意見書

拘禁刑における作業・指導の義務付け等に反対する意見書


2022年(令和4年)5月20日

衆議院議長    細  田  博  之  殿
参議院議長    山  東  昭  子  殿
法務大臣      古  川  禎  久  殿

京都弁護士会              

会長  鈴  木  治  一  
  


拘禁刑における作業・指導の義務付け等に反対する意見書



  当会は、第208回国会で審議中の「刑法等の一部を改正する法律案」(以下「本法案」という。)について、以下のとおり意見を述べる。

第1  意見の趣旨
  1  懲役・禁錮を一本化した拘禁刑において、受刑者に対して作業・指導を義務付けることについて反対する。
  2  その他の諸制度について
(1)処分保留釈放時への更生緊急保護の拡大や勾留中の生活環境調整における拒否権を通じた検察官の権限拡大について反対する。
(2)民間事業者による専門的処遇プログラムの受講を義務付けることについて反対する。
(3)「訪問」型保護事業について、強制になり得る形態での導入には反対する。仮に導入するとしても、住居の平穏やプライバシー侵害に配慮した仕組みにすべきである。
(4)刑執行終了者に対する「援助」について、事実上の強制とならないように運用すべきである。

第2  意見の理由
※  以下、本法案に含まれる個別の法律の改正案について、それぞれ「刑法改正案」「更生保護法改正案」「更生保護事業法改正案」という。
1  はじめに
2022年(令和4年)3月8日、法制審議会少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会(以下「法制審部会」という。)を経た答申を受けて法案化された本法案が今国会に上程され、審議中である。
本法案は、後述のとおり、再犯防止を目的として、処遇プログラムの義務付けや福祉的支援の強制につながるような矯正及び更生保護における処遇の強化を図る内容が中心となっている。
確かに、被疑者・被告人・受刑者として刑事拘禁され社会から一旦隔離された者が社会内での生活を再建するために、医療や福祉が必要となることは多い。
しかしながら、医療や福祉は、本人のために本人の意思に基づいて受けられるべきものであり、社会のために強制されるべきものではない。また、医療や福祉の本来の目的は本人の生活の質の向上であり、それが結果として再犯防止に資することはあるが、再犯防止が目的ではない。
それゆえ、刑事司法から医療や福祉への橋渡しが必要になることはあるが、その際には本質的に権力性を内包する刑事司法の関与は謙抑的であるべきである。
かかる観点から、以下のとおり、本法案の問題点について意見を述べる。

