消費者取引被害の予防及び救済の観点からみた民法の成年年齢の引下げに関する意見書(2017年1月27日)


2017年(平成29年)1月26日


内閣総理大臣  安  倍  晋  三  殿
法務大臣  金  田  勝  年  殿
内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全、防災)  松  本     純  殿
消費者庁長官  岡  村  和  美  殿
内閣府消費者委員会委員長  河  上  正  二  殿
内閣府消費者委員会消費者契約法専門調査会座長  山  本  敬  三  殿
独立行政法人国民生活センター理事長  松  本  恒  雄  殿

京都弁護士会

会長  浜  垣  真  也



消費者取引被害の予防及び救済の観点からみた民法の成年年齢の引下げに関する意見書



第1  意見の趣旨
消費者取引被害の予防及び救済の観点からみて、民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げることについては、反対である。

第2  意見の理由
1  はじめに
(1)民法の成年年齢引下げについての検討の経過
民法(明治29年法律第89号)は長らく成年年齢を20歳と定めてきた(民法第4条)ところ、2007年(平成19年)5月に成立した日本国憲法改正手続に関する法律(国民投票法。平成19年5月18日法律第51号)は、満18歳以上が国民投票の投票権を有するとし、同法附則第3条第1項(現在では附則(平成26年6月20日法律75号)3項)では「満十八年以上満二十年未満の者が国政選挙に参加することができること等となるよう、選挙権を有する者の年齢を定める公職選挙法、成年年齢を定める民法その他の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする。」と定められた。
この附則を受けて、法制審議会は、第160回会議(2009年(平成21年)10月28日)で民法の成年年齢を18歳に引き下げるのが適当であるとする「民法の成年年齢引下げについての最終報告書」(以下「最終報告書」という。)を採択し、法務大臣に答申した。
そして、2015年(平成27年)6月17日、公職選挙法(昭和25年4月15日法律第100号)が改正され、選挙年齢が18歳に引き下げられた。そこで、同附則第3条第1項が選挙年齢とともに検討課題とした民法の成年年齢引下げの問題があらためてクローズアップされることとなった。
(2)成年年齢引下げの意義と問題点
成年年齢を18歳に引き下げることについては、自己決定権を早期に十分に実現し、大人としての自覚を促す点や国際社会に適合する制度を実現する点において意義があるとの指摘もある。
しかしながら、消費者取引被害の予防及び救済の観点からみたとき、現時点においては、以下に述べるとおり、成年年齢引下げには未成年者取消権の喪失という大きな問題点があり、それに対する対応策も未だ十分に採られていない。
そこで、本意見書では、民法の成年年齢引下げについては反対である旨意見する。

