京都拘置所長あて勧告書(2018年11月28日)(本イベントは終了しました。)


2018年(平成30年)11月28日

京都拘置所長  西  岡  慎  介  殿

京  都  弁  護  士  会

会  長   浅  野  則  明
  
同      人権擁護委員会

委員長   宮  本  恵  伸
  


勧告書


勧 告 の 趣 旨

京都拘置所においては、人の生活環境として適切な室温調節がなされておらず、被収容者が人として耐え難い身体的苦痛と生命の危機にさらされている状況を解消するため、収容者の居室にエアコンを設置すること、現在の庁舎施設においてそれが困難であれば、エアコン設置に替わる最大限の対策を講じるとともに、早急な建替えを含む収容環境の抜本的な改善に取り組むことを勧告する。

勧 告 の 理 由

第1  職権調査の概要(調査の端緒)
2018年(平成30年)7月上旬ころ以降、全国で「生命に関わるおそれがある記録的な猛暑」が伝えられ、京都でも最高気温が38度を超える日が連続7日に及び、同月19日には最高気温が39.8度に達するなど、観測史上希有な状況にあったところ、同月19日付京都新聞などの報道により、京都拘置所に収容中の被収容者2名が熱中症の疑いで救急搬送され、うち1名が意識不明の状態に陥ったことが明らかになった。弁護人として京都拘置所で被収容者と接見を行う当会会員の間からも、被収容者から、居室内の高温が耐え難い状態であるとの訴えを受けるとの声が上がっており、京都拘置所内の収容環境が、人権保障上看過できない状況にある疑いが認められたことから、職権調査事件として立件したものである。

第2  調査の経過及び内容
当会人権擁護委員会担当委員らは、本件につき下記のとおり調査を行った。
  1  2018年7月24日付で京都拘置所長宛に照会書(照会事項は別紙記載1のとおり)を送付し、同年8月2日付で京都拘置所長より書面による回答を得た。
  2  2018年7月25日に京都拘置所を訪問し、拘置所長以下同所幹部職員から、収容棟内の状況と熱中症対策の実状について口頭で説明を受け、同日午前10時30分ころから11時30分ころまで、居室棟内を実地に視察し、居室内での気温計測等を実施した。
  3  上記調査により判明した状況は、概ね以下のとおりである。
    ①  京都拘置所の庁舎は昭和36年に建築され、根本的な改修はなされていない。庁舎建物全体が老朽化しており、雨漏り等も起こっている。居室棟屋上部分には断熱材が施工されているが、その他の断熱材の施工状況については不明であり、夏期には建物の駆体自体が熱を帯びる(拘置所職員談。なお、担当委員も居室内の壁や床に触れて確認している)。
    ②  居室棟のエアコンの設置台数は8台(いずれも単独室。病室6室、女区2室)のみである。
    ③  扇風機は居室棟全体で71台設置されているが、設置箇所は主に廊下と共同室であり、単独室には1室を除いて扇風機はない。共同室には壁面上方に扇風機が設置されているが、首振りの角度や収容人数の関係で、被収容者に十分に風が届くかは不明である。
    ④  扇風機やエアコンの増設・設置は、建物の電源設備の容量の関係で現状では困難であり、相当の電気工事を必要とする(但し、工事をするとしても、雨漏り等との関係で漏電が心配であるとのことであった)。
    ⑤  居室の構造上、廊下と居室を隔てる壁及び扉の通風口が狭く、廊下との間の空気の交換が行われにくい。また、居室の窓は大きく開口せず、金属の網と木製の目隠しが設置されているため、外部との空気の交換も行われにくい。そのため、居室内の通風性は極端に低く、空気がこもりがちである。廊下の端に扇風機が設置されているが、その風は居室内には届かない。
    ⑥  居室ごとの気温計測は行われていない。居室棟各階の廊下での気温計測は実施されており、その状況は別紙記載2のとおり。通風状況等に鑑みて、被収容者が生活している各居室内の気温は廊下の気温よりも上回るものと考えられる。職員の説明では、1階と4階では概ね2~3度の差がある(上階ほど高い)との感覚である。4階廊下では、7月18日午前零時の計測値で34度であった。
    ⑦  居室内視察時に持参の温度計で室温の計測を実施したところ、概ね34度~35度前後であったが、計測した時間帯が午前11時ころであったので、午後は更に上昇するものと思われた。屋上で計測した外気温は36度であったことから、外気温と室温にそれほどの差がない状態であると認められた。
    ⑧  被収容者の水分補給については、居室内の水道水使用について制限はなく、毎食時及び被収容者からの申出により茶や白湯を給与する等している。それ以外に、拘置所としては、熱中症予防として考えられる各種対策を講じている(対策の具体的内容は別紙記載3参照)。しかし、物的設備としても限界があり、外部搬送等の事態が生じると各種対応にマンパワーを取られ、建替や職員の増員が必要であると考えている。現実問題としては、熱中症にかかる被収容者が発生すること自体は不可避であり、可及的な予防と症状の軽減に努めるしかない状況にある。

