公益通報者保護制度に関する意見書(2003年9月26日)


2003年9月26日

内閣総理大臣
小  泉  純  一  郎  殿
京都弁護士会      
塚 本  誠 一


公益通報者保護制度に関する意見書


第1、意見の趣旨
  平成15年5月に内閣府国民生活審議会消費者政策部会は、消費者政策の実効性確保の方策として、事業者の行為にかかる消費者利益の擁護に関する公益通報者保護の早期制度化を盛り込んだ「21世紀型の消費者政策の在り方について」の報告書を公表した(以下、報告書という)。その中間報告においては、「公益通報は消費者問題に関係する法令等への違反だけに限定されるわけでなく、(中略)幅広い公益通報を対象として検討が行われることが望ましい。」としていたように、公益通報者保護の制度の必要性は「事業者による消費者利益の擁護」に関するものに限られるものではない。
  しかしながら、まず、事業者による消費者利益の擁護に関して、公益通報者保護の制度化を図るとしても、下記の点が踏まえられた制度とすべきである。

  1. 消費者利益(生命、身体、財産など)を侵害する規制法違反及び刑法犯に限定すべきでなく、法令違反の有無を問わず、消費者利益に関わる不当・不適切な行為を対象すること。
  2. 本制度で保護されるべき通報者を、直接の雇用関係にある労働者に限定すべきでなく、広く通報者を不利益な取扱いから保護する制度とすること。
  3. 事業者内部に対する通報については、通報が誠意をもってなされたものであれば保護の対象となること。
  4. 行政機関への通報は誠意をもってなされたもので、真実であると信じたことが相当であれば、保護されるものとすること。
  5. 行政機関以外の外部への通報においても、誠意をもってなされ、真実であると信じたことが相当であった場合は、通報に至った事情、通報先、通報の態様等を総合して勘案し、原則として保護されるものとすること。
  6. 匿名による通報を、本制度の保護の対象に加えること。
  7. 事業者内部以外への通報につき、通報を受けた者は、通報者の承諾なくしてその氏名等を事業者及び第三者に開示してはならないこと。
  8. 保護される公益通報によって不利益な取扱いを受けた場合には、不利益処分を無効とし、損害を賠償する等、十分な原状回復措置が保障されること。
  9. 保護される公益通報において、法律上または契約上の守秘義務は無効とされること。
  10. 保護される公益通報においては、いかなる刑事、民事の責任もを課されないこと。


第2、意見の理由

  1. はじめに
      近年、食品の偽装表示や自動車のリコール隠し、電力会社による原子力発電施設の損傷に関する情報隠し、外務省による経費水増しと裏金づくり、防衛庁による不正な個人情報の利用や道路公団の財務監査制度の在り方などをめぐって、消費者や国民の信頼を損なう事業者や国、公共団体の不祥事が相次いでいる。これら国民生活や公金等にかかる不祥事の多くが、団体等の内部や契約・取引先からの通報を契機として明らかにされてきたものである。
    社会の透明性が確保され、生命・身体・財産への危険が除去され、消費者の利益や環境など国民生活を害する違法・不正・不当な行為が是正されるためには、内部からの情報の提供や問題提起が不可欠である。そのため、このような公益のための内部からの公益通報を社会に有用な行為として積極的に評価し、公益通報者に対する不利益な取扱いを禁止するだけでなく、通報者を不利益取扱いから保護することが重要である。
      かかる公益通報者保護の制度化にあたっては、現行の一般法理による保護を制限するものとならないことはもとより、その社会的有用性にてらし、公益通報者の保護を厚くし、簡易迅速に救済する制度であることが求められる。
      かかる観点からみるとき、報告書における本制度の提案は、保護の要件及び内容等が制限されており、立法化にあたっては、以下の内容の制度とすべきである。

