法制審議会区分所有法制部会「区分所有法制の改正に関する中間試案」 に対する意見書(2023年8月24日)(本イベントは終了しました。)


2023年(令和5年)8月24日

法務大臣  齋  藤      健  殿


京都弁護士会              

会長  吉  田  誠  司



法制審議会区分所有法制部会「区分所有法制の改正に関する中間試案」

に対する意見書



  法務省が2023年(令和5年)7月3日付で公表した法制審議会区分所有法制部会の「区分所有法制の改正に関する中間試案」(以下「中間試案」という。)に関し、同年9月3日まで実施されている意見募集(パブリックコメント)に対し、以下のとおり、意見を述べる。

第1  意見の趣旨
  中間試案のうち、「第1  区分所有建物の管理の円滑化を図る方策」中の「6  共用部分等に係る請求権の行使の円滑化」(9~10頁)については、次のいずれかの改正により注意規定・確認規定を置くべきであり、それ以外の改正案を採用すべきではない。
1  本文に示された案について、①及び②のみとし、③乃至⑤を削除したうえ、共用部分等に係る請求権は管理者のみが一元的に行使するものとする条件を付加した改正。
2  共用部分等に係る請求権の発生後に区分所有権が譲渡された場合には、当該共用部分等に係る請求権は、譲受人に当然に移転し、管理者が一元的に行使することを内容とする改正。
  すなわち、「(注2)」に示された案について、「別段の合意がない限り」を削除し、「譲受人に移転するものとする」を「譲受人に当然に移転し、管理者のみが一元的に行使するものとする」に修正した改正。

第2  意見の理由
1  はじめに~当会の基本的な立場について
(1)当会は、既に、2022年(令和4年)5月25日付で「区分所有建物の共用部分に関する損害賠償請求についての立法措置を求める意見書」(以下「当会意見書」という。)を発出しており、当会意見書において、「区分所有建物の共用部分に関する欠陥等の不法行為ないし契約不適合に基づく損害賠償請求権について、管理者による訴訟追行を容易にする立法措置をとるべきである。例えば、区分所有権が譲渡された場合に上記損害賠償請求権も転得者に当然承継するものとみなす制度や、上記損害賠償請求権が管理組合にも原始的に帰属するものとし債権譲渡を不要とする制度などといった立法措置をとるべきである。」との意見を明示しているところであって、この意見に変わりはない。
(2)また、現在、既に多数存在している既存の区分所有建物に対する影響の大きさに鑑みれば、当該改正は、実体的にはあくまでも注意規定・確認規定を置くものであり、創設規定を設けるものにすべきではない。そしてそのような解釈は現行法上、十分に可能である。
(3)したがって、当会は、当会意見書の趣旨に沿った改正がなされるべきとの立場から、中間試案第1の6項に示された改正案や考え方について全面的に賛成することはできず、本文の改正案と注2の考え方について一定の修正がなされれば賛成しうるものである。

2  中間試案第1の6項の本文に示された案の問題点
(1)本文では、共用部分等に関する請求権について各区分所有者が個別に権利を取得し行使できることを前提に、管理者に、①元区分所有者の権利も含めて行使の代理権を付与し、②任意的訴訟担当として当事者適格を認めている。このような改正案は、当会意見書で示した意見、すなわち「管理者による一元的請求を可能ならしめる改正」と方向性を同じくしており、妥当である。
(2)他方、本文の③では元区分所有者が「別段の意思表示」により①及び②の適用除外を認め、④では②の場合に管理者に元区分所有者に対する通知義務を課し、⑤は④を前提とする規律を置こうとするものであるところ、これらの規律は、本文③の「別段の意思を表示した前区分所有者」が共用部分の瑕疵(契約不適合)の修補(追完)に代わる損害賠償権を個別に行使し受領することができる、ということを前提にしている。
      しかし、本文③ないし⑤の規律は、管理者による一元的請求を制限ないし阻害するものであり、不合理かつ不当である。
      すなわち、本来共用部分に関する損害賠償金は共用部分の瑕疵修補に振り向けるべきことは明らかであるが、管理組合から既に離脱し、あえて別段の意思を表示した元区分所有者が受領した損害賠償金を瑕疵修補に充てることは期待し難く、その結果、修補費用が不足して瑕疵修補が実現できない不合理な事態を招く。
(3)よって、本文に示された案については、①及び②のみとし、③乃至⑤を削除したうえ、共用部分等に係る請求権は管理者のみが一元的に行使するものとする条件を付加した内容とすべきである。

