意見書

北陸新幹線延伸計画(敦賀・新大阪間)につき慎重な再検討を求める意見書(2022年3月8日)


2022年(令和4年)3月8日


独立行政法人 鉄道建設・運輸施設整備支援機構  理事長  河  内      隆  殿
国土交通大臣  斉  藤  鉄  夫  殿
環境大臣      山  口      壮  殿
京都府知事    西  脇  隆  俊  殿
京都市長      門  川  大  作  殿


京都弁護士会              

会長  大  脇  美  保
  


北陸新幹線延伸計画(敦賀・新大阪間)につき慎重な再検討を求める意見書



第1  意見の趣旨
  独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(以下「鉄道・運輸機構」という。)の北陸新幹線延伸計画(敦賀・新大阪間。以下「本件延伸計画」という。)について、環境影響評価手続における準備書の提出が予定されている。本件延伸計画においては、①京都丹波高原国定公園や重要伝統的建造物群保存地区に指定されている区域を含む京都府の大部分をトンネルで貫くこと等による水質・地下水・水資源等の自然環境に対する悪影響、②工事に伴う発生土等処理等の問題、③重要な地形、地質への影響及び活断層を鉄道が通ることの危険性、並びに④景観・文化財への悪影響等、様々な問題点が指摘されていることを踏まえて、以下の措置を求める。

1  鉄道・運輸機構は、十分な情報公開を行うとともに、着工を急ぐことなく、前記①ないし④の問題点が解消されるよう、本件延伸計画の中止やルートの変更も含め、慎重に再検討すべきである。

2  京都府知事は、
(1)鉄道・運輸機構が今後提出を予定している環境影響評価準備書に対して、関係市町村長の意見を踏まえ、環境影響評価法第20条第1項の規定により、鉄道・運輸機構に対し、前記①ないし④の問題点が解消されるものか徹底的に検討した上、残存する問題点については、評価書において修正が必要である旨の意見を述べるべきである。
(2)準備書について環境の保全の見地からの意見を聴くため、公聴会を開催しなければならないところ、その開催にあたっては、市民が十分な理解のもとで意見を述べる機会を確保するために、地域ごとに複数回開催すべきである。

3  国土交通大臣は、全国新幹線鉄道整備法(以下「全幹法」という。)第9条第1項の規定による認可のために鉄道・運輸機構の工事実施計画を審査するに際しては、前記①ないし④の問題点が解消されるまでは認可をするべきではなく、本件延伸計画を慎重に再検討すべきである。

4  京都市長は、
(1)本件延伸計画の工事に伴い発生する大量の発生土につき、適正に保管、埋立て等がなされるよう、京都市土砂等による土地の埋立て等の規制に関する条例(以下「京都市土砂条例」という。)第10条において定める、事前に許可を必要とする土地の埋立等区域面積の基準を、現在の3000㎡以上から、より狭い面積に改正すべきである。
(2)準備書について環境の保全の見地からの意見を聴くため、公聴会を開催しなければならないところ、その開催にあたっては、市民が十分な理解のもとで意見を述べる機会を確保するために、地域ごとに複数回開催すべきである。  

