申出に基づく法定審理期間訴訟手続要綱案(期間限定訴訟手続要綱案)に反対する会長声明(2022年1月19日)(本イベントは終了しました。)


1  法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会(以下「法制審部会」という。)は、2021年(令和3年)12月17日、「申出に基づく法定審理期間訴訟手続」(仮称)の要綱案を提案した。
  この新たな訴訟手続案は、「申出に基づく法定審理期間訴訟手続案」と仮称されているが、手続きの概要は、当事者双方が新たな訴訟手続の申出(又は同意)をして裁判所が決定をしたときは、2週間以内に最初の期日を指定し、そこから6か月(又はそれより短い期間)で審理を終結し、判決は終結から1か月以内とする案である。これは、すべての主張立証を6か月以内に限定することから期間限定訴訟手続と呼ぶのが実体に合っていると言うべきである(よって、以下「期間限定訴訟手続要綱案」という。)。
  しかしながら、今日、このような特別の訴訟手続を必要とするような立法事実は認められない上、このような訴訟手続では十分な審理がなされないまま粗雑な判決がくだされる危険性を指摘せざるを得ない。主張立証を制限した審理が常態化すれば、通常訴訟にも影響を及ぼし「裁判所は、訴訟が裁判をするのに熟したときは、終局判決をする。」と定める民事訴訟法243条1項の原則が揺らぎ、拙速審理を招来する危険がある。
  以下、理由を述べる。
2  2003年(平成15年)に、第一審の訴訟手続を2年以内のできるだけ短い期間内に終局させることなどを目標とした、「裁判の迅速化に関する法律」が施行された。それ以降、最高裁判所は、裁判の迅速化にかかる検証報告書を2年に一度、発表してきた。
  その第9回報告書(令和3年7月公表)によれば、2019年(令和元年)における第一審全民事訴訟事件の平均審理期間(判決の日までを含む)は9.5か月である(2020年(令和2年)の数値はコロナの影響下にあった裁判の集計結果であるので、参考にすべきでない)。1989年(平成元年)当時は12.4か月であったものが、2008年、2009年(平成20年、平成21年)には6.5か月まで減少し(これは、当時、過払金請求事件が多数を占めており、その審理期間が短かったことが影響している。)、その後上昇して8か月台で推移していたが、令和になって9.5か月に増加したわけである。
  最近の長期化は、「事件内容の質的困難化が影響していることも明らかであり、民事第1審訴訟事件の全体が長期化しているとの見方をすべきでない」のである(日弁連2021年(令和3年)10月20日最高裁判所第9回「裁判の迅速化に係る検証に関する報告書」に対する意見書)。そして、医事関係訴訟、建築関係訴訟、知的財産権訴訟、労働関係訴訟、行政事件訴訟や集団訴訟等の審理については、統計的数値からの分析だけでなく、充実かつ迅速な審理を実現するためにはどこを改善し、何が必要か等の個別的検討が必要になっている。こうした課題に対し、審理期間6か月という枠をはめた異形の期間限定訴訟は、何の解決にも資するところがないと考える。
3  期間限定訴訟手続要綱案の説明では、立法理由について「判決までの審理期間についての当事者の予測可能性を高める」と説明している。しかし、そもそも審理期間の予測可能性は、どんな裁判でも、裁判所の適切な訴訟指揮によって事案に即した審理計画を定める等をして確保されるべきものであり、またそれによって十分可能であると考える。
  そもそも裁判の迅速化は、裁判所の人的・物的基盤の整備・拡充によってこそはかられるべきものであり、当事者の訴訟活動の期間を制限することに求めるのは拙速審理しか招来しない。審理期間を限定すれば、当事者の主張・立証活動は大きく制限され、十分な審理が尽くされないまま粗雑な判決がくだされる危険性が極めて大きく、真実には程遠く紛争の適切な解決につながらないことが懸念される。
4  期間限定訴訟手続要綱案では、弁護士が代理人としてついていない、いわゆる本人訴訟についても適用除外としていない。しかし、訴訟について十分な知識、経験のない当事者本人が、「迅速」な解決を強く希望して、単純に期間限定訴訟を選択してしまうことは十分考えられるのであり、その場合、前項で述べたような主張立証制限の弊害は一層大きく、司法に対する国民の信頼そのものを損なうことになりかねない。
  期間限定訴訟手続要綱案の説明でも、本人訴訟のケースは、特段の事情がなければ、この規律により「審理及び裁判をすることが困難であるとき」に該当し、裁判所は、当事者からの申出や同意があっても、この規律による決定をすることができないと解されるとまで述べているのであるから、法文上で本人訴訟を適用除外するとしていないのは、大いなる評価の矛盾である。
5  弁護士が代理人についている場合でも、「迅速」を強く望む当事者本人から期間限定訴訟選択の強い要望が出されて、代理人の判断と対立することは十分考えられるのであり、その結果、代理人としては不本意ながら、期間限定訴訟を選択してしまう可能性は否定しがたい。当事者双方の申出ないし合意が要件となっているから歯止めがかけられると考えるのは、早計と言うべきである。
6  このような期間限定訴訟によって短期間審理による判決が多くなった場合、その影響は必ずや通常訴訟にも及び、主張立証を制限する審理が常態化し、ひいては国民の裁判を受ける権利を侵害するものでしかない。
7  さらに、期間限定訴訟手続要綱案は、口頭弁論の終結前であれば、当事者双方又は一方の申出により通常の訴訟手続に移行できるとしている。
  また、一方当事者の申出のみによって通常訴訟手続に移行できるとした場合は、前記3項で述べた審理期間の予測可能性という立法理由を自ら否定することになっていると言わざるを得ない。逆に、当事者双方の申出が必要というのであれば、事実上通常訴訟へ後戻りできず、不本意な訴訟活動を強いられた結果、出された判決に対して不服申立が行われる可能性は高くなり、全体の審理期間は、かえって予測をこえて長くなり、これまた立法理由を否定することになる。
8  以上の理由により、当会は、「期間限定訴訟手続案」と呼ぶべき「申出による法定審理期間訴訟手続案」に強く反対するものである。

    2022年(令和4年)1月19日

京都弁護士会                  

会長  大  脇  美  保
      

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