3  中間試案第1の6項の注1の考え方の問題点
  注1の考え方は、共用部分等に係る請求権の発生後に区分所有権が譲渡された場合に、管理者は、㋐現区分所有者のみを代理することを原則とし、㋑例外的に、個別行使を禁止する規約又は集会決議がある場合に限って元区分所有者も含めて代理することができるとするものである。
  しかし、これでは、既存の区分所有建物で既に区分所有権の譲渡が生じている事案においては、元区分所有者を含めて代理することができる余地がなくなることを意味し、前記の場合と同様に管理者による一元的な行使が実現されない。
  したがって、このような考え方は、明らかに妥当ではない。

4  中間試案第1の6項の注2の考え方の問題点
(1)注2の考え方自体は、共用部分等に係る請求権が区分所有権の譲受人に移転するという、当会意見書と同旨の提案であるから妥当である。
      しかし、「別段の合意がない限り」という例外を設けることは、請求権が転得者に当然承継するとみなす制度の趣旨を没却するものであるから、妥当でない。
(2)このような「別段の合意」によって当然承継の例外を認める考え方は、「損害賠償請求権は金銭債権ゆえ各区分所有者に分割帰属するから、区分所有権移転に伴う当然承継や個別行使禁止といった法制度は、元区分所有者の権利を侵害するおそれがある」といった批判に配慮したものと考えられるが、失当である。
ア  そもそも共用部分の共有関係とは、区分所有建物を永続的に共同で所有・管理することを目的とした特殊な権利関係であって、区分所有法自体が、共有持分の処分は専有部分の処分に従い分離処分を許しておらず(法15条1項、2項)、区分所有者の管理費滞納等の債務が特定承継人に承継される(法8条)など、民法の一般原則と異なる規定を設けている。
  したがって、共用部分の瑕疵修補といった区分所有建物の永続的な管理のための立法論において、民法の一般原則に拘泥することは本末転倒である。
イ  そもそも、共有部分に瑕疵(契約不適合)がある場合、瑕疵修補請求権と修補に代わる損害賠償請求権が選択的に発生する。前者は不可分債権であるし、後者を選択した場合には金銭債権ではあるが、修補請求権が転化したという本来的性格に鑑みれば、それは清算対象となる可分債権でなく、共用部分の修補に振り向けられるべき不可分債権としての性格をなお有しているものと言える。
  いずれにせよ、選択権が行使される前には可分債権と見る余地はなく、管理組合を離脱した元区分所有者の一存で損害賠償請求権を行使することはできない。
  とすれば、区分所有権譲渡に際し、「別段の合意」によって損害賠償請求権を留保しうる余地があると考えること自体が誤っている。
ウ  また、区分所有権の売買契約(中古住宅売買)の場面では、売主に対する契約不適合(瑕疵担保)責任の減免特約が付されることが多く、売主たる元区分所有者が一方で自らの責任を制限しながら、他方で分譲者等に対する損害賠償請求権を留保する余地を認めることは、むしろ、元区分所有者を不当に利する不合理な事態を招くことになる。
エ  共用部分に係る損害賠償請求を行使する場面では、契約責任のみならず、不法行為責任が成立しうることが少なくない(請求権競合)。不法行為責任に基づく請求権は現区分所有者に帰属することが通常であろうが、元区分所有者に契約責任に基づく請求権が帰属する余地を認めると、請求権の法的構成によって権利者が異なることになり、実際上の法律関係において問題が生じる(例えば、訴訟では主観的予備的併合の場面が多々生じることになる)。
(3)以上のとおり、区分所有建物の共用部分に係る損害賠償請求権は単なる可分債権であるという民法の一般原則に拘泥した見方をすべきものではなく、現行法制度上も一元的に行使されるべきことになるのであり、そのような解釈は可能である。そしてそのような解釈の反射的効果として、当然承継が導かれるということもできる。
      だとすれば、理論的にも実質的にも、その当然承継において、「別段の合意」といった例外を認めるべきではない。
以上



ダウンロードはこちら→[ダウンロード](.pdf 形式)

関連情報