入管難民法に憲法及び国際人権条約の遵守等を明記する改正を求めるとともに 永住者資格取消制度の創設に反対する意見書(2024年4月26日)


2024年(令和6年)4月26日

内閣総理大臣            岸  田  文  雄  殿
内閣法制局長官          近  藤  正  春  殿
法務大臣                小  泉  龍  司  殿
出入国在留管理庁長官    菊  池      浩  殿
衆議院議長              額  賀  福志郎  殿
参議院議長              尾  辻  秀  久  殿

京都弁護士会

会長  岡  田  一  毅



入管難民法に憲法及び国際人権条約の遵守等を明記する改正を求めるとともに
永住者資格取消制度の創設に反対する意見書



第1  意見の趣旨
  1  政府は、人権保障を基軸とした入管難民認定法制の構築に向けて制度全体の改革を早急に進めるべきである。
  2  人権保障を基軸とした入管難民認定法制の構築に逆行する永住者資格取消制度を創設する「出入国管理及び難民認定法及び外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律の一部を改正する法律案」は、撤回すべきである。
  3  人権保障を基軸とした入管難民認定法制の構築に向けた制度全体の改革を早急に進めるために、出入国管理及び難民認定法の第1条第2項として、「この法律の解釈適用及び運用は、憲法並びに憲法98条第2項により適用される国際人権条約 を遵守し、かつ、国際人権条約機関及びその付属機関が条約の解釈及びその指針として示した見解に従い、並びに国際人権条約機関及びその付属機関が我が国に対する定期審査等や外国における個人通報事件において示した意見及び見解 を尊重してなされなくてはならない。」とする原則規定を挿入すべきである。

第2  意見の理由
1  意見の趣旨1及び2について
(1)当会は、政府に対し、2020年(令和2年)10月22日に発出した「法務大臣の私的懇談会による「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」の問題点を指摘し、国際公約に則り国際人権条約と難民条約に基礎をおく入管法制及び難民認定制度の創設を求める意見書」において、国際人権条約や難民条約等と整合する出入国管理制度及び難民認定制度の創設にこそ取り組むべきであることを提言し、2023年(令和3年)7月20日に発出した「入管難民認定法の改悪に強く抗議し、人権保障を基軸とした入管難民認定法制の構築を求める会長声明」においては、人権保障を基軸とした入管難民認定法制の構築に向けて、制度全体の改革を早急になすことを、改めて強く求めた。
(2)ところが、政府が2024年(令和6年)3月15日に国会に提出した「出入国管理及び難民認定法(以下「入管難民法」という。)及び外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律の一部を改正する法律案」(以下「本件改定法案」という。)は、永住者としての在留資格((以下「永住者資格」という。)の取消制度(以下「永住者資格取消制度」という。)を創設する内容となっている。これは、在日外国人に対する差別を強化し人権保障をさらに後退させ、人権保障を基軸とした入管難民認定法制の構築に逆行するものであり、到底看過できない。
      永住者資格は、就労状況や家族関係の変動によって失われることのない最も安定した在留資格であり、日本を終の住処にしたいと考えるようになった在日外国人にとって、帰化と並ぶ重要な制度である。しかも、原則として10年以上継続して日本に滞在していること、素行が善良であること、独立の生計を営むに足りる資産又は技能を有することなどの厳格な要件を満たして初めて取得できるものであり 、取得すること自体が容易ではない。
      その永住者資格でさえ、他の在留資格と同様に、現行の入管難民法においても、資格申請に虚偽があった場合や虚偽の住居地を届け出た場合等は、在留資格を取り消されて退去強制の対象となり(入管難民法第22条の4、第24条)、1年を超える懲役刑や禁固刑に処された場合等は直ちに退去強制の対象となる(入管難民法第24条)。本件改定法案は、これに加えて、永住者の在留資格で日本に居住する者が、在留カードの常時携帯など入管難民法上の義務を遵守しない場合や、公租公課(税金や社会保険料など)を故意に滞納した場合、あるいは一定の犯罪を犯して1年以下の拘禁刑に処された場合に、法務大臣の裁量により永住者に限って在留資格を取消しできるとするものである。
      この永住者資格取消制度を創設する立法目的は必ずしも明らかでないが、外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議が2024年(令和6年)2月9日に決定した「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議最終報告書を踏まえた政府の対応について」が、その末尾において、「育成就労制度を通じて、永住に繋がる特定技能制度による外国人の受け入れ数が増加することが予想されることから、永住許可制度の適正化を行う。」としており、永住許可制度の適正化が、取消し制度の立法目的であると考えられる。しかし、「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議最終報告書」には、永住許可制度の適正化が必要であるとか永住者資格取消制度を設けるべきであるなどとする記述は一切なく、永住許可制度の適正化自体不要である。
      加えて、永住者資格取消という手段自体にも憲法上の問題がある。すなわち、憲法第31条は、適正な手続だけでなく適正な実体法が適用されること(行為と刑罰の均衡)をも保障する規定であるところ、同条は「直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない」(1992年(平成4年)7月1日成田新法事件最高裁判所大法廷判決)とされており、行政手続においても、行為とその行為に応じて課される不利益の均衡を同条が保障するものと解しうる。そのため、在留カードの常時携帯など入管難民法上の義務の不遵守を理由として、あるいは疾病や経済状況の悪化などの影響で公租公課を滞納したことを理由として、長い道のりを経てかつ厳しい条件を満たしてようやく得ることのできた永住者資格を取り消すことは、非難されるべき行為と不利益があまりにも不均衡であり、憲法第31条あるいは同条の法意に違反するおそれがある。また公租公課の滞納については、日本国民の場合と同様に督促、差押、行政罰や刑事罰によって対処すれば足りるものであり、永住者についてのみ不利益を増すべき必要性も合理性もないことから、憲法第14条第1項に違反するおそれがある。1年を超える懲役刑や禁固刑に処された場合に永住者資格の取消事由とすることも、永住者についてのみ取消事由及び退去強制されうる場合を拡大することであり、他のより不安定な在留資格を有する者との比較で、憲法第14条第1項に違反するおそれがある。
      政府は、在留者資格取消制度が創設されても資格取消の裁量は謙抑的に行使されるから、不都合は生じないと考えているのかもしれない。しかし、訴訟実務において、在留資格更新許可の処分要件(相当性)に極めて広汎な行政裁量を肯定した1978年(昭和53年)10月4日のマクリーン事件最高裁判所大法廷判決の判示(後記2参照)が、在留資格更新許可に関する事案にとどまらず収容に関する事案、仮放免を許可しない判断や在留特別許可をしない判断が争われる事案にも引用されている現実をふまえると 、法務大臣が裁量を謙抑的に行使する保障はない。
      また、今回提案された永住者資格取消制度が導入された場合、将来、永住者資格よりも不安定な他の在留資格すべてについて取消事由が同様に拡大される道が開かれることにもなりかねない。本件改定法案は、在日外国人に対する差別を強化し人権保障をさらに後退させるものであり、人権保障を基軸とした入管難民認定法制の構築に逆行するものと言わざるを得ない。政府は本件改定法案を撤回すべきである。

