訪問販売の被害予防を重点施策目標とすること及び「訪問販売お断りステッカー」についての再審議を求める意見書(2024年12月25日)
2024年(令和6年)12月25日
京都市長 松 井 孝 治 殿
京都弁護士会
会長 岡 田 一 毅
訪問販売の被害予防を重点施策目標とすること
及び「訪問販売お断りステッカー」についての再審議を求める意見書
及び「訪問販売お断りステッカー」についての再審議を求める意見書
第1 意見の趣旨
1 京都市第4次消費生活基本計画(計画期間令和8年度以降)において、訪問販売被害の予防を重点施策目標に掲げるべきである。
2 京都市民が「訪問販売お断りステッカー」の門扉等への貼付により勧誘を拒絶しているにもかかわらず事業者が行う訪問販売が、京都市消費生活条例第20条及び同施行規則「別表(第2条関係)(1)フ」に定める禁止行為である「拒絶後の勧誘」に該当すると解釈するか否かについて、再度審議会を開催し審議すべきである。
第2 意見の理由
1 意見の趣旨1について
⑴ 被害実態
ア 相談件数は全国、京都府及び京都市ともに高止まりしている。
消費生活年報2022の統計によれば、消費生活相談における訪問販売の相談件数は、令和元年度は79,472件(全体の相談件数に占める割合は8.5%)、令和2年度は75,963件(同8.1%)、2021年度は77,877件(同9.2%)を占め、高止まりの状況にあり一向に減少していない。また、訪問販売の相談者における70歳以上の高齢者の割合は39.6%(2021年度)と、他の年齢や他の取引類型と比べて突出して高い。
京都府消費生活センターに対する訪問販売の相談件数は、令和3年度は297件(全体の相談件数に占める割合は6.6%)、令和4年度は300件(全体に占める割合は6.2%)、令和5年度は306件(全体に占める割合は6.1%)である。
京都市消費生活センターに対する訪問販売の相談件数は、令和3年度は589件(全体の相談件数に占める割合は20.4%)、令和4年度は472件(全体に占める割合は17.2%)、令和5年度は511件(全体に占める割合は17.2%)である。
以上のとおり、訪問販売被害は全国、京都府及び京都市ともに多数発生しており、高止まりの状況で一向に減少していない。特に京都市においては、他の取引類型と比べて訪問販売による被害の割合が非常に高い傾向にある。
イ 悪質な犯罪の温床になること
訪問販売は、密室かつ対面で行われるものであり、かつ、消費者にとって退却が容易でない自宅で行われることから、事業者から執拗かつ過剰な勧誘が行われやすく、また、勧められる商品や役務にも制限はないことから、悪質な勧誘及び高額な被害が発生しやすい取引類型である。
例えば、民家を突然訪問し「屋根瓦が壊れている」等の不安をあおり、高額な修繕工事を締結させる商法が多数発生している。直近でも、令和6年11月18日に、SNSなどの交流サイトで訪問役(営業担当)を募り京都府内において組織的に屋根工事の訪問販売を行っていた「匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)」のリーダー格の人物が特定商取引法違反により逮捕される事例があった。京都府警の発表では、同事案では勧誘の過程において業者から1000万円の工事費が提示されていたとのことである。
また、令和6年10月に横浜市内で男性が殺害された事件においても、トクリュウのメンバーが、不用品の回収や下水道の点検等の名目で同被害者の近隣の住宅を訪問していたことが報道されている。
ウ 訪問販売は、相談件数が多いのみならず、被害額が高額に上る傾向にある取引類型であり、かつ、強盗や殺人等の凶悪犯罪にも繋がりうる取引類型として、特に対策が必要である。
⑵ 京都市の取り組み
これまでも、平成23年度~令和2年度を計画期間とする京都市第2次消費生活基本計画において、消費者被害の防止の施策目標の中で「事業者に対する指導等の強化」、「適正な取引行為の徹底」、「取引行為に関する制度の検討」が掲げられてきた。
また、令和3年度~令和7年度を計画期間とする京都市第3次消費生活基本計画においても、取引の適正化の施策目標の中で「事業者に対する指導等の強化」、「適正な取引行為の徹底」、「取引行為に関する制度の検討」が掲げられた。
しかし、直近においても、前記⑴アのとおり、訪問販売の相談件数は増加している。このことは、訪問販売の被害防止に関する京都市のこれまでの取り組みが不十分であるとともに、さらなる取り組みが必要であることを示すものである。