第2  意見の理由
1  はじめに
  北陸新幹線は、東京と大阪を結ぶ計画の整備新幹線であり、現在、高崎・金沢間で開通し営業している。現在建設中の金沢・敦賀間は2024年春に開業予定とされている。続く敦賀・新大阪間について、2016年12月、与党整備新幹線建設推進プロジェクトチーム(以下「与党PT」という。)は、そのルートを小浜・京都・松井山手を通過するルートとすることを正式に決定した。事業者である鉄道・運輸機構は、2019年6月に環境影響評価配慮書を、2019年11月に環境影響評価方法書を公開した。
  鉄道・運輸機構の公表した環境影響評価方法書に対し、京都府知事は、2020年4月17日、環境影響評価法第10条第1項の規定に基づき、環境の保全の見地から以下の意見を述べた。
(京都府知事の意見の概要)
・鉄道施設等の位置・規模・構造、工事方法及び供用方法について、必要に応じて適切に複数案を設定した上で、それぞれの要因による環境影響を適切に把握できる環境影響評価の項目及び調査等の手法を選定し、適切に環境影響評価を実施すること
・準備書手続において環境影響評価の結果について的確かつ効果的に意見聴取を行えるよう、鉄道施設等の位置・規模・構造、工事方法及び供用方法並びにそれらの検討経緯を準備書に詳細に明示すること
・工事方法の準備書への記載に当たっては、トンネル掘削等の工事に伴い発生する建設発生土及び建設汚泥等の建設廃棄物の保管・運搬・処理・処分等の方法を明示すること
・関係市町村意見で指摘のあった環境の保全について配慮が特に必要な施設を追加する等、地域特性を十分把握し、調査等の手法の選定の際に適切に考慮すること
・地域住民等に向けた説明や意見の聴取等の機会を十分確保し、手続の実施について周知を徹底した上で、環境影響評価の項目及び調査等の手法並びにそれらの検討経緯を分かりやすく丁寧に説明すること
・今後の手続の実施に当たっては、地域住民等や関係市町の意見を十分勘案すること
・水質・地下水・水資源への影響を回避又は極力低減すること
・重要な地形及び地質への影響を回避又は極力低減すること
・工事の実施により土壌環境基準不適合の掘削発生土が発生した場合の当該掘削発生土の保管・運搬・処理・処分等の方法をあらかじめ検討し、準備書に明示すること
・文化財への影響を回避又は極力低減すること
・動物・植物・生態系への影響を回避又は極力低減すること
・長期間にわたる工事の実施及び施設の存在による景観への影響の調査等を適切に行い、当該影響を回避又は極力低減すること
・掘削発生土及び建設廃棄物の発生量及び場外搬出量を極力抑制すること
  現在は、鉄道・運輸機構が、準備書公表前の環境影響評価準備書の作成に向けた環境影響評価本調査を実施している段階である。本調査完了後、数か月後に環境影響評価準備書が公告されることが予想され、同準備書の公表から1か月半の間に、環境保全上の意見を有する者は誰でも意見を述べることができ、都道府県知事は、市町村の意見を聴いて、意見を述べる。鉄道・運輸機構は、環境影響評価準備書に大きな修正の必要が生じないことを前提に、その後の評価書手続を経て、2023年頃の着工を目指している。
  本計画については、京都府知事が指摘した問題点のほかにも多くの問題点があるところ、当会は、本計画について、経済合理性の見地、環境の保全の見地、また、安全上の見地からの問題点を順次述べる。
  なお、後述のとおり、本件事業はいまだルートをはじめとして具体的内容が示されておらず、そのため各問題点の指摘も一定程度抽象的なものとならざるを得ない。しかし、本件事業によって環境に深刻かつ不可逆的な被害を生じさせるおそれがあり、科学的に不確実性がある場合であっても予防的な措置として影響や被害の発生を未然に防ぐべきであるという予防原則の観点からも、現時点において本意見書記載の対応を求めるものである。また、本意見書は、環境影響評価準備書が公表される前の意見として、今後の環境影響評価手続においても十分に考慮し、また反映させることを求めるものである。