2  意見の趣旨3について
    人権保障を基軸とした入管難民認定法制の構築に向けた制度改革が進まないどころか、在日外国人に対する差別を強化し人権保障をさらに後退させ、人権保障を基軸とした入管難民認定法制の構築に逆行する法改定が進められる背景には、1978年(昭和53年)10月4日のマクリーン事件最高裁判所大法廷判決が、「憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべき」と認めながらも、「外国人に対する憲法の基本的人権の保障は、右のような外国人在留制度のわく内で与えられているにすぎないものと解するのが相当」であるとし、「国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを、当該国家が自由に決定できるものとされている」として、あたかも入管法(当時の日本は難民条約を批准しておらず、文字どおり「出入国管理法」であった。)が憲法の上位規範であるかのように判示し、この判示が、在留資格更新許可に関する事案にとどまらず収容に関する事案、仮放免を許可しない判断や在留特別許可をしない判断が争われる事案にも引用され続けているという裁判実務の実状がある。
    しかし、入管法制といえども憲法の統制下にあると言わざるを得ず(憲法第98条第1項)、しかもマクリーン事件最高裁判決の後、日本政府は、①市民的及び政治的権利に関する国際規約、②経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約、③難民の地位に関する条約、④難民の地位に関する議定書、⑤女性に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約、⑥子どもの権利に関する条約、⑦あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約、⑧拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約、⑨強制失踪からのすべての者の保護に関する国際条約、⑩障害者の権利に関する条約(以下、これらを総称して「国際人権条約」という。)を批准し、外国人の追放についての規制や内外人平等の原則の貫徹、目的と手段の比例原則など、国際人権条約による国家行為に対する規制を進んで受け入れてきたのであるから、入管難民法制に関する司法判断、行政の運用そして国会の立法も、国際人権条約を遵守してなされなければ、今や憲法第98条第2項に違反するというべきである。
    そして、司法も行政も未だにマクリーン事件最高裁判決の発想から脱却できていない現状をふまえるなら、国権の最高機関(憲法第41条)である国会が、立法によって、司法判断も行政の運用も国際人権条約を遵守してなされるべきことを明示しない限り、人権保障を基軸とした入管難民認定法制の構築が進むことはあり得ない。
    そこで、入管難民法を直ちに改正し、その第1条(目的) の第2項として、「この法律の解釈適用及び運用は、憲法並びに憲法第98条第2項により適用される国際人権条約を遵守し、かつ、国際人権条約機関及びその付属機関が条約の解釈及びその指針として示した見解に従い、並びに国際人権条約機関及びその付属機関が我が国に対する定期審査等や外国における個人通報事件において示した意見及び見解を尊重してなされなくてはならない。」とする原則規定を新設すべきである。(ここでいう「国際人権条約」とは、日本がこれまでに批准した上述の10の条約をいうが、人権保障を目的とする条約が新たに批准された場合は、その条約を当然に含む。また、「国際人権条約機関及びその付属機関が条約の解釈及びその指針として示した見解並びに我が国に対する定期審査等や外国における個人通報事件において示された意見及び見解」とは、国際人権条約により条約の実施を監督するために設置された委員会(自由権規約委員会(人権委員会)、社会権規約委員会、女性差別撤廃委員会、子どもの権利委員会、人種差別撤廃委員会、拷問禁止委員会、拷問防止小委員会、強制失踪委員会、障害者権利委員会)及び難民高等弁務官事務所並びにその付属機関によって示された条約の解釈やその指針(たとえば自由権規約に関する一般的意見など)、日本に対する定期審査や外国における個人通報事件において示した見解をいう。)
    この原則規定を挿入すれば、入管難民行政において行使される日々の裁量はその都度、国際人権条約の観点から検証されることになるから、永住者資格取消のような制度がたとえ設けられたとしても、裁量権の適切な行使が担保されて不当な人権侵害を予防できる。さらに、国際人権条約と適合しない規定は適用されなくなり、それにより不都合が生じることがわかれば行政庁は必要な法改正に迅速に取り組むであろうから、当会が求めてきた人権保障を基軸とした入管難民認定法制の構築が大きく進むと期待できる。
以上


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