⑶ 令和4年度の京都市消費生活審議会で得られたコンセンサスと要望
京都市第3次消費生活基本計画の計画期間中である令和4年8月26日乃至同年11月1日にかけて、京都市消費生活審議会消費者苦情処理部会が開催され(以下「令和4年苦情処理部会」とする。)、同年11月28には京都市消費生活審議会が開催された(以下「令和4年本審議会」とする。)。
令和4年苦情処理部会及び令和4年本審議会のいずれにおいても、悪質又は迷惑な訪問販売を市が行政指導の対象とすること自体は異論がないとされた(2022年(令和4年)11月28日付苦情処理部会報告書5頁、第125回京都市消費生活審議会摘録(以下「審議会摘録」という。)12頁)。
その上で、審議会から京都市に対し、悪質又は迷惑な訪問販売をいかにして防ぐかを検討するよう要望がされるに至った(審議会摘録12頁)。
⑷ 小括
上記⑴~⑶のとおり、これまでの京都市の取り組みによっても訪問販売の被害は依然として高水準で推移しており、直近でも、凶悪犯罪の温床となっている。また、令和4年度審議会においても、京都市に対し、悪質又は迷惑な訪問販売をいかにして防ぐかを検討するよう要望がされるに至っている。
したがって、京都市は、京都市第4次消費生活基本計画において、訪問販売被害の予防を重点施策目標に掲げ、より実効的な施策について検討することが必要不可欠である。
2 意見の趣旨2について
⑴ これまでの訪問販売被害防止の取り組みでは対策として不十分であること
前記1⑴及び同⑵のとおり、平成23年以降(さらに言えばそれ以前からも)、京都市においては事業者に対する行政指導の強化や適正な取引行為の徹底の啓発等の対策を行い、訪問販売被害の防止策を講じてきた。しかし、依然として訪問販売被害は高止まりの状況である。
これは、京都市特有の状況ではなく全国の自治体において見られる状況であり、従前のままの対策では訪問販売被害の予防策として不十分であることを如実に示している。
⑵ 訪問販売の特徴と訪問販売お断りステッカーの有用性
訪問販売による被害を防ぐための方法としては、①訪問販売による勧誘を口頭で断るように消費者に対し教育・啓発をする方法、②違反事業者に対する執行を強化する(既存の規制を活用する)方法が考えられる。
しかし、①については、訪問販売は消費者にとっては不意打ち的に、かつ自宅という逃げ場のない密室空間において勧誘を受けるという特徴がある。このような状況下においては、断りたいと考えている消費者も断りきれずに不本意ながら契約を締結させられることとなる。このような訪問販売の構造的な特徴に鑑みれば、消費者に対し教育・啓発をしたところで、断れずに被害に遭う消費者が不可避的に発生する。よって、教育及び啓発だけでは訪問販売被害の予防策として十分ではない。
また、②については、現在の京都市消費生活条例においても一定の規制はされているが、立証の困難さからも有用とは言い難い。例えば、拒絶後の勧誘規制において、「消費者が契約の締結の勧誘を受けず、又は契約を締結しない旨の意思表示をしている」事実の立証が困難であることから、十分な行政指導が行われていない状況にある。執行の強化は、従前からも京都市において取り組んできているところであり、それによっても訪問販売の被害件数が減っていないことが、予防策として十分ではないということを物語っている。
訪問販売被害を予防するには、消費者が事業者と対面することなく事前に訪問販売を断ることができる手段を消費者に付与する方法が極めて有用である。この点、訪問販売お断りステッカーに条例で法的効力を付与する方法は、ステッカーの貼付行為を事前の包括的拒否意思表示とみなして、これに反して訪問販売を行った事業者を行政指導の対象とする、という規制を行うものである。同方法によれば、消費者は、事前に、事業者と対面することなく、家の玄関口等の目立つ場所に訪問販売お断りステッカーを貼付するという簡易な方法で訪問販売を受けたくないという意思を事前に外部に表示することができる。訪問販売お断りステッカーが貼られているにもかかわらずに訪問販売を強行する事業者は、それこそ悪質な事業者であり、このような事業者については行政指導の対象となるように、訪問販売お断りステッカーに条例上の効力を認めるべきである。また、訪問販売お断りステッカーの貼付宅への勧誘を禁止する規制は、形式犯の一種であり、立証が比較的容易で行政指導を行いやすいというメリットもある。加えて、訪問販売お断りステッカーによって事前に拒否の意思表示が示されれば、訪問販売お断りステッカーが貼られた住宅に訪問販売をする事業者は確実に減少する 。訪問販売お断りステッカーに条例上の効力を認めることによる抑止力により、被害の未然防止につながる。