2  ルート選定における問題
(1)選定の経緯
  もともと、北陸新幹線の敦賀以西の延伸計画は①米原ルート、②湖西ルート、③小浜ルートの3案が国土交通省鉄道局の検討委員会において検討されていた。全幹法では、地理的な通過路線距離に比例した地元都道府県の負担が求められていることから、受益が少ないにもかかわらず、滋賀県の経済的負担が多いことより、滋賀県知事(当時)は難色を示した。
  なお、全幹法のこの規定は、実質的な受益が少ないにもかかわらず、通過する距離が長い沿線の地方自治体の加重な負担を強いることになり、地方に不合理な経済的負担を強いるもので、見直されるべきものである。
  その後、大阪府知事(当時)が受益者となる大阪府の負担を申し出たこともあり、関西広域連合では、経済合理性が最も確保できる米原ルートを政府に提案する方針を決めた(2013年3月)。
  2015年8月、与党PTが発足した。
  2016年になり国土交通省鉄道局は、小浜ルートの中で①小浜・舞鶴・京都ルート(B/Cは0.7)、②小浜・京都ルート(同1.1)、③米原ルート(同2.2)の比較を示した(※図1参照)。このうち、①案はそもそも費用便益が1.0を大幅に下回るもので、経済合理性からは採用される余地は無かった。
  その後、2016年12月20日に与党PTは小浜・京都ルートを正式採用した(以下、小浜・京都ルートを前提とした本件延伸計画にかかる事業を「本件事業」という。)。しかしながら、最終決定の理由については、公開されていない。報道等により伝えられているところによると、①JR西日本が米原ルートについては既存の東海道新幹線のダイヤの過密性を理由に難色を示したこと、②もともとの新幹線整備計画が敦賀から更に西進する計画であったこと、③与党PTの委員長が福井県選出議員であり政治的バイアスが働いた可能性があること等が指摘されている。
(2)選定過程が不透明であり選定の合理性に疑問のあること
  しかしながら、与党PTでのルート選定は、後掲(3)で述べる経済合理性を欠くことはもとより、何らの選定の客観的合理性を認めることができない。
① については、仮にリニア新幹線が計画通り新大阪まで開通するとすれば、名古屋以西の東海道新幹線のダイヤは削減されて過密ではなくなるはずである。
② については、右肩上がりの人口や経済成長を前提として1970年に制定された全幹法に基づく幹線鉄道整備計画自体、50年を経過し、大幅な人口減少期を迎え、働き方も変化した現在において、そのまま維持することの合理性は乏しい。
③ については、仮にそうであればなおさら合理性は乏しい。
  そもそも、(1)記載のとおり、選定経過が密室・非公開で行われているため合理性の検証のしようが無いということ自体が、根本的な問題であり、なおさら合理性を認めることができない。
(3)経済合理性が欠如しており、自治体財政に多大の悪影響をおよぼすこと
  本件事業の費用便益比は1.0を下回る可能性が高い。
  まず、需要を過大に見積もっている。例えば、国土交通省鉄道局の費用便益の算定(「北陸新幹線敦賀・大阪間のルートに係る調査について」2016年11月)では名古屋と北陸を結ぶ「しらさぎ」(名古屋→米原→敦賀→金沢)の旅客と同規模数の旅客が名古屋から京都まで東海道新幹線で移動し、そこで北陸新幹線に乗り換えて小浜経由で北陸に移動することが想定されている。しかしながら、現実には北陸新幹線が小浜から京都に延伸されたとしても名古屋から米原・敦賀経由で北陸に移動した方が金銭的にも時間的にも合理的であり、現実にはほとんどあり得ない過大な需要予測である。
  他方で、後に指摘している大深度地下 を含む約8割が地下トンネルという、発生土の処分場所の確保や安全対策等の多くの懸念を伴う難工事は、対策費用を大幅に増大させるおそれが高い。
  現に、リニア新幹線計画の品川・名古屋間の工事費用については、当初試算の5兆5400億円から、2021年の試算では1兆5000億円上回る7兆0400億円に達している。しかも、静岡工区については工事開始時期の目途さえついておらず、仮に静岡工区が施工されるとしたら更に膨大な対策費用の増加がもたらされる可能性が高い。
  また、北陸新幹線の敦賀までの延伸工事においても、2012年の当初事業認可時には総工費1兆1600億円とされていたものが、工事実施計画の変更を繰り返し、2020年度末には総工費1兆6779億円とする工費増額が国交省により認可された。当該工事は、京都縦断計画のような大深度地下工事を含むトンネル工事が大半ではないにもかかわらず、当初予定の1.4倍を超える増額が行われているのである。
  よって、上記他の事例等に鑑みても、本件事業は、費用便益比1.0を下回る可能性が高く、経済合理性は認められない。
(4)計画の白紙撤回も含めた複数案の比較検討を行うべきこと
  そもそも、環境影響評価手続においては、小浜・京都ルートを前提とした検討をする以前に、いわゆる戦略的環境アセスメントを行い、計画を白紙に戻すこと(ゼロ・オプション)も含めた、複数案の比較検討をおこなうべきである。
  すなわち、本件延伸計画は、本意見書の各項目においても言及するところであるが、大規模な土地の造成により生じる周辺環境への種々の影響は甚大なものに及ぶことが見込まれる。こうした大規模の事業の実施にあっては、事業の実施を前提とする段階ではなく、当該事業を実施することそれ自体の妥当性を評価するべきである。
  本件事業のように、数十年単位での建設工事の実施及び鉄道事業の運営が予定されていることを鑑みれば、本件事業が周辺環境に与える影響を多角的な観点から分析・評価した上で、事業それ自体を実施しない場合と比較して、当該事業が環境に与える影響が看過できない場合には、事業計画を白紙に戻すという選択がなされるべきである。
  この点、環境影響評価について規定する生物多様性基本法第25条は、「生物の多様性が微妙な均衡を保つことによって成り立っており、一度損なわれた生物の多様性を再生することが困難であることから、生物の多様性に影響を及ぼす事業の実施に先立つ早い段階での配慮が重要であることにかんがみ、生物の多様性に影響を及ぼすおそれのある事業を行う事業者等が、その事業に関する計画の立案の段階から」、「その事業に係る生物の多様性に及ぼす影響の調査、予測又は評価を行い」、「事業の特性を踏まえつつ、必要な措置を講ずるものとする」とされているところ、大規模事業における環境影響評価についても同種の観点の導入が望ましいのは言うまでもない。
  本件事業に関する環境影響評価は、後述のとおり、いまだもって具体的ルートすらも示されていないにもかかわらず、環境影響評価法に基づく配慮書及び方法書の策定・公表が行われているという歪な状態にある。すなわち、事業が環境に対して与える影響の評価を適正に行う基礎が欠けているところ、そうした状況下においても事業の実施を前提としているのは「環境の保全に対する適正な配慮がなされることを確保する」(環境影響評価法第1条)という法の目的に悖るものであり、本件事業の規模を鑑みれば尚更である。
  以上のとおりであるから、本件事業については、単にルートの具体化を図るだけではなく、本意見書が指摘する各項目を検討した上で、事業それ自体が与える環境への影響を適切に評価する、すなわち事業実施を取りやめる(ゼロ・オプション)という選択肢も含めたアセスメントが実施されるべきである。
(5)社会的・経済的な状勢の変化
  全幹法は高度経済成長を展望して50年以上も前の1970年に制定されたものであり、全幹法に基づく新幹線整備計画はその後の社会的・経済的状勢の大きな変化をふまえ、抜本的に見直されなければならない時期にきている。
  新型コロナウイルス感染症対策を経験した現在においては、「移動からリモートへの変化」により、新幹線を利用した移動の必要性自体が、新型コロナウイルス感染症の拡大以前に比べ、大きく低下している。このような社会の変化は、新型コロナウイルスが収束してからも完全に元に戻るとは思われない。
  また、地震や事故等による緊急停止時の脱出方法の懸念を抱えながらの地下・大深度の長距離地下移動は、京都から北陸への移動方法を現行と比較しても、大幅にその安全性及び快適性を低下させるものである。
  しかも、敦賀・小浜間の在来線による所要時間は、現在、約1時間であるが、新型コロナウイルス感染症の影響等によるJR西日本の財政難等による減便により、沿線住民にはより不便になっている。新幹線が開通すれば、並行在来線は更に削減されるおそれがあり、新幹線であるため停車駅も少なくなり、沿線住民の便益が増すことはなく、生活や通勤のための沿線住民の鉄道利用はより不便になる可能性が高い。むしろ、在来線をより充実させることこそが、沿線住民の利益にかなうものである。
(6)小括
  鉄道建設事業に係るアセス省令第3条においても、「位置等に関する複数案の設定」が求められている。しかしながら、上記の選定過程は、複数案の設定を求めたアセス省令の趣旨にも悖る。
  したがって、複数案のルート設定(小浜・京都ルート、米原ルート、湖西ルート等)の比較検討自体をアセスメントの対象として、かつ、計画の白紙撤回の選択肢(ゼロ・オプション)も含めてアセスメントをやり直すべきである。

