福島第一原子力発電所事故により発生した汚染水等の処理に関する意見書(2022年3月29日)


2022年(令和4年)3月29日

内閣総理大臣  岸  田  文  雄  殿
経済産業大臣  萩生田  光  一  殿
環境大臣      山  口      壮  殿
衆議院議長    細  田  博  之  殿
参議院議長    山  東  昭  子  殿
東京電力ホールディングス株式会社  代表執行役社長  小早川  智  明  殿


京都弁護士会                

会長  大  脇  美  保
  



福島第一原子力発電所事故により発生した汚染水等の処理に関する意見書



第1  意見の趣旨
  国及び東京電力は、福島第一原子力発電所事故により発生した汚染水等の処理に関し、海洋放出計画を撤回し、海洋放出以外の方法を真摯に検討するなど、上記計画の根本的な見直しを行うべきである。

第2  意見の理由
1  汚染水問題の経過
(1)福島第一原子力発電所(以下「福島第一原発」という。)では、現在もメルトダウンにより溶け落ちた核燃料デブリを原子炉建屋内で冷却水により冷却し続けている。また同時に福島第一原発の山側から原子炉建屋内に流入した地下水や雨水が、冷却水と混同することにより、これまで大量の汚染水が発生している。この汚染水は、多核種除去設備(ALPS=アルプス)でトリチウム以外の放射性物質を取り除く処理を行い、トリチウムなどを含む水が敷地内のタンクに貯蔵されてきた。
  しかし、トリチウム以外の放射性物質を完全に除去することはできておらず、タンク内の水の約7割にはトリチウム以外にも本来はALPSが除去の対象としていた放射性物質が残存しており、その濃度が全体として排出の際の規制基準を超えていることが明らかになっている。
  なお、国は、2021年(令和3年)4月13日に汚染水に関する呼称を見直し、それまではALPS等の浄化装置によってトリチウム以外の放射性物質を取り除く処理を行った汚染水を「ALPS処理水」と呼んでいたが、そのうち、トリチウム以外の核種について、環境放出の際の規制基準を満たす水のみを「ALPS処理水」と呼称することとした。ALPSで処理したものの規制基準を満たしていない水については、国は呼称を定めていないが、東京電力ホールディングス株式会社(以下「東京電力」という。)は「処理途上水」と表記している(2021年(令和3年)4月27日見直し)。本意見書では、国及び東京電力の呼称を前提とし、また、「ALPS処理水」と「処理途上水」を合わせて「処理水」、ALPS処理以前の汚染水と「処理水」を合わせて「汚染水等」とよぶことにする。
(2)これまで、政府と東京電力は、汚染水対策について、「汚染水の海への安易な放出は行わないものとする」「海洋への放出は、関係者の了解なくしては行わないものとする」として、海洋放出は行わないとの方針をとってきた。
  ところが、2020年(令和2年)2月、突如として政府の有識者会議「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」(以下「小委」という。)において、ALPS処理水を薄めて海洋へ放出するのが最も現実的という報告書が公表された。
  政府は2022年(令和4年)には汚染水等のタンク保管容量が限界に達するとして、2021年(令和3年)4月13日汚染水等の海洋放出処分の方針を閣議決定し、2023年(令和5年)頃を目途に放出を開始し、30~40年かけて海洋に放出していくことが計画されている。