2  前提についての問題
(1)民法の成年年齢は選挙年齢と別個に考えるべきである
上記のとおり、民法の成年年齢の引下げの検討は、選挙年齢の引下げに伴って課題とされてきたものである。
しかしながら、法律における年齢区分はそれぞれの法律の立法目的や保護法益ごとに、子どもや若者の最善の利益と社会全体の利益を実現する観点から、個別具体的に検討されるべきであり、「国法上の統一性や分かりやすさ」といった単純な理由で安易に決められてはならない。
そして、民法の成年年齢引下げについては、私法上の行為能力を付与するにふさわしい判断能力があるかという点が正面から論じられるべきである。例えば、成年被後見人について私法上の行為能力が制限されているが選挙権は認められていることからみても、民法の成年年齢や行為能力の有無と選挙年齢とは、別個に考えられるべきであることは明らかである。
以上により、民法の成年年齢を選挙年齢と一致させることが望ましいとはいえず、民法の成年年齢の引下げについては、公職選挙法の選挙年齢の議論とは別個に考えるべきである。
(2)民法の成年年齢引下げの意義についての検討が不十分である  
民法の成年年齢引下げの意義について、「最終報告書」は、契約年齢(行為能力が制限されることによって取引における保護を受けることができる者の年齢)の引下げによって「18歳に達した者が、自ら就労して得た金銭などを、法律上も自らの判断で費消することができるようになるという点」等を挙げている(最終報告書10、11頁)。
しかし、文部科学省が2015年(平成27年)8月6日に発表した「平成27年度学校基本調査(速報値)」によれば、高等学校卒業者のうち、大学・短大進学率は54.6%、専門学校進学率は16.6%であるのに、就職率は17.8%であり、2割に満たない。1998年度(平成10年度)に就職率が22.7%であったことと比べても就職率は高くなっておらず、「18歳に達した者が就労して得た金銭」の処分に着目することによって民法の成年年齢を引き下げる意義が増大しているとは言い難い。
また、現在までに「18歳に達した者が就労して得た金銭」を自らの判断で費消できないことによって生じる不都合の実態が不明であり、これを費消できることによるメリットと、そのことによって生じうるデメリット(後述の問題点)を丁寧に比較衡量することが出来ない。このように、契約年齢の引下げのメリットとデメリットについて十分に議論が出来ていない状況で民法の成年年齢の引下げを進めるべきではない。
(3)国民のコンセンサスが得られていない
民法の成年年齢の引下げについて、読売新聞が全国世論調査(郵送方式)を実施したところ(2015年(平成27年)10月3日付け読売新聞)、成年年齢を18歳に引き下げることには「反対」が53%で、「賛成」の46%を上回った。反対する理由(複数回答)は「18歳に引き下げても、大人としての自覚を持つと思えないから」の62%がトップで、「経済的に自立していない人が多いから」(56%)、「精神的に未熟だから」(43%)などの順だった。なお、「反対」は20歳代で66%、30歳代で59%、40歳代でも57%となり、成年に達したばかりの20代からの反対が最も多いという結果となった。
また、内閣府が2013年(平成25年)に行った「民法の成年年齢に関する世論調査」の結果によれば、「18~19歳」の回答では、民法の成年年齢の引下げの議論の内容を知らない者の割合が85%を占めた。同世論調査によれば、「成年年齢引下げの議論」に関心があるかという質問に対して、「18~19歳」の回答は、「関心がある」が18.5%、「ある程度関心がある」が29.6%、「わからない」が1.9%、「あまり関心がない」が40.7%、「関心がない」が9.3%であった。このように、「関心がない」「あまり関心がない」を合計すると50%に達し、「関心がある」と「ある程度関心がある」を合計しても48.1%と半数に満たない。
このように、民法の成年年齢引下げについての国民のコンセンサスが得られておらず、この問題についての国民の関心が高まっているともいえない状況である。