3  自然環境の問題(特に地下水資源への影響について)
  本件対象事業実施区域(図2参照)は、南丹市及び京都府右京区では山間部を通過しており、主としてトンネルで縦断する計画となっている。
  これらの山間部では、原生的な自然が残り希少な動植物が生息する「芦生の森」や自然と寄り添う暮らしと地域文化が残る「かやぶきの里」等が含まれており、これらの区域は京都丹波高原国定公園の一部をなしている。
  その他にも、本件対象事業実施区域内には片波川源流域京都府自然環境保全地域、男山京都府歴史的自然環境保全地域及び常照皇寺京都府歴史的自然環境保全地域等豊かな自然が残されている。
  この点、方法書では、自然環境の保全の観点から、自然公園区域等ではトンネル構造とするとしている。
  しかし、トンネルであっても約4~7km間隔で幅6m程度の斜坑の設置が必要となるうえ、発生土の捨て場や坑口部の工事施工ヤード、工事用道路の設置等が予定されている。
  これらが与える自然環境への影響は、森林伐採や生息地の分断、工事自体の騒音や車両走行による騒音、工事照明等による動植物への影響等が考えられる。さらに、京都丹波高原国定公園では、自然が破壊されることにより、自然と寄り添う暮らし等地域文化も破壊されることになりかねない。
  この点、京都丹波国定公園内のルート検討にあたっては、第1種・第2種特別地域を回避するとしているが、生態系は周辺と一体となって形成されているものであり、これらの地域のみを回避したとしても影響は生じうる。
  加えて、計画の大部分がトンネルとなることで地下水への影響も懸念される。
  さらに、京都市内を中心とする盆地の地下には、その水量が琵琶湖に匹敵するともいわれる豊富な地下水がある。これまでも、京都市内の地下にトンネルが設置されているが、本件延伸計画のトンネルは必要に応じて深度40m以上の大深度地下の活用を検討するとされており、大深度の地下水は京都盆地の地下全体に広がっていると考えられることから、これまでのトンネルとは異なる影響が想定される。方法書では、京都市中心市街地及び伏見酒造エリアを回避したルートを選定するとしているが、一部の地域を回避しも影響は全体に生じうる。
  盆地の地下水は、京都市民の飲み水、農業、工業等に利用しているだけでなく、伏見をはじめとする酒造りや豆腐、湯葉の生産、京友禅等京都の食文化・伝統文化とも深くかかわっている。さらに、寺社仏閣等の庭園等にも利用されていること等も踏まえれば、本件延伸計画のトンネルの設置による地下水への影響は極めて深刻なものになりかねない。
  このほか、山間部においてもトンネルの影響による水枯れの問題が生じうることについては、すでに工事が完了している福井県敦賀市の北陸新幹線深山トンネルの影響でラムサール条約に登録された中池見湿地内で水枯れが生じていることからも明らかといえる。
  以上のことからすれば、本件延伸計画の実施においては、自然環境及び地下水に対する影響について徹底した調査を行い、これを回避する万全の方策がとられなければならない。

