「京都地方・簡易裁判所合同庁舎への入庁方法等の変更に関する意見書」(2019年1月24日)


2019年(平成31年)1月24日


京  都  弁  護  士  会

会長  浅  野  則  明



京都地方・簡易裁判所合同庁舎への入庁方法等の変更に関する意見書



  当会は、京都地方裁判所から、京都地方・簡易裁判所合同庁舎(以下「京都地裁庁舎」という。)について、2019年(平成31年)4月1日から北側玄関において金属探知機による検査とX線検査による所持品検査を実施すること及び北側玄関以外の東側、西側及び南側の各玄関を閉鎖することを主たる内容とする入庁方法等の変更案を口頭で説明を受けた(以下「本件」という。)。
  このような裁判所の入庁方法の変更は、裁判所の市民への向き合い方に大きな変容をもたらすものである。
  当会は、2018年(平成30年)12月20日、京都地方裁判所に対して、本件に関して要望及び意見を書面で提出しているところであるが、社会的に問題意識を共有し、市民に議論を呼びかけるべく、本件についての当会の意見の要旨を述べる。

1  障がい者のプライバシーや人格権を侵害する事例が生じたことの検証を行うべきである
  所持品検査は、その実施の態様によっては、来庁者のプライバシー権や人格権を侵害するおそれがあるものであるから、必要最小限度の範囲で実施されるべきであり、かつ目的達成のために相当な方法で行われる必要がある。
  しかし、報道されているように、大阪高等・地方・簡易裁判所合同庁舎(以下「大阪地裁庁舎」という。)における所持品検査の実施において、次のような過剰あるいは相当ではない検査がなされ、来庁した障がい者のプライバシー権や人格権を侵害する事例が生じたとのことである。
①  車椅子を利用した女性の来庁者に対し、男性警備員がボディ・チェックを行い身体のあちこちを触った。
②  電動車イスを利用した来庁者が、電動車イスを調整・応急修理するために不可欠とされた付属工具を「武器    として使われることもあり得る」として退庁まで取り上げられた。
③  警備員が手荷物検査を行うに際し、車イスを利用した来庁者に対し、その鞄を断りもなく開披したため、鞄    の中に入れていた着替え用の下着が露わになった。
  市民は、自らの権利が侵害されたとき、救済を求めて人権の最後の砦である裁判所を訪れる。しかし、そのような思いで裁判所を訪れた市民に対し、人権に配慮しない形で所持品検査を実施するようなことでは、裁判所に対する信頼は失われてしまう。
  市民の裁判所に対する信頼を維持するためには、裁判所は、障がい者に対する所持品検査の実施に関し、事前の検討が不十分であったことを受け止め、かかる不適切な事態が生じてしまった理由を検証するとともに、再発防止のための方策や体勢を検討して導入し、それを公表するべきである。

2  市民に開かれた裁判所でありつづけるため、市民の意見をとり入れるべきである
⑴  京都地裁庁舎は、司法制度改革が叫ばれた時期に設計・建設され、2001年(平成13年)に  完成した。  同庁舎は、本来市民の来庁に制約をかける発想を持たず、東西南北四方に玄関を設けるなど開放的な設計である。
  京都地方裁判所のホームページでも、京都地裁庁舎に関し、「来庁者にとって親しみやすく、利用しやすい裁判所となるよう、施設面において種々の工夫が施されております」、「1階は、市民の方が利用しやすいように地裁簡裁民事の受付、簡裁民事、調停フロアとし…」、「1階正面玄関横には、一般市民の方でも自由に利用できるインフォメーションコーナーが設置されています。各種パンフレットやリーフレットが備え置かれ、誰でも自由にお取りいただけるようになっています。」等と説明され、「今後も、市民の方に親しまれ、21世紀を担うに足りる裁判所となるよう一層の努力をしていきたいと考えています。」と締めくくっている。
  また、北側玄関及び南側玄関のエントランスホールの壁面には、それぞれ見事な西陣綴織のタペストリーが飾られており(北側が「きょうとのまち」、南側が「四季の彩り」と題されている。)、東西の玄関を結ぶ動線にある中央ホールの壁面には、「情・理」と題するレリーフが施されている。さらに、庁舎敷地の東側、南側及び西側の公開空地には、庁舎敷地を囲むように枝垂れ桜が植樹されているが、これらも市民にとって親しみやすく、利用しやすい裁判所であるための工夫であると思われる。
⑵  これに対し、今回の所持品検査の開始は、2017年(平成29年)に仙台高等・地方・簡易裁判所合同庁舎の刑事事件の公判廷において発生した傷害事件が直接の契機とされる。しかし、これが京都地裁庁舎の、しかもその全体にまで一般化することができるのかについて、具体的検証はなされていないと思われる。
  加えて、来庁者に対して一律に所持品検査を実施することは、裁判所が市民一般を「警戒すべき存在」と考え、その入庁に制約をかけることを意味する。そのことは、上述した「親しみやすく、利用しやすい裁判所」という京都地裁庁舎のコンセプトに正面から反し、そのために施された設計や工夫を蔑ろにし、「市民に対して開かれた裁判所」の理念にもとるものである。
  市民に対して開かれた裁判所を標榜するならば、裁判所は、少なくとも所持品検査の実施や入庁方法の変更に関し、市民の意見を広く聞くべきである。特に、法曹以外の多くの学識経験者で構成された京都地方裁判所委員会の審議を経ずに、所持品検査の実施を開始するべきではない。
⑶  そして、仮に所持品検査を実施することになった場合でも、市民の声に耳を傾けつつ、プライバシー権や人格権への配慮を十分にするべきである。
  具体的には、男性警備員だけではなく女性警備員も常駐させるべきであるし、警備員に対する研修の実施は必要である。また、所持品検査については開披ではなく、X線による検査とすることを徹底するべきである。さらに、障がい者に対する所持品検査を実施する場合、より負担がない方法によることが不可欠である。加えて、法律事務所関係者や司法記者クラブの記者等所持品検査を実施する必要のない者については入退庁に所持品検査を不要とする運用とするべきである。

