京都アニメーション放火殺人等事件における死亡被害者の実名報道に抗議するとともに、犯罪被害者等の意に反する実名報道に慎重を期すよう求める会長声明(2023年12月21日)(本イベントは終了しました。)


京都アニメーション放火殺人等事件における死亡被害者の実名報道に抗議するとともに、
犯罪被害者等の意に反する実名報道に慎重を期すよう求める会長声明


1 京都アニメーション放火殺人等事件につき、2023年(令和5年)9月5日の初公判の前後に、一部の新聞社が、同事件の死亡被害者36名全員について、実名報道を行った。これは、①2019年(令和元年)8月27日に京都府警が死亡被害者の遺族のうち21遺族が実名公表を拒否していると説明していた、②一部の遺族からは実名報道をしないように申し出がなされていた、③同事件の刑事裁判において、死亡被害者のうち19名が、刑事訴訟法290条の2第1項3号に基づき、被害者の実名を含む被害者特定事項を法廷で明らかにしないとの決定がなされており、報道機関はその点を初公判前に既に把握していた、という中でなされたものである。以下で述べる理由より、この実名報道は、遺族の意に反してまで行うべき合理的理由があったとはいえない。

2 被害者の実名報道を行うことにより、被害者のプライバシーや名誉、私生活上の平穏を著しく害することになりうることは想像に難くない。死亡被害者の実名が報道された場合の、その遺族に与える影響も同様である。

3 家族を突然失った遺族が、前を向き、新たな生活に向けて歩み始めるためには、それぞれの遺族が各々のペースで事件と向き合う時間と環境が必要である。ところが、死亡被害者の実名が報道されると、必然的に、事件により家族を失った遺族の存在もまた、世間に晒されてしう。遺族によっては、周囲から「被害者遺族」として気を遣われたりすることや、事件について周囲から聞かれて何度も同じような説明を強いられることに、更なる精神的苦痛を受ける。また、繰り返し実名報道がなされれば、それだけ世間に晒される機会が増え、その度に精神的苦痛を受けることになる。特に近年は、実名報道に起因して、SNS等において、根拠もなく被害者や遺族を中傷する投稿がなされたり、根も葉もない噂が広がったりする例も数多く見れ、それが半永久的にインターネット上に残り続けることもある。このように、死亡被害者の実名を報道することは、遺族に対し、上記のような被害を生じさせ、あるいは、生じるのではないかという不安を与えるのであり、遺族のプライバシーや名誉、私生活上の平穏を著しく害することになりうる行為なのである。

4 当会は、報道が「知る権利」に資するものであることから、報道の自由の重要性を軽視するものではない。他方で、人格権としての名誉権やプライバシー権は、憲法13条で保障され、私生活の平穏も人格的利益として法的保護に値する権利であることは、これまでの判例で認められてきたところである。
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死亡被害者の実名は、上記のとおり、それが世間に向けて報道されることにより、遺族のプライバシーや名誉、私生活の平穏に多大な影響を与えることからすれば、死亡被害者の実名をどのように取り扱うかは、遺族の意思を十分に尊重すべきものである。そして、犯罪被害者等基本法6条には、国民は犯罪被害者等の生活の平穏を害すること等がないように十分に配慮する責務があるとされているのであるから、報道機関においても、死亡被害者の実名報道にあたり、遺族の思いを十分に尊重し、その可否について慎重に判断すべきことは明らかである。

5 この実名報道に踏み切った新聞社の1社は、実名報道の理由に「(被害者)の命の重さを伝えるとともに、事件の全体像を社会で正確に共有する」ために必要であることをあげている。しかし、死亡被害者の実名を報道しない事件は多数ある。また、同事件の刑事裁判の内容は日々報道されていたところ、その中で遺族の心情の意見陳述についても、匿名か実名かを問ず、詳細かつ大きく取り上げられていた。このことから、頭書の実名報道については、匿名による報道でも被害者の命の重みや事件の全体像を伝えるには十分であり、あえて遺族の意に反してまで行うべき合理的理由があったとはいえない。むしろ、実名報道がなされていたために、心情の意見陳述ができなかった遺族、あるいは思うように意見を述べられなかった遺族も少なからずいた可能性もある。

6 以上のように、今回、一部の新聞社が行った実名報道は、合理的理由もない中で遺族の思いを十分に尊重することなく行ったものであり、犯罪被害者等基本法の趣旨にも反するものである。よって、当会は、一部の新聞社による京都アニメーション放火殺人等事件における死亡被害者の実名報道に抗議するとともに、報道機関に対して、犯罪被害者等(被害者及びその遺族)の意に反する実名報道には相当に慎重を期すことを求めるものである。

2023年(令和5年)12月21日

京都弁護士会                  

会長  吉  田  誠  司  
  

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