仮放免者に対する生活支援や医療支援など人としての生存を支援し可能にする施策の推進を求める意見書(2022年3月29日)
2022年(令和4年)3月29日
内閣総理大臣 岸 田 文 雄 殿
外務大臣 林 芳 正 殿
法務大臣 古 川 禎 久 殿
出入国在留管理庁長官 佐々木 聖 子 殿
衆議院議長 細 田 博 之 殿
参議院議長 山 東 昭 子 殿
京都弁護士会
会長 大 脇 美 保
仮放免者に対する生活支援や医療支援など人としての生存を支援し可能にする施策の推進を求める意見書
意見の趣旨
日本政府は、仮放免者に対し、生活保護の適用を保障するなどの生活支援の実施、生活していく上で必要な収入を得るための就労の許可、並びに、健康保険加入資格の付与等、基本的人権保障の基礎となる人としての生存を支援し可能にする施策を早急に実施すべきである。また、日本政府は現在、仮放免制度の拡充等による収容代替措置の検討を進めているが、収容代替措置は、対象となるすべての者に対し、基本的人権保障の基礎となる人としての生存を支援し可能にする制度とすべきである。
意見の理由
1 出入国管理及び難民認定法第54条は、収容令書若しくは退去強制令書により収容されている者について、病気その他やむを得ない事情がある場合、一時的に収容を停止し、例外的に身柄の拘束を解くための措置として、「仮放免」制度を設けている。
仮放免された者(以下「仮放免者」という。)は、移動の自由の制限や入管への定期的な出頭を条件として日本社会での生活が許されることになるが、在留資格が与えられないため就労や健康保険への加入が認められない。
仮放免者の生活実態について特定非営利法人北関東医療相談会(AMIGOS)が今年3月に発表した調査報告によれば、仮放免者の滞日年数は5年以上84%、10年以上66%、20年以上36%、30年以上16%で、働ける年齢の20代~50代が87%であった。年収(友人や知人、支援団体などから得た金銭)は、0円が70%、90万円以下が86%で、借金がある人は66%(厚生労働省「2019年 国民生活基礎調査」では借金のある世帯の比率は全世帯の28.5%)に上った。1日の食事の回数は、1回が16%(厚生労働省「2019年 家庭の生活実態及び生活意識に関する調査」では、1日に2回以上の食事をとっていない世帯の比率は一般世帯では2%、生活保護世帯では5.2%)、2回が60%であった。また、経済的問題により医療機関で受診できなかった経験のある仮放免者が84%(前掲「家庭の生活実態及び生活意識に関する調査」では、金銭的な理由で必要な受診・治療を受けていない世帯の比率は一般世帯では0.8%、生活保護世帯では0.3%。国立社会保障・人口問題研究所「2017年社会保障・人口問題基本調査 生活と支え合いに関する調査」では、必要な受診・治療をしなかった個人のうちお金が払えなかったからを理由として挙げた人は19.9%)に上るなど、仮放免者の深刻で困難な生活実態が明らかになった。
2 仮放免者に日本社会での生活を許しながら、就労や健康保険への加入を認めない制度設計の根底には、日本政府の「我が国に不法滞在する外国人は入管法の規定に基づき退去強制の対象となること、また、これらの者に対し医療保障を行うことが結果として不法滞在を容認し、更にこれを助長させるおそれがあることから、不法滞在であることを前提とした医療保障を行うことは、困難である。」(質問趣意書に対する1991年(平成3年)4月19日付の政府答弁)とする方針がある。
3 しかしこの方針は、上記の調査報告に現れた仮放免者の深刻で困難な生活実態から明らかなように仮放免者の人としての尊厳と品位を傷つける非人道的な扱いをすることにほかならず、自由権規約7条に違反する。さらに、以下のとおり、(1)裁判を受ける権利(憲法第32条)並びに(2)到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利(社会権規約第12条第1項)等の保障の観点からも、再考がなされるべきである。
(1)裁判を受ける権利(憲法第32条)の保障
仮放免者は、日本に住む家族と一緒に暮らし続けたい、あるいは国籍国に帰ると迫害を受けるおそれがある等の事情があるにもかかわらず、法務省が在留資格を付与していない人たちである。それゆえ仮放免者には、在留資格の付与について、公平な裁判所の判断を求める権利、つまり裁判を受ける権利が保障されなくてはならない(憲法第32条)。
しかし、生活保護などの生活支援を受けることもできず、就労もできず、健康保険への加入もできない状態では、判決確定までに少なくとも2年程度はかかると見込まれる訴訟を闘い抜くのは容易ではない。裁判を受ける権利が仮放免者に現実に保障されているというためには、訴訟期間中の生計を支える資力や、健康の不安なく訴訟を遂行できる環境が確保されることが不可欠の前提である。日本政府の上記方針は、この前提を根底から崩し、仮放免者が法務省の行政判断について公平な裁判所に訴えることを極めて困難にするものであって、公正ではない。
法務省によれば、退去強制令書の発付を受けた者のうち、仮放免されている者は2020年(令和2年)12月末時点で2217人、そのうち難民認定手続中の者は1412人、入管関係訴訟係属中の者は189人で、これら手続中の者の総数は重複分を除くと1537人であった。「裁判を受ける権利」を行使できている者が2217人中189人にとどまる背景に、仮放免者の生活の困難があることは想像に難くない。憲法がすべての人に具体的に保障している「裁判を受ける権利」を、“不法滞在の助長のおそれ”などという抽象的な懸念をもって劣後させることは許されない。
