「京都スタジアム(仮称)建設及び亀岡駅北土地区画整理事業についての意見書」(2017年12月20日)
2017年(平成29年)12月20日
京都府知事 山 田 啓 二 殿
亀岡市長 桂 川 孝 裕 殿
京 都 弁 護 士 会
会長 木 内 哲 郎
京都スタジアム(仮称)建設及び亀岡駅北土地区画整理事業についての意見書
第1 意見の趣旨
1 京都府は、京都府絶滅のおそれのある野生生物の保全に関する条例に基づいて、当初の京都スタジアム(仮称)の計画予定地であった曽我谷川北部の水田地帯(京都・亀岡保津川公園)及びその周辺地域を生息地等保全地区に指定し、京都・亀岡保津川公園については、管理地区に指定した上で、必要に応じてさらに立入制限地区に指定すべきである。亀岡市も、関係市町村及び土地所有者として、これに同意すべきである。
2 京都府及び亀岡市は、アユモドキの維持・増殖のために保全対策を行い、その保全策の検討・実施にあたっては、研究者等の専門家に長期的な調査・保全対策の検討を可能とする予算措置を可能とし、環境省、文化庁等の関係機関と連携して、それぞれの役割分担を明確にすべきである。
3 京都府及び亀岡市は、民間業者が亀岡駅北土地区画整理事業予定地を利用するについて、認められるべき工法や利用方法を定め、取水・排水による地下水位・水質・湧水量、騒音・振動、照明などによる光害の影響などを考慮した上で基準を策定し、規制すべきである。
4 京都府及び亀岡市は、工事中及び事業終了後、アユモドキの生息・生育状況についてモニタリングを継続するとともに、その結果を適切に公表し、生息・生育状況に悪影響が生じた場合には、工事着手後であっても計画を見直し、適切に工事内容に反映させるべきである。
第2 意見の理由
1 本意見書を提出するに至る背景
(1) 当会は、2015年(平成27年)3月26日に、亀岡駅北土地区画整理事業(以下「駅北事業」という。)及び亀岡市都市計画公園(京都スタジアム(仮称)の建設にかかわる公園事業)(以下「公園事業」という。)についての意見書(以下「前回意見書」という。)を提出している。前回意見書において、アユモドキについて、駅北事業及び公園事業が希少種であるアユモドキを絶滅させる可能性のあることを指摘し、アユモドキの保全対策についての実証実験を十分に実施するとともに、モニタリングし、生息・生育環境に悪影響がある場合には、計画を見直し、工事内容を見直すこと等を、浸水被害について、駅北事業による事業予定地及びその周辺地域に浸水被害の可能性があることを指摘し、浸水シミュレーションと、浸水被害の可能性があるときには治水対策すること等を、亀岡市及び京都府に求めた。
(2) その後、2016年(平成28年)4月27日に、「亀岡市都市計画公園及び京都スタジアム(仮称)に係る環境保全専門家会議」の座長から、公園事業を前提とした京都スタジアム(仮称)の予定地を変更することの提言が提出された。これに対して、京都府及び亀岡市は、2016年(平成28年)8月24日に座長提言の受け入れを表明して、京都スタジアム(仮称)の予定地を変更し、駅北事業地でスタジアム整備を進めるとともに、地下水影響解析や都市計画公園用地エリアを中心にアユモドキの保全対策に取り組んできたものである。
上記座長提言を受け入れて、京都スタジアム(仮称)の予定地を変更し、くい打ちの工法を変更するなど環境保全対策を進めてきた京都府・亀岡市の姿勢は、アユモドキの保全に資するものとして一定評価することができる。
しかし、次のとおり、京都スタジアム(仮称)予定地変更後もアユモドキの絶滅の危険性は存続している。
2 アユモドキの生態と絶滅危惧等に指定されており、保全されるべきこと
アユモドキは、日本固有種で、特に水田周辺の生態系で河川氾濫原という不確実性の高い環境を利用し人間生活と深い関係を持ちながら存続してきた学術的にも貴重な種であるが、伝統的な農業の衰退や土地利用の改変、開発、外来種の影響等の結果、現在では京都府亀岡市付近の桂川水系の本・支流と用水路、および岡山県旭川水系と吉井川水系での個体群が知られるのみで、それ以外の分布地での個体群は壊滅状態と考えられている。アユモドキは生活史の各段階で生息場所、生息環境を変えるため、その生息には河川と水田周辺の水域の連続性が重要である。また、当初の京都スタジアム(仮称)の計画予定地内では、アユモドキ以外にも、京都府レッドリスト等に記載されている自然環境保全上重要な種が7種確認されている。
