訪問取引お断りステッカーの条例上の位置づけに関する意見書(2022年11月24日)


2022年(令和4年)11月24日

京都市消費生活審議会
会長  佐 久 間    毅  殿


京都弁護士会            

会長  鈴  木  治  一
  


訪問取引お断りステッカーの条例上の位置づけに関する意見書



第1  意見の趣旨
京都市民が「訪問取引お断りステッカー」の門扉等への貼付、又は電話機の自動応答機能を用いて勧誘を拒絶しているにもかかわらず、事業者が「訪問販売」「訪問購入」(以下、併せて「訪問取引」という。)又は「電話勧誘販売」を行った場合、条例第20条及び施行規則「別表(第2条関係)(1)ヒ」の「拒絶後の勧誘」として、行政指導の対象とすべきである。


第2  意見の理由
1  はじめに
2022年(令和4年)11月28日開催予定の京都市消費生活審議会において、以下の議題(以下「本件議題」という。)の審議が予定されている。
京都市民が「訪問販売お断りシール(ステッカー)」の門扉等への貼付、又は電話機の自動応答機能を用いて勧誘を拒絶しているにもかかわらず、事業者が「訪問販売」や「電話勧誘販売」を行った場合、条例第20条及び施行規則「別表(第2条関係)(1)ヒ」の「拒絶後の勧誘」として、新たに京都市による行政指導の対象とすることが適当か否か。

2  訪問取引及び電話勧誘販売の規制強化が必要であること
⑴  訪問取引及び電話勧誘販売の被害が高止まりしていること
消費生活年報2021の統計によれば、訪問取引・電話勧誘販売の消費生活相談件数は依然多くの件数で推移しており、また、相談者における70歳以上の高齢者の割合は39.8%と突出して多い。
京都府消費生活審議会資料によれば、2021年度(令和3年度)の全体の相談件数はやや減少したものの、「「訪問販売」「電話勧誘販売」については全体が減少する中、前年比較で少し増加した」と評されている。
  京都市の消費生活相談状況においても、訪問販売の相談件数は、2014年(平成26年)から2021年(令和3年)まで、概ね500件~600件台で推移している。2020年度(令和2年度)及び2021年度(令和3年度)は、コロナ禍の影響で、訪問販売の数は減少したと思われるものの、相談件数は減少していない状況にある。
⑵  9割超の消費者が不招請勧誘を忌避していること
消費者庁の調査(「消費者の訪問勧誘・電話勧誘・FAX勧誘に関する意識調査」(2015年(平成27年)3月))において、訪問販売・電話勧誘販売につき、「必要ない・来てほしくない」とする消費者の割合はいずれも96%を超えている。これが現実の市民の感覚である。
⑶  小括~規制強化の必要性
ア  訪問取引による被害は全く減少していない状況にあり、被害は特に高齢者に集中している。判断能力が相対的に低下する傾向にある高齢者においては、訪問取引を事前に拒否できることが重要である。訪問販売又は訪問購入を拒否する旨記載したステッカー(以下「訪問取引お断りステッカー」という。)を貼付し事前に拒否をしたいと考えている高齢者に対しては、事前の拒否が実効的に機能するために、行政が行政規制において支援をするべきである。
訪問取引お断りステッカーを貼付し事前の拒否の意思表示をしているにもかかわらず、訪問販売による被害に遭う高齢者が発生する事態は、厳に避けられるべきであり、その点は論を俟たない。本件議題は、まさに、行政指導を可能ならしめ事業者への抑止力とすることで、高齢者を含む市民の事前拒否の意思を行政が支援するための制度である。
イ  そもそも、「ステッカーを貼付し訪問取引を拒絶している消費者に対し、訪問取引を行わない。」というのは、事業者に要求されて然るべき規範である。消費者庁の見解においても、「張り紙・シール等がある場合には、事業者は商道徳として、そのような消費者意思を当然尊重する必要があるものと考えます。」と述べられているところである。
本件議題は、いわば上記の自明の規範を、行政規制として取り入れるかどうかを議論しているものに過ぎない。
ウ  訪問取引を含む不招請勧誘は、消費者の平穏な生活を侵害するものである。特に、訪問取引お断りステッカーを貼付している消費者にとっては、全く望んでいない勧誘である。高齢者に限らず、9割超の消費者が不招請勧誘を忌避していることが前述の消費者庁の調査から明らかとなっている以上、京都市として、市民の示した「訪問取引に来てほしくない」という意思表示を支援することが必要である。その支援をするため、「ステッカーを貼付し訪問取引を拒絶している消費者に対し、訪問取引を行わない。」という当然の規範にあえて違反する事業者に対して行政指導が行えることを、条例上明確にすることが必要である。