4  工事に伴う発生土の処理等の問題
(1)鉄道・運輸機構は発生土の処理等につき適切な対応を行うべきこと
ア  本件延伸計画は、全長約140kmのうち約8割はトンネルで通過を予定している。これに伴う発生土の量について、京都府の環境影響評価専門委員は、「少なく見積もっても880万立方メートル」に上ると試算し、発生土の取り扱いに関する具体的な事業計画の必要性と、その計画が周辺の環境に及ぼす影響についての調査、予測及び評価の必要性を指摘している。この発生土量は、10トンダンプ160万台の量に相当し、甲子園球場に積み上げると228mの高さに匹敵する膨大な量である。京都府及び府内の複数の自治体も、発生土処理について懸念を表明しており、鉄道・運輸機構に対し、対処を求めている。
  しかし、鉄道・運輸機構は、環境影響評価方法書で、建設発生土について、「環境影響については、方法書以降の手続で検討する」とし、同事業内での再利用や他の公共事業での有効利用で「適切な処理を図る」としているのみであり、具体的な事業や用地は明記されていない。また、鉄道・運輸機構は、京都府南丹市美山町田歌区からの公開質問状に対する2021年8月23日付回答書において、「発生土の見込み量については、詳細なルート等が決まっていない現時点では、具体的な建設発生土量を計算することができないため、残土処理計画についても決まっておりません」「仮置き場及び発生土受入地については、今後、関係機関と協議を行い、受入候補地等とした時点で、環境影響評価法令に定める基準に基づき、環境影響評価が必要となる場合には同法令に基づく調査、予測及び評価を行う」と回答している。このように、鉄道・運輸機構は、それ自体問題のある詳細なルートが決まっていないことを理由に、基本的な発生土処理方針さえ示せていないのが現状である。
イ  また、ルート候補地である桂川・由良川中上流域においては、土壌中にヒ素の含有率・溶出量が高いことが産業総合研究所のデータベース上で示されている。ヒ素は、水銀やカドミウム等と同様、摂取すると生体影響が大きく健康被害をもたらすことが多い有害重金属であるため、土壌汚染対策法において環境基準が定められている。上記産業総合研究所のデータベースによれば、桂川・由良川中上流域において、環境基準の100倍を超える土壌溶出量を記録する地域が広範囲にわたって存在する。そのため、本件工事の際に汚染対策が必要とされる要対策土が大量に発生するおそれがあり、この要対策土への適切な対処がなされなければ、有害物質により市民の生命・身体が脅かされる危険性がある。
  このような発生土処理や要対策土の問題は、本件延伸計画のトンネル区画の長さに伴い、その量があまりにも大量となるため、その解決が著しく困難となることが予想される。また、2021年7月に起こった静岡県熱海市での沢筋への盛り土の崩落は、残土処分の在り方について、強く警鐘を鳴らすものとなった。不透明な発生土の処理によって市民の人命を脅かす事態を引き起こすことは断じてあってはならない。鉄道・運輸機構は、全国各地で豪雨災害が頻発している近年の状況下で、産業廃棄物や発生土の処分が新たな災害の発生源になることを真摯に受け止め、適切に対応するべきである。
ウ  すなわち、現在実施しているアセスメントの手続において、発生土等の仮置き場及び発生土受入先における環境影響についても調査、予測及び評価の対象項目とした上で、発生土や建設廃棄物の発生を抑制するための具体的方策、発生土等の捨て場所や再利用先について自然度の高い区域等を回避した選定や環境への悪影響を回避する方法を明確にすべきである。そして、かかる事項が明確にされるまで、本件事業の許認可はされるべきでなく、また、工事は開始されるべきではない。
(2)京都市土砂条例の改正について
ア  京都市は、建設発生土等の土砂等による土地の不適正な埋立て等に対する抑止力を高め、生活環境の保全及び災害の防止を図るための措置を講じることを目的として、京都市土砂条例を制定し、同条例は2020年6月1日に施行されている。同条例は、事業者による3000㎡以上の面積の土砂埋立て等(土砂の埋立て、盛土その他の堆積等)を市長の許可制とし、違反行為に対しては罰則規定を設けている。
  もっとも、京都市北部の京北地域は山間部で3000㎡以上もの面積の土砂置き場が確保できる場所は多くなく、土砂埋立て等の受入先が分散されることによって、許可規制が及ばない事態が容易に想定される。3000㎡未満の面積の土砂埋立て等には許可制が適用されない結果、各地に土砂埋立て等がなされ、災害リスクが広範囲に広がる可能性が懸念される。そのため、許可制の対象となる土砂埋立て等の面積をより狭める条例改正を行い、より広く許可制を適用することによって、盛土等による土砂災害リスクを可能な限り低減すべきである。
  実際に、奈良市における同様の条例は、500㎡以上かつ高さ1m超の埋立てを、神戸市における同様の条例は1000㎡以上かつ高さ1m超の埋立てを許可の対象とし、また京都市近郊自治体である亀岡市及び南丹市も500㎡以上の埋立てを許可の対象とした条例を制定している。
  熱海市土石流災害以降、政府は、「盛土による災害の防止に関する検討会」を設置し、同検討会は、2021年12月20日に「盛土による災害の防止に関する検討会  提言」をとりまとめた。この提言は、危険な盛土造成等に対する規制を強化していくこと等を内容としている。京都市が、上記許可制の対象となる面積をより狭める改正を行うこともかかる政府の提言に沿うものであり、積極的にすすめるべきである。
イ  なお、京都市土砂条例において、独立行政法人が行う土地の埋立て等は許可規制の適用除外とされており(同条例第10条第1項但書、同条例施行規則第5条第10号)、本件事業も独立行政法人である鉄道・運輸機構が実施するため適用除外になるかが問題となる。
  しかしながら、この適用除外は、対象となる機関の公的性格による信頼を前提としている以上、自ら工事を実施する場合に限定すべきであり、民間の処分業者に埋め立て等を委託する場合には原則通り許可手続を要するものと解すべきである。
  このように解さなければ、適用除外とされた対象となる機関が丸投げで委託したとしても一切許可が不要となり、同許可制があまりにも意味のないものとなってしまうからである。特に、大量の土砂の発生が想定される事業においては、無秩序な埋立て等が行われないよう、許可制の運用は厳格に行われるべきである。
  本件事業でも鉄道・運輸機構は、民間の処分業者に発生土の埋め立て等を委託すると考えられることから、許可制が適用されるものと解される。