2  作業・指導を義務付ける拘禁刑の創設
  (1)本法案の拘禁刑の概要
法制審部会において、少年法対象年齢の引き下げの議論と並行して、「非行少年を含む犯罪者に対する処遇を一層充実させるための刑事の実体法及び手続法の整備の在り方並びに関連事項」の一つとして、「自由刑の単一化」が議論され、2020年(令和2年)10月29日、懲役と禁錮を一本化して、改善更生を図るため、作業のみならず各種指導を義務付ける「新自由刑」を創設するという法制審議会答申が出された。
これを受けた本法案においては、懲役刑と禁錮刑は「拘禁刑」として一本化された。
そして、刑法改正案第12条第2項では「拘禁刑は、刑事施設に拘置する」と規定されているが、同時に刑法改正案第12条第3項においては「拘禁刑に処せられた者には、改善更生を図るため、必要な作業を行わせ、又は必要な指導を行うことができる」とされている。そして、現行法においては作業拒否や指導拒否をしないことが刑事施設内での遵守事項とされており(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律第74条第2項第9号)、違反した場合には懲罰が課されることとなっているが、この点は本法案では改正されていない。
このように、本法案の拘禁刑は、受刑者に対して作業や各種指導を強制するものである。
  (2)作業・指導を義務付けることの問題点
これに対しては、2019年(令和元年)12月26日、当会が法制審部会の「検討のための素案」に対して発出した「各種指導を義務付ける自由刑の単一化に反対する意見書」で述べた以下の指摘がそのまま当てはまる。
    ア  国際基準に反している
まず、作業や指導の義務付けは、国際基準に反している。
例えば、被拘禁者に対する国際的な最低基準を定めた国連被拘禁者処遇最低基準規則(1955年の国連被拘禁者処遇最低基準規則が2015年に改訂されたもの。以下「マンデラ・ルールズ」という。なお、マンデラ・ルールズは、最高裁2021年(令和3年)6月15日判決の補足意見でも引用されている。)においては、拘禁刑の目的は再犯減少とされ、そのためには犯罪をした者が社会に再統合されるようにすることが必要であるとされている。この目的を果たすために、当局の側に、適切かつ利用可能な教育、職業訓練、作業その他の援助を提供する義務を課す(第4条)一方で、受刑者に対しては、作業や社会復帰に積極的に参加することを権利として保障している(第96条第1項)。つまり、受刑者に対して義務を課してはいない。
また、日本において現に行われている作業の強制に対しては、社会権規約委員会から、矯正の手段又は刑としての強制労働を廃止し、社会権規約第6条の義務に沿った形で関係規定を修正又は廃棄するように勧告されている(国連社会権規約の実施状況に関する第3回日本政府報告書についての2013年(平成25年)5月17日付総括所見のパラグラフ14)。
このような状況であるにもかかわらず、作業や指導を義務付けることは、国際基準に反している。
イ  内心への干渉は許されず指導の義務付けは効果的でもない
各種指導には思考パターンや考え方を変えさせるようなものが含まれているが、強制力をもって人の内心に干渉し変容させることは許されないし、内心への干渉は却って反発を招くことがあり、常に効果をもたらすものともいえない。
さらに、各種指導の多くはグループワークの形で実施されているが、やる気のない者が加わるとグループ全体の雰囲気を悪くすることになり、他の受刑者に対しても悪影響を与える。
しかも、現状では、各種指導について、必要と考えられる者に十分に行き渡るだけの処遇プログラムの実施体制が提供できているとはいい難い。
マンデラ・ルールズが規定するように、刑務所に拘禁されている間に、社会への再包摂のために意味のある処遇を提供すべきである。そして、社会内で自律的な生活ができるようにするためには主体的に受けることが必要であり、そのためには自発的に選択しようと思えるような魅力的な選択肢が必要である。職業訓練、教育課程、各種の改善指導(処遇プログラム)などは、受ける意欲が持てるような有意義で様々な種類のものが、「援助」として提供されるべきである。
ウ  自由刑の本来の趣旨に反している
そもそも、現行の自由刑は、家族等の外部との接触が大幅に制限され、仕事や学業も中断を余儀なくされ、生活のあらゆる面において画一的他律的に管理されるなど、移動の自由の制約以上の不利益を課しており、これを放置するのは本来の自由刑が予定する刑以上の刑を科すことになる。
マンデラ・ルールズ第3条において「人を外界から隔離する拘禁刑その他の処分は、自由の剥奪によって自主決定の権利を奪うものであり、正にこの事実の故に、人に苦痛を与えるものである。それゆえ、正当な分離または規律維持に付随する場合を除いては、拘禁制度は、右状態に固有の苦痛を増大させてはならない」と規定されているように、国家はこれらの弊害を除去するべきなのである。
しかしながら、本法案の拘禁刑は、自由刑に作業・指導を義務付けるものであり、マンデラ・ルールズの規定にも反している。
  (3)小括
拘禁刑は、本法案のように作業や各種指導を義務付けるのではなく、移動の自由を制約する自由刑として純化させる方向で行われるべきである。そのため、拘禁刑における作業・指導を義務付ける現在の改正案には、反対する。

