「刑事訴訟法の改正案に対し冤罪原因に対する反省を踏まえた根本的な見直しを求める会長声明」(2016年4月28日)


1  2015年(平成27年)3月13日、第189回国会に提出された「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」は、同国会会期中に成立せず、現在第190回国会において継続審議されている。
  当会は、捜査機関による密室での取調べ中心の実務が多くの冤罪を生み出してきたことへの反省を原点とした法改正が行われるべきとの立場から、本法案の問題性を以下のとおり指摘し、法案の根本的見直しを含めた徹底した審議を求めるものである。
2  本法案は、法務大臣諮問第92号に対する法制審議会の答申「新たな刑事司法制度の構築についての調査審議の結果」を踏まえて提出されたものである。もともと、上記諮問は、郵便不正事件における捜査機関の証拠ねつ造事件や、捜査機関による自白強要が行われた多くの冤罪事件の発覚という事情に鑑み、密室での取調べや証拠の独占といった、捜査機関の強大な力が刑事司法実務全体に圧倒的な影響を与える構造的問題から冤罪が生じてきたことにつき、根本的な反省と改革を求めるものであった。従って、今般の法改正も、本来は、取調べの全面的可視化、全面的証拠開示制度など、捜査機関に力が偏った状況を抜本的に打開するための方策の実現が要請されていた。
3  しかしながら、本法案においては、取調べの可視化や証拠開示などは、限定的なものに止められている。取調べの可視化はその対象事件が公訴提起事件の約3%程度とされ、捜査機関の判断にかかる大幅な例外が認められている。証拠開示制度も、証拠の内容が記載されないリストの開示に止まっており、弁護人・被告人が必要な証拠にアクセスすることは困難である。
  かかる制度のもと、弁護人の立会のない取調室での供述場面の一部を法廷に再現させ、有罪立証に用いるという運用がなされ、弁護活動に必要な証拠も入手困難なままであれば、不適切な取り調べの規制という本来の目的を逆転させ、密室での取調べによる自白の偏重が多くの冤罪を生じさせてきたという構造的問題をさらに深刻化させるだけの結果になりかねない。
4  他方、法改正に対する本来の要請とは逆に、本法案は、盗聴(通信傍受)の大幅な対象拡大・手続緩和や、いわゆる司法取引などをはじめ、捜査機関に従前より強大な手段を与え、その見込みを追認するような有罪認定をさらに容易にする方策を大幅に盛り込むものとされている。
  特に、盗聴については、違憲の疑いが強く指摘されてきた現行通信傍受法について、最高裁判所判決(平成11年12月16日)が適法性の要件としていた「重大な犯罪に係る被疑事件」であることを前提とせず、対象事件を広く一般犯罪に拡大するとともに、通信事業者の立会や封印等の厳格な手続要件を撤廃し、捜査機関が望めば容易に盗聴を実施することができる内容となっている。冤罪根絶とは無関係であるばかりか、通信の自由・表現の自由、プライバシーといった重要な基本的人権に対する深刻な危機を招きかねない。
  また、いわゆる司法取引(捜査協力型協議・合意制度等)は、自分の事件について有利な取扱を受けられることを誘因として、他人の犯罪に関する供述をさせようとするものであるから、無実の者を引き込むことによる冤罪の危険を常に伴う制度である。本法案においては弁護人が協議・合意に関与することとされているが、全面証拠開示がなされない以上、弁護人が適切な判断をすることは困難であるし、「引き込まれる者」にとっての冤罪の危険は「引き込む者」の弁護人が解消することはできない。捜査機関の見込みに沿った供述の獲得を容易にすると同時に、新たな冤罪を発生させる危険の高い制度であり、冤罪根絶のための法改正において導入されるべきものではない。
5  以上のとおり、本法案は、不十分な可視化・証拠開示と、冤罪根絶に無関係または逆行的な捜査機関の権限の強大化が、組み合わされて提案されているものであり、本法案がこのまま一体として成立するならば、新たな冤罪を生み出す危険が高いだけでなく、捜査機関による監視社会をもたらすことにも繋がりかねない。
6  当会は、2013年(平成25年)9月26日には「法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会に対し、冤罪事件の根絶のための審議を求める意見書」、2014年(平成26年)3月6日には「警察・検察の行う全事件の取調べについて、全面的な可視化を求める会長声明」、同年6月5日には「法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会の審議につき、冤罪事件根絶の原点に立ち戻った取りまとめを求める会長声明」、2015年(平成27年)3月5日には「通信傍受法の対象犯罪拡大と手続の緩和に反対する会長声明」、同年5月27日には「『刑事訴訟法等の一部を改正する法律案』に対し冤罪根絶の原点に立ち戻った審議を求める会長声明」を発し、この改革が冤罪根絶という原点に立ち戻ることを繰り返し求めてきたが、本法案がその原点から遠く離れたものとなってしまったことに、強い懸念を表明せざるを得ない。
  第189回国会での審議では、上記に指摘したところと共通する多くの問題点が指摘されたが、問題は解消されないまま衆議院で可決された。参議院においては、冤罪原因に対する反省を踏まえた法改正となるよう、法案の根本的な見直しを含めた徹底した審議を行うべきである。

2016年(平成28年)4月28日

京  都  弁  護  士  会

会長  浜  垣  真  也
      

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