離婚後共同親権の拙速な導入を危惧し、慎重かつ十分な国会審議を求める会長声明(2024年4月26日)


離婚後共同親権の拙速な導入を危惧し、慎重かつ十分な国会審議を求める会長声明



離婚後共同親権の導入を柱とする「民法等の一部を改正する法律案」(以下「法案」という。)が、2024年(令和6年)4月16日の衆議院本会議で可決され、参議院に送付された。3月27日に衆院法務委員会で審議入りし、4月12日には同委員会で可決されていることから、異例の速さである。
法案は、広く国民生活、とりわけ子の利益に関わる基本的事項を大きく変えるもので、本来、国会において十分に時間をかけ慎重に審議される必要がある。しかも、この法案に関しては、実際に夫婦や親子をめぐる事件を扱う弁護士らから、重大な課題があるという懸念が少なからず示されている状況がある。
そのような中、以下で述べるとおり、審議の過程に、看過しがたい重大な問題がある。当会は、離婚後共同親権の拙速な導入を危惧し、子どもの権利が守られるよう、さらに慎重かつ十分な国会審議を求めるものである。

1.どのような場合に単独で親権を行使できるかが不明確である。
法案によれば、離婚後共同親権となった場合には、原則として親権はすべて父母の共同行使が必要とされる。
そして、例外として単独で行使できるのは、「急迫の事情」がある場合、「監護及び教育に関する日常の行為」に係る親権行使である場合、「特定の事項」について家庭裁判所から親権行使者と指定された場合、「子の監護の分掌」をした場合、「監護者」に指定された場合に限られる。
ところが、「急迫の事情」、「監護及び教育に関する日常の行為」、「特定の事項」、「子の監護の分掌」等の概念については、法制審議会の審議及び衆議院の審議を経てもなお、その具体的内容が明示されておらず、範囲が不明確である。この状態のままでは、子、父母のみならず、親権行使の相手方(医療機関、学校など)をも混乱させ、ひいては子の利益を害するおそれが強い。
これらの概念の不明確さは、衆議院の審議において指摘された。しかし、「(その)意義その他の改正後の各法律に規定の趣旨及び内容について、国民に周知を図るものとする。」(附則第18条)、「(これらの)概念については、その意義及び具体的な類型等をガイドライン等により明らかにすること」(附帯決議第2項)とされ、法案は可決された。
しかし、この「急迫の事情がある場合」の意義や具体的な類型は、可能な限り、ガイドラインではなく、法案で明示すべきという意見も少なくない。その理由は、ひとたび共同親権となれば、すべてが共同行使の対象となるところ、その例外が如何なる場合かは、子、父母、親権行使の相手方にとっては核心的に重要な事柄であり、可能な限り法案で明示すべき、というものである。その考え方に立つならば、この事柄を、国会が関与しないガイドライン等に全て委ねることには、子に関わるあらゆる現場に混乱をもたらしかねず、重大な問題があるということになる。この点について、国会は、ガイドライン等に全てを委ねることが許容されるのかという点に立ち戻り、さらなる審議を尽くすべきである。

2.「急迫」という文言から生じる弊害への懸念がある。
(DV・虐待からの避難や、被害者への支援を萎縮させるおそれ)

