大崎事件即時抗告棄却決定に強く抗議し、実効的なえん罪救済のための再審法改正を求める会長声明(2023年6月14日)(本イベントは終了しました。)


大崎事件即時抗告棄却決定に強く抗議し、

実効的なえん罪救済のための再審法改正を求める会長声明


1  2023年(令和5年)6月5日、福岡高等裁判所宮崎支部は、いわゆる大崎事件第四次再審請求につき、請求人の即時抗告を棄却し、鹿児島地方裁判所の再審請求棄却決定を維持する決定をした(以下「本決定」という。)。
2  大崎事件は、1979年(昭和54年)10月12日、原口アヤ子氏(以下「アヤ子氏」という。)が、農道脇に転落し前後不覚で道路上に横臥しており、午後9時頃近隣住民によって自宅に運ばれてきた「被害者(アヤ子氏の義理の末弟)」を、同日午後11時頃、アヤ子氏の元夫、義弟とともに計3名で共謀して殺害し、翌朝、その遺体を義弟の息子も加えた計4名で遺棄したとされる事件である。アヤ子氏は逮捕時から一貫して無実を主張していたにもかかわらず、確定審では、被害者の死因を頸部圧迫による窒息死と推定した法医学鑑定書、「共犯者」とされた知的障害を有する3名の自白等を主な証拠として、アヤ子氏に懲役10年の有罪判決が下された。
3  アヤ子氏は、服役後も無実を訴え続け、第一次再審請求審に続き、第三次再審請求審、同即時抗告審(福岡高等裁判所宮崎支部)と、三度にわたり再審開始の判断を得た。しかし、検察官の特別抗告を受けた最高裁判所第一小法廷(小池裕裁判長)は、2019年(令和元年)6月25日、検察官の主張は「刑訴法433条の抗告理由に当たらない」としながら、地方裁判所、高等裁判所の再審開始決定を「取り消さなければ著しく正義に反する」として、あえて職権で自ら再審請求を棄却するという前代未聞の決定を下した。当会も2019年(令和元年)7月2日付「大崎事件第三次再審請求棄却決定に抗議する会長声明」において強く抗議していたところである。
4  第四次再審請求審においては、新証拠として、「被害者」が転落事故によって致命的な傷害を負い、近隣住民が連れ帰った午後9時には死亡していた可能性が高く、その後のアヤ子氏らの午後11時頃の「犯行」はあり得ないことを示す科学的証拠、(死亡時期に関する救命救急医の鑑定書、近隣住民2名の供述の信用性に関する鑑定書)が提出され、5名の鑑定人の証人尋問が実施された。もともと「共犯者」とされた上記3名の自白を中心とする脆弱な証拠構造に依拠していた確定判決の有罪認定に対して、既に三度にも及ぶ再審開始の判断の中で数多の疑問が呈されていた上に、さらに上記新証拠をも加えて新旧全証拠の総合評価を行えば、旧証拠による有罪認定はもはや維持し難いほど揺らいだことは明らかであった。しかし、鹿児島地方裁判所は、新証拠により生じた死亡時期についての疑問から目を背け、上記最高裁決定の結論に追従し、再審請求を棄却した。
5  本決定は、上記鹿児島地方裁判所の決定と同様に、新旧全証拠の総合評価を適切に行わず、上記最高裁決定の結論に追従した。本決定は、死亡時期及びこれに関連する近隣住民の供述の信用性について、新証拠によって生じた疑問を矮小化することに意を注いだ判断であり、白鳥・財田川決定によって、再審請求においても適用されることが明らかにされた「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則を踏まえる限り、到底是認できないことはもちろん、理解することすらできない不当決定である。
6  仮にも基本的人権の尊重を憲法上の原理とする国家において、無辜の不処罰は、刑事司法にとって至上命題とすべき価値である。しかし、わが国の再審制度は「開かずの扉」と評されて久しい。特に、本件においては、三度にもわたり、各裁判体が確定有罪判決に合理的疑いの生じる余地を認めてその重い扉を開こうとしたにもかかわらず、その都度検察官の抗告により扉が閉ざされることが繰り返されてきた。アヤ子氏が文字どおり全人生を懸けて投げかけてきた数多の疑問について、再審公判で審理する機会は、頑なに拒絶され続けている。各審級において、合理的な疑いを発見する能力に秀でた裁判体に巡り会い続けない限り、有罪判決を見直す場である再審公判にたどり着かないような再審制度のあり方は、もはや、えん罪救済を目的とする制度として実効性に乏しいばかりか、根本的な欠陥があるというほかない。
当会は、2023年(令和5年)3月23日付「再審法の改正を求める決議」によって、現在の再審制度が実効的なえん罪救済制度として機能を果たすための課題を指摘し、再審法の改正を求めているところであるが、本決定は、まさに、同決議によって明らかにした現行再審制度の問題点と再審法改正の必要性を、より具体的かつ深刻な懸念をもって明らかにしたものである。
7  アヤ子氏は、今月15日に96歳となる。姉の無実を信じて支え続けたアヤ子氏の弟は、雪冤を見ることなく本年5月24日に他界した。アヤ子氏の権利救済には、もはや一刻の猶予も許されない。
当会は、無辜の救済という再審請求手続の制度趣旨に背いた本決定に強く抗議するとともに、一日も早いアヤ子氏の雪冤をあらためて求め、併せて、本件のようにえん罪の救済に背を向けた判断が繰り返されないために、早急に再審法の改正が実現されることをあらためて求める。

2023年(令和5年)6月14日


京都弁護士会                  

会長  吉  田  誠  司  
  

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