  3  更生緊急保護の処分保留釈放者への拡大・前倒しや生活環境調整の勾留中の被疑者への拡大
  (1)概要
本法案は、更生緊急保護(更生保護法第85条)の対象者について、現行の満期釈放者、保護観察に付されない全部又は一部執行猶予者、起訴猶予者、罰金又は科料の言渡しを受けた者、労役場出場者、少年院退院者・仮退院期間満了者等の対象者に加え、処分保留により釈放された者(「検察官が直ちに訴追を必要としないと認めた者」)まで拡大するものとしている(更生保護法改正案第85条第1項第6号)。
また、現行法上「刑の執行のため刑事施設に収容されている者又は刑若しくは保護処分の執行のため少年院に収容されている者」を対象とする保護観察所の長による「生活環境の調整」の対象を「勾留されている被疑者であって検察官が罪を犯したと認めたもの」に拡大するものとしている(更生保護法改正案第83条の2)。
上記はいずれも、対象者の社会復帰に関する援助を目的とする措置を、現行法よりも時期的に前の段階まで拡大するものであるが、以下に述べるような問題がある。
(2)更生保護法改正案第85条第1項第6号(更生緊急保護の処分保留釈放者への拡大・前倒し)の問題点
ア  検察官の権限・関与領域を拡大するものであること
当該更生保護法改正案によれば、現行法では検察官の終局処分としての起訴猶予により刑事手続から解放された者(「訴追を必要としないため公訴を提起しない処分を受けた者」)を対象とする更生緊急保護を、未だ終局処分を経ない処分保留釈放者(「検察官が直ちに訴追を必要としないと認めた者」)まで拡大・前倒しして実施できることになる。
刑事手続による身体拘束から解放された人が社会内での生活再建のために、何らかの援助・支援を必要とする場合は多く、そのために更生緊急保護が重要な役割を果たしていることは事実である。しかし、その対象を処分保留釈放者に拡大・前倒しするということは、検察官が終局処分を決する権限を留保している状況(すなわち、場合によっては起訴の可能性も残されている状況)に更生緊急保護の対象者を置くことを意味する。更生緊急保護の実施は、本人からの「申出」により保護観察所の長が実施することとされているが(更生保護法第86条第1項)、当該更生保護法改正案によると、処分保留釈放者による「申出」は、法律上検察官による起訴の可能性が残されている段階でなされることになる以上、検察官が求める方向に事実上の心理的強制が働く可能性があり、「申出」の任意性に疑問が生じることになる。たとえば、本人自身は本心では望んでいなくとも、訴追を避けるために「申出」を行って更生保護施設への入所やプログラムの受講等をせざるを得ないといったことも生じ得る。
また、更生緊急保護の必要性の有無の判断は保護観察所の長の権限に属するが(更生保護法第86条第1項)、起訴の可能性が残されている以上、処分保留釈放者については、実質的にはその必要性を検察官が判断するに等しいことにもなる。
イ  「起訴猶予等に伴う再犯防止措置」に対する批判と導入見送り
法制審部会においては、「起訴猶予等に伴う再犯防止措置」と称して、検察官が改善更生のために働き掛けが必要と判断する被疑者に対し、一般的に守るべき事項や犯行の特性に応じて守るべき事項などの事項を設定し、検察官自らが主体となって、一定期間、指導・監督を行うこと等を内容とする制度の導入が議論されていた。しかし、同制度に対しては、部会においても「検察官が、裁判所による有罪認定によらずに被疑者の権利を制約するものである」等の批判があり(法制審部会第8回会議配布資料19・分科会における検討結果38頁以下参照)、日弁連も「裁判所により有罪が認定されていない起訴前段階において、捜査官であり訴追官である検察官が、自ら判断者(言わば裁判官)としても振る舞い犯罪事実を認定し、一種の「刑罰」たる性格を帯びるものを定め、その執行を行うということに等しく、検察官の本来の地位・役割から大きく逸脱する。同時にこれは、被疑者が、裁判における立証、裁判所における判断を経ていないにもかかわらず、「有罪」と認定されたのと同様に扱われるという点において、憲法及び刑事訴訟の大原則である無罪推定の原則とも抵触する。検察官が、裁判所による有罪認定を経ることなく指導・監督といった処遇を行うことは、原理的に許されないのである」として強く批判していたところ(日弁連「検察官による『起訴猶予に伴う再犯防止措置』の法制化に反対する意見書」(2018年(平成30年)3月15日))、結局、法制審部会審議において同制度の導入は見送られることになった(法制審部会第10回会議議事録33頁参照)。
ウ  「起訴猶予等に伴う再犯防止措置」と同様の弊害があること
当該更生保護法改正案は、上記の「起訴猶予等に伴う再犯防止措置」とは、法律上の強制ではない点、実施主体が検察官ではなく保護観察所の長であるという点において違いはあるものの、「社会生活に適応させるために必要な生活指導」(更生保護法第85条第1項)をも行い得る更生緊急保護の対象者を検察官の終局処分前に拡大するものであり、終局処分権限を留保した検察官が、事実上の心理的強制が働く状況の下で社会内処遇を監督することができるという点において、「起訴猶予等に伴う再犯防止措置」と同様の構造を持つものであり、同制度に対する上記の批判と同様の批判が妥当する。また、捜査官・訴追官である検察官の権限を、本来は社会福祉施策の対象である釈放後の社会生活の領域にまで拡大する点(部会においても、更生緊急保護の趣旨は「飽くまで再犯防止・改善更生のため、すなわち刑事政策的観点から行う緊急的な保護であり、この点において、社会福祉施策における公的扶助などとは異なるもの」であると説明されている(2018年(平成30年)3月2日法制審部会第3分科会議事録11頁・今福幹事発言))において、福祉的な関与のあり方に変質を招くおそれがあり、この観点からも適切ではない。
(3)更生保護法改正案第83条の2(保護観察所の生活環境調整の勾留中の被疑者への拡大)の問題点
当該更生保護法改正案は、検察官の終局処分が留保された状態の被疑者(「勾留されている被疑者であって検察官が罪を犯したと認めたもの」)について、検察官の関与のもとに「生活環境の調整」を行おうとするものである(更生保護法改正案第83条の2第1項)。
当該更生保護法改正案によれば、勾留中の被疑者に対する生活環境の調整は、保護観察所の長が検察官の意見を聴くことが必要的とされており、検察官が「捜査に支障を生ずるおそれがあり相当でない旨の意見」を述べたときにはこれを行うことができないとされている(更生保護法改正案第83条の2第2項、第3項)。生活環境の調整が「捜査に支障を生じる」場合とは、取調べ時間への影響以外に具体的に想定することが困難であるが、この規定は、対象者を「検察官が罪を犯したと認めたもの」とする第1項の要件と併せて、対象者の選択及び調整を実施するか否かについて、検察官にフリーハンドで選択権を与えることになる。
刑事手続の対象となった者に対する生活環境の調整などの支援は早期に提供されるべきではあるが、これを捜査官・訴追官である検察官の関与のもとに実施するならば、「社会復帰」に対する検察官のコントロールを及ぼすことになるとともに、医療的、福祉的な支援等を受けることについて、事実上の心理的強制をもたらす懸念がある。この意味において、当該更生保護法改正案には、上記(2)において述べた更生緊急保護の対象者を処分保留釈放者に拡大する改正案と同様の問題点があり、見送りとなった「起訴猶予等に伴う再犯防止措置」に対する批判と同様の批判が妥当する。
(4)小括
刑事手続による身体拘束から解放された人が社会において生活を再建するために、国家が必要な援助・支援を提供することは必要なことであり、国家の責務でもある。しかし、それは基本的には社会福祉施策の充実を図ることによって本人の意思に基づいて対応されるべき問題領域であり、本法案のように、捜査官・訴追官である検察官の権限を拡大し、刑事司法の関与領域を拡大することによってなされるべきではない。かかる改正は、本人の意思に基づく立ち直りのために本人が選んだ支援を提供する社会の責務という発想から、社会の要請に基づき社会に適応するための更生の義務を本人に課するという発想に転換することにもなりかねず、社会福祉施策の領域から行う本人の意思に基づく援助・支援の在り方にも根本的な変質をもたらすおそれがある。
以上のように、本法案は社会福祉政策と刑事政策のあるべき領域分担の観点からも適切ではなく、弊害が懸念されるため、反対するものである。

