「袴田事件第二次再審請求差戻後即時抗告審決定に関し、検察官に対し特別抗告を行わないことを求める会長声明」(2023/3/15)


  2023年(令和5年)3月13日、東京高等裁判所は、いわゆる袴田事件第2次再審請求差戻後即時抗告審において、静岡地方裁判所の2014年(平成26年)3月27日付再審開始決定(以下「再審開始決定」という。)を維持し、検察官の即時抗告を棄却する決定をした(以下「本決定」という。)。
  本件は、1966年(昭和41年)6月30日未明に、静岡県清水市(当時)の味噌製造会社の専務の家で、専務とその家族3名が殺害されたという強盗殺人・放火事件である。袴田巖氏(以下「袴田氏」という。)は、逮捕当初から無実を訴えていたが、苛烈な取り調べを受ける中でパジャマを着て犯行を行ったと自白させられ、起訴された。事件から1年2か月後、静岡地方裁判所における第一審公判中に、味噌タンクの中から大量の血痕が付着した「5点の衣類」が「発見」されるや、検察官は、犯行着衣はパジャマではなく「5点の衣類」であったと冒頭陳述を変更した。裁判所は、検察官の主張のとおりに認定し、これを中心的な根拠として袴田氏に死刑判決を言い渡した。その後、同判決は最高裁判所まで争われたが、1980年(昭和55年)11月19日、上告が棄却され確定した。
  1981年(昭和56年)4月20日に申し立てられた第1次再審請求審は、27年後の2008年(平成20年)3月24日、最高裁判所で特別抗告が棄却されて終了した。2008年(平成20年)4月25日に申し立てられた第2次再審請求審において、静岡地方裁判所は、2014年(平成26年)3月27日、再審開始決定に併せて死刑及び拘置の執行を停止する決定をし、袴田氏は逮捕から48年ぶりに釈放された。
  再審開始決定では、付着した血痕のDNA鑑定や味噌漬け実験の結果という新証拠等から「5点の衣類」は犯行着衣でも袴田氏の着衣でもなく、捜査機関によってねつ造された疑いが相当程度あることなどを認定し、再審の審判において無罪になる相当程度の蓋然性があると指摘した。その上で、袴田氏が極めて長期間死刑の恐怖にさらされながら施設内生活を送るという過酷な状況に置かれてきたことや、国家機関が無実の個人を陥れ身体を拘束し続けたことを非難し、「拘置をこれ以上継続することは耐えがたいほど正義に反する状況にあると言わざるを得ない」として、拘置の執行停止という異例の判断がなされた。しかし、検察官は即時抗告し、2018年(平成30年)6月11日、東京高等裁判所が再審開始決定を取り消した。これに対する特別抗告を受けた最高裁判所第三小法廷は、2020年(令和2年)12月22日、東京高等裁判所の取消決定を破棄して同高裁に差戻し、差戻後即時抗告審における約2年の審理を経て、2023年(令和5年)3月13日の本決定に至ったものである。
  本決定は、上記「5点の衣類」の発見時に見られた血痕の赤みを帯びていた色調に関して、弁護団が提出した味噌漬け実験報告書等により、1年以上味噌漬けされた衣類の血痕の赤みが消失することが化学的機序として合理的に推測できるとして、「5点の衣類」が1年以上味噌漬けされていたとの確定判決が認定した事実に合理的な疑いを生じさせ、これが犯行着衣であり、袴田氏のものであるとして同氏の犯人性を推認する根拠とした確定判決の認定には合理的な疑いが生じたとして、再審開始決定の判断を維持した。
  従来の審理経過からは、証拠開示により、「5点の衣類」のうちのズボンに付されたタグの表示(袴田氏が着用可能なサイズであったことを示すものと考えられていた。)が、サイズでなく色を示すものであったことを示す関係者の供述調書や、拷問ともいえる取調べ状況が記録された取調べ録音テープなど、捜査機関の手元にあった重要な証拠の存在が判明するなどしており、こうした審理状況からしても、本決定は当然の結論というべきである。
  しかしながら、再審開始決定からでも約9年を経た現時点でもなお再審公判は開始されず、約半世紀もの長期にわたり死刑執行の恐怖にさらされ続けていた袴田氏は、拘禁反応の症状から回復しないまま、既に87歳の高齢に達している。かかる状況は、再審開始決定に対する検察官の即時抗告がなければ発生することはなかった。今後、仮に本決定に対して検察官が特別抗告に及ぶことがあれば、再審公判開始までにさらに長期間を要することとなる。
  利益再審のみを認める現行法の再審手続は、えん罪の救済を制度趣旨とすることは明らかである。かかる趣旨を持つ手続において、再審請求権者の筆頭に位置づけられている検察官は、有罪を追求する訴追者ではなく、えん罪の救済のための裁判所の審理に協力する立場にある。再審開始を認める決定に対して、あたかも常に有罪判決の維持そのものを目的とするかのように上訴を繰り返す職権行使の在り方は、公益の代表者として期待される役割ではない。
  検察官は、本件における再審開始決定及び本決定の重い意義を受け止め、いたずらに再審請求手続を長引かせることなく、公益の代表者として、再審公判における公正な審理を実現することに努めるべきである。
  よって、当会は、適正な刑事手続の保障を希求する立場から、検察官に対し、本決定に対して特別抗告を行わず再審開始決定を確定させ、速やかに再審公判を開始するよう求めるものである。

  2023年(令和5年)3月15日

京都弁護士会                

会長  鈴  木  治  一


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