  2. 公益通報者保護制度の目的
      報告書では、公益通報者保護の制度導入の目的について、「事業者による法令遵守を確保して消費者利益を擁護」し、「事業者のコンプライアンス経営や消費者への情報提供を通じ、消費者被害の未然防止・拡大防止に資する」もので、「法令違反に対する行政の監視機能を補完する」ことを掲げるが、本制度の目的はこれらにとどまるものではない。
      むしろ、国、地方公共団体、法人その他の団体、事業者(以下、これらをすべて含めて「団体等」という)の業務の執行に関する、消費者の利益及び環境を害する違法・不当な行為に関する情報を知りえた者が、人の健康・安全、財産への危険や環境への悪影響を及ぼす事実を事業者や行政機関に通報したことによって不利益な取扱いを受けることがないことを明らかにすることによって、事業者がかかる行為等を自ら是正・抑止し、あるいは行政の監視機能の補完とするというだけでなく、かかる通報によって社会の透明性を高め、社会的監視機能を強化することによって、かかる機能を高めて、生命、健康、財産や環境への悪影響の未然防止・拡大防止をはかるとともに、報告書11頁に掲げる消費者の権利(「安全が確保されること」「必要な情報を知ることができること」「適切な選択を行えること」「被害の救済が受けられること」「消費者教育が受けられること」「消費者の意見が反映されること」)の侵害を未然に防止し、また拡大を防止することを目的とすべきである。

  3. 対象となる情報の種類・範囲
      報告書では、「消費者利益(生命、身体、財産など)を侵害する法令違反」を保護される通報の範囲とし、あわせて、「事業設備における事故の発生により公共の安全が阻害されるなど人の健康・安全に危険が及ぶ場合や、廃棄物により環境に悪影響が及ぶ場合があり、このような国民生活に関わる分野の法令違反」も含めることが望ましいとしている。報告書ではさらに、保護される通報の範囲を明確にする観点から、「消費者利益の侵害、人の健康・安全への危険、環境への悪影響に関する規制違反や刑法犯などの法令違反」に限定している。しかしながら、このように、法令違反に限定した上、さらにそのなかでも規制違反と刑法犯に限定しているのは、公益通報者保護制度として著しく狭きに過ぎる。
      消費者利益の擁護や環境への悪影響の抑止を図るためには、保護される通報の対象として、これらの違法行為に加えて、民事違法や不当行為を含めるべきである。消費者利益の擁護や環境への悪影響に関する分野では、特定商取引法の指定商品制度のもとでの指定商品の追加など、法的規制を欠く分野で深刻な被害がもたらされた後に、後追い的部分的に規制が整備、強化されてきたことは顕著な事実である。実際、現行法の抜け穴を狙った事業者は後を絶たない。また、制度を設けても、保護の対象を規制違反に限定することによって、保護される通報かどうか確信をもてず、通報を回避することにもなりかねない。よって、規制違反かどうかを問わず、消費者利益を損なう事実の通報を保護の対象とすべきである。
      また、消費者利益には、安全であること、適切な情報が与えられること、選択ができること、意見が反映されること、被害が救済されることなどが含まれるべきである。
    以上の視点から、公益通報者保護の目的を達成し、かつ通報者保護を実効性あるものとするために、かかる消費者利益を損なう行為や、人の生命、健康、財産への危険及び環境への悪影響やその恐れが認められる場合には、法令違反の有無を問わず、以下の事実についての通報を保護の対象とすべきである。
    1. 人の生命、身体、財産が危険にさらされたこと、さらされていること、あるいはさらされるおそれがあることに関する情報
    2. 環境が破壊されたこと、破壊されていること、あるいは破壊されるおそれがあることに関する情報
    3. 人の生命、身体、財産に関わる国民生活上の利益を損なう違法、不当な行為が行われたこと、行われていること、あるいは行われるおそれがあることに関する情報
    4. 前各号のいずれかに該当する事態についての情報が故意に隠蔽されたこと、隠蔽されていること、あるいは隠蔽されるおそれがあることに関する情報


