「ヘイトスピーチへの対処に関する条例の制定を求める意見書」(2017年3月23日)


2017年(平成29年)3月23日


京都府知事  山  田  啓  二  殿
京都市長    門  川  大  作  殿

京都弁護士会

会長  浜  垣  真  也




ヘイトスピーチへの対処に関する条例の制定を求める意見書



第1  意見の趣旨
  京都府・京都市に対して、次の内容を盛り込んだヘイトスピーチを抑止するために効果のある条例を制定することを求める。
1  条例の対象は、①人種、②皮膚の色、③世系(生まれ)、④民族的若しくは種族的出身、⑤国民的出自、⑥国籍、⑦信仰する宗教、⑧在留資格、⑨セクシャルマイノリティを理由とする不当な差別的言動とする。
2  不当な差別的言動が行われるおそれが客観的な事実に照らして明らかな場合には、公共施設の利用の不許可又は利用許可の取消ができるものとする。
3  不当な差別的言動について、当該言動の内容、当該言動が不当な差別的言動に該当すること及びその拡散を防止するためにとった措置等について公表するものとする。
4  インターネット上の不当な差別的言動について削除要請を行うものとする。
5  公共施設の利用制限、不当な差別的言動の公表等については、原則として第三者機関の意見を聞いた上で決定する仕組みとする。
6  差別の実態調査や歴史的経緯も踏まえた差別解消のための実効的な教育活動を行う。
7  不当な差別的言動に対する相談体制を整備する。

第2  意見の理由
1  はじめに
  2016年(平成28年)5月、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(以下「差別的言動解消法」という。)が制定された。同法は、近年、差別的言動が行われ、本邦外出身者又はその子孫が多大な苦痛を強いられるとともに、当該地域社会に深刻な亀裂を生じさせていることに鑑みて、不当な差別的言動の解消に向けた取組を推進することを目的としているところ(附則)、同法に規定のない事項について地方公共団体が規制することを禁じてはおらず、同法4条2項では、「地方公共団体は、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組に関し、国との適切な役割分担を踏まえて、当該地域の実情に応じた施策を講ずるよう努めるものとする」と規定されていることからすれば、むしろ、ヘイトスピーチに対して地方公共団体が条例によって不当な差別的言動解消のために必要な規制を積極的に行うことを求めているといえる。
  さらに、同法については、衆議院・参議院でも附帯決議がなされているところ、いずれにおいても「本邦外出身者に対する不当な差別的言動が地域社会に深刻な亀裂を生じさせている地方公共団体」においては、「その解消に向けた取組に関する施策を着実に実施すること」が求められている。この「本邦外出身者に対する不当な差別的言動が地域社会に深刻な亀裂を生じさせている地方公共団体」には、同法制定の契機の一つとなった「京都朝鮮第一初級学校事件」が起きた京都府・京都市も念頭に置かれていると考えられ、京都府・京都市は、より一層の、差別的言動解消に向けた取組を実施することが求められている。
  この点、京都の状況について見てみると、「京都朝鮮第一初級学校事件」の民事訴訟判決(京都地方裁判所平成25年10月7日判決、大阪高等裁判所平成26年7月8日判決、最高裁判所平成26年12月9日決定)において、ヘイトスピーチが不法行為に該当するとして約1200万円もの高額の損害賠償責任が認められたにもかかわらず、ヘイトスピーチを含むデモがなくなることはなく、2015年(平成27年)だけを見てもヘイトスピーチを含んだ街頭宣伝等は25件起きている。同年12月には、上述の「京都朝鮮第一初級学校事件」についても、「勧進橋児童公園奪還行動5周年デモin京都」と題した大規模なデモが行われるなどしており、司法判断もヘイトスピーチへの現実的な抑止とまではなっていない。
  ヘイトスピーチは、対象とされた者の個人の尊厳などの基本的人権を著しく侵害するだけでなく、社会に誤った認識と偏見を広め、憎悪や差別や暴力などを助長するものである。これが公の場で行われる場合には、事実上公において容認されていると誤ったメッセージとして受け止められることにもなる。
  人種差別撤廃条約が第4条(c)において、「国または地方の公の当局又は機関が人種差別を助長し又は煽動することを認めないこと」としており、地方自治体も直接の名宛人となっていることも踏まえて、京都府・京都市において、ヘイトスピーチを抑止するために効果のある条例を制定することを、具体的には以下の項目を含んだ条例を制定することを求める。