  4  民間事業者による専門的処遇プログラムの受講義務付け
本法案においては、保護観察中の特別遵守事項として、「更生保護事業法の規定により更生保護事業を営む者その他の適当な者が行う特定の犯罪的傾向を改善するための専門的な援助であって法務大臣が定める基準に適合するものを受けること」(更生保護法改正案第51条第2項第7号)を新たに加えることとされている。
保護観察対象者ごとに個別に定められる特別遵守事項は、遵守しなかったとき(全部執行猶予の場合は加えてその情状が重いとき)には執行猶予や仮釈放が裁量的に取り消しされることになるものである。つまり、民間事業者が行う専門的処遇プログラムの受講等を遵守事項として法的に義務付けられ、強制されるということである。
現状でも、2012年度(平成24年度)から、更生保護施設やダルク等の民間事業者が行うプログラムを保護観察所が委託する「薬物依存回復訓練」として実施しており、これ自体は民間事業者の特性を活かして多様なプログラム提供する意義があるが(なお、今回特別遵守事項に追加されるプログラムは薬物依存に関するものに限らない)、これは、保護観察の補導援護又は更生緊急保護という法的強制力のない福祉的な生活指導(更生保護法第58条第6号、第85条第1項)として位置づけられている。これに対して、今回の特別遵守事項化はこれまでとは全く異なる位置づけのものにするということである。
そうすると、この特別遵守事項としての委託を受けた民間事業者は、保護観察対象者が定められたプログラムの受講を遵守しているのかどうかを監視し、それを保護観察所に報告するという形で、保護観察所の指導監督という権力的作用の下請けをさせられることになる。
しかし、想定されているプログラム等には、思考パターンや考え方を変えさせるような内容が含まれていることからすれば、そもそも強制力をもって人の内心に干渉し変容させることは許されず、効果的でもないことは第2の2(2)で述べたとおりである。しかも、プログラム等を受ける者としては、執行猶予や仮釈放の取消につながるような監視・報告をする民間事業者には、自分の素直な気持ちや生活状況を正直に打ち明けて相談することはできなくなる。とりわけ、依存症の回復過程には再使用等のリスクはつきものであり、そのようなリスクに伴う葛藤や現状を信頼できるスタッフに相談することは、回復を続けていくためには重要なことである。にもかかわらず、監視・報告の役割を担わされてしまっては、結局、効果的なプログラムの提供ができなくなってしまう。
よって、民間事業者が行う専門的処遇プログラムの受講を保護観察の特別遵守事項として義務付けることはすべきではない。

