再審法の改正を求める決議(2023/3/23)


決議の趣旨

  当会は、現在の刑事再審制度が、えん罪被害からの救済のための機能を十分に果たしているとはいい難い状況を憂慮し、国に対し、刑事訴訟法第4編及び関連諸規定(以下「再審法」という。)につき、以下の内容を骨子とする法改正を早急に行うよう求める。
1  再審請求手続において十分な証拠開示がなされるよう制度化すること
2  再審開始決定に対する検察官の上訴を禁止すること
3  実効的なえん罪救済制度として機能を果たすため必要な手続規定を整備すること

決議の理由

第1  はじめに
  えん罪、すなわち誤った有罪判決によって人を処罰することが、国家による究極の人権侵害であることは論を俟たない。しかし、刑事裁判も人が行う営みである以上、そこに誤りが生じることは避けられない。そこで、えん罪による被害を受けた人を救済するための実効的な制度を構築することは、刑事裁判を行う国家に課せられた当然の責務である。
  我が国では、現行刑事訴訟法第4編が規定する刑事再審制度こそが、最後のえん罪救済制度である。しかし、現実には「開かずの扉」と評されるほど、再審開始決定、再審公判を経て、無罪判決にまで至る例は、極めて稀である。司法統計によれば、2017年(平成29年)から2021年(令和3年)までの5年間で、再審請求事件の新受件数が1059件であったのに対し、再審開始決定が確定した件数は、わずか2件であった。これは、決してえん罪として救済されるべき事案が少ないことを意味するものではない。近時の再審事件をめぐる状況から見れば、現行の再審制度には構造的な問題点があり、えん罪救済制度として十分にその機能を果たしていない結果として、えん罪被害者の前に「開かずの扉」が立ちはだかっている状況と評価せざるを得ない。
  特に、以下に述べるとおり、実効的かつ速やかなえん罪救済のためには、十分な証拠開示の制度化と、検察官上訴の禁止は不可欠である。また、再審手続に関する規定の不備が、「再審格差」と呼ばれる事態を生んでおり、その整備も重要である。

第2  十分な証拠開示の制度化の必要性
  日弁連が支援する多くの再審事件(例えば布川事件、袴田事件、大崎事件、日野町事件、湖東記念病院事件など)において、無罪に結びつくような重要な証拠が捜査機関の手元に隠されたままであったことが判明している。しかし、再審法には証拠開示を制度として規定する条文が存在せず、証拠開示がなされるか否かは裁判所の裁量のみに委ねられている。そのため、たまたま事件を担当する裁判体にえん罪救済のための真実解明に向けた積極的な意欲があれば重要な証拠が発見される可能性があるが、そうでなければ証拠が隠され続けるという事態が避けられない。これは、えん罪被害者の側から見れば「救済されるか否かは運次第」ということを意味しており、およそ救済制度としての合理性・公平性を欠いている。
  通常審においては、2004年(平成16年)及び2016年(平成28年)の刑事訴訟法改正により、公判前整理手続に付された事件に限っての限定的なものではあるが、一定の証拠開示及び証拠一覧表の開示制度が法制化されている。これらの限定的な証拠開示制度の導入にすら消極的な意見もあったが、その主な根拠として、罪証隠滅などの弊害が挙げられることが多かった。しかし、通常審で一旦有罪判決が確定していることを前提とする再審手続においては、もはや通常審と同様の意味において罪証隠滅の弊害を考慮する必要は存在しない。そうであるのに、通常審でも制度化されている程度の証拠開示すら、再審においては制度的に保障されていないということは明らかに不合理であり、えん罪救済制度としての実効性を妨げるものである。
  捜査機関が公費と公的権限により収集した証拠には、有罪判断を支え得るものも、無罪につながるものも含まれているが、その全てを捜査機関が独占し、有罪を支え得る証拠だけを提出し、無罪につながるものは手元で隠し続けることが可能となるような制度のあり方は、公正なものとは言い難い。
  2016年(平成28年)の刑事訴訟法改正に際しては、再審における全面的証拠開示についても法制審議会で議論されたものの、法制化が先送りされた。同改正法の附則第9条第3項では「政府は、この法律の公布後、…速やかに、再審請求審における証拠の開示等について検討を行うものとする」とされているが、法改正に向けた検討が現実的に進展している状況にはない。改正法附則においても求められているとおり、再審においても証拠開示をルール化する法改正は、速やかに実現されなければならない。