  4. 保護の対象となる通報の要件
      報告書は、事業者内部への通報として、恐喝、加害などの不正の目的で行われたものでなく、その目的が主として個人的利益を図ることでないこと(これを誠実性と表記する)を求め、行政機関への通報にはさらに、真実相当性の要件を加え、行政機関以外の団体等への通報が保護される要件として、さらに、
    1. 事業者内部や行政機関に通報すれば不利益な取扱を受けると信じるに足りる相当な理由がある場合
    2. 事業者内部に通報すれば、証拠隠滅や破壊されるおそれがあると信じるに足りる理由がある場合
    3. 事業者内部又は行政機関に当該問題を通報した後、相当の期間内に通報の対象となった事業者の行為について適当な措置がなされない場合
    4. 人の生命又は身体に危害が発生し、又は急迫した危険がある場合
      のいずれかの要件を満たし、さらに、被害の未然防止、拡大防止のために「相当な通報先」であることが必要としている。
        事業者内部で従業員等から公益通報を受けて自浄力を高め、また行政機関が公益通報を受けて速やかに適切な措置を行い、消費者利益の侵害を未然に防止し、また被害の拡大を防止し、必要な救済や行政上あるいは立法上等の措置をなすのは当然であるが、かかる従業員等からの通報を期待しうるためには、公益通報によって不利益措置を受けず、かつ通報が公益のために反映されるとの確信を持てる制度であることが不可欠である。そのためには、不利益な取扱いや通報に対する不適切な対応に対する制裁や、立証責任の転換や、事業者内部や行政機関以外の外部への通報も広く保護するなど、事業者内部や行政機関との緊張関係が欠かせないが、報告書ではかかる視点が欠けている。
        即ち、上記aの要件についてみれば、通報しようとする者は一般に不利益な取扱いを受けるとの懸念を抱いているのが現状であるが、企業内にヘルプラインや事業者が指定した通報先を設けている場合には、その制度が真に通報者を保護する実効性を備えているか否かにかかわらず、「事業者から不利益な取扱を受けると信じるに足る相当な理由はない」とされるおそれがある。同bについても、通報しようとする者が証拠隠滅や破壊されるおそれを立証することは極めて困難である。
        同cは、事業者内部や行政機関に通報して、相当期間の経過後に効力をもつものであるところ、通報しようとする者が、保護の対象の要件及び前期a、bの要件の充足を証明することが困難であり、かつ通報によって報復を受けたり証拠の隠滅を加速させるとの懸念を強く抱いているのが実情であるから、その前提条件を満たすことができない。また、cの要件においては、匿名による通報の取扱いや事業者や行政機関が相当期間内に適当な措置を行ったことを通報者に知らせる制度の検討が不可欠となるが、報告書はこの点について触れていない。
        報告書において、行政機関以外の外部に直接通報した場合で保護されるのは、同dにいう「人の生命、身体への危害が現に危害が発生し、あるいは急迫した危険がある場合」に限定されるが、前記の公益通報の必要性に照らせば、これは限定的に過ぎるといわざるをえない。
        このような報告書の通報の保護要件は、事業者内部及び行政機関への通報を原則として、これを誘導しようとし、民間の通報者支援団体やマスコミ等、行政機関以外の外部への通報を規制しようとするものとなっている。今日の日本の現状では、事業者内部に通報すれば有形無形の報復や圧力を受け、行政機関への通報によって迅速適切な対応が期待できないだけなく、事業者に通報の事実が知らされ、不利益な取扱いを受けるとの不安も強いことから、結局、事業者内部や行政機関への公益通報自身をも抑制することになりかねない。このような制度が導入されれば、内部での健全な自浄力を高めることができないだけでなく、場合によっては事業者等が不祥事を隠蔽したり、通報者に報復することを正当化するために利用されることも懸念なしとしない。これは、本制度導入の趣旨に反するものである。
        よって、通報者が報復を恐れることなく通報することができ、不必要な危害等の抑止に効果的な役割を果たす制度とするためには、行政機関への通報はもちろんのこと、民間団体等行政機関以外の外部への通報も、当該通報が真実相当性を具備し、個人的利得を得る目的でない限り、通報の対象とされる問題の重大性や通報の態様等を勘案して外部への通報が相当でないと判断される場合を除いて、保護される制度として設計されることが必要である。

        そこで、保護の対象となる通報は、通報先との関係で、以下の要件を備えることで足りるとされるべきである。
    5. 団体等の内部への通報
      通報が誠意をもってなされたものであること
        団体等内部への通報は、情報が外部に通報されるのではなく、その団体等内部にとどまるものであるから、通報により、その団体等に対し損害や不利益を及ぼすおそれは殆どない。従って、通報が誠意をもってなされたものである限り、英国公益開示法と同様、「個人的利益を図ることでないこと」を要件として加える必要もない。
    6. 行政機関への通報
        次の要件をいずれも満たすこと
      1. 通報が誠意をもってなされたものであること
      2. 通報の内容が真実であること又は通報時において真実であると信じるに足る相当な理由があること(真実相当性)
          行政機関への通報には、信じる相当性の要件を加えることは、通報による不当な損害をもたらすことを排除するために相当である。

    7. 行政機関以外の外部への通報
        上記、行政機関への通報の要件に加えて、以下の要件を加えるものとする。
      1. もっぱら個人の経済的利得を得る目的で通報したものでないこと
          これは、情報を売り込んで代償を得る場合などをいう。
      2. 通報の対象となった団体等の行為の内容、人の生命・身体・財産への侵害又は危険の程度、環境破壊又はその危険の程度、通報先、通報者がその外部通報先に通報するに至った事情等を総合的に考慮して、当該外部通報先への通報が相当でないと認められる場合は保護されないものとする。