したがって、訪問販売お断りステッカーに条例で法的効力を付与する方法は、現状考え得る方法の中で実効性がありかつ簡易な規制方法として最も期待できる方法である。
よって、悪質又は迷惑な訪問販売をいかにして防ぐかを検討するにあたっては、最有力の選択肢として検討されるべきである。
⑶ 令和4年本審議会で十分に議論されたとは言えないこと
ア 論点が錯綜したこと
令和4年本審議会においては、訪問販売お断りステッカーに条例で法的効力を付与するか否かが検討議題とされたものの、審議会当初に提示された議題²(以下「本件議題」とする。)に関連する諸論点について、各委員から五月雨式に意見が述べられたため、議論が錯綜し充実した議論が行われなかった。
本件議題について結論を出すために検討すべき論点は、例えば、別紙論点表記載のとおりであり、各論点間の関係についても同表のように整理することができる。大きくは、①訪問販売お断りステッカー貼付宅への訪問販売を行政指導の対象とするか否かという「規制化の論点」と、②規制化するとして具体的な運用をどうするかという「具体的運用に関する論点」に分かれる。この点は、令和4年11月1日開催の苦情処理部会において京都市から配布された「訪問販売お断りシール等の取り扱いについて(論点の整理)」でも同様の整理がされており、合理的かつ正当な整理である。
しかし、令和4年本審議会においては、論点が明確に整理がされることなく議論がスタートした結果、以下のとおり錯綜した議論となった。
・論点の全体像、議論の進め方及び前提事実を確認することなく、審議会会長から広く本件議題について「意見や質問はあるか」という問いかけがされたことから、A委員からの論点10(具体的運用)に関する質問で議論がスタートした(令和4年本審議会摘録(以下「摘録」とする。)6頁)。苦情処理部会員ではない審議会委員にとっては、初めての本件議題についての議論であり、最初に論点の全体像、議論の進め方及び前提事実の確認が行われるべきであった。
・A委員の質問に対しても論点の整理がされることなく、審議会会長から論点6(規制化)がクローズアップされた(摘録6頁)。
・それに対し、A委員から論点8(具体的運用)に関する意見が述べられた。規制化と具体的運用という2つの観点で見ただけでも、議論がかみ合っていないことが明らかである。
・次に、審議会会長から、論点6(規制化)及び論点8(具体的運用)を峻別せずに混同させる発言がされた(摘録6頁下から8行目~11行目)。加えて論点3(規制化)がクローズアップされ、これらに対して意見を述べるように全委員に依頼がされた。
・それに対し、B委員から、審議会会長の発言は規制化の論点と具体的運用に関する論点を混同させるものであるとの指摘がされた。この点は正当な指摘であった。加えて、論点4に関する意見が述べられた。
・しかし、審議会会長からB委員に対し、論点4(規制化)に関する個別的な質問がなされたのみで、論点の整理はされなかった。
・C委員から、論点4(規制化)に関する意見が述べられた。
・D委員から、論点1(規制化)に関する質問がされた。この質問は、そもそもの本件の審議対象である規制の意味内容についての質問であり、議論を進める前提の確認として正当な質問であった。
・しかし、その後も論点が整理されることなく、審議会会長が広く本件議題に対する意見を依頼したことから、再度全ての論点が意見表明の対象となってしまった。
・その結果、E委員から論点14(具体的運用)に関する意見が述べられるとともに、論点14(具体的運用)と論点3(規制化)と論点2(規制化)を混同した意見が述べられた。再び、各委員が諸論点に対して思い思いの意見を表明する場となった。
・F委員から、論点14(具体的運用)に関する意見が述べられた。また、論点5(規制化)の意見や、「迷惑だと思うものは自分で答えればよい」という論点1(規制化)に関する意見が述べられた。この論点1に対する各委員の認識は、議論の当初の段階で確認をすべき事項である。
加えて、事業者の認識や、消費者センターへの報告状況に関する疑問等が述べられた。
・G委員から、論点1(規制化)及び論点14(具体的運用)に関する意見が述べられた。
