「袴田事件」の再審無罪判決を受けての会長声明(2024年9月26日)


「袴田事件」の再審無罪判決を受けての会長声明


1  本日、静岡地方裁判所は、いわゆる「袴田事件」の再審公判において、袴田巖氏に対し、無罪判決を言い渡した。
  本件は、1966年(昭和41年)6月30日未明、静岡県清水市(現:静岡市清水区)のみそ製造販売会社専務宅で一家4名が殺害され、放火されたという住居侵入、強盗殺人、放火事件である。袴田巖氏は、逮捕当初から無実を訴えていたものの、苛烈な取調べにより虚偽自白を強要されて起訴され、一審で死刑判決の言い渡しを受け、この判決は1980年(昭和55年)12月12日に確定した。しかし、その後も袴田巖氏は無実を訴え続け、二度にわたる再審請求を経て再審公判が開かれ、本日、再審無罪判決が言い渡されたものである。
  当会においても、2023年(令和5年)3月15日に「袴田事件第二次再審請求差戻後即時抗告審決定に関し、検察官に対し特別抗告を行わないことを求める会長声明」、同年5月25日に「袴田事件の速やかな再審公判開始と袴田巖氏の雪冤を求める会長声明」を発出してきたが、今般、ようやく袴田巖氏の雪冤が果たされ、誤判による死刑という究極の人権侵害からの救済が図られたことを、袴田巌氏と姉の袴田ひで子氏、同氏らを支えて来られたすべての方々とともに深く喜び、かつ、これらの方々の長年の戦いに、あらためて最大の敬意を表する。

2  袴田巖氏が逮捕されたのは1966年(昭和41年)8月18日であり、袴田巖氏は逮捕から58年以上もの長きにわたって強盗殺人犯人、さらには死刑囚との汚名を着せられてきた。逮捕当時30歳であった袴田巖氏は、今や88歳となっている。
  また、袴田巖氏が釈放されたのは、静岡地方裁判所が再審開始並びに死刑及び拘置の執行停止を決定した2014年(平成26年)3月27日のことである。逮捕されてからこの決定に至るまで、袴田巖氏が身体拘束を受けていた期間は48年近くにも及び、そのうちの33年間は死刑囚として死の恐怖に晒されながら過ごしてきた。そのため、袴田巖氏には現在も拘禁症状が見られるなど、今なお心身に顕著な不調を来している。
  袴田巖氏は、まさに人生の大半を、死の恐怖の下で、自己のえん罪を晴らすための闘いに費やさざるを得なかったのであり、その余りの残酷さは筆舌に尽くしがたい。

3  袴田事件は、死刑が言い渡されるような重大事件の判決においても、えん罪、すなわち、裁判に誤りが生じることを改めて明らかにした。
  わが国では、1980年代に免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件の4つの死刑事件で再審での無罪判決がなされている。袴田事件は、これら4事件に続く、5件目の死刑事件に対する再審無罪判決である。この他にも名張事件、飯塚事件など死刑事件に対する再審請求は今も続いている。これら5つの死刑事件に対する再審無罪判決は50年以上前の事件に対するものではあるが、布川事件、足利事件、氷見事件、東電OL殺人事件、湖東記念病院事件など、間断なく再審無罪判決は続いており、誤判は決して過去の問題ではない。
  そして、いったん死刑が執行されてしまえば、奪われてしまった生命を回復できないことは言うまでもない。刑事裁判も人間が行うものである以上、誤判を完全になくすことはできない。
  したがって、今後も死刑制度が存続している限り、誤判による死刑判決が下され、その執行がなされて、取り返しのつかない事態が生じることは避けられない。
  また、袴田巌氏は、死刑確定者としての長期の拘置期間中、日々、死刑執行の恐怖に晒され続けた結果、重篤な拘禁症状等の精神障害を引き起こしてしまった。袴田事件は、死刑という刑罰が、生命を奪う、絞首による苦痛を与えるという点だけでなく、執行による死の恐怖に晒し続けるという点でも、残虐な刑罰であることも明らかにした。

4  袴田事件は、現行の再審法の不備を改めて浮き彫りにした。
  袴田事件は、再審公判が開かれるまでに二度にわたる再審請求を経ているが、第1次再審請求の審理は約27年間もの長期に及び、第2次再審請求も約15年もの期間を要している。その原因は、現在の再審法に再審請求審の手続をどのように進めるかについての規定がないことにある。
  また、袴田事件では再審請求段階で約600点もの証拠が新たに検察側から開示され、それらが再審開始及び再審無罪の判断に大きく影響を与えているが、これらの証拠が開示されたのは、最初の再審請求から約30年もの時間が経ってからのことである。これほどまでに時間を要した原因は、現在の再審法に証拠開示のルールが設けられていないことにある。
  さらに、袴田事件では2014年(平成26年)に再審開始決定がなされたが、無罪判決が言い渡されるまでにさらに10年以上もの期間を要した。その原因は、再審開始決定に対する検察官の不服申立てが認められていることにある。
  しかも、死刑判決の有力な根拠となったが、ねつ造が強く疑われる「5点の衣類」の問題をはじめとする数多くの論点については、極めて長期間に及んだ再審請求審において主張・立証が尽くされ、既に数次にわたる裁判所の判断を経たにもかかわらず、検察官は、再審公判においても、同様の論点を蒸し返した上であらためて有罪立証を行っており、このことも手続が長期化した原因となっている。
  当会は、2023年(令和5年)3月23日の総会において、「再審法の改正を求める決議」を採択しているところであるが、袴田事件は、まさに、同決議によって明らかにした現行再審制度の問題点と再審法改正の必要性を、より具体的かつ深刻な懸念をもって明らかにした。このような再審法の不備による弊害は他の再審事件でも同様に見られるのであって、現行の再審制度は実効的なえん罪救済のための仕組みとして十分に機能していない。袴田事件のような悲劇を今後二度と繰り返さないためにも、上記弊害を制度的・構造的問題として正しく捉え、速やかに再審法改正がなされなければならない。

5  よって、当会は、検察官に対し、本日の無罪判決を尊重し、上訴権を放棄して直ちに無罪判決を確定させるよう強く求めるともに、
政府に対して、
①  えん罪によって生命を奪うおそれのある死刑制度に関する情報を十分に公開した上、死刑制度の廃止も含めた議論を進めるとともに、再審請求に死刑の執行停止の効果を持たせるなど死刑事件に関する適正手続の保障を十全なものとすること
②  再審請求手続において十分な証拠開示がなされるよう制度化すること、再審開始決定に対する検察官の上訴を禁止すること、実効的なえん罪救済制度としての機能を果たすために必要な手続規定を整備することを骨子とする再審法の改正を早急に行うこと
を求める。

    2024年(令和6年)9月26日
  
京都弁護士会                        

会長    岡  田  一  毅


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