  5  「訪問」型保護事業
更生保護事業法改正案第2条第3項は、これまでの「一時保護事業」を見直し、新たに「通所・訪問型保護事業」とするものである。改正条文で、「(対象者を)更生保護施設その他の適当な施設に通わせ、又は訪問する等の方法により、その者に対し、宿泊場所への帰住、教養訓練、医療又は就職を助け、職業を補導し、社会生活に適応させるために必要な生活指導又は特定の犯罪的傾向を改善するための援助を行い、生活環境の改善又は調整を図り、金品を給与し、又は貸与し、生活の相談に応ずる等その改善更生に必要な保護を行う事業をいう」(下線部分が変更点)と定められているように、更生保護施設等の職員が、対象者の自宅を「訪問」して、生活指導や特定の犯罪的傾向を改善するための援助を行うことが、更生保護事業の一つとして想定されている。
更生保護事業を受けようとする者の中には外出や通所が困難な者もあり得るので、本人の希望に基づいて訪問を受けるという選択肢を提供すること自体には意義があると思われる。
もっとも、現時点で、「訪問」型保護事業の具体的な内容は明らかではないが、「訪問」型保護事業が行われるには、大前提として、本人が希望するか、少なくとも本人の真意に基づく同意がなければならない。住居は個人が私生活を送る私的領域であり(憲法第13条)、住居の不可侵は憲法第35条第1項によって保障されているところ、自宅前まで来ること自体は拒否しようがない上に、仮に、訪問(自宅に立ち入ること)が強制されるようなことになれば、これらの基本的人権が侵害されることになる。
そして、「訪問」型保護事業が実施されている過程においても、本人が訪問を拒否したり、中止を望んだりした場合には、何ら不利益を伴わずに、その意思が尊重されなければならない。仮に、これらに対して不利益が課されることになれば、事実上、訪問が強制されているに他ならないからである。
この点、「訪問」型保護事業の対象者には、保護観察に付された者や「直ちに訴追を必要としないと認められ、刑事上の手続による身体の拘束を解かれた者」(更生保護事業法改正案第2条第2項第7号)が含まれる。第2の4で指摘した更生保護事業者による特定の犯罪的傾向を改善するための専門的な援助を保護観察の特別遵守事項とすること(更生保護法改正案第51条第2項第7号)と合わせてみれば、この「訪問」型保護事業による「特定の犯罪的傾向を改善するための援助」を特別遵守事項として義務付けることも可能ということになる。また、第2の3(2)で指摘したように処分保留釈放者に対する更生緊急保護としてこの「訪問」型保護事業が実施されて起訴猶予判断の一材料とされたりすれば、仮に対象者が、表面的には「訪問」型保護事業の利用に同意していても、それは、いわばやむなく同意したものであって真意に基づく同意があるとは評価できず、事実上の強制となる。
よって、当会は、民間事業者による専門的処遇プログラムの受講義務付けや更生緊急保護の処分保留釈放者への拡大と合わせて「訪問」型保護事業が実施されることには反対する。
また、「訪問」型保護事業の実施については本人の真意に基づく同意があったとしても、訪問の際にはその目的を明確にするとともに、私物の調査・探索や提出が行われるようなことがあってはならない。訪問目的は、あくまで生活の援助や就労支援といった、本人が生活を立て直すための一助となるような目的に限られるべきであり、再犯が行われていないかどうかの確認や、私物や交友関係の調査・探索をするような訪問は、本人の私生活の過度の監視に他ならない。
今回、新設されようとしている「訪問」型保護事業は、これまでになかった更生保護事業の方法であり、更生保護事業の目が、個人の自宅の中に入り込むという意味で、その運用如何によっては、対象者の住居の平穏やプライバシー権を侵害する危険性がある。
よって、当会は、事実上も含めた強制となり得る形態での「訪問」型保護事業の導入には反対するとともに、仮に導入するとしても、対象者の基本的人権に十分に配慮した仕組みとなるよう求める。

