意見書

知的財産高等裁判所の創設に関する意見書(2003年8月13日)


2003年(平成15年)8月13日

司法制度改革推進本部  御中

京都弁護士会      
塚  本  誠  一



知的財産高等裁判所の創設に関する意見書



意 見 の 趣 旨

  知的財産高等裁判所の創設については、国民の司法アクセスの新たな障害となるものであり、国民の裁判を受ける権利の実質的保障その他憲法上の権利・利益の擁護等の観点から、これに反対する。

意 見 の 理 由

  1.   知的財産戦略本部は、去る7月8日に270項目に及ぶ「知的財産の創造、保護及び活用に関する推進計画」(以下「推進計画」という。)を策定し、今後のわが国の知財立国に向けた戦略目標を定めた。そして、その中には、知的財産高等裁判所(以下「知財高裁」という。)の創設を図るとの項目も盛り込まれ、これに必要な法案を2004年の通常国会に提出することとされている。そして、その創設理由としては、
    1. 知的財産の保護強化
    2. 内外に知財重視という国家政策を明確にする、の2点が謳われている。

  2.   もとより、わが国の今後の在り方を考える場合、知的財産の重視及び保護の強化という基本的な方向性については、別段異を唱えるものではない。
      しかしながら、知財高裁の創設には、その創設理由とされる政策目標(国家的利益)を凌駕し、これに優越する国民の基本的権利・利益の過度の制約がもたらされることが予想され、しかもその点についての十分な配慮がなされることも伺えないので、反対である。しかも、かかる重要問題について、先の国会で成立した民事訴訟法等の一部を改正する法律による新しい知的財産権に関する訴訟(「改正知財訴訟法」という。)の施行実績が未だなく、現行制度(改正後)の問題点の存在すら明確ではない現時点において、早々に知財高裁の創設を決めることは、拙速の誹りを免れないものと思料する。

  3.   すなわち、創設が構想されている知的財産権訴訟のみを専門的に扱う専門高裁は、米国を始め諸外国にその類例がなく、必ずしも創設理由から必然のものではない。しかも、特定種類の事件のみを専門的に扱う高等裁判所は、その専門的処理能力の増強というメリットと引き替えに、専門特化するが故に、判断者(裁判官)の法的判断能力や事実認定能力に専門的偏りが発現する可能性が懸念される。米国においてもCAFC(連邦巡回控訴裁判所)は、通常事件をも多く取り扱う組織として制度設計されているのである。

  4.   また、知財高裁は、東京高裁をその設立母体として予定されているものであるが、改正知財訴訟法による特許権等に関する訴訟の東京高裁への集中化に加えて、知的財産基本法第2条2項所定の知的財産権に関する事件全般の集中化を招く可能性がある。
      すなわち、改正知財訴訟法ですら、特許権等に関する侵害訴訟においては、第1審は東京地裁と大阪地裁の専属管轄とされ、さらに大阪地裁の終局判決に対する控訴裁判所をも東京高裁としてその専属とするなど、東京中心の一極集中化が図られているところ、西日本地域に所在する当事者としては、控訴裁判所を東京高裁の専属とすることは、係争費用や出廷の手間や時間などの点から、控訴制限要因として働くのは自明である。
      インターネットが普及した現在、知的財産権として保護されるべきアイデアなどの創作・創出は、東京その他の大都市圏だけでなく、地方においても活発に行われており、各地方自治体も、地場産業の再生・育成の観点から産学官の連携の推進その他の施策を講じて知財の創出を積極的に推進しているところである。かかる状況下において、地方における特許権等に関する紛争は今後、ますます増えていき、地方における同紛争解決ニーズも増大していくものと予測される。また、知的財産を創作・創出し、これを保有する企業は必ずしも大企業とは限らず、資力が潤沢とはいえない個人や中小企業であることも多いという点も見過ごしてはならない。国家戦略として知的財産の保護・強化を標榜するのであれば、かかる地方における紛争解決ニーズに的確に応えるために、その地域の裁判所(地域住民がアクセスしやすい裁判所)の人・物的施設を拡充するのが本来あるべき姿であり、かかる地方の紛争解決ニーズを捨象して、上記のような東京中心の一極集中化を推し進めるのは、知的財産の保護・強化という目的・理念に背反するものである。
      これに加えて、特許権等に関する訴訟以外の商標権や著作権、不正競争防止法事件等も、知的財産権紛争の概念に含まれるものであるとの理由、もしくは商標権は特許庁によって設定される権利であって特許権等と同等の産業財産権であるとの理由などから、東京高裁(知財高裁)へのさらなる集中化が図られることにでもなれば、これら事件が特許権等に関する紛争にもまして地方の地域に根ざしたものとして生起することが多いという実情からして、より一層深刻なアクセス障害がもたらされることになり、国民の基本的権利である裁判を受ける権利が過度に制約されることになる。

