「死刑執行に対する会長声明」(2022年9月21日)


1  政府は、2022年7月26日、東京拘置所において1名に対し、死刑を執行した。この事件は、2008年に発生したいわゆる「秋葉原無差別殺傷事件」であり、7人を殺害し、10人に重軽傷を負わせたとして殺人などの罪で2015年に死刑判決が確定していた。

2  わが国の死刑制度に対しては、国際人権(自由権)規約委員会が、2014年7月24日に発表した同規約の実施状況に関する第6回日本政府報告書に対する総括所見(パラグラフ13)において、「死刑の廃止を十分に考慮すること」、「死刑執行の事前告知」、「再審あるいは恩赦の請求に執行停止効果を持たせること」等を勧告している。また、国連総会でも、2007年以降2020年まで8回にわたり、死刑廃止を視野に入れた死刑執行の停止を求める決議がなされており、2018年12月17日には同旨の決議として最多となる121か国の賛成により可決されている。
  また、日本弁護士連合会において2016年10月7日に「2020年までに死刑制度の廃止を目指すべきである」旨を人権擁護大会において宣言したほか、2018年12月5日には超党派の国会議員が「日本の死刑制度の今後を考える議員の会」を立ち上げ、2019年8月31日には死刑廃止を訴える市民団体や法曹関係者等が「死刑をなくそう市民会議」を結成するなどの動きが見られる。
  当会も、2015年3月26日に「死刑執行に関する情報公開と議論の活発化を求める会長声明」を発し、死刑の執行がなされる都度、死刑の執行に抗議し、執行の停止を求める旨の会長声明を発してきたところである。
  そうした国内外の動きがある中で、政府は、死刑に関する情報をほとんど公開せず、死刑の廃止はもとより、執行手続についても何らの検討や改善を行うことなく、漫然と執行を続けており、極めて遺憾である。

3  今回の執行後、法務大臣は「慎重な上にも慎重な検討を加えたうえで、死刑の執行を命令した」と述べた。しかし、法務大臣は、どのような資料、情報に基づき、どのような検討がなされたのかということは何ら具体的に明らかにされていない。被執行者の選定、執行時期の決定についても何らの説明もない。死刑に関する情報は十分に公開されておらず、本当に「慎重な検討」がなされたのか検証をすることもできない。
  また、官房副長官も、死刑廃止について、「著しく重大な凶悪犯罪を犯した者に対しては死刑を科することもやむをえず、死刑を廃止することは適切でない」とのコメントを発表している。確かに、今回、死刑が執行された「秋葉原無差別殺傷事件」は極めて重大な結果が発生した事件である。現行犯逮捕されており犯人性について誤判の可能性がない点からも、死刑もやむを得ないと考える人もいるであろう。
  しかし、私たちは、日本国憲法の下、人の生命は根源的な基本的人権としてなによりも尊重されるという価値観を共有しているはずである。他方で、死刑制度は、人の生命を奪うような凶悪な罪を犯した場合には犯人の生命を奪う、つまり、正しい理由があれば生命を奪うことを許す制度である。死刑制度のある社会は、生命の尊厳に留保をつける社会である。私たちは、そのような社会をこれからも望むのか、今まさに、十分な情報を公開した上で、政府こそがリードして全社会的議論を喚起していかなければならない。

4  さらに、政府は、2017年以降、再審請求中の者を含めて死刑執行を続けている。報道等によれば、今回執行された者も再審請求中であったとされている。再審請求中の死刑執行は、国際人権(自由権)規約委員会の勧告に反することはもちろん、えん罪の救済という観点からも制度ないしその運用として重大な問題がある。

5  よって当会は、政府に対し、死刑に関する情報を十分に公開した上、死刑制度の廃止も含めた議論を活発化させること、現行制度の下でも再審請求に死刑の執行停止の効果を持たせるなど死刑事件に関する適正手続の保障を十全なものとすることを求める。そして、そうした取り組みがないままになされた本件死刑執行に対して強く抗議する。

2022年(令和4年)9月21日

京都弁護士会            

会長  鈴  木  治  一


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