3  北側玄関に出入口を一本化するべきではない
  また、仮に所持品検査を実施する場合においても、北側玄関に出入口に一本化し、北側玄関以外の出入口を閉鎖することは、以下のような支障が生じ、京都地裁庁舎の「親しみやすく、利用しやすい裁判所」のコンセプトに反することとなり、相当ではない。これらの支障を回避するため、東側玄関や南側玄関からの出入りを可能とするべきである。
⑴  北側玄関に出入口を一本化すると、それだけ事件の当事者や関係者がその付近で顔を合わせる可能性が高くなり、DV事案や、当事者同士の感情のもつれが激しい事案などでは、当事者・関係者同士が顔を合わすことで暴力等のトラブルが惹起されるおそれがある。トラブルが予想される事案での個別対応は検討するとしても、事案の全てでトラブル発生が予見できるわけではない。
⑵  京都地裁庁舎は、南北に長い設計となっており、エレベーター及び階段(以下「エレベーター等」という。)が南北2か所に同等規模で設置され、四方の玄関から来庁者を入館させた上、南北の玄関を結ぶ幹線動線と東西の玄関を結ぶ副動線を移動させ、南北二手のエレベーター等に導き、そこから上階に移動させる設計である。北側玄関しか使わないとなれば、当然遠くにある南側エレベーターはほとんど使用されなくなるが、そうなると北側エレベーター等に利用者が集中し、混雑を招くことになる。
  また、南側玄関の近くに民事調停の受付が存在することも、南側玄関の使用頻度が多いことを前提とした設計である。
  京都地裁庁舎がこのような建物であるのに、北側玄関に一本化するのは、当初の設計の趣旨に反し、利便性が大きく損なわれる。
⑶  車イス利用者や歩行困難者は、最寄り駅である京都市営地下鉄を利用して京都地裁庁舎を訪れる際、丸太町駅の「ハートピア京都」に付設されたエレベーターで烏丸竹屋町に上がり、竹屋町通を東に進み、南側玄関から京都地裁庁舎に入るのが通常と考えられる。竹屋町通からだと南側玄関が最も近いからである。南側玄関にはスロープが付設されている。そのため、南側玄関の使用を可能とするべきである。
⑷  京都地裁庁舎の周囲の道路は、西側の柳馬場通は北向き一方通行、南側の竹屋町通は東向き一方通行、東側の富小路通は南向き一方通行である。また、北側の丸太町通は片側二車線の道路であるが、東向(北側)車線から右折で京都地裁庁舎敷地に車で進入することはできない。そのため、京都地裁庁舎に直接車で乗り付ける場合は、竹屋町通を東進して南側玄関前に付けるか、丸太町通から富小路通を南下し東門から入って東側玄関前に付けるか、丸太町通を西進して北門から入って北側玄関前に付けるかの方法となる。東側玄関や南側玄関を閉鎖すると、北側玄関に回ることになるが、上述したように北側玄関に車を乗り入れることができるのは丸太町通を西進してくる場合だけである。それ以外の方法でアプローチした場合には、わざわざ丸太町通を西進するべく遠回りをしなければならず、非常に不便である。
  また、葵祭や時代祭には行列が丸太町通を通ることから、北側玄関は極めて使用しづらくなる。
  このような交通上の支障があることからも、北側玄関への一本化は相当ではない。
⑸  社会的な関心の高い大規模訴訟等では、多数の関係者や傍聴人が裁判所を訪れることになる。その際、入庁検査を実施するとなれば、大変混雑して入庁に相当な時間を要することになる。当該事件の関係者や傍聴人は、予めそれを予測して時間に余裕をもって来庁することも可能であるが、同時刻に開廷される他の事件の関係者や傍聴者は、そのような予測と対策が事前にできない場合が多いと考えられる。その結果、出席又は傍聴する予定であった期日に間に合わない事態となるおそれが生じる。それでは、事実上、裁判を受ける権利を制約し、裁判の公開の要請にもとる事態になりかねない。
  そのような事態を回避するために、出入口を北側玄関に一本化するべきではない。
⑹  京都地裁庁舎の北側には京都御苑が広がっており、京都市内の弁護士のほとんどは、丸太町通より南に法律事務所を構えている。また、京都弁護士会館が京都地裁庁舎の敷地の東南に存在している。これらのことから、京都地裁庁舎の最大の利用者層である法律事務所関係者の、東側及び南側の玄関の利用頻度は格段に高い。
  また、依頼者等の市民が、法律事務所から弁護士と共に来庁することも多く、その場合、同様にこれらの玄関を利用する頻度は高い。
  従って、これらの玄関を閉鎖するべきではない。

以  上


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