アユモドキは、文化財保護法に基づく国指定の天然記念物であり、種の保存法に基づく国内希少野生動植物種、京都府絶滅のおそれのある野生生物保存条例(以下「野生動物保全条例」という。)に基づく指定希少野生動植物種にそれぞれ指定されている。また、環境省レッドデータブックカテゴリー、京都府レッドデータブック、国際自然保護連合(IUCN)レッドリストなどで絶滅危惧種・絶滅寸前種等に区分されているほか、亀岡市のウェブサイトにも「かめおかの環境のシンボル アユモドキを守ろう!」と記載されており、アユモドキは地域の環境の象徴となっている。また、亀岡市は、曽我谷川北部の水田地帯(京都・亀岡保津川公園)を京都スタジアム(仮称)の予定地として購入し、土地所有者となったところ、野生動物保全条例第21条に基づき、土地所有者として京都・亀岡保津川公園の利用に当たって、アユモドキの保全に留意しなければならない義務がある。
3 開発行為によって種の絶滅の可能性が高まっていること
アユモドキ生息地及びその周辺で予定されるスタジアム建設及び駅北事業のために、絶滅の危険性は高まっているといえる。当初の計画予定地であった曽我谷川北部の水田地帯(京都・亀岡保津川公園)は、アユモドキの繁殖地であったことから、この開発を進めることは、短期間のうちに同種を絶滅させる危険性が高かったといえ、建設予定地を変更し、環境保全対策を行ったことは、保全のために評価できるものであった。
しかし、京都・亀岡保津川公園は、スタジアム建設計画のため亀岡市により用地取得されたため、当初予定地での水田営農と共生してきたアユモドキの存続基盤がすでに失われつつある。また、駅北事業予定地に、アユモドキが生息していた可能性は否定できないのであり、盛土によって希少な生息地の一部がすでに失われてしまった可能性がある。
京都スタジアム(仮称)の計画予定地の変更等をした現在の計画によっても、基礎杭の埋設やスタジアム基礎フーチングによる地盤・地下水への影響、工事車両の搬出入、道路交通車両の増大など、当地の環境を激変させる開発行為を伴うものであり、京都スタジアム(仮称)の建設工事及び供用開始によって、アユモドキの生息・生育環境に対する影響がないのか、長期的に十分な検証がなされるべきものであるが、現時点において客観的に確実であるといえるだけの検証がされたものとは言い難い。アユモドキが絶滅危惧種であることからすれば、生息・生育環境に与える影響が、種の存続が危ぶまれる不可逆的な被害の発生につながるおそれがある。
環境に重大かつ不可逆的な影響を及ぼす仮説上のおそれがある場合、科学的に因果関係が十分証明されない状況でも予防原則の観点から開発を抑制すべきあり、我が国においても、生物多様性基本法第3条第3項に、生物の多様性を保全する予防的な取組方法が重要であることは規定されている。このような観点からは、本件各事業による公園事業用地の取得及び盛土を開始した行為は、極めて問題があったといえる。
4 アユモドキのために採るべき保全対策
すでに失われたアユモドキの生息地等を回復することは困難であるが、将来的に被害を最小化するためには、当初の京都スタジアム(仮称)の予定地であった曽我谷川北部の水田地帯(京都・亀岡保津川公園)及び河川支流・水田地域を保全し、駅北事業予定地の開発等によって、アユモドキの生息・生育環境に対して、さらなる環境負荷を与えないことが重要である。また、中長期的にみてアユモドキの絶滅を回避するために、単に現在の生息地を保全するだけでは不十分なのであって、アユモドキの維持・増殖が必要である。
そのために、京都府及び亀岡市に対して、次のとおりの保全対策をとることを提言する。