5  重要な地形及び地質、活断層への影響、景観・文化財への悪影響
(1)重要な地形及び地質、活断層への影響
ア  大深度地下利用による陥没の危険性等
  本件延伸計画では、京都市内におけるルートの大部分は、大深度地下を利用したトンネル構造となっている。東京外環道の建設工事において、大深度地下を利用したトンネル建設に伴い、地表面の陥没事故が発生している。調査中ではあるが、トンネル直上だけでなく、周辺部の地下部分にも空洞ができている可能性も指摘されている。
  京都市街地の地盤は、河川の運ぶ土砂が堆積して形成されている。こうした地盤で掘削工事を行えば、大深度地下における工事であっても、地表面の陥没や地下の空洞形成等の影響が懸念される。
  なお、大深度地下法は、大深度地下における工事の影響が地表付近には及ばないことを前提に2000年に制定された。しかし、東京外環道の事例は、大深度地下における工事の影響が地表付近に現に及びうることを示したものであり、その立法事実たる前提が揺らいでいるといわざるをえない。
  また、大深度地下におけるトンネル工事による重要な地形及び地質への影響については、環境影響評価の調査等の対象項目に含まれていないが、対象項目に追加して、慎重に検討すべきである。
イ  活断層を鉄道が通ることの危険性
  京都市周辺には、花折断層等の活断層がある。ルートの具体的な位置は定まっていないが、活断層との交錯は避けられないといわれている。運行供用中に活断層が動く地震が発生した場合、トンネルの一部が崩落する等の大事故が起こりかねない。こうした事故に際して、列車を安全に停止させ、乗客を脱出させることができるのか、十分な対策を講じられなければならない。
(2)景観・文化財への影響
  本件延伸計画では、京都市内におけるルートの大部分がトンネル構造となっており地上部分への影響は少ないものとの印象を与えがちであるが、トンネルであっても、約5~10kmごとに立坑や斜坑が設けられ、一部の立坑の地上部には建屋が建設される。
  これらにより懸念される景観・文化財への影響は、森林伐採や道路整備、人工構造物の出現による景観悪化、工事の騒音、車両の往来、工事照明等、多岐にわたる。
  自然景観・都市景観・寺社仏閣等の文化財への影響を最小限とするよう、慎重に検討されなければならない。

