「地方消費者行政の一層の充実・強化を求める意見書」(2017年6月22日)


2017年(平成29年)6月22日


内閣総理大臣                                安  倍  晋  三  殿
内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全)    松  本      純  殿
消費者庁長官                                岡  村  和  美  殿
地方消費者行政の充実・強化に向けた今後の支援のあり方等に関する検討会座長  山  本  隆  司  殿
財務大臣                                    麻  生  太  郎  殿


京都弁護士会

会長  木  内  哲  郎



地方消費者行政の一層の充実・強化を求める意見書



第1  意見の趣旨
1  国は、地方公共団体の消費者行政の体制・機能強化を推進するための特定財源である「地方消費者行政推進交付金」(以下「交付金」という。)の交付要領について、2017年度(平成29年度)までの新規事業を適用対象に限定している点を改正し、2018年度(平成30年度)以降の事業も適用対象に含めるべきである。
2  国は、交付金の交付要領について、新規事業を適用対象に限定している点を改正し、既存事業をも適用対象に含めるべきである。
3  国は、地方公共団体が実施する消費者行政機能のうち、消費生活相談情報の登録事務、重大事故情報の通知事務、違反業者への行政処分事務及び適格消費者団体・特定適格消費者団体の活動支援事務等、国の事務処理の性質を併せ持つ事項に関する予算の相当部分について、恒久的に財政負担するべきである。
4  国は、消費生活相談員及び地方消費者行政における法執行、啓発・地域連携等の企画立案、他部署・他機関との連絡調整、商品テスト等の事務を担当する職員の配置人数の増加及び専門的資質の向上等に向け、実効性ある施策を講じるべきである。


第2  意見の理由
1  交付金継続の不可欠性(意見の趣旨1)
(1)消費者被害の現状
  京都府(府センター及び各広域振興局)の消費生活相談窓口に寄せられた相談件数は2015年度(平成27年度)から過去5年間、6000件弱で推移しており、京都府内で市町村を含めた消費生活相談窓口で受け付けた相談は2万件弱で推移している 。京都府における消費者被害は、一向に減少しおらず、むしろ社会の高齢化・情報化や取引の複雑化等により、消費者被害はその解決が困難なものが増加している。
(2)地方消費者行政の役割
京都府では、①基幹センターである京都府消費生活安全センター、各市町村の消費生活相談窓口、及び4つの広域振興局の相談窓口における消費生活相談及び②消費者被害情報の収集、③法令に違反した事業者に対する行政処分、④消費者向けの啓発・教育を行っている。これらを総合的に行うことにより、京都府下における消費者被害の予防・救済の役割を担ってきた。
(3)交付金の意義
  京都府が上記の役割を担ってこられた背景事情として、地方消費者行政の拡充の議論や2008年度(平成20年度)から開始された「地方消費者行政活性化基金」(以下「基金」という。)の交付措置がある。同基金は、2014年度(平成26年度)より「地方消費者行政推進交付金」に移行し、これまで基金と交付金を合わせ、延べ約528億円の予算措置がとられてきた。京都府に交付された基金、交付金は現在まで京都府の消費者行政を財政面で支えてきた。特に、京都府下の各市町村及び広域振興局に配分された交付金は、その全てが相談体制整備に利用されてきた。
(4)相談体制の拡充の必要性
  前述のように、京都府(府センター及び各広域振興局)では、近年消費生活相談窓口に寄せられた相談件数が高止まりしており、一向に減少傾向がみられない。そのため、相談体制の更なる拡充・相談員の増員が求められるところ、交付金の適用対象事業が2017年度(平成29年度)までの新規事業に限定されており、今後、交付金による相談体制の拡充は困難である。京都府のこれまでの上記役割は交付金に支えられており、京都府の自主財源による現状の相談体制維持は困難である。今後交付金の利用が途絶えた場合には、相談員の減員や勤務時間の減少、相談窓口対応時間の減少等、具体的な相談体制が減退することは必至である。
(5)執行事務、政策立案機能への影響
  現状の相談体制が維持できなくなることによる弊害は、相談業務の減退にとどまらない。例えば、京都府においては、執行事務担当者は、消費生活相談窓口に寄せられた消費者からの情報を参照し、同種被害の有無や反復性等被害の実態を把握し、悪質事業者の調査、さらには行政指導・行政処分へと連動している。このように、消費生活相談窓口に寄せられる情報は、執行事務(行政指導・行政処分)の端緒となっている。相談業務機能の減退により、最初の入り口部分である相談窓口に寄せられる情報が減少することとなり、その結果、執行機能が減退することとなる。
  また、京都府の消費政策の政策企画部では、消費生活相談窓口に寄せられた被害情報、被害件数、被害の傾向等の情報を収集、分析することにより、時機に応じた消費者政策の立案を行っている。したがって、消費生活相談窓口に寄せられる情報が途絶えた場合、政策立案そのものが困難となる。
(6)適格消費者団体の支援の必要性
  適格消費者団体は、差止請求活動により我が国の市場の公正を確保し、消費者被害の未然防止、拡大防止に重要な役割を担っている。いわば行政の役割を代替する公的な役割を担っている。また、適格消費者団体は集団的消費者被害回復訴訟制度の担い手である特定適格消費者団体の母体であり、今後、消費者被害の回復に重要な役割を担うことが期待されている。
京都府は、府下で活動する適格消費者団体と連携して消費者問題に取り組むとともに、交付金を利用して消費者団体に啓発事業の委託を行う等消費者団体と協働して消費者被害の予防・救済を行うと共に、多くの団体支援を行ってきた。京都府が様々な形で支援している適格消費者団体の京都消費者契約ネットワークでは、体験談形式でクロレラが脊柱管狭窄症や癌に効能があるかのような優良誤認表示を行っていたチラシの差止請求を行ったところ、同訴訟において最高裁として初めて、消費者契約法4条の「勧誘」に、不特定多数の消費者を対象とするチラシが含まれ得ることが明示された(最判平成29年1月24日裁判所ウェブサイト)。また、インターネット通信契約の解約料の差止請求訴訟においても、京都地方裁判所において当該解約料を徴求する根拠となった約款の条項が無効であるとの判断がなされている(京都地判平成28年12月9日判例集未登載)。これらは、行政による対応が困難とされていた事件について、適格消費者団体が一定の解決を図った一例である。
ところが、交付金の適用対象事業が2017年度(平成29年度)までの新規事業に限定されているため、今後、交付金を利用した事業委託等は困難となり、消費者団体と協働して啓発活動を行うことや消費者団体の活動支援が減退することとなる。適格消費者団体についての認知度は未だ低く、京都府による適格消費者団体との協働による周知・広報の機会が減少することは、同団体が、消費者裁判手続特例法上の特定資格の認定を目指した場合に、その支援を行うことも困難となることが容易に想定される。
(7)小括
このように、交付金の利用が途絶えることにより京都府の消費者行政が受ける影響は広範囲に及び消費者保護のための各事業の減退は避けられないものである。京都府は、地方消費者行政をリードしていく要となる組織である。その目的とするところは、啓発等により消費者被害を予防するとともに、高止まりしている消費者被害を救済し、悪質な事業者を排除することにより消費者が安心して生活できる地域づくりを行う点にある。京都府がその役割を十分に果たし、消費者の安全・安心な生活の基礎を築くためにも、2018年度(平成30年度)以降の事業を交付金の適用対象に含めるべきである。