3  民法の成年年齢の引下げに伴う未成年者取消権の喪失の問題
消費者取引被害の予防及び救済という観点からみたとき、民法の成年年齢を18歳に引き下げた場合に最も大きな問題となるのは、18歳~19歳の若年者が未成年者取消権(民法第5条第2項)を喪失することである。
(1)未成年者取消権の重要性
現行民法においては、18歳~19歳の若年者を含む未成年者が単独で行った法律行為については、未成年者であることのみを理由として取り消すことができるため、この未成年者取消権は未成年者が違法もしくは不当な契約を締結するリスクを回避するに当たって絶大な効果を有しており、かつ、未成年者を違法もしくは不当な契約を締結するよう勧誘しようとする事業者に対しては強い抑止力となっている。
(2)未成年者の消費者被害の現状
独立行政法人国民生活センターが発表した「全国消費生活情報ネットワーク・システム(PIO-NET)」(国民生活センターと全国の消費生活センター等に設置した端末機をオンラインで結び、全国の消費生活センターが受け付けた消費生活相談の中の「苦情相談(危害・危険を含む)」を収集しているシステム)の統計によれば以下のとおりである(以下の統計は、特記がある場合を除き、独立行政法人国民生活センター『成人になると巻き込まれやすくなる消費者トラブル-きっぱり断ることも勇気!-』、同編『消費生活年報2016』に基づいている。)。
①  18歳~19歳の相談件数が高止まりしている
全国の消費生活センターに寄せられた消費生活相談のうち18歳~19歳の相談件数は、2011年度(平成23年度)から2016年度(平成28年度)(2016年度(平成28年度)については同年9月30日まで。以下同じ。)にかけて、5000件前後でほぼ横ばいで推移している。
すなわち、「最終報告書」が取りまとめられた2009年(平成21年)以降、18歳~19歳の者には、常に相当な数の消費者被害が生じており、その数は一向に減少しておらず、「18歳、19歳の者の消費者被害が拡大する危険」は、2009年(平成21年)当時と変わりなく存在しているといえる。
②  20歳を境に相談件数が増加する
18歳~19歳と20~22歳の1歳当たりの相談件数を比較すると、いずれの年においても、20~22歳の相談件数は18~19歳の相談件数に比して増加しており、20歳になると明らかに相談件数が増加する。
京都府の消費生活相談件数の統計においても、2015年度(平成27年度)では、20歳未満の件数が189件であるのに対して、20歳代の件数は606件と3倍以上になっている(京都府消費生活安全センター「平成27年度京都府における消費生活相談の概要」)。
この差異は、まさに、未成年者取消権が、消費者被害に対する防波堤になっていることを示すものである。
③  マルチ取引被害件数の差異が顕著である
2011年度(平成23年度)から2016年度(平成28年度)におけるマルチ取引の相談件数は、20~22歳の男性が6,000件、女性が3,032件と、18歳~19歳の男性465件、女性152件の男性で約12倍、女性で約20倍となっている。また、契約当事者年代構成比でみても、2014年度(平成26年度)では、全年齢に占める割合が20歳未満は1%であるのに対して、20歳代は32.4%と、全年齢の中でも最も大きい割合を占めている。
京都においても、これまで、マルチ取引被害事件として、ライブリー事件、アースウォーカー事件及びi-rage事件等で、京都弁護士会所属の弁護士らで構成された弁護団が若年者の被害救済に取り組んできたところである。
マルチ取引は、既存の人間関係のしがらみを利用した断りにくい勧誘方法を取ることを特徴とするところ、20~22歳の相談件数が突出して多いのは、大学・短大等のクラスやサークル、職場やアルバイト先の人間関係等を利用して、この年代を狙い打ちして勧誘が行われているからと考えられる。一方、20歳未満の者の相談が少ないのは、まさに未成年者取消権が大きな抑止力となっているからと考えられる。
契約年齢を18歳に引き下げると、18歳~19歳の者を含む未成年者に対しても「マルチ取引」の勧誘が行われることになり、すぐにこの年代に対する消費者被害が拡大する(例えば、高校生の間でもマルチ取引被害が発生する)ことが予想される。
④  20歳を境に既支払金額も増加している
2011年度(平成23年度)から2016年度(平成28年度)における18歳~19歳と20~22歳の消費生活相談における既支払金額の平均額を比較すると、18歳~19歳では男性が約15万円、女性が約12万円であるが、20歳~22歳では、男性が約29万円、女性が約17万円となっており、18歳~19歳に比べて高額(男性は約2倍、女性は約1.4倍)となっている。
このことから、契約年齢を18歳に引き下げることにより、18歳~19歳の被害額がより高額になることが予想される。
⑤  20歳を境にローンやサラ金の相談が増加している
2011年度(平成23年度)から2016年度(平成28年度)における「フリーローン・サラ金」の相談件数については、20~22歳が18歳~19歳に比して大幅に上回るという顕著な違いがみられた。
すなわち、18歳~19歳では上位15位に入っていないのに対して、20歳~22歳では男性で4位(2,777件)、女性では12位(1,277件)と、20歳を境に急激に増加している。
18歳~19歳の若年者に対して契約締結の行為能力を認めることは、経済的基盤を有しない若年者を債務過多の状態に陥らせ、その貧困を助長し、経済的自立を妨げる可能性もある。
⑥  若年者はインターネット関連の消費者被害の危険にも晒されている
「20歳未満」の相談においては、「運輸・通信サービス」についての相談が70%以上を占めるという突出した傾向を示している(全年齢では28.7%)。
2011年度(平成23年度)から2016年度(平成28年度)における相談件数で見ても、18歳~19歳では、男女いずれも上位1位が「アダルト情報サイト」(男性11,664件、女性6,769件)、3位が「出会い系サイト」(男性2,114件、女性1,248件)、4位が「デジタルコンテンツ(全般)」(男性1,316件、女性1,167件)、6位が「他のデジタルコンテンツ」(男性812件、女性822件)となっている。
このように、若年者は既に通信サービスに関する消費者被害の危険に晒されているが、これに対する有効な対策が見出されていない状態で成年年齢を引き下げることは、更に同様の被害を増加させることに繋がりかねない。
⑦  小括
これらの現状によれば、民法の成年年齢を引き下げることで、18歳~19歳の若年者から未成年者取消権を喪失せしめた場合には、これらの若年者に対する消費者被害の拡大が必至となるものといえる。
この点については、「最終報告書」も「未成年者取消権(民法第5条第2項)の存在は、悪徳業者に対して、未成年者を契約の対象としないという大きな抑止力になっているものと考えられる。そうすると、民法の成年年齢が引き下げられ、契約年齢が引き下げられると、18歳~19歳の者が、悪徳業者のターゲットとされ、不必要に高額な契約をさせられたり、マルチ商法等の被害が高校内で広まるおそれがあるなど、18歳~19歳の者の消費者被害が拡大する危険があるものと考えられる。」(最終報告書13頁)と指摘しているとおりである。
したがって、未成年者取消権を喪失させることになる民法の成年年齢引下げはなされるべきではない。

