去に策定されたビジョン等が十分な地域住民の合意や市民参加の手続を経て定められたものかについても検証のうえ、「地域ごとのビジョン」を今後どのように策定・共有していくかについて、慎重に検討すべきである。

6  手続的統制の重要性
  「許可に向けた協議のプロセス」については、構想段階(ステップ1・ステップ2)から事業者と京都市・住民・関係者の協議が想定されていることは評価すべきである。
  もっとも、ステップ1における具体的な制度を設計するにあたっては、住民や関係者が必要十分な検討を行い、その検討結果を具体化して事業者に伝達し、そして住民等からの指摘を踏まえて事業者が事業計画を検討・変更することができるだけの十分な期間が必要不可欠である。
  ステップ2においては、ステップ1を経て形成された構想段階での事業計画の内容は、地域住民や関係者、広く市民による実質的な検討が実施されるよう必要に応じて説明会や公聴会を開催して、住民・関係者・市民の意見を特例許可の適用の可否も含め計画に反映させるようにすべきである。また、その際、協議を踏まえてどのような趣旨で計画が具体化されているのかを明確にするよう務めるべきである。
  ステップ3においては、住民や市民の意見表明の機会が、建築計画に関する事業者に対する意見書の提出に限定されるようにも見える。しかし、特例許可制度は、本来建築不可の建築物の例外手続きであることからすれば、例外要件の確認などの住民などの意見表明の機会は十分に確保されるべきであり、景観審査会の諮問の際や、市長が特例許可を発令する前にも設けられるべきである。既に、京都市特例許可手続条例第19条においては、公開による意見の聴取の制度が規定されているが、この制度はより活用されるべきであり、少なくとも、意見書の提出、見解書の提出があった場合には開催することとすべきである。
  更に、特例許可の適用に対して、住民や市民から理由を示して異議が申し立てられた場合には、景観審査会委員等による「調整会」を開催して、当該許可対象の建築物についての必要性・合理性・妥当性を厳格に検証することを制度的に担保すべきである。

7  おわりに
  新景観政策の根幹をなす高さ規制の緩和をするにあたっては、軽々な緩和は厳に慎むべきであって、慎重な検討がなされることを制度的に担保することが必要不可欠である。京都市におかれては、上記の指摘を踏まえて、慎重な検討を行われたい。
以 上



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