さらにこの「急迫の事情」という要件の「急迫」という文言に関しては、現在示されている政府解釈が、「急迫」の通常の用語の用法、あるいは一般の国民が通常想像しうるところより広い、という問題がある。そのため、この文言は、要件が、政府の想定より萎縮的に解釈されるおそれを孕んでいる。
よって、この「急迫」という文言のままでよいか、より政府解釈に沿った文言を選択すべきでないか、更なる審議が尽くされるべきである。以下、政府解釈と、通常の文言解釈のずれから生じる弊害について述べる。
(1)政府解釈
まず「急迫」という言葉からは、時間的な切迫性が想起される。一般の国民は、「急迫の事情」の要件は限定的なものと解釈することが想像される。
しかし一方で、法制審議会での法務省の答弁では、この「急迫の事情」とは、「父母の協議や家庭裁判所の手続を経ていては適時の親権行使をすることができず結果として子の利益を害するおそれがある場合」である、と示されている。たとえば、DVや虐待が生じた後に一定の準備期間を経て子連れ別居を開始する場合も「急迫性」が継続しうる、ということである。
このような法務省の解釈は、「急迫」という言葉から通常、想像されるような「緊急」あるいは「時間的切迫」というような状態とは異なるのではないか、という疑問がある。
(2)文言解釈のずれから生じる弊害を懸念する声
DVや虐待に関する問題に取り組む弁護士らから、法務省が想定している状態を「急迫の事情」という要件で表すことにより、以下のような弊害が生じうるという指摘がある。たとえば、「婚姻中に子の主たる監護親である一方親が他方親の同意を得ずに子連れ別居すれば、“急迫性”の要件を満たさない“違法”な親権行為である、との強い非難を他方親から受けるおそれが強い。」「DV・虐待からの避難であっても同様で、被害者が、“急迫性”の要件を満たさないと考え、加害者からの非難を怖れて子連れでの避難を躊躇すれば、被害者も子もDV・虐待環境に取り残される。」「何とか避難できた場合には、被害者には損害賠償請求、被害者や子を支援する弁護士には懲戒請求や損害賠償請求、自治体など支援機関には糾弾や損害賠償請求などが多発することが予想され、DV・虐待の被害者支援体制そのものが崩壊するおそれさえある。」ということである。
同様に、離婚後の子連れ転居についても懸念の声が上がっている。たとえば、「共同親権のもとでは、同居親は別居親の同意を得なければ子連れ転居ができず、DV・虐待事案でも同じである。同意を得ずに子連れ転居すれば、“急迫性のない”“違法な”親権行使との誹りと損害賠償請求等を受けることになる。」ということである。
これらの懸念が現実となる場合、つまりDVや虐待からの避難、あるいは被害者への支援が萎縮してしまう場合を想定すると、DVや虐待による支配が離婚後も引き続き継続される等、被害者や子が受ける不利益は著しい。

3.DV・虐待からの避難、被害者への支援に必要な手当てについての審議が尽くされていない。
「居住地や勤務先・通学先等がDV・虐待の加害者に明らかになるのではないか」との懸念点も衆議院の審議において指摘された。
ところが、「DVや児童虐待等を防止して親子の安全・安心を確保するものとなっているか等について不断に検証し、必要に応じて…さらなる制度の見直しについて検討を行う」(附則第1項)、「DVや児童虐待の防止に向けて…被害者の保護支援策を適切に措置すること。また、居住地や勤務先・通学先等が加害者に明らかになること等によるDV被害や虐待の継続…を回避するための措置を検討すること」(附帯決議第9項)とされただけで、法案は可決された。
附帯決議は「DV被害や虐待防止…措置」等をうたうものの、その法的拘束力はない。国民にとって非常に重要な点について、附帯決議に委ねることで十分な手当と言えるか、大きな疑問が残る。法で定めるべきという意見にも相応に説得力がある。
よって、今のままの内容で拙速に導入を進めず、国会における審議を尽くすことを強く求める。