2  新規事業を適用対象に限定している点を改正し、既存事業をも適用対象に含めることの必要性(意見の趣旨2)
消費者行政の目的は、消費者被害の予防・救済にあり、この同一目的のもと様々な消費者行政分野において各事業が行われている。しかし、交付金は、その利用要件として目的の新規性を要求しているため、既存の事業がいかに重要であってもこれに利用することができない。例えば、消費者被害予防を目的とする啓発活動や消費者被害救済のための安定した相談体制の整備等、消費者保護のための各事業は、個別の事件解決とは異なり、個々に効果を得たり測ったりできるものではなく、長期間安定して実施する必要がある。新規性の要件はこうした地方消費者行政の実態と乖離している。
他方で、多くの自治体側は、事業の新規性を重要視するあまり、上記2(5)のように同一目的のもとで連動している一連の業務を細分化したうえで、分断した一部の業務に新規性を取り込むことにより交付金の利用を継続しようと努力している。しかし、このように連動している一連の業務の一部を分断して形態を変えることは全体の流れを阻害し、かえって消費者行政業務の安定性、効率性を阻害することとなる。
自治体の消費者行政の業務が安定的に継続することが消費者被害の拡大防止、被害回復に資するのであるところ、交付金の利用要件として新規性を要求することは、安定的な業務実施の弊害となっている。
そこで、交付金の交付要領について、新規事業を適用対象に限定している点を改正し、既存事業をも適用対象に含めるべきである。

3  国の事務の性質も有する消費者行政費用に対する恒久的財政負担の必要性(意見の趣旨3)
  地方消費者行政が行う事務には、自治事務とされながらも、下記のように国の消費者行政事務を地方で分担しているとも捉えられる性質のものがある。
①  消費生活相談情報の登録事務は、相談情報をPIO-NETに登録して全国で共有し、消費者被害の予防や法執行に活用することにつながるものである。また、消費者安全法に基づく重大事故情報の通知事務も、国の消費者被害情報の収集事務の一端を担うものといえる。
②  都道府県が特定商取引法や景品表示法に基づき行政処分を執行することは、我が国における市場の公正を確保するものといえるし、インターネット取引や電話勧誘販売等地域的に限定されない消費者被害が増加しており、そのような場合、処分によって全国的な被害予防につながるものといえる。
③  各地域の適格消費者団体や特定適格消費者団体は、差止請求や被害回復により我が国の市場の公正を確保し、消費者の権利を擁護するものであり、国の役割の一部を担うものといえる。地方消費者行政が、そのような適格消費者団体及び特定適格消費者団体を支援することも、国の消費者行政事務を担うものといえる。
このように、地方消費者行政が国の消費者行政事務を担っていることを踏まえ、そのような事務については、国が恒久的に財政負担すべきである。
  その方法としては、地方財政法を改正し、地方公共団体が法令に基づき実施する事務のうち、国がその経費の全部ないし一部を負担すべきものを定める同法10条に、上記事務を加えること等が考えられる。

4  担当課及び担当職員の拡充の必要性(意見の趣旨4)
  これからの消費者行政には、消費生活相談、消費者被害情報の収集、違反事業者に対する行政処分、消費者向けの啓発・教育のほか、見守りネットワークのキーとしての役割も期待される。
  そのような役割を担うためには、専門的知識・経験を備えた消費生活相談員及び地方消費者行政担当職員が適切に配置されることが必要になる。また、法執行等に関する法的支援のため、弁護士等の法律専門家を適切に配置することも必要である。
  しかしながら、その体制整備が未だ進んでいない。地方消費者行政担当職員の配置は地方公共団体の自主財源でなされなければならないところ、その財源が厳しい状況にある。
  そこで、国としては、消費生活相談員及び地方消費者行政担当職員の配置人数の増加や研修の一層の充実化等専門的資質の向上に向け、財政的・人的支援を強化する施策を講じるべきである。また、弁護士等の法律専門家をパートタイム雇用する等の地方消費者行政の法的支援に向けた実効的な施策を講じるべきである。

以  上


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