特定商取引に関する法律及び特定商品等の預託等取引契約に関する法律における書面の電子化に反対する意見書(2021年2月17日)


2021年(令和3年)2月17日

衆議院議長    大  島  理  森  殿
参議院議長    山  東  昭  子  殿
経済産業大臣  梶  山  弘  志  殿
内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全)  井  上  信  治  殿
消費者庁長官  伊  藤  明  子  殿

京都弁護士会                  

会長  日 下 部  和  弘  



特定商取引に関する法律及び特定商品等の預託等取引契約に関する法律における
書面の電子化に反対する意見書


第1  意見の趣旨
  特定商取引に関する法律(以下「特商法」という。)が定める全ての取引類型及び特定商品等の預託取引契約に関する法律(以下「預託法」という。)に関し、書面の電子化に強く反対する。

第2  意見の理由

1  はじめに
消費者庁は、2020年(令和2年)11月7日の規制改革推進会議成長戦略ワーキンググループにおいて、担当大臣から、オンラインで完結するはずの特定継続的役務提供事業が、契約書面の交付義務があるために、オンラインで完結しないことになっているという問題提起に対して、「電磁的方法による送付を希望しない又は受領できない消費者の利益の確保の方法や電磁的方法により送付した場合のクーリング・オフの期間の起算点等を整理した上で、デジタル化を促進する方向で、適切に検討を進めてまいりたい。」と回答した。
そして、消費者庁は、内閣府の2021年(令和3年)1月14日の第335回消費者委員会本会議において、オンライン完結型の特定継続的役務提供にとどまらず、特商法上のすべての取引類型及び預託法上の取引について、消費者の承諾があった場合と限定しつつも、一律に書面の電子化を認める法改正を行うとの方向性を示した。
これを受け、消費者委員会は、同年2月4日の第338回消費者委員会本会議において、書面の電子化を前提に、承諾の取得の実質化や提供の具体的方法、クーリング・オフ期間の起算点の明確化等を求める建議を発出した 。

2  書面の電子化の問題点
⑴  書面交付の機能
特商法及び預託法上の書面交付には、契約締結直後に積極的に契約内容に目を向けさせ、勧誘時の説明や広告と実際の契約条件の齟齬に気付かせる機能(警告機能)やクーリング・オフ制度を知らせる機能(クーリング・オフ告知機能)がある。さらに、書面交付には事実上の機能として、第三者に契約の存在を認識させ、消費者被害を発見させるという機能もある。
これらの機能により家族、民生委員や訪問介護事業者等の第三者が契約書面を見つけることによって、契約の存在を認識し、契約した消費者自身も気づいていない消費者被害を発見することができ、クーリング・オフの行使などにより被害の早期解消をはかることができる。
⑵  電子化による書面交付機能の低下・喪失
書面の電子化を認めた場合、消費者の多くは、実際にはスマートフォンで書面を確認することになると思われる。その場合、消費者は、書面よりはるかに小さい、わずか10センチメートル角程度の画面で契約内容や条件を読み取らなければならない。文字が小さくて読むのが困難となるし、一覧性を欠くことで全体を把握しづらくなる。特に高齢者は画面を拡大して読むことが想定されるがその場合一覧性はさらに失われる。そのため、書面の電子化によって、書面交付の警告機能やクーリング・オフ告知機能が低下する。
    また、電子データは事後的に改定・改変が容易であり、契約締結後消費者が知らない間に契約内容に改変が加えられるおそれがある。このことは、通信販売の広告において、初回に無料又は低額な金額を提示し、2回目以降に高額な金額を支払わせる、いわゆる「詐欺的な定期購入商法」の事例において、事業者がインターネット上の電子広告の内容を事後的に改変するなどして、被害に遭った消費者が契約当時の広告画面を確認できず、解決を困難にしたケースが存在すること等からも明らかである 。PDFファイルにして電子メールで送信するという方法は、受信設定で受信が拒否されたり、迷惑メールフォルダに移動させられたりして、一度も消費者の目に触れられないまま、ファイルが喪失してしまうといった危険もある。
    さらに電子データでは、第三者がその存在に気付くことがほぼ不可能となる。これによって、書面が交付されていれば、発見できたはずの被害、救済できたはずの被害を発見、救済できないという事態も容易に想起できる。
⑶  特商法・預託法の法目的の放棄
書面の電子化は前記のように多くの問題をはらむものであるが、消費者庁は、書面の電子化は、消費者の事前の承諾があった場合に限られるため問題は生じないと考えている。
    しかしながら、書面の電子化が認められた場合、一般の事業者は経費負担の軽減の観点から 、悪質事業者は書面交付の警告機能等の見落としを意図して、書面の電磁的交付を積極的に推奨していくことが容易に想定できる。また、悪質事業者であれば、書面の電磁的交付が原則であるかのように振舞ったり、オンラインの通信販売の契約締結手続において、各種の契約条件の選択肢について承諾するというチェックを事前に入れておく取扱い(デフォルト設定)が多用されているように、書面の電子化について承諾をデフォルト設定にしたりするということも十分に考えられるところである。
最も問題であるのは特商法及び預託法の法目的の放棄となることである。特商法及び預託法は、不意打ち的な勧誘や利益を強調した勧誘がなされるという問題の多い取引形態に対し、その場で適切な判断をなすことができない消費者を想定して取引類型に応じた各種の規制を設けている。
かかる問題のある取引形態において、消費者が、書面の電子化について、契約締結前のわずかな時間で書面交付の意義や電子化による不利益を適切に判断して、真意に基づく事前承諾を行うことはおよそ想定できない。そのような承諾を可能と考えることは、特商法や預託法が想定する消費者概念の転換であり、消費者保護という特商法及び預託法の法目的の放棄に他ならない。