・審議会会長が、再度論点3(規制化)をクローズアップし、同論点に関する意見表明が依頼された。
・それに対し、H委員から、論点8(具体的運用)に関する意見が述べられた。ここでも、規制化の論点と具体的運用の論点が峻別されないために議論が錯綜している。
・I委員から、迷惑な訪問販売の定義をもう一度考えてみてはどうかとの意見が述べられた。
・審議会会長が、特に事業者側のJ委員に対して、広く意見を求めた。
・その結果、J委員から、「私の場合は、訪問販売に来ても、お断りしたらすぐ帰っていただいている。」「断るには一定の演出も必要ではないか」という断り方に関する意見が述べられた。議論の当初段階において、被害実態や、「勧誘を断りたいけど対面では断れない人がいる」という事実に関する各委員の認識を確認していなかったことで、議論の最終局面においていわゆる「ちゃぶ台返し」の意見が述べられたものである。同意見は、本審議会において議論が錯綜していたことを如実に示すものであった。
・以上の議論をもって、審議会会長から、「お聞きいただいてお分かりになったと思うが、『これが審議会の意見である。」という、一本化した意見は、なかなかでないということである。」という総括がされて、審議が終了した。
以上から明らかなとおり、令和4年本審議会においては、現在の条例で対応できる点はどこまでで本件論点と現在の条例の規制がどのような関係にあるのかという説明や、本件論点を議論する有用性の前提として「断りたいけど断れない人がいる」という前提事実の確認、各論点の整理などの作業が全く行われることなく、漠然と委員から本件議題に対する意見を聴取する議事進行に終始したため、各委員が諸論点に対し五月雨式に意見表明を行い、別紙論点表記載の論点について議論が錯綜したまま、審議が終了した。
このような議事進行により議論が錯綜した令和4年本審議会では本件論点に関する審理が尽くされたとは到底言えない。
イ 各委員において賛否の表明がないまま終了したこと
論点を整理しないままに議論がされた結果、①本件議題における諸論点のうち、本審議会でコンセンサスが得られる論点はどこまでか、という点が明らかにならないまま、審議が終了した。また、②錯綜したままで議論が終了したため、肝心の本件議題についての各委員の最終的な結論(賛否)すら確認されることなく審議が終了した。
なお、審議会長が令和4年審議会の最後に「個人が明確な意思表示をした場合には、その意思表示を尊重すべきではないか、との意見もはっきりと出ていた」と取りまとめたとおり、令和4年本審議会においては、真意に基づくステッカーに効力を認めることについては異論がなかった。そうであれば、審議会においてはその点についてコンセンサスが得られているかを明確に委員に確認した上で、京都市に答申し、京都市においては規制の具体的方法を検討する必要があった。しかし、本審議会においては、真意に基づくステッカーに条例上の効力を認めるかという点について各委員の賛否を明確に問うことなく審議が終了したため、本来コンセンサスが得られたであろう点が不明確になり、建設的な答申がされなかった。これはまさに、京都市から諮問を受けた審議会として審理不尽と言わざるを得ない。
⑷ 小括
訪問販売被害は高止まりの状況でありこれまでの京都市の取り組みでは対策として不十分であること、訪問販売の特徴に鑑みれば訪問販売お断りステッカーの規制化が最も有用であること、及び、本件議題について令和4年本審議会で十分に議論されたとは言えないことが明らかである。
したがって、京都市は、本件議題に関し、再度審議会を開催し審議すべきであり、かつ、審議の際には、本件議題に関する諸論点を整理した上で審議が行われるべきである。
以上
¹令和6年に京都府で実施された訪問販売お断りステッカーのアンケート調査においても、「ステッカー貼付宅への訪問営業はしない」又は「無理な勧誘はしないように指導している」という回答が70%、「拒絶後の勧誘禁止の規制を理解し、ステッカー貼付宅への訪問を行わないように努める」という回答が79%を占めた。
²京都市民が「訪問販売お断りステッカー」の門扉等への貼付により勧誘を拒絶しているにもかかわらず事業者が行う「訪問販売」「訪問購入」(以下あわせて「訪問販売」とする。)が、京都市消費生活条例第20条及び同施行規則「別表(第2条関係)(1)フ」に定める禁止行為である「拒絶後の勧誘」に該当すると解釈すべきか否か
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