6  環境アセスメントの問題
  本件事業は、その事業形態及び規模の大きさ、さらには環境影響の程度が著しいものとなるおそれがあること等の種々の事情、環境影響評価法における第一種事業に該当するものとして、工事着工に至るまでの各段階において配慮書、方法書、準備書により事業者自らが環境影響評価を行うこととされている。
  そして本件事業は、現在、方法書までが策定されており、今後は、準備書の公表が予定されているところである。
  本件事業における環境影響評価すなわち環境アセスメントにおいては、(1)現在公表されている配慮書及び方法書の内容につき、ルートが具体的に明示されておらず抽象的であること、(2)ゼロ・オプションを含めた代替案の検討、地元住民への説明責任の強化や第三者委員会の設置といった戦略的環境アセスメント制度の枠組みが用いられていないことが主な問題として挙げられる。このうち(2)の点については,「2  ルート選定における問題  (4)」で述べており、以下では、(1)の点について詳述する。
  まず(1)の点について詳述するに、事業者がこれまで公表してきた配慮書及び方法書においては、北陸新幹線延伸事業における具体的なルートが未定とされたまま、環境等への影響に対する評価が記載されている。
  そもそも環境影響評価は、工事が着工する前段階において、環境に与える影響の甚大さの程度及びそれを防ぐための保全措置の具体的な内容等、種々の項目・論点につき十分に検討することにより、「その事業に係る環境の保全について適正な配慮がなされることを確保」(第1条)されなければならない。
  そして、事業者が提示する各段階における環境影響評価に対し、当該事業により影響を受ける一般市民及び各関係自治体による様々な意見が出され、これを踏まえた上でより洗練された環境影響評価が実施されることが制度上予定されている。
  そうであれば、現状の具体的なルートが未定の状態にあっては、まず本件事業における環境影響評価につき、一般市民及び各関係自治体が意見を述べる基礎が根本的に欠けていると言わざるを得ない。
  この点、各関係自治体の一つである京都府は、配慮書及び方法書のいずれの段階においても、対象事業実施区域に幅があることから事業の具体化を行うべきであると知事意見において指摘されている。
  それゆえ、こうした知事意見及び同意見が前提とする関係市町村による意見は、結局のところ、本件事業の具体化が図られず抽象的な内容となっている以上、その意見それ自体も抽象的な内容とならざるを得ない。
  こうした現状を踏まえると、本件事業における環境アセスメントにおいて、次の段階である準備書の公表段階においても未だ事業の具体化が果たされないとすれば、それはもはや環境影響評価の体をなしていないと言わざるを得ない。
  さらには、仮に準備書において具体的なルートが公表されたとしても、これまでの配慮書、方法書の時点で事業の具体化が図られていないまま手続が進められてきた以上、一般市民及び各関係自治体が適切な意見を述べる機会が喪失されたと言わざるを得ず、この点を看過することは出来ない。
  そうであれば、準備書等において具体的なルートが公表された後において、従来の準備書の公開時に予定されている期間内での意見聴取に留まらず、本件事業につき公聴会の開催等事業者側による丁寧な説明を行った上で意見を述べる事のできる機会・期間を十分確保する等、環境の保全につき適正な配慮がなされなければならない。

