「日野町事件再審開始決定に関する会長声明」(2018年7月13日)


  2018年(平成30年)7月11日、大津地方裁判所は、いわゆる日野町事件第2次再審請求審において、再審を開始する決定(以下「本決定」という。)をした。
  本件は、1984年(昭和59年)12月に発生したとされる強盗殺人事件である。1988年(昭和63年)3月に逮捕された阪原弘氏は、起訴後一貫して無罪を訴えてきたが、第一審で無期懲役の判決を受け、控訴・上告とも棄却され、2000年(平成12年)9月に判決が確定した。その後、2001年(平成13年)11月に申立てられた第1次再審請求は、即時抗告審係属中の2011年(平成23年)3月、受刑中であった阪原氏の病死によって手続が中途で終了したため、遺族による第2次再審請求が行われていたものである。
  本件は、犯人性を裏付ける証拠は、捜査段階で作成された自白調書以外に存在せず、事件の発生日時・場所・態様についても、自白調書を除いてはこれを具体的に認定できる証拠がないという、脆弱な証拠構造を特徴とする典型的な自白依存型の事件である。自白調書の任意性と信用性は当初から強く争われ、第一審判決では、他の証拠との矛盾点等を指摘して「その自白内容に従った事実認定ができるというほど自白の信用性が高いとは考えられない」と判示し、犯行場所すら特定せずに有罪判決をせざるを得なかった。第一次再審請求審に対する大津地裁決定(2006年(平成18年)3月)は、多数の新証拠により自白の重要な部分が客観的事実と矛盾することを認めながら、再審請求を棄却していた。
  これらの有罪判断に重要な影響を与えていた証拠として、阪原氏が被害金庫発見現場に捜査官を任意に案内できたとする引当捜査の実況見分調書が存在したが、第2次再審請求における証拠開示の結果、同調書の作成に際して、写真の順序が入れ替えられ、金庫発見現場からの帰り道の写真が、案内途上の写真として貼付されていたことが判明した。また、第2次再審請求審では、自白と遺体の損傷状況が矛盾し、自白どおりの方法による殺害が困難であることを示す新たな法医学鑑定により、自白の根幹部分の信用性が失われることがより明確に示された。
  本決定は、以上の点に関する新証拠等を踏まえて、新旧全証拠を総合すれば、自白の信用性に関する確定判決の判断が重要な部分において大きく動揺したことや、新旧全証拠によって認められる間接事実に阪原氏が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない事実関係は含まれていないこと等を認め、確定判決による有罪認定に合理的疑いが生じたものと判断したものであり、「疑わしきは被告人の利益に」との刑事裁判の鉄則に従って再審開始を認めたものとして高く評価できる。新証拠に基づいて、確定判決の事実認定に疑問が示された以上、有罪判決が維持されるべきか否かについては、再審公判における公正な審理によって判断されるべきである。
  しかし、本決定に対する検察官による即時抗告が行われれば、速やかな再審公判の開始が妨げられることになる。
利益再審のみを認める現行法の再審手続は、無辜の救済を制度趣旨とすることは明らかである。かかる趣旨を持つ手続において、再審請求権者の筆頭に位置づけられている検察官は、有罪を追求する訴追者ではなく、無辜の救済のための審理に協力する公益の代表者として振る舞うことが期待される。
  本件の他にも、近時、再審開始決定を経ているにもかかわらず、検察官の上訴により再審開始が阻まれ続けている事件として、名張事件、松橋事件、湖東記念病院事件、大崎事件、袴田事件等の多数の重大事件がある。いずれも事件本人が長期の服役や拘置を余儀なくされ、既に死亡し、あるいは高齢に達しているなど、検察官の対応によって冤罪問題の解決が遠のき、人道上も刑事手続上も重大な疑念が生じる事態が続いていると言わざるを得ない。
  検察官は、本件の再審開始決定の重い意義を受け止め、公益の代表者として、いたずらに再審請求手続を長引かせることなく、再審公判における公正な審理を実現することに努めるべきである。
  よって、当会は、適正な刑事手続の保障を希求し、冤罪の根絶を求める立場から、検察官に対し、本決定に対して即時抗告を行わず、再審開始決定を速やかに確定させるよう求めるものである。

2018年(平成30年)7月13日

京  都  弁  護  士  会

会長  浅  野  則  明


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