監視社会を招く共謀罪新設に反対する会長声明(2016年8月17日)


1.2015年(平成27年)秋、フランスで発生した同時テロの発生を受け、政権党内から共謀罪を創設する国内法の整備を求める発言が相次いだ。最近でも、その必要性を説く新聞報道等が見られる。

2.共謀罪については、2003年(平成15年)3月に上程されて同年10月に廃案になり、2004年(平成16年)2月に再上程されて2005年(平成17年)8月に廃案になり、さらに同年10月に再々上程されて2009年(平成21年)7月に廃案になったが、2014年(平成26年)秋ころ以後、再提出に向けた動きが見られるようになっている。

3.過去に廃案になった共謀罪は、長期4年以上の刑を定める犯罪(約600種類)について、団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した場合に、2年ないし5年以下の懲役・禁錮を科すというものであった。全く同じものが提出されるかどうかは不明であるが、いずれにしても、犯罪行為の結果も、実行行為も、それどころか準備行為すらも存在しない段階で、単に犯罪を共謀したというだけで捜査・処罰の対象とするものであるところに共謀罪の本質がある。一旦共謀してしまえば、最終的に実行を思いとどまったとしても共謀罪は成立するのである。 その結果、労働組合や会社組織までもが「団体」と扱われ、目配せしただけでも「共謀」したとされ、最長5年もの間刑務所に収監される可能性が生まれてしまう。

4.このような共謀罪は、個人の行為ではなく意思や表現・思想を処罰することにつながるものであり、刑法の基本原則である行為主義を大きく逸脱するものである。また、行為がなくても犯罪が成立するため、何をどの程度話し合って合意すれば共謀罪に当たるのかという範囲が広汎かつ不明確であり、罪刑法定主義に反する。

5.他方、結果も行為もない共謀罪を捜査するためには、共謀の会話を把握する必要がある。密室でなされた共謀の会話を把握するためには当事者の供述が必要となり、自白強要や利益誘導による不当な取調べがなされるおそれが高い。本年5月の国会において改正された刑事訴訟法によれば、共謀罪の対象となる600種類以上もの犯罪類型の大半について取調べの可視化は義務化されないこととなり、自白強要等の抑止は凡そ期待できない。さらに、同改正において、当会が強い懸念を表明していたにも拘わらず、通信傍受法による盗聴の対象犯罪が拡大され、傍受方法が緩和されたが、ここに共謀罪が新設されれば、盗聴の対象に共謀罪を加えようとする動きが強まるのは必至である。それが実現した場合には、室内会話の盗聴やおとり捜査など捜査方法が一層拡大され、適正手続が害されるおそれがますます高くなる。また、自首した場合には刑が減軽・免除されるという規定により、密告を奨励する内容となっている点も問題である。この規定により、共謀を持ちかけた者は自首をして刑を減免され、持ちかけられた者のみが処罰されるということが起こりうる。これが悪用されれば、虚偽の供述で他人を陥れることも可能となる点にもまた強い危惧感を覚える。

6.このような捜査が広く行われるようになれば、捜査機関による監視のみならず市民相互による監視が広がり、どこで誰と何を話して良いのかどうか、疑心暗鬼にならざるを得ない社会を招来しかねない。

7.そもそも、この共謀罪は「国際越境組織犯罪防止条約」(以下「条約」という。)の批准のために必要であると説明されている。しかし、条約の中では「自国の国内法の基本原則に従って(必要な措置をとる)」とされているのであり、組織犯罪に関連する重大犯罪について未遂以前に処罰する規定があれば、必ずしも共謀罪の新設がなくとも批准可能である。しかも、廃案になった共謀罪の対象犯罪は上記のとおり600種類以上にものぼり、組織犯罪に関連する重大犯罪として条約が求める規模を超えている。条約批准のために、刑法の基本原則を大きく逸脱する共謀罪を新設する必要はない。

8.当会は、2003年(平成15年)8月、同年12月、2005年(平成17年)7月、同年10月、2006年(平成18年)4月、2014年(平成26年)12月にも意見書及び会長声明において共謀罪の新設に反対してきたが、冒頭に述べた情勢に鑑みて、改めて共謀罪の新設に強く反対する。

2016年(平成28年)8月17日

京  都  弁  護  士  会

会長  浜  垣  真  也
    

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