2  汚染水等の問題点
(1)汚染水等の量と今後の増加量
  汚染水等の貯蔵量は、東京電力によれば、約129万㎥がタンクに貯蔵されている(2022年(令和4年)3月10日現在)。なお、敷地内に設置されたタンクは1061基であり、容量は約137万㎥とされている。現在タンクに貯蔵されている処理水のうち、ALPS処理水は約32%であり、処理途上水は約68%とされている。
  他方、汚染水等は、日々発生しており、1日あたり130~170㎥程度もの量が増加していると推定される。
(2)ALPS処理水の安全性への疑問
  政府の方針では、トリチウム以外の放射性物質が、安全に関する国の規制基準を満たすまで、ALPS等で浄化処理し、取水した海水と混合し、希釈した上で海洋放出するとしている。放出量については、当面は、事故前の福島第一原発の放出管理目標値である年間22兆ベクレルの範囲内で行い、廃炉の進捗等に応じて適宜見直すとされている。
  しかし、トリチウムについては、健康への影響の有無について評価が分かれており、健康に影響があるとの見解も存在し、有機化合物を構成する水素と置き換わったものが細胞に取り込まれた場合、食物連鎖の中で濃縮が生じ得ること、また、トリチウムがDNAを構成する水素と置き換わった場合には、トリチウムが崩壊するときに放つ放射線によりDNA等が破損する可能性があることなどが指摘されている。
(3)また、トリチウム以外の放射性物質についても、ALPSで除去できるのは62核種のみであり、汚染水に含まれるすべての放射性物質を取り除けるわけではなく、除去可能な62核種についても完全に除去できるものでもない。このため希釈したとしても、環境中で生体濃縮等による悪影響がないとはいえない。
  通常の原発から海洋放出されているトリチウムを含む水は、福島第一原発とは異なり、炉心に触れた水ではなく、通常、トリチウム以外の放射性物質は含まれていない。しかも、今回海洋放出されようとしている処理水に含まれるトリチウム以外の放射性物質の総量は公表されておらず、その安全性には大きな疑問がある。
  このように海洋放出の前提となる処理水については、健康や生物に影響を及ぼす可能性を否定できないことからいえば、このまま放出することは到底許されるべきものではない。

3  海洋放出の必要性に疑問があること
(1)海洋放出の見通しの懸念
  国・東京電力が採ろうとしている、ALPS処理水の海洋放出の方針は、汚染水等の地上での保管容量が限界にあること等を理由としたものである。
  だが、上記理由には合理性が乏しいと言わなければならない。今回の海洋放出の背景には、国・東京電力が、事故を起こした福島第一原発の燃料デブリの取り出しを行った上で、2011年(平成23年)から30~40年後には廃止措置を終了するという廃炉方針があると言われている。
  しかし、燃料デブリの取り出しについては、高線量の環境での作業が必要になり、ロボットによる遠隔操作の技術についても確立できておらず、当初のスケジュール通りに実行できるのか疑問とされている。
  このように廃炉の見通しが実際には立っていない状況のもとで、一旦、汚染水等の放出を開始するとその終期がいつ到来するか、その時期も不明であると言わざるをえず、汚染水等が永続的に発生することも考えられる状況のもとで海洋放出しかないと判断することは、明らかに合理性を欠くと言わなければならない。
  しかも、保管する場所がないという国の判断も、汚染水等を保管する敷地の確保に向けた努力を尽くしているとはいえず、この点からいっても明らかに合理性を欠いている。
(2)対案の検討不足
ア  汚染水等減少対策の再検討
  海洋放出を議論する前に、まず必要なのは、汚染水等を減少させることであるが、そのために、東京電力が設置した凍土壁は、当初の計画では原子炉建屋内の高濃度汚染水を汲み上げ、原子炉内部をドライアップし、7年内に建屋内部を止水処理し、これを解凍するというものであり、当初、490㎥/日であった汚染水発生量について、凍土壁により大部分を止め、そのほかの方策(地下水バイパスやサブドレイン)によりゼロにする(つまり止水を達成する)目論みであった。しかし、実態は、凍土壁の効果は限定的であり、地下水バイパスやサブドレイン等の追加的な対策によって、130~170㎥/日に減らせているに過ぎない。また、凍土壁は、もともと長期運用の実績がなく、いずれ他の方式に置き換えるべきとされていた。
  以上からすると、現状の凍土壁による汚染水等減少対策はきわめて不十分であり、より恒久的な遮水壁の構築が必要である。しかし、現状、国や東京電力は、凍土壁の運用の延長以上の計画を立てていない。
イ  その他の代替案
  また、技術者や研究者も参加する「原子力市民委員会」は「大型タンク貯留案」、「モルタル固化処分案」を提案し、経済産業省に提出した。これらの提案は十分現実的な内容であり、実績があるにもかかわらず、まったく検討されなかった。
  小委の上記報告書には、東京電力が大型タンク保管案を否定する見解のみが記載されたにとどまり、またその検討の過程で、一度たりとも、提案を行った原子力市民委員会に対するヒアリングや議論等は実施されなかった。

