「災害対策等を理由とする憲法上の国家緊急権の創設に反対する会長声明」(2016年3月24日)


  近時、東日本大震災やフランスでのテロ事件を契機にして、「国家緊急権」を具体化した緊急事態条項を創設すべきだとする憲法改正論議が提起されている。しかしながら、このような憲法改正は、権力分立、立憲主義という日本国憲法の基本原理に重大な危機をもたらすものであり、承服しがたい。
  国家緊急権とは、災害、内乱その他の原因により、平常時の統治機構の作用をもっては対応できない緊急事態において、基本的人権などの憲法秩序を一時的に停止する非常措置権をいう。現在議論されている緊急事態条項によれば、緊急事態の宣言により、内閣は、法律と同一の効力を有する政令を制定することができ、また、財政上必要な支出その他の処分を行うことができるようになるものとされている。しかしながら、内閣にこのような権限を与えることは、法の制定者と法の執行者を区別するという権力分立の思想に真っ向から反する上に、法による権力の統制を意図する立憲主義の思想とも相容れない。この点で、緊急事態条項の創設は、権力分立、立憲主義といった日本国憲法の基本原理を破壊する大きな危険を有するものである。しかも、その危険は、緊急事態の認定や緊急事態の解除が内閣の閣議決定に委ねられる場合には、ますます増大する。すなわち,緊急事態条項の発動によって権限を得る者に、その条項の発動及び終了の判断を委ねる仕組みには、当然に濫用の危険が付きまとい,内閣の一存で緊急事態が続くという事態が生じかねないからである。
  緊急事態条項の創設は、東日本大震災のような非常事態における内閣への権限集中の必要性を根拠に主張されるが、災害対策基本法や災害救助法などの法律の適正な運用と事前の準備によって、非常事態への対応は十分に可能である。仮に、現行法での対応が困難であることが予測されるのであれば,相応の法整備と事前の準備を行うべきであって、これこそが立憲主義国家の本来のあり方である。こうした対応なくして、拙速に緊急事態条項を創設しようとすることは、災害を利用して憲法改正を企てるに等しいものであって、立憲主義に重大な危機をもたらす。
  以上のとおり、緊急事態条項の創設には、憲法理論及び法政策の両面から大きな疑問があり、権力分立、立憲主義という日本国憲法の基本原理に重大な危機をもたらすものであるから、当会は一層強く反対するものである。

2016年(平成28年)3月24日

京  都  弁  護  士  会

会長  白  浜  徹  朗
    

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