3  消費者庁の検討状況
    消費者庁は、今から10年前の2011年(平成23年)1月20日、内閣に設置された高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)の「高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部情報通信技術利活用のための規制・制度改革に関する専門調査会(第5回)」において、上記2の問題について、概要下記のように指摘していた 。
    ○電磁的交付について消費者からの明示的意思表示があればという仮定の妥当性に疑義がある。
    ○昨今、高齢者の判断力・交渉力不足に付け入る悪質手口も多く、不意打ち的に勧誘を受ける消費者が電磁的交付について積極的な承諾の意思表示を行う取引形態になっているとは考えにくい。
    ○電磁的交付の検討には、積極的・明示的な承諾の意思表示の実現が可能な環境が整っているのか十分かつ慎重な実態把握が必要である。
    ○特商法で定める取引類型は全て消費者が不利な状況で契約がされ得るものであり、電磁的交付については送受信時期を偽ること等消費者トラブルを惹起する危険性、法の趣旨を踏まえると、慎重な検討が必要である。
    ○受信確認等の技術的要件については、技術要件の詳細が不明であり、消費者保護の観点から十分要件を満たすものか不明であり、電磁的交付の可否の判断は困難である。

    ところが、消費者庁は、これまで特に書面の電子化の要望・必要性がなかったため、書面の電子化に向けた課題の抽出と対応策について検討をまったくしてこなかった。そして、今回の「デジタル・ガバメント」実行計画の検討にあたっても、消費者庁は、上記問題意識について全て解消されたのか、あるいは、「十分かつ慎重な実態把握」や「慎重な検討」あるいはより慎重な検討が必要なのかについて、検証、議論を十分にしている形跡はみられない。

4  書面の電子化の要望・必要性
    書面の電子化については、オンライン英会話事業という特定継続的役務提供事業のうちの特定の事業者から要望があったのみであり、特定継続的役務提供以外の取引類型や預託取引を扱う事業者からはもとより、特定継続的役務提供事業であっても対面で行う事業者からも要望はなく、電子化の必要性についても積極的な意見は出されていない 。

