令状主義を徹底し、裁判官の厳格な令状審査による違法捜査の抑止を求める会長声明


令状主義を徹底し、裁判官の厳格な令状審査による違法捜査の抑止を求める会長声明


1  最高裁判所第一小法廷は、2022年(令和4年)4月28日付判決(以下「本最高裁判決」という。)により、同判決の事案において、強制採尿令状の発付に違法があっても尿の鑑定書等の証拠能力は肯定できるとする判断を示した。
しかし、この判断は、司法に与えられた令状審査の役割を、最高裁が自ら形骸化させる点で重大な問題がある。
2  本最高裁判決の事案は、捜査機関が、被告人から覚醒剤を購入したことがある旨の参考人の供述等に基づき、覚醒剤譲渡の被疑事実による被告人方等の捜索差押許可状の発付を請求したが、それだけでなく、捜査機関が被告人に接触すらしていないにもかかわらず、覚醒剤自己使用の被疑事実(以下「本件犯罪事実」という。)についての強制採尿令状の発付をも請求し、裁判官が同請求を認めて各令状を発付したというものである。
3  原判決(福岡高裁令和3年4月27日判決)は、令状発付の時点で「強制採尿令状を発付するに足りる嫌疑があったとは到底認められず、最終的手段としての強制採尿の必要性の点でも、本件強制採尿令状の発付は要件を欠いた違法なものであり、同令状の執行としての強制採尿手続も違法である。本件強制採尿令状の法規範からの逸脱は甚だしく、上記各要件の重要性に照らせば、この違法は深刻なものである。」として、一連の手続に令状主義の精神を没却するような重大な違法があると認め、同手続によって得られた尿の鑑定書等の証拠能力を否定していた。本最高裁判決は、この原判決を職権で破棄したものである。
4  本最高裁判決も、「強制採尿令状発付の時点において、本件犯罪事実について同令状を発付するに足りる嫌疑があったとは認められないとした原判断が不合理であるとはいえない」、「同令状発付の時点において、被告人から任意の尿の提出が期待できない状況にあり適当な代替手段がなかったとはいえない」、「したがって、被告人に対して強制採尿を実施することが『犯罪の捜査上真にやむを得ない』場合とは認められないのに発付されたものであって、その発付は違法であり、警察官らが同令状に基づいて被告人に対する強制採尿を実施した行為も違法といわざるを得ない」と判断した。
しかし、本最高裁判決は、「警察官らは、本件犯罪事実の嫌疑があり被告人に対する強制採尿の実施が必要不可欠であると判断した根拠等についてありのままを記載した疎明資料を提出して本件強制採尿令状を請求し、令状担当裁判官の審査を経て発付された適式の同令状に基づき、被告人に対する強制採尿を実施したものであり、同令状の執行手続自体に違法な点はない」等として「強制採尿手続の違法の程度はいまだ令状主義の精神を没却するような重大なものとはいえず、本件鑑定書等を証拠として許容することが、違法捜査抑制の見地から相当でないとも認められない」と結論づけたものである。
5  憲法31条及び35条は、捜査機関の行う強制処分は裁判官の発する令状によらなければならないという令状主義を要請する。これは、個人の権利・自由を制約する強制処分については事前の司法審査を必要とすることにより、違法な捜査による人権侵害を抑止する重要な機能を裁判官に担わせたものであり、単に捜査機関の求めに応じて令状を発付するだけの形式的な役割を裁判官に担当させたものではない。
したがって、捜査機関による令状請求に対して、その時点で令状を発付するに足りる嫌疑を認めることができない以上、令状の発付は不可能であることは言うまでもない。また、最終手段としての強制採尿の必要性の有無の点についても同様である。令状審査にあたる裁判官には、まさにその点を審査して、要件を欠く違法な強制処分を抑止する任務が憲法によって課せられている。本件の令状審査においてこれらの要件を欠く点が看過されたことは、原判決の言うように「事前の司法的抑制がなされずに令状主義が実質的に機能しなかった」ことを意味する。
ところが、本最高裁判決は、令状を発付するに足りる嫌疑があったと認められないとの原判決の判断を是認したにもかかわらず、警察官が「ありのままを記載した疎明資料」を提出し、令状担当裁判官の審査を経て発付された適式の令状に基づいて強制採尿を実施したこと等を理由として、手続の違法の程度はいまだ重大なものではない等として、違法な手続によって得られた証拠による有罪認定を是認した。かかる結論は、発付要件を欠くことを看過したずさんな令状審査を追認し、発付自体が「違法であっても適式である」以上はその後の執行も正当化されるとするものであるから、令状担当裁判官の役割を、捜査機関の要求をそのまま認める形式的な令状発行窓口に貶めるものと言わざるを得ない。また、本最高裁判決は、「違法の程度はいまだ重大なものではない」との結論を導くにあたり、令状の請求・執行にあたる警察官の行為及び主観面のみに焦点を当てて検討することによって、令状担当裁判官が憲法によって課せられた任務を果たさなかったこと、すなわち司法側の誤りを不問に付している。
また、本最高裁判決は、原判決を不服として上告した検察官の上告趣意は刑事訴訟法405条の上告理由に当たらないとしたにもかかわらず、あえて職権で「原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる」として、一旦は無罪とされた被告人の立場を覆したものであり、同判決の守ろうとする「正義」には適正手続の保障を受ける被告人の利益の観点は含まれていないことが明らかである。
これは、憲法が令状担当裁判官に担わせた司法審査の重要性を、司法の最高機関である最高裁判所自らが否定するとともに、司法が自らの誤りを正すことなくその不利益を被告人に負わせる判断であったというべきであり、手続的正義を実現すべき最高裁の職責に照らして到底是認し難い。
本最高裁判決の結論が、当該事案における判断を超え、判例として一般化されるようなことがあれば、司法の廉潔性は幻と消え、憲法の規定する令状主義は著しく弛緩し、将来の違法な捜査及び違法な令状発付による人権侵害を抑止することは不可能となる。
6  よって、当会は、刑事手続における適正手続の保障を希求する法律専門家の団体として、令状主義を徹底し、裁判官の厳格な令状審査による違法捜査の抑止を求めるため、本最高裁判決の事案における判断に対して、強く抗議するものである。

2022年(令和4年)6月15日

京都弁護士会                  

会長  鈴  木  治  一  
    

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