4  契約年齢を引き下げた場合の問題点を解決するための施策の状況
上記のような成年年齢を引き下げることによる問題に対して、現状では、若年消費者保護の施策が十分に実施され、その効果が明らかになっているとはいえず、また、成年年齢を引き下げた上で若年者の消費者被害を防ぐ有効な対策が見いだせない状況である。
(1)消費者保護施策について
仮に民法の成年年齢を引き下げる場合には、上記のように若年者の消費者被害の予防・救済にとって重要な意義を有する現行の未成年者取消権に代替する消費者保護施策が十分に実施されることが必要となる。
この点、一定の条件の下で若年者に取消権を付与することは考えられるが、その場合には実効性のある要件を定めることが不可欠であり、基本的に、現在と同程度の若年消費者保護の制度とする必要がある。例えば、消費者契約を前提に、特定商取引法において、現行民法上の未成年者取消権と同様の制度を導入することや、消費者契約法において、内閣府消費者委員会消費者契約法専門調査会で議論されているような、事業者が消費者の判断力や知識・経験の不足、心理的な圧迫状態、従属状態など、消費者が当該契約を締結するか否かについて合理的な判断を行うことができないような事情を利用して契約を締結させた場合や威迫的な勧誘により契約を締結させた場合における取消権を導入すること等が考えられる。しかしながら、現時点においては、そのような法制度の導入はなされていない。
また、若年者においては、その知識・経験不足等から、訪問取引や電話勧誘販売等における不意打ち的な勧誘に対して有効な対処が困難であるという面があることから、そのような勧誘により望まない契約を締結させられるという被害に遭う危険性が高い。そのため、訪問取引や電話勧誘販売等による若年者の消費者被害の予防のための施策として、不招請勧誘の禁止や事前拒否者への訪問勧誘及び電話勧誘の禁止制度を導入する必要がある。しかしながら、同制度の導入については、先の特定商取引法の改正の議論で取り上げられたものの、現時点では導入に至っていない。
なお、事業者に取引の類型や若年者の特性に応じた重い説明義務を課したとしても、判断能力が十分でない18歳~19歳の若年者が説明を受けた旨の書類に不用意にサインすることで、事業者が義務違反を免れる旨主張してくることが予想されることに留意を要する。また、専用相談窓口の設置も必要であるが、消費者問題における事後的な相談や救済は、あくまで個別的なものに留まり、限定的な効果しかない上、事後的には十分な被害回復がなされないことも少なくないことを留意すべきである。さらに、18歳~19歳の若年者に対して、未成年者取消権がなくなる可能性があることを自覚させるには至っておらず、今後の広報がありうるとしてもその効果は不明である。
  以上から、18歳~19歳の者を取り巻く消費者被害の現状に鑑みれば、未成年者取消権に代わる有効な施策が見出せない現状では、やはり、同取消権による網羅的な抑止力を維持すべきといえる。
(2)消費者関係教育について
また、仮に民法の成年年齢を引き下げる場合には、若年者の消費者被害の予防・救済のため、消費者関係教育が十分に実施され、その効果が明らかとなっている必要がある。
しかしながら、消費者教育推進法が施行されてから十分な時間が経過しておらず、かつ、その効果が現れたことを示すデータ等も示されていない。
したがって、我が国における「消費者関係教育」は未だ道半ばという状況にあり、契約年齢の引下げの問題点を解決する施策として十分な効果を挙げていないと言わざるを得ない。
(3)以上のとおり、現状においては、消費者保護施策及び消費者関係教育のいずれの施策も、未だ十分な実施がなされておらず、また、その効果が浸透しているとは言い難い。
このように、我が国は契約年齢を引き下げた上で若年者の消費者被害を防ぐ有効な対策が見いだせない段階であることからしても、成年年齢の引下げはなされるべきではない。

5  結語
以上のとおり、民法の成年年齢引下げについては、国民のコンセンサスが得られていない状況である。また、成年年齢の引下げに伴って未成年者取消権の喪失に伴う若年者の消費者被害の拡大という大きな問題点があるにも関わらず、その解決のための施策は未だ十分でなく、その効果が十分に現れているとは到底いえない。
したがって、民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げることについては、反対である。

以 上



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