5  消費者庁の方針の問題点
  ①  上記3のとおり、上記2の問題点や懸念はまったく解消されていない。
  ②  特商法類型及び預託取引という特商法及び預託法が想定する元々問題の取引形態について、かつ、法は取引類型に応じた規制を設けているにもかかわらず、弁護士会や民間団体が多数の反対意見については一顧だにせず、一部の業界の要望のみをもってすべての取引類型について、書面の電子化を進めようとしている。
  ③  預託取引については、豊田商事事件からジャパンライフ事件まで大規模被害をもたらした取引類型であり、特商法類型とは別の取り扱い、問題があるが、業界からの要望もなく、特商法類型と同様に何ら検討がないまま、同列に電子化しようとしている。
  ④  真の承諾の取り方が大きな争点であることを認識しつつ、今後1年ほどかけて検討する としており実効性のある具体案を有していない。
  ⑤  デジタル化の名の下に利便性を向上させるとし、消費者の承諾があることを条件に電子化を認めるとしつつも、契約締結時において電子化を承諾した消費者でさえ電子的方法によるクーリング・オフによる契約解消については今後の検討としており 、事業者側のみの片面的利便性を追求している。

6  消費者委員会の建議の評価
  消費者委員会の建議は、書面の電子化を前提に、消費者庁に対し、①消費者の承諾の取得の実質化、②電磁的方法による提供の具体的方法、③クーリング・オフ期間の起算点の明確化と承諾の取得に関する立証責任の在り方について消費生活相談の関係者等の意見を聴取して十分に検討を行い、必要な措置を講ずべきとしたうえで、④法施行後の実態調査と検討を求めるものとなっている。
    この建議で求められている在り方は、全て検討が必要な重要課題であるが建議において求められている具体的内容は以下のとおり極めて実現が困難なものであり、どのような在り方であれば課題の解決策となるのか、建議の要求を満たすことが出来るのか直ちに想定することできないものばかりである。
    ①消費者の承諾の取得の実質化に関しては、消費者の真意に基づく明示的な承諾を得るための手立てを講じることとされているが、特商法は、不意打ち的な勧誘や利益を強調した勧誘がなされるという問題の多い取引形態に対しその場で適切な判断をなすことができない消費者を想定しているところ、そのような不意打ち的勧誘や利益を強調した勧誘時に、真意に基づく明示的な承諾を得ることがあり得るのか疑問である。
    ②電磁的方法による提供の具体的方法に関しては、契約書面と同様に、一覧性を保った形で閲覧可能であることとされているが、スマートフォン画面で画面を拡大して見ることが想定される高齢者を含めて書面と同様な一覧性を保った形で閲覧可能となるのか疑問である。
    ③クーリング・オフ期間の起算点の明確化と承諾の取得に関する立証責任に関しては、クーリング・オフの有効性について消費生活相談の現場や訴訟では契約書等における法定記載事項の具備が争点となっている現状があるところ、電子化された場合、法定記載事項の事後的改ざん等により争点が増大することが想定され、承諾の取得のみ立証責任を事業者に追わせたとしても紛争の減少とならない。
    ④法施行後の実態調査と検討に関しては、①から③までの措置の実効性を検証した上、必要に応じ、見直しを含め検討を行うこととされているが、上記2、3のとおり、これだけ問題点をはらむ重要課題については、取引類型ごとのニーズの調査を含め法改正前に様々なステークホルダーを交えて慎重な検討が行われるべきであり、法改正の進め方として先後が逆である。
    このように、消費者委員会の建議は重要かつ困難な課題を消費者庁に提起し、建議への対応について報告を求めている。これに対し消費者庁がどのような具体的措置を講じることが可能であるのかまったく不明であるとともに、建議に対し消費者庁が真に消費者の権利・利益が毀損されることのない具体的な措置を講じることは不可能である。
    すなわち、消費者委員会の建議は、実質的には書面の電子化には反対という趣旨と評価すべきである。

7  まとめ
    以上のとおり、書面の電子化は、要望も必要性も強くないにもかかわらず、多数の問題点が解消されていない一方で特商法や預託法が想定する消費者概念を転換し、消費者保護という特商法及び預託法の消費者保護目的の放棄である。
    したがって、特商法及び預託法における書面の電子化には強く反対する。
以 上


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