2  条例に含めるべき項目
(1)条例による保護の対象
  差別的言動解消法は、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」のみを対象としているが、両議院の附帯決議において、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」以外のものを許容する趣旨ではなく、同法の趣旨、日本国憲法及びあらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約の精神に鑑み、適切に対処することが求められている。
  そして、人種差別撤廃条約前文において、「すべての人がいかなる差別をも、特に人種、皮膚の色又は国民的出身による差別を受けることなく同宣言(世界人権宣言)に掲げるすべての権利及び自由を享有することができること」、「すべての人間が法律の前に平等であり、いかなる差別に対しても、また、いかなる差別の煽動に対しても法律による平等の保護を受ける権利を有すること」と規定されていること、また、同条約が上述のとおり、地方自治体も直接の名宛人としていることに鑑み、条例が対象とする不当な差別的言動は、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」だけでなく、広く、①人種、②皮膚の色、③世系(生まれ)、④民族的若しくは種族的出身、⑤国民的出自、⑥国籍、⑦信仰する宗教、⑧在留資格、⑨セクシャルマイノリティを理由とする不当な差別的言動を禁止する内容とすべきである。

(2)公共施設の利用の制限
  公共施設の利用については、表現の自由や集会の自由の重要さに鑑みて、原則として、その内容にかかわらず、不許可とすべきではない。
  しかしながら、一方で、「京都朝鮮第一初級学校事件」に関連する京都地方裁判所における仮処分決定(京都地方裁判所平成22年3月24日決定)や、横浜地方裁判所川崎支部におけるヘイトデモ禁止仮処分決定(横浜地方裁判所川崎支部平成28年6月2日決定)において判断されているとおり、ヘイトスピーチやヘイトデモによる人格権の侵害については、事後的な権利の回復が極めて困難な場合があり、事前に差し止める緊急性や必要性が認められる場合がある。
  特に、不当な差別的言動が公共施設で行われてしまうと、公において事実上容認されているという誤ったメッセージとなってしまうおそれも強い。
  それゆえ、京都府・京都市においては、不当な差別的言動による府民・市民への被害を防ぐべく、府や市が所管する公共施設において不当な差別的言動が行われるおそれが客観的な事実に照らして明らかな場合には、例外的に、当該施設の利用を不許可とすることができるよう条例に定めるべきである。客観的な事実として参照すべきものとしては、インターネット上のものを含む、集会の広報や宣伝の内容、許可を求める者のこれまでの活動内容・活動実績などが考えられる。その際には、利用を申し込んだ者について、告知聴聞の機会を保証することが必要である。なお、一度許可を出した場合であっても、実際に利用されるまでの間に、客観的事実などから不当な差別的言動が行われるおそれが明らかとなった場合には、事後的に許可の取り消しを行えるようにすべきである。
  一方、制定する条例においては、表現の自由や集会の自由への過度の制限とならないよう、不許可とする要件・事情等についてできる限り明示するべきであり、また、より制限的でない方法として、不当な差別的言動を行わないことを条件とした条件付き許可などの措置も選択することができるようにするべきである。
  なお、以上は公共施設について述べたものであるが、道路上で行われる不当な差別的言動(ヘイトデモ)でも同様の問題は生じる。それゆえ、不当な差別的言動が行われるおそれが客観的な事実に照らして明らかな場合には、道路使用の許可にあたり、より被害が生じないようにするため、たとえば差別対象とされる属性の人々の集住地域を避けるように場所を変更したり、不当な差別的言動を行わないように条件を付すなど、適切な規制がなされるべきである。