  5.   指摘するまでもなく、かかる司法アクセス問題に関しては、司法制度改革審議会意見書にて、司法アクセス障害の除去が提言されたことを受けて、貴本部も司法アクセス検討会なる専門部会を設けて、その実現に向けて鋭意検討がなされているところである。かかる状況にも拘わらず、その一方で、国家戦略として知財立国が標榜されているというのみで、その紛争処理の専門性・迅速化を大義名分として知財訴訟を司法アクセス障害除去の埒外のものとして扱うことは、司法制度改革全体の中でまったく整合性が取れていないと言わざるを得ない。さらに、上記の知財紛争の解決機関の一極集中化は、地方分権が叫ばれ、また各種国家機関の地方分散化が図られている昨今の情勢にも、まったくそぐわないものである。国民の裁判を受ける権利が、憲法上保障された基本的人権であることに鑑みれば、知財重視という政策目標も、その達成手段は慎重に選ばれなければならないのは当然であり、知財重視という政策目標の実現手段が、基本的人権の過度の制約を招くものであってはならない。

  6.   さらに、推進計画に技術及び知財に強い裁判官の育成という項目も盛り込まれていることと関連し、知財高裁の創設に伴い、その専門性、特殊性から法曹資格を有しない技術系裁判官を任用するという意見も認められる虞れがあるが、この問題については、憲法の想定する裁判所制度はどのようなものなのか、また、裁判官に求められている資質はどのようなものなのかという、司法制度の根幹に関わる議論を抜きには語れないものであり、より一層慎重な議論が求められるところである。そして、裁判官に技術的知見を提供する制度としては、これまでの裁判所調査官制度に加えて、改正知財訴訟法にて、新たに専門委員制度が導入されたところであり、その施行実績もまったく存在しない現時点において、司法の根幹に関わる制度改正を議論するのは、明らかに時期尚早である。

  7.   また、改正知財訴訟法では、東京高裁に5名の裁判官からなる大合議体(大法廷)によって重要な法律判断を含む事件を処理することが予定されているところ、かかる大合議体の行った判決に対して、手続的には最高裁への上訴の道が存在するとはいえ、現状の最高裁の人的施設を前提とする限り、知財関連法の学識経験及び知財事件の実務的処理経験という点では、知財高裁の大合議体を構成する裁判官が最高裁に勝ると言わざるを得ない。
      かかる実情のもとでは、自ずから最高裁の上級審としての地位・役割は、相対的に低下することとなる。そして知財高裁の創設によって、この状況にさらに拍車が掛かるのは必定であり、実質的に最上級審たる判断力を具備した最高裁への上訴の道が保障されないような制度は、憲法がその存在を許さない特別裁判所と評し得るものであるから、前記創設理由の如き漠然とした政策目標によって安易に知財高裁を創設するのは許されない。知財高裁の創設は、必然的に最高裁の組織改革も伴うべきものである。

  8.   知財高裁の創設理由の?は、改正知財訴訟法の施行によって十分実現可能なものであり、この実績も見ない段階では現行制度に如何なる問題があるのかすら分からないものであり、また?の理由については、多分に政治的パフォーマンスの意味合いが強く、不見識な知財高裁の創設は、内外に知財重視をアピールするという目的に反して、逆に諸外国の司法関係者から奇異な目で見られるところとなり、また、わが国で訴訟を遂行する外国人の司法制度ユーザーにも不安感を与える結果となろう。わが国がようやく商法改正にてストックオプション制度を導入した頃には、既に米国ではその弊害が強調されて忌避される傾向が強くなっているという昨今の状況も参考になろう。
      ともあれ知財高裁の創設は、基本的人権(裁判を受ける権利)に過度の制約を来すことが強く懸念され、また最上級審たる最高裁への上訴権の形骸化、さらには技術系裁判官の登用については、裁判官に付託される法判断者たる役割の変質、引いては法の支配の後退等、憲法が予想する裁判所制度の大枠を踏み外す重大かつ深刻な問題を孕むものである。かかる憲法上の権利・利益の過度の制約の虞れに対する明確な対応策・処方箋が示されないまま、知財重視の名の下で、拙速に世界に類例を見ない知財高裁の創設を図るのは、国家百年の大計を誤る虞れがある。

      よって当会は、意見の趣旨記載のとおり、知財高裁の創設については、反対の意見を表明する。
    以  上


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