(1) 当初の京都スタジアム(仮称)の計画予定地であった曽我谷川北部の水田地帯(京都・亀岡保津川公園)は、アユモドキの生活史において特に重要な繁殖地であるとともに、特殊な生態から同地を保全する必要は高い。他方で、亀岡市によって同地は用地取得されていることから、厳しい規制をすることも許容されるというべきである。
また、アユモドキは生活史の各段階で生息場所、生息環境を変えるため、その生息には河川と水田周辺の水域の連続性が重要である。駅北事業地についても、もともと遊水機能を果たしてきた田畑であったが、現在、一部が商業地域に用途指定されており、今後、大規模な商業施設の建設やこれに伴う地盤改良がなされる可能性があり、民間業者がどのように利用していくかによって、アユモドキに対して多大な影響を及ぼしかねない。これらの周辺地域は、京都・亀岡保津川公園を取り巻く緩衝地帯として監視されるべきである。
そこで、京都府は、アユモドキの生息地保全のために曽我谷川北部の水田地帯(京都・亀岡保津川公園)及びその周辺地域(京都・亀岡保津川公園の周辺にある河川支流・水田地域及び駅北事業予定地)を野生動物保全条例第23条第1項に基づいて生息地等保全地区に指定し、京都・亀岡保津川公園については同条例第24条第1項に基づいて管理地区に指定し、さらに必要に応じて同条例第25条第1項に基づいて立入制限地区に指定すべきである。
亀岡市は、京都府がこれらの生息地等保全地区に指定することについて、同条例第23条第3項に基づく意見聴取に対しては関係市町村として同意すべきである。また、亀岡市は、京都・亀岡保津川公園の土地所有者であるところ、同地について立入制限地区の指定がなされる場合には、同条例第25条第2項による同意をすべきである。
(2) アユモドキの生態の特殊性に鑑みて、研究者等の専門家が関与した上で、長期の調査・保全対策の検討が必要である。
京都府及び亀岡市は、アユモドキの維持・増殖のために保全対策を行い、その保全策の検討・実施にあたっては、研究者等の専門家に長期的な調査・保全対策の検討を可能とする予算措置を可能とすべきである。また、京都府及び亀岡市の主体的な取り組みが重要であるが、本種は複数の法令により指定を受けていることからすると、環境省、文化庁等関係機関と連携・協同しつつ、各主体の責任を明らかにすべきである。
(3) 京都府及び亀岡市は、民間業者が駅北事業予定や地を利用するについて、認められるべき工法や利用方法を定め、取水・排水による地下水位・水質・湧水量、騒音・振動、照明などによる光害の影響などを考慮した上で基準を策定し、規制すべきである。
その方法として、京都府は、野生動物保全条例第23条第2項に基づき、生息地等保全地区の指針を定め、指針に適合しない行為が届け出られた場合には同条例第26条第2項に基づき、当該行為の禁止、制限、必要な措置等をとるべきである。また、亀岡市は、亀岡市環境基本条例第12条に基づき、必要な規制等の措置を講ずべきである。
(4) 前回意見書で述べたとおり、工事中及び事業終了後、アユモドキの生息・生育状況についてモニタリングを継続し、その結果を適切に公表し、生息・生育状況に悪影響が生じた場合には、工事着手後であっても計画を見直し、適切に工事内容に反映させるべきことは当然である。
5 浸水被害の可能性について
前回意見書において、公園事業及び駅北事業による浸水被害の可能性があることを踏まえて、「2013年(平成25年)台風18号など近時の気象データに基づいた浸水シミュレーションを実施して、これらの各事業予定地及びその周辺地域に浸水被害が生ずることがないことを検証し、仮に浸水被害が生ずるおそれが認められる場合には治水対策を見直すべきである。」(前回意見書の趣旨第1項)こと、「浸水シミュレーションの結果を踏まえて、各事業予定地及びその周辺地域に浸水被害が生ずるおそれがないこと及びその治水対策について、府市民その他関係者に対して、十分に説明すべき」(前回意見書の趣旨第2項)ことを求めたが、全く実施されていない。日本全国各地において、毎年、浸水被害は多発しており、異常気象によって、駅北事業予定地に、いつ再び浸水被害が生じてもおかしくない状況は続いている。
当会は、引き続き、前回意見書の趣旨第1項及び第2項の対応を求めていることを付言する。
以 上