3  健全な事業者の営業活動を阻害しないこと
そもそも、「ステッカーを貼付し訪問取引を拒絶している消費者に対し、訪問取引を行わない。」という当然の規範にあえて違反し訪問取引を行う事業者が、「健全な」事業者と言えるのかは、甚だしく疑問である。健全な事業者であれば、ステッカーを貼付している家庭には訪問しないという当然の規範・商道徳が遵守されるものと思われる。
本件議題について行政指導の対象とされた場合には、何らの規制もない現状よりも訪問取引事業者の営業活動の範囲が狭まることはありうるが、それにより狭まることとなる営業活動とは、「ステッカーを貼付している家庭には訪問しないという規範にあえて違反することで行ってきた営業活動」に過ぎない。そのような営業活動は、到底「健全」と言えるものではなく、保護すべきものとは言えない。
  万が一、健全な事業者がステッカーを貼付している家庭を訪問してしまったとしても、訪問後に悪質な勧誘を行って被害を発生させるような事態は考えにくいため、直ちに行政指導が実施されるとは考え難く、その意味でも健全な事業者の営業活動を阻害することはない。

4  訪問取引お断りステッカーの文言について
⑴  本件議題について行政指導の対象とした場合の訪問取引お断りステッカーの文言については、「迷惑な」の文言を削除し、単に「訪問販売・訪問購入お断り」と記載されたステッカーを配布するべきである。
  なぜなら、行政指導の対象となる行為の認定においては明確性が担保されるべきであり、「迷惑な」という消費者の主観的な判断を伴う抽象的な文言は含めるべきではないからである。
⑵  京都市が訪問取引を全面禁止するものではないこと
ア  上記のようなステッカーを配布することに対しては、「法律で認められる訪問販売を京都市が全面的に禁止するものであるため不当である。」との批判がある。
    しかし、この批判は当たらない。
イ  京都市はステッカーを配布するのみであり、それを貼付するか否かは各市民が決めることである。
ウ  上記のような「迷惑な」の文言がないステッカーを配布し、本件議題について行政指導の対象とした場合であっても、
「ステッカーを貼付した消費者に対し、その後に行われた訪問販売」は(迷惑か否かに関わらず)全て行政指導の対象となる
というだけであり、あくまで鍵カッコ内の限定付きの訪問販売が規制されるだけであり、京都市が全ての訪問販売を禁止するわけではない。
上記限定付きの訪問販売が行われれば、迷惑か否かに関わらず行政指導の対象となるが、それは、特定商取引法第3条の2第2項においても「…契約を締結しない旨の意思を表示した者に対し、当該売買契約又は当該役務提供契約の締結について勧誘をしてはならない」と定められており、「迷惑な勧誘をしてはならない」とは定められていないことと同じである。
すなわち、特定商取引法の同条項も、
「契約を締結しない旨の意思表示をした者に対し、その後に行われた勧誘」は(迷惑か否かに関わらず)全て違法となる
  としているのであり、本件議題の規制態様は、特定商取引法と差異はない。
よって、「迷惑な」の文言を削除したステッカーを配布し、本件議題について行政指導の対象とした場合でも、「法律で認められる訪問販売を京都市が全面的に禁止するもの」にはならない。

5  他市町村の例
近畿圏の政令指定都市及びその都道府県に限定しても、都道府県では大阪府、兵庫県、京都府が、政令市では大阪市、堺市、神戸市が訪問取引お断りステッカーを消費生活に関する条例(規則や事例集)に位置付け、より効果的な不招請勧誘規制を行っている。
近畿圏の政令指定都市で訪問取引お断りステッカーに条例上の効力を認めていないのは、京都市だけとなっている。
また、京都府と京都市において訪問取引お断りステッカーの効力が異なるため、京都市内で行われた行為が、京都府の条例によれば行政指導の対象になるにもかかわらず、京都市の条例では行政指導の対象とならない、という矛盾した解釈が放置された状況となっている。

6  苦情処理部会の議論
部会長を除く委員5名中4名が、本件議題について行政指導の対象とすべきという意見を表明している。
4名の中には、賛成はしつつも、健全な事業者の営業活動が制限されないよう留意すべきという懸念点を示す委員もおられるが、この点は、上記3で述べたとおり、健全な事業者の営業活動を阻害することはない。

7  総括
「ステッカーを貼付し訪問取引を拒絶している消費者に対し、訪問販売を行わない。」という規範は当然認められるべきであり、訪問取引の被害が高止まりしていること、9割超の消費者が不招請勧誘を忌避していることからすれば、上記規範にあえて違反する事業者に対しては行政指導が行えることを条例上明確にすることが必要である。
また、「ステッカーを貼付している家庭には訪問しないという規範にあえて違反することで行ってきた営業活動」は、到底「健全」とはいえず、健全な事業者の活動が不当に制限されるものでもない。
本件議題について行政指導の対象とした場合の訪問取引お断りステッカーの文言については、「迷惑な」の文言を削除し、単に「訪問販売・訪問購入お断り」と記載されたステッカーを配布するべきである。その場合でも、「法律で認められる訪問販売を全面的に行政が禁止するものである。」との批判は全く当たらない。
近畿圏の政令指定都市において、訪問取引お断りステッカーに条例上の効力を認めていないのは京都市だけである。京都府においては「京都府消費生活安全条例により禁止する不当な取引行為の事例集」で明記し、訪問取引お断りステッカーに効力を認めている。
  京都市においても同様に、訪問取引お断りステッカーに条例上の効力を認めるべきであり、早急な改正が望まれる。
以 上



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