安倍晋三元首相の「国葬」を実施することに反対する会長声明(2022年8月25日)(本イベントは終了しました。)


安倍晋三元首相の「国葬」を実施することに反対する会長声明



1  はじめに
  政府は本年7月22日、安倍晋三元首相の「国葬」を日本武道館で本年9月27日に実施することを閣議決定した。しかしながら、安倍晋三元首相の「国葬」については、以下に述べるとおり、憲法上看過できない問題が複数存在する。
  よって、当会は、日本国憲法のもと基本的人権の擁護及び社会正義の実現を使命とする法律家団体として、これらの憲法上の問題が解決されないまま、閣議決定のみに基づき実施される安倍晋三元首相の「国葬」の実施に反対する。

2  法治主義の観点からの疑問:国葬を実施する明確な法的根拠がない
  第二次世界大戦以前、「国葬」については、大日本帝国憲法のもとで1926年に制定された天皇の勅令である「国葬令」に基づき実施されていた。しかしながら、戦後は現行憲法の制定に伴い、「国葬」は現行憲法にふさわしくないものとされ、「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」(昭和22年法律第72号)第1条に基づき、1947年12月31日の経過をもって失効した。その後、「国葬」に関する新たな立法がなされることはなく、「国葬」の法的根拠は、現在も存在しない。
  1967年に吉田茂元首相が死亡した際、戦後唯一の例となる「国葬」が実施されたが、翌1968年5月9日の衆院決算委員会での国葬に関する質疑で、水田三喜男蔵相(当時)は、「(国葬は)法令の根拠はない」と明確に認めたうえで、「何らかの基準というものをつくっておく必要がある」と答弁した。その後、1975年に死亡した佐藤栄作元首相につき「国葬」の実施が検討された際も、「法的根拠が明確でない」とする当時の内閣法制局の見解等によって見送られた。こうした経緯を考慮すれば、閣議決定のみで「国葬」を実施することは相当ではない。
  これに対し、政府は、内閣府設置法第4条第3項第33号が「国の儀式並びに内閣の行う儀式及び行事に関する事務に関すること(他省の所掌に属するものを除く)」と規定していることをもって、「国葬」を閣議決定で実施できる根拠であるとの見解を示している。
  しかしながら、内閣府設置法は、他省庁と区別した内閣府の「所掌事務」の範囲を明確にする組織規範に過ぎず、内閣の具体的な活動の実体的要件及び効果を定める根拠規範ではないから、「国葬」実施の根拠法にはなり得ない。また、「内閣府」は「内閣」の内部に置かれ、内閣の事務の補助を任務とする組織であるから(同法第2条、第3条第1項)、内閣の権限を越える権限は持ち得ないところ、「国葬」の実施は内閣の職務を列挙した憲法第73条柱書及び各号のいずれにも該当しない。仮に同条各号を例示列挙として解釈したとしても、例示事項から大きく外れ、かつ、後述するとおり他の憲法規定に抵触する「国葬」の実施は、「法律を誠実に執行」することを職務とする(憲法第73条第1号)内閣において、明らかに権限外の事項である。
  さらに、憲法第83条は、「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて、これを行使しなければならない」と定めている。加えて、憲法第85条も、「国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基づくことを必要とする。」と重ねて規定している。これらの憲法各条は、戦前の膨大な軍事費支出の放漫財政で国家財政が破綻したことへの深刻な反省に基づく「財政民主主義」の基本規程である。この点からも、閣議決定のみで、かつ法的根拠のない国費支出は憲法違反の疑いがある。

3  思想・信条の自由を保障した憲法第19条との抵触
  日本国憲法は、第19条において思想・信条の自由を絶対的なものとして保障しており、内心を外部に表明することを国家が国民に対して強制することは許されない。
  政府は安倍元首相の「国葬」を実施する理由につき、安倍元首相の業績を評価して国全体として弔意を示すべきであると説明している。しかし、安倍元首相の業績に対する評価は国民各自が自主的に行うべきものであるから、国全体として弔意を示すべきとして国葬を実施することは、それ自体が、思想・信条の自由を侵害することになりかねない。
  また、政府は、「国葬」は儀式として行われるもので、戦前の「国葬令に基づく国葬」のように、国民一般に喪に服することを求めるものではないとも説明している。しかし、既に本年7月12日に実施された安倍元首相の葬儀に合わせて、すくなからぬ都道府県の教育委員会が半旗掲揚等を公立学校に依頼した事実が報道されている。
  「国葬」に際してもこのような国家権力による弔意表明の要請がなされるのであれば、「国葬」の実施は単なる儀式にとどまるとはいえず、国民に対して喪に服することを事実上強制するに等しい。各所で弔意を奉げることに対する否定的評価を持つ者や違和感を有する者が存在するであろうことを考えれば、このような事実上の強制によって、これらの者の思想・信条の自由を侵害することになりかねない。
  このとおり、「国葬」の実施は単なる儀式にとどまらず、国民に対して弔意を事実上強制する契機をはらむものであり、憲法第19条に違反するおそれがある。

4  結論
  以上述べた理由から、当会は、国会の議決なしに安倍晋三元首相の「国葬」を実施することに反対し、その撤回を求めるものである。


  2022年(令和4年)8月25日

京都弁護士会                  

会長  鈴  木  治  一  


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