4.協議離婚における「共同親権の合意」真意性の担保に関する審議が尽くされていない。
法案によれば、協議離婚においても、父母が「合意」すれば共同親権とすることができることになる。
この制度は、ごく一般的な感覚としては「合意」によるものであるから問題がないように見えるかもしれない。
ただ、この制度を設置した場合、守られるべきものが守られない、国民の権利利益が大きく損なわれる「結果」が生じる懸念が現場の弁護士らから上がっている。
この点についても審議が尽くされないまま法案が導入されようとしていることについて、懸念を持たざるを得ない。
(1)真意性を担保することは容易ではないとの指摘
まず、法案の内容はそれ自体複雑であって、誰にとっても正確な理解は容易ではない。
そのうえ、法案の核心的概念が不明確であり(上記1)、重要な要件の文言もミスリードの危険があり(上記2)、DVや虐待の防止・支援への手当てが十分でない懸念がある(上記3)など、多くの問題が残っている状態である。
仮に共同親権を選択すれば、上記のほかにも幾多の課題がありうる。
たとえば、別の問題意識として、現実生活の中では「早い者」「強い者」による実力行使が通る可能性があることがある。また、繰り返し家庭裁判所の判断をあおぐ必要があること等の理解も必要である。
「真意に基づく同意」というためには、これらを正確に理解する必要がある。
(2)衆議院での審議が不十分である。
この点は衆議院の審議でも問題となったが、「国民に周知をはかる」(附則第18条)とされただけで、法案は可決された。
しかし、法案の内容は難解であり、今後の家裁実務の動向もわからず、そのような中での国民の周知は困難と考えざるを得ない。
(3)不適格事案を除外する規定がないことから生じる弊害の指摘
また、現在、およそ4分の1の夫婦がDV(父母間に支配・被支配の関係がある)の経験があるという内閣府調査があり、児童相談所認知件数に限っても年間219,170件の児童虐待が報告されており(子ども家庭庁)、このような事案の加害者は子の利益のための親権者としては不適格であるし、そのような者との子の利益になる親権の共同行使は不可能である。また、葛藤や対立が激しく、子の利益を守るための適時適切な協議・決定ができない事案も、子の利益になる親権の共同行使が不可能又は困難である。これらの事案は、共同親権の不適格事案であって、その対象から除外されなければならない。
ところが法案には、このような不適格事案を除外する規定はなく、父母が慎重かつ真意に決定したことを確認する規定もない。そうすると、離婚の9割をしめる協議離婚において、不適格事案であるにも関わらず、父母間の力関係の格差を背景に、真意に反して共同親権が事実上強制される事案が多数紛れ込む危険性があるとの懸念の声がある。
(4)衆議院での審議が不十分である。
この危険性も衆議院の審議において指摘されたが、「親権者の定めが父母の双方の真意に出たものであることを確認するための措置について検討を加え、その結果に基づいて必要な法制上の措置その他の措置を講ずものとする」(附則第19条)とされただけで、法案は可決された。
しかし、協議離婚において、ひとたび共同親権が「選択」されれば、その変更は容易でない。仮に後に変更されたとしても、それまでの間、子の利益のための適時適切な合意ができず、不利益を被るのは子であり監護親である。国民の権利・利益に重大な影響を及ぼす点について審議が尽くされていない。

5.関係省庁所管事項への影響が不明である。
離婚後共同親権となった場合、子どもの転校、国民健康保険への加入、児童扶養手当など社会保障給付の受給権者の確定、扶養控除などの税制の扱いなどが不明であり、子ども不利益が生じるおそれがある。関係省庁においてこれらの扱いを明らかにするととともに、必要に応じて立法措置を含めた調整も必要である。ひとり親家庭(とりわけ母子家庭)の貧困が大きな政策課題になっている現在、これらが不明のままの「見切り発車」については懸念を持たざるを得ない。
この点も衆議院の審議で取り上げ、審議を行うべきであったのではないか。
そのほか、多発が予想される監護紛争に対応しうる家裁の人的物的強化への具体的方策の検討が未了であること、給付制への変更や償還免除の拡充等を含めた法律扶助制度の充実も検討未了であること等、離婚後共同親権導入の前に実施すべき多くの課題がある。それらも含めた十分な検討抜きに結論ありきの拙速な審議は、子の利益を害する恐れが強く、強く危惧する。

6.慎重かつ十分な国会審議を求める。
法案に関する議論状況は多岐にわたり、かつ複雑である。
この声明では、「慎重かつ十分な審議を求める根拠」として、「制度を導入した結果に対する懸念」を指摘する弁護士らからの指摘を主に引用した。しかし、それでも全ての懸念を反映できているわけではない。
さらに、子どもは単なる保護の対象(客体)ではなく、権利の主体であるところ、法案で子どもの権利について明示されていない。
上記で取り上げたものだけでも、それに伴って生じる国民の権利・利益に与える複層的な影響が想起される。現に、法案について報道等で取り上げられ始め、多くの国民から疑問や批判、不安の声が出ていると理解している。
よって、当会は、離婚後共同親権の拙速な導入に危惧を示し、立法府においては、以上に指摘した点を含め、十分に審議を尽くすことを求める。

2024年(令和6年)4月26日

京都弁護士会
会長  岡  田  一  毅



ダウンロードはこちら→[ダウンロード](.pdf 形式)

関連情報