  6  刑執行終了者等に対する「援助」
本法案は、「刑執行終了者等に対する援助」として、保護観察所の長が刑執行終了者等に対して、「更生保護に関する専門的知識を活用し、情報の提供、助言その他の必要な援助を行うことができる」という規定を新設している(更生保護法改正案第88条の2)。
本来、刑執行が終了した者は既に刑事責任を果たし終わっているのであり、責任主義の観点からして、何らかの刑事司法による自由の制約を受けることはあり得ない。
しかしながら、満期釈放者の2年以内再入率(出所受刑者の人員に占める、出所年又はその翌年末までに再入所した人員の比率)が仮釈放者よりも高いことなどを根拠として、再犯防止政策の中で、刑執行が終了した満期釈放者に対する指導や働きかけが企図されてきた経過がある。たとえば、2012年(平成24年)7月20日の犯罪対策閣僚会議「再犯防止に向けた総合対策」においては「満期釈放者や保護観察終了者に有効な支援を行うための新たな枠組み等、既存の制度や枠組みにとらわれない新たな施策」を検討するとされ、2013年(平成25年)12月10日の犯罪対策閣僚会議「『世界一安全な日本』創造戦略」においては「刑事施設における満期釈放者に対する指導体制の強化を図る」とされ、2019年(令和元年)12月23日の犯罪対策閣僚会議「再犯防止推進計画加速化プラン」の具体的内容の一番目に「満期釈放者対策の充実強化」が上げられている。
もちろん、満期釈放者は帰住先がない等、社会内での生活再建により多くの困難を抱える者が多いので、より多くの福祉的支援が必要とされることが多いと思われ、そのための福祉への橋渡しを本人の希望に基づいて刑事施設収容中から行うことは望ましいことと思われる。しかし、福祉は本人が自らの意思で自ら選択して受けられるべきものであって強制されるべきものではなく、例えば刑事手続の中で福祉施設への入所を強制されるようなことがあれば、実質的に責任主義に抵触するものとなりかねない。
今回の新設条項自体は、「その者の意思に反しないことを確認した上で」とされているので、「援助」を受けることを強制されることはないはずである。もっとも、保護観察所の長は、刑事施設収容中の者について生活環境の調整を行うものとされており(更生保護法第82条第1項)、これと合わせると、本人が積極的に希望していない場合であっても、刑事施設収容中に働きかけがなされる可能性がある。そうすると、法的義務はないものの、施設内処遇への影響や仮釈放への期待から心理的には拒否しづらい状況になることが考えられる。
したがって、刑執行終了者等に対する「援助」が刑事施設収容中であることを利用して事実上の強制にわたることがないように、本人の自由な意思の表明を十分に確保する運用が必要である。
以 上



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