  5. 通報者の範囲
      報告書は、保護される通報者の範囲が正規社員及びパート従業員に限定しているが、英国公益開示法は職場のあらゆる形態及び退職者を含めており、派遣や契約社員、退職者など雇用形態を問わず、本件保護に含めるべきである。取締役は不祥事等に近接し情報に接する場合が多く、通報によって民事上の損害賠償請求を受けることなどが考えられるのであるから、保護の対象に含めるべきである。
      また、わが国においては、当該事業者の下請け業者や委託業者による当該事業の実施がなされている場合が少なくなく、これまでの内部通報の事案においては、取引先企業等が果たした役割は大きく、これらを保護の対象から外すことは、保護対象を狭くしすぎると言わざるを得ない。公益のための通報によって、団体等から不利益を被るおそれのある者を広く保護の対象とするのでなければ、公益通報者制度の目的は達成できない。
      よって、保護を受ける通報者の範囲は、以下の通りとすべきである。
    1. 団体等の職員、従業員、パート労働者
    2. 契約社員、派遣労働者、下請け・協力事業者の労働者
    3. 団体等の役員、退職者
    4. 団体等との取引によって通報の対象となる情報を知った者


  6. 通報者保護の内容
    1. 通報者のうち、前記5aに掲げたものが通報を行ったことを理由とする解雇は、無効とする。また、懲戒、昇進その他雇用条件等に関する一切の法律上、事実上の不利益な取扱を禁止する。その違反に対しては、当該団体等に対して刑事罰を課すること。通報者は刑事上、民事上の責任を問われてはならない。
    2. 前記5bに掲げたものが通報を行ったことによる契約解除及び通報者に対する解雇は無効とする。また、通報者に対し雇用条件等に関する一切の法律上、事実上の不利益な取扱をしてはならない。通報者は刑事上、民事上の責任を問われてはならない。
    3. 前記5cに掲げたものが通報を行ったことに関して一切の法律上、事実上の不利益な取扱をしてはならない。通報者は刑事上、民事上の責任を問われてはならない
    4. 前記5dに掲げたものが通報を行ったことによる取引等の契約解除は無効とする。通報者は刑事上、民事上の責任を問われてはならない
    5. 前記5のaないしdの通報者が法律上又は契約上守秘義務を負う場合であっても、これを無効とする。本制度による通報を妨げず、刑事上・民事上・行政上の責任を問われてはならない。但し、5dの場合において、弁護士、公認会計士、税理士、医師、薬剤師、公証人等一定の職業に就くものが団体等との信頼関係に基づき職務上知った秘密は除かれる。


  7. 報告書のいう「一般法理に基づく保護」との関係について
      以上のとおり、報告書にいう消費者利益に関する公益通報者保護制度に対して、審議の過程から、その保護の対象及び要件において限定的に過ぎるとの批判が消費者団体や日本弁護士連合会などから提起されてきた。そのため、報告書は、「本制度の対象とならない通報については、一般法理に基づき、個々の事案ごとに、通報の公益性に応じて通報者の保護が図られるべきであり、制度の導入により反対解釈がなされることがあってはならない」との記述が最終段階になって盛り込まれた経緯がある。かかる文言は、報告書における「公益通報者保護制度」がわが国の一般法理による法的保護を下回る恐れを自ら認めたものというほかなく、かかる制度を導入する必要性が疑われる。
      報告書では、上記のとおり、通報の対象を規制違反と刑法犯についての法令違反に限定し、現に直接雇用されている者だけを保護の対象とし、かつ真実相当性の証明を通報者に課した上で、通報先を原則として団体等の内部と行政機関に限定し、その余の民間団体やマスコミ等の「外部」への通報について限定的に要件を定め、これらの要件の立証責任の転換を図ることもなされていない。とりわけ、法文において4で掲げたa〜dの要件を限定的に列記した場合は、仮に反対解釈禁止文言が法文上加えられたとしても、解雇権濫用等の現行の法制度や一般法理による救済を制限し、これを切り下げるものとなりかねない懸念がある。
      よって、公益通報者保護の制度化によって一般法理による保護を制限することがないように制度化がなされるべきであり、そのためには、とりわけ行政機関以外の外部への通報の要件について前記4cとし、保護される公益通報においては、不利益な取扱いについての立証責任を事業者に負担させることが必要である。
    以上


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