4  合意形成手続の欠如
(1)はじめに
  本件計画には合意形成手続が完全に欠如しているという問題がある。
  ALPS処理水の海洋放出については、地元の漁業者は、福島第一原発事故の直後から強く抗議してきた。このような中で、東京電力は2015年(平成27年)8月、福島県漁連の「建屋内の水は多核種除去設備で処理した後も、発電所のタンクにて責任をもって厳重に保管管理を行い、漁業者、国民の理解を得られない海洋放出は絶対行わないこと」との漁業者等の要求に対して「検証等の結果については、漁業者をはじめ、関係者への丁寧な説明等必要な取組を行うこととしております。こうしたプロセスや関係者の理解なしには、いかなる処分も行わず、多核種除去設備で処理した水は発電所敷地内のタンクに貯留します。」と述べた。
  また、国(経産省)も同年福島県漁連に「関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」と約束し、全国漁業協同組合連合会にも同様の約束をしていた。
  それにもかかわらず、2021年(令和3年)4月7日、全漁連会長が菅首相と面会し、改めて海洋放出反対を表明した直後の4月13日に上述したとおり、ALPS処理水の海洋放出の方針を決定した。これは明らかにこれまでの漁業関係者との約束を反古にするものであって、背信行為であるとの批判をまぬがれないものである。
(2)情報開示が不十分である
  上述のように、海洋放出されようとしているALPS処理水に含まれるトリチウム以外の放射性物質の総量は、公表すらされておらず、その安全性についての疑問は払拭されていない。
  しかし、国や東京電力は、トリチウムが安全であることを前提とし、それへの誤解こそが問題とするかのように「風評被害」対策を強調して、その位置付けのもとに手続を進めようとしている。
  だが、このような態度は誤りであり、安全性に対する問題点が指摘されていることからいえば、漁業関係者だけの問題ではなく、消費者等広く国民に関係することであり、さらに日本だけの問題でもなく、世界各国からも関心をもたれている。以上から、国と東京電力は、真に安全性(危険性)に向き合い、そのデータを開示して、広く国民に理解を求めるべきである。
(3)漁業者や住民の声を計画に反映していない
  小委報告が出る1年半ほど前、経産省は2018年(平成30年)8月30日、31日に地元福島県の富岡町、郡山市と東京都で「説明会・公聴会」を開催し、公聴会では、公募で選ばれた意見陳述人が意見を述べたが、44人中、42人が明確に海洋放出に反対し、漁業関係者も反対を訴えた。多くの人がトリチウムの環境中への放出の危険性を訴え、タンクで長期陸上保管すべきと述べた。
  しかし、これらの意見は、小委が出した2020年(令和2年)2月に海洋放出が現実的とする報告書には全く反映されていない。その後、経産省は公聴会を開催する代わりに自ら選んだ産業団体や自治体の代表からの「御意見を伺う場」を福島や東京で計7回開催したが、新型コロナの感染拡大を理由として傍聴者を入れず、テレビ会議によって、関係各省の副大臣が出席する中、事前に経産省から説明を受けている自治体の首長や各団体の代表が一人ずつ意見を言い、質疑もほとんど行われないという、形式的なものであった。こうした形式的な意見聴取の場でも、福島県漁連、福島県農業協同組合中央会等の地元の第一次産業の団体はいずれも反対したが、それは取り入れられなかった。
  国や東京電力は、海洋放出という結論ありきで説明会を開き、海洋放出に反対する漁業者等、影響を受ける住民の意見を全く聞き入れないという態度をとっている。

5  結語
  以上のとおり、ALPS処理水の海洋放出は、その安全性に疑問があり、非現実的な廃炉計画が前提となっていることや代替案の検討が尽くされていないことに照らすと、その必要性に根本的な疑問があると言わざるを得ない。
  こうしたことから、漁業者等、影響を受ける住民や関係者の多くが処理水の海洋放出に反対の意見を述べているのは当然であって、国及び東京電力は、福島第一原発事故によって発生した汚染水等の処理に関し、海洋に放出する計画を撤回したうえで、あらためて海洋放出以外の方法について真摯に検討するなど、上記計画の根本的な見直しを行うべきである。
以  上



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