7  公聴会の開催
  京都府は、条例で、準備書の公表後、その内容について環境の保全及び創造の見地からの意見を有する者の意見を聴くため、原則として、公聴会を開催することを定めている(京都府環境影響評価条例第21条第1項)。公聴会は、「関係地域内」において開催するものとされる(同条例施行規則第28条)。公聴会を開催する時期や回数については、明文の規定がなく、京都府知事の裁量により判断されるものと思われる。
  また、京都市の条例においても、京都府と同様に、原則として公聴会の開催が義務付けられており(京都市環境影響評価等に関する条例第30条)、開催時期や回数、開催場所についても明記されていない。
  本件延伸計画は、既述の通り、新幹線が京都府を縦断するもので、きわめて広範な地域に様々な影響が生じうるものである。また、同じ府内、市内であっても、地域ごとに受けるおそれのある影響も一様ではない。そのため、「関係地域内」で開催する公聴会は、画一的な市単位等で開催するのでなく、懸念事項がある程度共通する地域ごとに開催するべきである。また、開催時期及び回数に関しても、準備書において詳らかになる事項が相当程度見込まれ、また、専門技術的な情報も多岐にわたることが予想されることからすれば、専門家でない一般市民が十分に意見を述べる場を確保するため、公聴会は複数回開催される必要がある。

8  まとめ
  以上のとおり、本件延伸計画には、経済合理性の見地、環境の保全の見地、また、安全上の見地についてだけでも、様々な点が懸念される。これに対して、鉄道・運輸機構の情報公開及び環境影響評価をはじめとする対応はあまりに不十分である。
  本件延伸計画については、環境への悪影響の回避・低減策が住民参加の下で十分に合意形成されていないばかりか、その出発点であるルート選定段階における吟味も不十分である。全体として計画を慎重に再検討することなく、このまま着工に至った場合、我が国の経済・社会・環境に深刻な悪影響をもたらすであろう。
  以上により、当会は、意見の趣旨記載の措置を求めるものである。
以上



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