(3)不当な差別的言動に該当すること等の公表
  不当な差別的言動が実際に行われたにもかかわらず、京都府・京都市が何も対応をしないでいると、公が事実上容認しているという誤ったメッセージとして受け止められ、被害の拡散の原因となり得る。京都府・京都市としては、それ以上の被害の拡散を防ぐため、当該言動が不当な差別的言動に該当し、容認しない旨のメッセージを発信する責務がある。
  それゆえ、京都府・京都市は、府内・市内で不当な差別的言動が行われた場合、また、府内・市内の府民・市民に対して不当な差別的言動が行われた場合には、当該言動の内容、当該言動が不当な差別的言動に該当すること及びその拡散を防止するためにとった措置等について公表することが旨を条例において規定するべきである。

(4)インターネット上の対策について
  インターネット上の不当な差別的言動による被害は深刻であり、それゆえ、衆議院・参議院でも「インターネットを通じて行われる本邦外出身者等に対する不当な差別的言動を助長し、又は誘発する行為の解消に向けた取組に関する施策を実施すること」と附帯決議がなされている。
  それゆえ、京都府・京都市は、府市民からの情報提供などに基づいて不当な差別的言動がなされていることを発見した場合には、削除要請を行うなど、インターネット上の不当な差別的言動の解消に向けた対策についても条例で規定するべきである。

(5)第三者機関の設置について
  公共施設の利用の不許可等、府民・市民の権利を制限するような事項、及び不当な差別的言動に該当する等の公表については、行政による恣意的な判断を避けるため、第三者機関を設置し、原則として当該機関の意見を聞いた上で決定する仕組みとするべきである。
  第三者機関の委員については、国際法学者・憲法学者・弁護士などのうち、ヘイトスピーチ問題に造詣が深い専門家を含めるべきであり、また、その属性に偏りのないよう、国籍や性別にも配慮した人選とすべきである。
  第三者機関の意見については、迅速な判断がなされるよう、標準処理期間なども定めるべきである。
  なお、公共施設の利用許可に関してはすみやかな判断が必要であることから、第三者機関の各委員からの個別の意見聴取で第三者機関からの意見聴取に代えることができるものとすることも考えられる。

(6)不当な差別的言動に対する教育について
  「京都朝鮮第一初級学校事件」が起こった京都府・京都市としては、一般的な啓発にとどまらず、差別の実態やそれがもたらす被害について調査を行い、それに基づき、歴史的経緯も踏まえて、差別解消のための実効的な教育活動を行わなければならない。また、児童・生徒に対する教育だけでなく、教員を対象とした研修等や、社会教育も行うべきである。

(7)不当な差別的言動に対する相談体制について
  不当な差別的言動・取扱いによる被害を受けてしまった府民・市民がその被害を迅速に回復できるようにするため、容易にアクセスすることができる相談窓口を設置する必要がある。既に京都府においては、法律相談事業の実施に向けて準備中である旨を聞いているが、専門相談員の養成・配置についても検討すべきであり、京都市においては、すみやかに相談窓口を設置すべきである。また、法的な援助が必要なものについては、当該相談窓口と弁護士会が連携する体制も構築すべきである。

3  おわりに
  本意見書は、差別的言動解消法の制定を契機としたものであるため、不当な差別的言動への対応についてのみ述べるものである。しかしながら、国や地方公共団体は、人種差別撤廃条約上の義務を負うのであり、不当な差別的言動だけでなく、不当な差別的取扱いなどあらゆる差別的行為への対応も早急に検討すべき課題である。
  はじめに述べたとおり、京都府・京都市は、差別的言動解消法が制定される契機の一つとなった「京都朝鮮第一初級学校事件」が起きた地域であり、とりわけ、京都府・京都市は、より積極的な対策をとることが求められている。
  京都弁護士会としても、不当な差別的言動による被害回復や防止に向けて研鑽を重ねて相談窓口と連携するなど、このような事件が二度と繰り返されないよう、その背景にある不当な差別や偏見のない社会を実現に向けて、積極的に取り組む決意である。

以 上

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