第3  再審開始決定に対する検察官上訴の禁止の必要性
  最高裁判所第一小法廷は、2019年(令和元年)6月25日、いわゆる大崎事件第三次再審請求について、再審開始決定(2017年(平成29年)6月28日鹿児島地方裁判所決定)及び同決定を維持した即時抗告審決定(2018年(平成30年)福岡高等裁判所宮崎支部決定)を取り消し、再審請求を棄却する旨の決定をした。
  大崎事件は、下級審段階で3度にもわたり再審開始の決定がなされている事件であるが、上記の経過が典型的に示すように、複数の裁判官が有罪判決に合理的な疑いが生じたと判断して再審開始決定がなされても、検察官はほぼ全ての事件で上訴(抗告)を行い、上級裁判所に再審開始決定の取消しを求めるという事態が多くの事件で繰り返されてきた。日野町事件でも、第二次再審請求における再審開始決定(2018年(平成30年)7月11日大津地裁決定)及び同決定を維持した即時抗告審決定(2023年(令和5年)2月27日大阪高裁決定)の二度の再審開始の判断に対していずれも検察官が上訴し、未だに再審公判は開始されていない。また、袴田事件では、第二次再審請求における再審開始決定(2014年(平成26年)3月27日静岡地裁決定)に対して検察官が上訴し、即時抗告審での再審開始取消決定(2018年(平成30年)6月11日東京高裁決定)、特別抗告審での再審開始取消破棄・差戻決定(2020年(令和2年)12月22日最高裁判所第三小法廷決定)という経過をたどり、差戻後即時抗告審で再び再審開始の決定がなされたが(2023年(令和5年)3月13日東京高裁決定)、検察官上訴の結果として再審開始決定の確定は約9年にもわたり阻まれてきた。この間、いずれの事件においても、事件本人や請求者など関係者が相当の高齢に達し、人道上の見地からも深刻な問題を生じている。このように、裁判所が有罪判決に合理的な疑いの生じる余地を認めて再審開始の判断をしても、検察官の上訴によって再審公判が開始されず、その結果、えん罪救済の結果が得られないまま数十年単位の歳月を要することが常態化している。
  現行の再審法は、不利益再審は許されず、えん罪救済のみを目的とする制度であり、検察官は再審請求権者の筆頭に位置付けられている。したがって、通常審の場合と異なり、再審請求手続においては、検察官は有罪判断を求める訴追者としての地位を持たず、裁判所によるえん罪救済のための審理の協力者として振る舞うことが、公益の代表者として期待される立場にある。現行再審法の原型となったドイツ刑事訴訟法においても、1964年の法改正により、再審開始決定に対する検察官上訴は禁止されている。
  他方、再審公判においては、検察官は通常審と同様に有罪の主張立証をすることが認められており、その面からも再審開始決定に対する検察官上訴を認める必然性はない。
  えん罪救済のみを目的とする再審制度において、繰り返される検察官上訴(抗告)と、それを認める裁判所の判断が、えん罪被害を訴える人の前に、その救済を妨げる壁として立ちはだかり、えん罪被害者が「命あるうちに救済を得ること」が著しく困難となっている現状を直視すれば、再審開始決定に対する検察官上訴を禁止しなければ、速やかなえん罪救済制度を構築することは不可能である。

第4  その他手続規定整備の必要性
  現行刑事訴訟法は、戦後、日本国憲法の制定を踏まえて、旧刑事訴訟法(1922年(大正11年)成立)から根本的に改正された法律である。しかし、そのうち再審に関する規定(第4編)は、旧刑事訴訟法で認められていた不利益再審を禁止した以外は、旧法の規定がほとんど変わることなく現行法に引き継がれ、その後70年以上にわたり、一度も改正されていない。僅か19箇条の条文のうちには、再審事件の具体的な審理方法も再審請求人の権利も明確に規定されておらず、えん罪救済制度としての機能を果たすことがそもそも保障されていない。そのため、事実の取調べを実施するか否か、裁判所・弁護人・検察官による三者協議等の期日を開催するか否かといった具体的な審理のあり方については、個々の裁判体の裁量にすべて委ねられている。このことが、前述の証拠開示についての対応を含め、事件ごと、裁判体ごとに大きく異なった運用を生じさせており、救済の実現は裁判体の意欲と運に左右されるという状況は「再審格差」とも呼ばれ、批判されている。
  再審制度が実効的なえん罪救済制度としてその機能を十分に果たすためには、いずれの事件、裁判体においても、公正な審理・判断がなされることが制度的に担保される必要があり、そのためには、明確で充実した手続規定を整備することが必須である。

第5  結語
  以上に述べたとおり、日本の再審制度の現状は、えん罪救済制度としてその機能を十分に果たしているとはいい難い状況にある。このような状況は、日本国憲法が個人の尊厳を保障することに最大の価値を置き(憲法第13条)、国による人権侵害に対する歴史的反省から、特に刑事事件に関して適正手続の保障を重視していること(憲法第31条~第40条)の趣旨に反するものであり、その改善は急務である。
  よって、当会は、適正な刑事手続の保障とえん罪の根絶を希求する法律専門家の団体として、上記のとおり再審法の速やかな改正を求めるものである。

2023年(令和5年)3月23日

京  都  弁  護  士  会

会長  鈴  木  治  一


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