高速道路のトラック速度規制の引上げに反対する会長声明(2023年7月20日)(本イベントは終了しました。)


高速道路のトラック速度規制の引上げに反対する会長声明


1  2023年(令和5年)6月2日、我が国の物流の革新に関する関係閣僚会議が決定した「物流革新に向けた政策パッケージ」の中で、「物流の効率化」のための施策の一つとして「高速道路のトラック速度規制の引上げ」が示された。具体的には「交通安全の観点から現在80キロメートル毎時とされている高速自動車国道上の大型貨物自動車の最高速度について、交通事故の発生状況のほか、車両の安全に係る新技術の普及状況などを確認した上で、引き上げる方向で調整する」とのことであり、このとおりに進めば、高速道路における大型貨物自動車の速度規制が、現行の時速80キロメートルから引き上げられることになる。
高速道路における速度規制を引き上げれば、労働者はより高速での走行を必然的に強いられることになり、より強い緊張の中での労働を余儀なくされるなど、労働者の労働環境を悪化させるおそれがある上、高速道路における事故発生率の上昇や二酸化炭素排出量の増加などの弊害があり、長時間労働の防止にどの程度効果があるかも疑問であることから、当会は、今回の方針には反対である。

2  2013年(平成25年)9月「大型貨物車の速度抑制装置装備義務について」(国土交通省自動車局技術政策課。以下「2013年報告」という。)のとおり、そもそも大型貨物自動車の速度規制(最高時速80キロメートル)ないし速度抑制装置(最高時速90キロメートル)の装備義務付けは、1999年(平成11年)8月から2000年(平成12年)6月にかけて開催された「大型貨物自動車事故防止対策検討会」において、「速度抑制装置の義務付けは、高速道路における制限速度違反による重大事故発生防止効果、燃費向上の環境面での効果などが期待されることから妥当」とされ、2001年(平成13年)7月に閣議決定された新総合物流施策大綱でも、「大型トラックの高速道路における速度超過による事故を防止するため、2003年(平成15年)9月から速度抑制装置の装備を義務付ける」とされたように、高速道路における事故防止を一つの大きな目的としている。事故を防止することは、当然労働者の生命・身体を守ることでもある。このような方針を受けて「道路運送車両の保安基準(昭和26年運輸省令第67号)」等が改正され、新車(2003年(平成15年)9月1日以降に製造される車両)、使用過程車の順で大型貨物自動車に対する速度抑制装置の装備が義務付けられた。
義務付けの効果は明らかであった。すなわち2013年報告によれば、国土交通省は、適用開始時期から適用完了時期まで(2003年(平成15年)9月から2006年(平成18年)8月まで)の間、装備義務付けによる効果及び影響の評価を実施し、2007年(平成19年)8月に結果を公表しているところ、交通事故及び二酸化炭素の排出量について一定の低減効果があり、他方で渋滞や物流体系への影響は限定的であると評価されている。例えば、2005年(平成17年)の大型貨物自動車の死亡事故件数は、1997年(平成9年)から2002年(平成14年)の平均件数より約40%低減しており、高速道路での1万台あたりの事故発生件数も、1997年(平成9年)から2002年(平成14年)までと、2005年(平成17年)とを比較すると、乗用車及び普通貨物車ではほぼ横ばいであるのに対し、大型貨物自動車では3割程度減少している。
このように、高速道路における大型貨物自動車の速度規制は、事故発生リスクと相関関係があるのであり、速度上限を引き上げることによって、労働者が事故を発生させる危険性が高まり、労働者の生命・身体を損なうおそれがあることはもちろん、ひいては他の高速道路利用者にも危険が及ぶこととなる。

3  また、仮に高速道路における速度規制を引き上げたとして、そのことによって労働者の労働時間が短縮されるかも疑問である。
すなわち2013年報告は、「輸送の長時間化などの影響が一部に見られたが、物流体系や大型トラックドライバーの勤務体系に大きな変化は認められず」としており、速度抑制装置の装備義務付けによる勤務体系への大きな影響はなかったとされている。そうすると、逆に速度規制を引き上げたとしても、勤務体系への大きな影響があるとは考え難いのである。また、時間短縮のためには、1運行あたりの拘束時間の3分の1近くを占めている手待時間及び荷役時間(国土交通省「トラック輸送状況の実態調査結果(全体版)」による)の削減こそが進められるべきである。

4  さらに2013年報告では、二酸化炭素排出量の低減効果について、「大型貨物車全車にスピードリミッターが装着された場合、高速道路を走行する全体の自動車から年間55.5~118.5万トンのCO2排出量が削減されると推計」しており、この削減量は、京都議定書目標達成計画(2005年(平成17年)4月28日閣議決定)で定められた運輸部門における削減量(2450万トン)の約3%に相当する。
速度規制を引き上げることによって二酸化炭素排出量が増加することは確実であり、この点でも不適切である。

5  以上のとおり、高速道路における大型貨物自動車の速度規制の引上げは、事故の危険性を上昇させるなど労働者の労働環境を悪化させる等の問題があるため、反対である。物流の効率化を志向するのであれば、労働条件を改善して、より多くの労働者を確保する、手待時間及び荷役時間の短縮及び効率化を図るなどの別の方法によるべきである。

2023年(令和5年)7月20日


京都弁護士会                  

会長  吉  田  誠  司


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