第3  認定した事実及び判断
  1  認定した事実
      前記第2記載の調査によって、以下の事実を認定することができる。
京都拘置所の収容者居室においては、病舎及び女区の一部を除いてエアコンが設置されておらず、また、共同室を除いて扇風機も設置されていない。2018年7月中旬ころから同月24日までの間、各収容居室棟の扇風機が設置された廊下において計測した気温は昼夜を問わず気温30度を超え、特に居室棟4階の最高気温は36度を超える値を記録しており、各居室内においてはこれを更に上回る気温であった可能性が認められる状況にあった。
同月1日から24日までの間、拘置所職員が軽微な熱中症の疑いを認められた被収容者が18名に上り、同月19日には被収容者2名が救急搬送され、うち1名は一時意識不明の状態に陥った。
      京都拘置所においては、猛暑による熱中症対策のため、水分の給与等をはじめ各種の対策を講じていたことが認められるものの、居室内の環境自体が、人が健康を維持して生活するために適切な室温等を維持できる状態になく、多数の被収容者が熱中症に罹患することが避けられない状況にあった。
  2  判断
      拘置所など刑事施設に収容されている人(被収容者)は、行動の自由を大幅に制限されていることから、猛暑の時期であっても、暑さを避ける場所に自由に移動することは不可能であり、生活上の行動も、施設側の指示によって規律されているため、水分・塩分の摂取、寝具や衣類の調節、適切なタイミングでの休養など、熱中症を避けるために必要とされる行動も、自分の判断で自由に行うことはできない特殊な立場にある。
法令による人の身体の拘束は、刑事手続の円滑な進行を確保するための未決拘禁や、懲役刑などの自由刑の執行など、法の目的の範囲内で行われるものであり、拘束の目的に伴う制限はやむを得ないものであるが、その目的を超えた身体的な苦痛を与えることは許されない。
国が法令に基づいて人の身体を拘束する以上、拘束された人の身体生命の安全を確保する責任は国が(具体的には刑事施設の長が)負っている。
しかるに、前記のとおり認定できる事実関係の下では、京都拘置所に収容されている被収容者は、夏期においては熱中症に罹患する可能性の極めて高い環境での生活を強いられている。また、熱中症の発症には至らないまでも、居室の通風性が低く室温が著しく高くなるため、十分な休養や睡眠を取ることすら困難な環境下にあり、身体的苦痛を強いられ続けることになる。
すなわち、京都拘置所における夏期の収容環境は、人が健康を維持して生活するための適切な室温を維持できる状況になく、被収容者は、拘束の目的に伴うやむを得ない制限の範囲を遥かに超えた身体的な苦痛と危険にさらされている。
かかる状況は、個人の尊厳の保障、適正手続の保障、拷問及び残虐な刑罰の禁止を定めた憲法の各条項(憲法13条、31条、36条)、被拘禁者の人道的な取扱いや無罪推定原則を定めた国際自由権規約および国連被拘禁者処遇最低基準規則等に照らし、被収容者の人権侵害に該当する深刻な事態であると言わざるを得ない。
京都拘置所においては、職員の努力と運用によって、可及的に熱中症への罹患を予防するとともに、罹患した場合の症状を軽減するための各種対策を講じていることが認められるが、それによっても上記の状況を解消できていない以上、人権を侵害する事態が生じているとの判断を左右しない。
3  必要な処置について
以上検討したとおり、京都拘置所居室棟内の環境は、特に夏期において、被収容者が熱中症等に罹患することが避けられない状況にあり、被収容者を必要以上の身体的苦痛と危険にさらすものであり、人権侵害に該当すると言わざるを得ない事態が生じているが、これに対する対策としては、居室内の室温を適切な水準に維持するため、エアコンを設置することが必要である。
もっとも、拘置所側の説明によれば、電源容量の問題など、設備・施設上の限界が存するため、直ちにエアコンを整備することは現実問題として困難である状況も窺われるが、そのこと自体はエアコン設置が必要であるとの結論を左右するものではなく、設備・施設上の限界を解消する必要性を示すものである。従って、設備・施設上の限界によりエアコン設置が困難であるならば、抜本的な対策として、老朽化した庁舎を早急に建て替えることにより、収容環境の改善を図ることが必要である。当然、それが実現するまでの間は、引き続き、エアコン設置に替わる最大限の対策を講じることが必要である。
    以上から、被収容者の人権侵害に該当する事態の重大性を明らかにし、早急に収容環境の抜本的改善を求めるため、頭書の勧告の趣旨のとおり勧告するものである。
以  上