そこで、仮放免者が生活保護等の生活支援を受けられるようにすること、あるいは就労可能な健康状態であるなら就労して生計の費用だけでも得られるようにするとともに、仮放免者の健康保険への加入を認めて、仮放免者の裁判を受ける権利の保障を現実的なものとすべきである。
(2)到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利(社会権規約第12条第1項)等の保障
在留資格の有無にかかわらず、すべての人は「到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利」(社会権規約第12条第1項)及び「社会保険その他の社会保障についての権利」(同第9条)を有する。
現代の日本社会において健康保険への加入が認められないことは、これらの権利の享受を妨げるのみならず、不運にも重大な疾患に罹患した者にとっては「生命に対する権利」(自由権規約第6条第1項)を直接に侵害することにつながるものであって、2021年1月に亡くなったカメルーン出身の女性の事例など、報道されたものは氷山の一角に過ぎないと考えられる。
さらに仮放免者が子どもの場合、医療保障の対象から外すことは子どもの権利と日本政府の国際公約の観点からも許されない。
子どもの権利条約第24条第1項は、「締約国は、到達可能な最高水準の健康を享受すること並びに病気の治療及び健康の回復のための便宜を与えられることについての子どもの権利を認める。締約国は、いかなる子どももこのような保健サービスを利用する権利が奪われないことを確保するために努力する。」と定めている。この第1文は、在留資格の有無にかかわらずすべての子どもに到達可能な最高水準の健康を享受する権利があること、及びその享受に必要な便宜、たとえば健康保険の利用などの保健サービスを利用する権利が認められることを確認するものである。第2文は、保健サービスを利用する権利が奪われないよう努力する義務を締約国に課すものである。
そして日本政府は、この努力義務に関して、2018年(平成30年)12月、国連総会で採択された移住グローバル・コンパクトにおいて、仮放免等を含む収容代替措置こそが原則であることを確認するとともに、「(子どもの)教育と健康ケアへのアクセスを保証するコミュニティベースのケアの仕組みを優先し、実行可能な被拘禁代替手段の利用可能性及びアクセス可能性を保証することにより、子どもの権利と最善の利益を、その移民としての資格にかかわらず、いかなる場面においても保護しかつ尊重し、かつ、国際移住の文脈の中での子どもの拘留を終わらせることによって、家族生活への権利と家族統合への権利とを尊重する」行動をとることを誓約した(第29項h)。これは子どもについて仮放免等を行う際、子どもの在留資格の有無にかかわらず健康保険などへのアクセスの保障を約束するものである。移住グローバル・コンパクトに法的拘束力はないとされているものの、すでにその採択から3年以上が経過している。日本政府は子どもである仮放免者の健康保険などへのアクセスの保障を直ちに行い、国際公約を果たす責務がある。
さらに、仮放免者が子どもとその親である場合、親が健康保険を利用できないために高度医療を受けることができず死を待つほかないといった状態が、子の最善の利益に反し、家族生活への権利と家族統合への権利を侵害することは明らかである。子の最善の利益、家族生活への権利と家族統合への権利とを尊重するのであれば、子だけでなく親の健康サービスへのアクセスが確保されなくてはならない。
このように、「到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利」等の保障の観点からも、仮放免者に健康保険への加入資格を付与するべきである。
4 仮放免者に就労を許可したり健康保険への加入資格を付与したりすることは、特定活動(就労可)という既存の在留資格を用いれば可能である。
特定活動(就労可)という在留資格は、現在、初回の難民認定申請者に付与されている。この資格が存続中は就労や健康保険の加入が可能であり、就労している者は雇用保険や年金を含む社会保険の担い手にもなっている。ところが、初回の申請で難民であると認められなかった者は、2回目の申請中であっても在留資格を一切与えられないという運用がなされており、難民認定を得られなかった者は仮放免されても就労ができないため失業保険の受給資格も失ってしまう。社会保障の分担の公平性を損なうこのような歪みも、仮放免者一般に特定活動(就労可)の在留資格を付与することで容易に解消できる。
5 国の措置により日本社会での生活が許された仮放免者に生活支援の享受や就労、健康保険への加入を認めることは、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ」る権利を有することを確認した憲法前文の精神に沿うものである。
日本政府は、「国家の名誉にかけて、全力をあげて崇高な理想と目的を達成することを誓」った憲法の理想を想起し、仮放免者に対し、生活保護の適用を保障するなどの生活支援の実施、生活していく上で必要な収入を得るための就労の許可、並びに、健康保険加入資格の付与等、基本的人権保障の基礎となる人としての生存を支援し可能にする施策を早急に実施すべきである。また、仮放免制度の拡充等による収容代替措置を制度化する場合には、対象となるすべての者に対し、基本的人権保障の基礎となる人としての生存を支援し可能にする制度とすべきである。
以 上
意見書のダウンロードはこちら→[ダウンロード](.pdf 形式)