(別紙)
1  照会事項
第1  平成30年7月19日付報道にかかる事案につき、被収容者の具体的症状、搬送に至る経緯、貴所の対応等についてご説明下さい。
第2  上記報道以外に、本年7月以降、被収容者について熱中症(その疑い、訴えを含む)の事例があればご説明下さい。
第3  貴所における夏期(特に7月・8月)の被収容者の生活環境・健康状態の管理(特に熱中症対策)に関し、以下の点についてご説明下さい。
      1  エアコン及び扇風機の設置・運用状況(台数・設置場所・運用基準)
      2  居室、工場、その他被収容者の生活場所の室温の管理・計測の状況
          特に、階ごとの室温データがあればご説明下さい。
      3  居室棟建物の断熱材の施工の有無
      4  被収容者への水分補給の具体的方法、基準
      5  上記以外に貴所において実施している熱中症対策の内容
第4  貴所における夏期の被収容者の生活環境・健康状態の管理(特に熱中症対策)に関し、困難と感じられる点があればご説明下さい。

2  照会事項第3・2に対する回答内容
「平成30年7月1日から同月24日までの間、当所各収容居室棟において計測した廊下の最低気温及び最高気温の計測状況は以下のとおりであるが、同月中旬以降は概ね各収容居室問うで昼夜を問わず気温30度超の状態であった。
(1)単独室棟1階
      気温24.1~35.0度
(2)単独室棟2階
      気温25.1~35.2度
(3)単独室棟3階
      気温25.0~35.2度
(4)単独室棟4階
      気温25.3~36.1度
(5)共同室東棟3階
      気温26.1~35.8度
(6)共同室東棟4階
      気温25.7~36.1度
(7)共同室西棟2階
      気温25.5~34.3度」

3  照会事項第3・5に対する回答内容
    「毎食時2錠ずつの塩分補給タブレットの給与、茶の増量、スポーツドリンクの給与、拭身、経理工場就業者について戸外運動を講堂内運動へ変更してエアコンを使用させる、アイスノンの貸与、シャワー浴、上衣の脱衣許可、濡れタオルの使用許可等を行っている。」


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